サイコ・スリラーの傑作『かわいい毒草』、これはもう、今シーズン2の目玉です!日本では1973年に淀川長治先生の『日曜洋画劇場』で放送されて、僕はその時に観たんですが、それ以降、日本では観ることができませんでした。VHSやDVDも未だに出ていません。今回お届けするのが誇りに思える映画です。

 主演はアンソニー・パーキンス。彼が精神病院から出てくるところから映画が始まります。もう、これがもう「やられた!」って感じです。なぜなら、彼はヒッチコックの『サイコ』(60年)以来、8年間、アメリカ映画に出てなかったんですが、『サイコ』の最後はパーキンスが精神病院に入るところで終わるんですよ。だから、当時の観客からすれば、8年間病院に入ってた彼がまさに出てきたみたいなんですよ。

 パーキンスといえば、かつては青春スターだったんですが、『サイコ』でサイコ・キラーを演じて、それがあまりに強烈すぎて、サイコ役しか回って来なくなったので、ヨーロッパに逃げていたと言われています。この『かわいい毒草』でのパーキンスは妄想性の虚言症。だから、彼は主役なのに、彼が言ってることを観客は信用できないというトリッキーな役です。

 その彼が美少女に恋します。そして、いつもの調子で「僕は実は正義のスパイなんだ」とか妄想というか虚言で口説きますが、その少女は全部信じてくれる。そのうちになりゆきでスパイみたいな破壊活動まですることになりますが、そのとき、やっと主人公は気づきます。この子のほうがクレイジーだと。タイトルになっている、かわいい毒草ちゃんだったんですね。

 毒草ちゃんを演じるのはチューズデイ・ウェルド。少女モデル出身で、セブンアップという清涼飲料水の広告で大人気になった人です。清純派のアイドルだったんですが、私生活では中学生くらいから酒と麻薬とセックスでめちゃくちゃでした。だから、見た目は可愛いけど実は猛毒という役柄とぴったりなんですね。

 監督はノエル・ブラック。まだ30歳での商業映画デビュー作です。この人は天才です。学生時代に作った自主短編『スケーターデーター(Skat erdat er )』でいきなりカンヌ映画祭の短編部門で賞を獲りました。カリフォルニアのスケボー少年少女を描いた、詩のような、ミュージックビデオみたいな青春映画の傑作です。この『かわいい毒草』もサイコ・サスペンスですがブラック・ユーモアに満ちていて、色彩や編集もポップ、まったく古びていません。さらに、環境破壊やアメリカ文化批評まで含んだ、深い映画になっています。

 しかし『かわいい毒草』を作った20世紀フォックスは、当時別の大作映画の失敗で資金難に陥り、『かわいい毒草』は宣伝や配給の予算を与えられず、ひっそりと小規模に公開されて忘れられました。でも、その後、少しずつ評価が高まり、現在はカルト・ムービーになっていますが、おそらく日本では初めて観る人も多いと思います。絶対に面白いので、ぜひ、ご覧ください。■

(談/町山智浩)

MORE★INFO.

●製作のマーシャル・バックラーとノエル・ブラック監督は、TV界出身の新人で短篇『Skaterdater』(未公開)で61年カンヌ映画祭でグラン・プリ、アカデミー賞の短編賞ノミニーを得たチームだった。

●原作は66年に発表されたスティーヴン・ジェラーの未訳小説『She Let Him Continue』。

●依頼されてから6週間で書き上げたという脚色のロレンツォ・センプル・Jr. が、ニューヨーク映画批評家協会脚本賞を授与された。

●『サイコ』(60年)以来アメリカを離れヨーロッパで映画出演を続けていたパーキンス久々のハリウッド映画出演となった。

●初の長編となるノエル・ブラック監督は、神経質なウェルドに適切な演技指導が出来ず、ウェルドは後に「最低の体験だった」と述べた。

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