今日、ご紹介するのは1960年のイギリス映画『血を吸うカメラ』です。 主人公マークは、16mmカメラの三脚にある“武器”を取り付けて、それで女性を刺し殺しながら、死んでいく瞬間を映像に記録する、というとんでもないサイコ・キラーです。いわゆる“スナッフ・フィルム”をテーマにした最初の映画です。

 “サイコ・ホラー”といえばアルフレッド・ヒッチコック監督の『サイコ』(60年)が有名ですけど、この『血を吸うカメラ』のほうが2カ月早く公開されています。だから本作が本当の意味で“サイコ・ホラー”の元祖といえると思います。

 監督はマイケル・パウエル。エメリック・プレスバーガーとのコンビで作った史上最高のバレエ映画『赤い靴』(48年)で有名な世界的な巨匠です。 『黒水仙』(46年)など、豪華な「テクニカラー」映画の名作を何本も送り出していましたが、パウエルは、この『血を吸うカメラ』を作ったことによってメディアでさんざん攻撃されて、以後、映画が撮れなくなりました。

 人々がなぜ怒ったかというと、殺人者である主人公に共感を込めて描いているからです。マークは精神科医である父親の実験で、幼い頃から恐怖を与 えられ、その様子をフィルムに記録されてきました。それで、父親が死んだ後も、女性に対してその実験をし続けているわけです。彼は女性に対して性 欲を覚えると、ペニスの代わりに三脚を突き刺して殺さずにはいられない人になってしまいました。つまり彼はある意味、被害者なんですね。しかし、彼に同情するように描かれた『血を吸うカメラ』を世間は許さず、20年間も劇場にはかかりませんでした。

 その封印を解いて再上映し、再評価させたのは、マーティン・スコセッシです。 マイケル・パウエルはイギリスで映画が撮れなくなって、ニューヨーク大学で映画を教えていたんですが、その生徒がスコセッシだったんです。

 スコセッシは『血を吸うカメラ』の恐ろしさは、マークが殺人を重ねるうちに、性欲や殺人そのものより、完璧な殺人フィルムを完成させることに取り憑かれていくことだと言っています。つまり奇妙な映画作家になっていくんです。「『血を吸うカメラ』は映画を作る者が陥っていく暗黒面を描いている」とスコセッシは言っています。

『血を吸うカメラ』のマークは、スコセッシの『タクシー・ドライバー』(76 年)にも強い影響を与えています。女性に触れられない主人公トラヴィスが ポルノ映画館でスクリーン上の裸の女性を、人差し指で作ったマグナムで撃つシーンなどですね。

 また、恐怖の実験ということで、一種のマッド・サイエンティスト物でもあります。孤独な科学者たちの歪んだ 愛情を描く東宝映画や円谷プロ作品
にもつながるものがある、おぞましい傑作ですので、是非、御覧ください!

(談/町山智浩)

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●主人公マーク・ルイス役には当初ダーク・ボガードにオファーしたが、契約を結んでいたランク社に貸し出しを拒否され、次いでローレンス・ハーヴェイを考慮するも、契約前に他社に引き抜かれてしまい、パウエルの友人カール=ハインツ・ベームになった。
●ヒロイン、ビビアン役には、若きジュリー・アンドリュースの名も挙がっていた。
●犠牲者のひとりミリーを演じたのは、当時ロンドンで有名なグラマーモデル、パメラ・グリーン。彼女が殺害されるシーンで見せたヌードは、英国映画史上初のヌード・シーンだった。
●主人公マークが撮った「ホーム・ムービー」では、ルイス教授役をパウエル監督自身が、若きマーク役を監督実子コロンビアが、母親役も監督の当時の妻でコロンビアの実母 フランキー・リドリーが演じている。

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