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                                                      COLUMN/コラム2015.12.12 死体消失事件をめぐる驚愕の真実を描き、スパニッシュ・スリラー&ミステリーの充実を証明する逸品~『ロスト・ボディ』~ このジャンルにおけるハリウッドやイギリスのクリエイターたちが映画界からTVドラマ界へと活動の場をシフトする傾向が強まるなか、スペイン映画こそが約100分間ひたすらハラハラ&ドキドキする映画を楽しみたい!という私たちの欲求を補完してくれる役目を果たしているのだ。“スパニッシュ”といえば、先頃ザ・シネマでも大々的に特集が組まれた“ホラー”のレベルの高さは広く知られているが、ミステリー&スリラーの充実ぶりも目覚ましいものがある。 近年のスペイン製スリラー&ミステリーの隆盛の元をたどってみると、アレハンドロ・アメナーバル監督の『テシス/次に私が殺される』(1996)、『オープン・ユア・アイズ』(1997)、『アザーズ』(2001)の成功が思い起こされる。とりわけアメリカ資本とタッグを組み、スター女優のニコール・キッドマンを主演に据えた『アザーズ』は、国際的なマーケットにおけるスペイン映画のブランドバリューを高めたエポック・メイキングな作品となった。 その後しばらくブランクは生じるものの、スペイン産の英語作品というパターンのプロジェクトは『[リミット]』(2010)、『レッド・ライト』(2012)、『記憶探偵と鍵のかかった少女』(2013)、『グランドピアノ 狙われた黒鍵』(2013)、『MAMA』(2013)へと受け継がれて現在に至っている。 スペインのジャンル・ムービー事情を語るうえでは『TIME CRIMES タイム・クライムス』(2007)も見落とせない。新人のナチョ・ビガロンド監督が放ったこの奇想天外なタイムパラドックスSFは、低予算作品でありながらスペイン国内で大ヒットを記録し、ファンタスティック系の映画祭で数多くの賞に輝いた。このような興行的な成功例が生まれると、スタジオやスポンサーに「スリラー&ミステリーは客を呼び込める」「海外に打って出ることができる」という自信が芽生え、新たな投資への好循環が沸き起こる。このジャンルで実績を積み重ねたプロデューサーやペドロ・アルモドバル、ギレルモ・デル・トロといった大物監督のバックアップのもと、若い才能たちが次々と育ち、今まさにスペインのジャンル・ムービーは豊かな“収穫期”を迎えている感がある。 ところが日本においては、スペイン製のスリラー&ミステリーが全国的なシネコン・チェーンのスクリーンにかかることは滅多にない。ここ数年、このジャンルの愛好家である筆者が唸らされた『ヒドゥン・フェイス』(2011)、『悪人に平穏なし』(2011)、『ネスト』(2014)、『ブラックハッカー』(2014)、『マーシュランド』(2014)といった快作は、いずれも小劇場や特集上映でひっそりと紹介されるにとどまっている。これらの“宝の山”のほとんどが、今もレンタルショップの片隅で日の目を見ずに眠っているのだ。 前置きが長くなって恐縮だが、今回ピックアップする『ロスト・ボディ』(2012)も“宝の山”の中の1本である。『ロスト・アイズ』(2010)、『ロスト・フロア』(2013)という似たタイトルのスペイン映画があっていささか紛らわしいが、これはどれも『永遠のこどもたち』(2007)のベレン・ルエダが主演を務めたミステリー・スリラーであるということ以外、内容的にはまったく繋がりがない。出来ばえに関しては『ロスト・ボディ』がダントツの面白さである。 日本では特集上映〈シッチェス映画祭セレクション〉で紹介された『ロスト・ボディ』は、ある真夜中、郊外の法医学研究所の死体安置所から製薬会社オーナーである高慢な中年女性マイカの遺体が忽然と消失したところから始まる。心臓発作で急死したマイカにはアレックスという年下の夫がおり、捜査に乗り出したベテランのハイメ警部はアレックスを呼び出し、彼がマイカを殺害して死体を隠蔽したのではないかと疑って事情聴取を始めるのだが……。 映画の比較的早い段階で、ひげ面の容疑者アレックスがマイカ殺しの犯人だという事実がフラッシュバックで観る者に提示される。ミステリーの核となるのは、なぜマイカの遺体が消えたのかという点だ。アレックスは外部にいる若く美しい愛人カルラと携帯で連絡を取りながら、ハイメ警部の厳しい事情聴取をのらりくらりとかわそうとするが、アレックスを取り巻く状況は悪化の一途をたどる。次第に追いつめられたアレックスは、特殊な毒薬を使って殺害したはずのマイカは実は生きていて、自分への復讐を実行しているのではないかという強迫観念に囚われていく。アレックスがマイカの幻影に脅えるシーンは、ほとんどホラー映画のようだ。 そもそも死体安置所を備えた2階建ての法医学研究所という空間を、警察の取調室代わりに仕立てたシチュエーションの妙がすばらしい。おそらく室内シーンの大半はセットで撮られたはずで、ミステリー・スリラーでありながらホラー的なムードを濃厚に漂わせた陰影豊かな美術、照明、撮影が、この映画のクオリティの高さを裏付けている。猛烈な雨が降りしきり、雷鳴の閃光がまたたく濃密な映像世界は、いつ幽霊が出没しても不思議ではない不気味な気配を醸し出している。 こうしたオリオル・パウロ監督率いるスタッフの的確な仕事ぶり、死美人役のベレン・ルエダとホセ・コロナド、ウーゴ・シルヴァらの演技巧者たちの迫真のアンサンブルに加え、何よりこの映画はオリジナル脚本が抜群に優れている。やがて死体消失の怪事件は夜明けの訪れとともに急展開を見せ、矢継ぎ早に意外な真相が明かされていく。いわゆるどんでん返しが待ち受けているわけだが、それは単にサプライズ効果を狙ったトリッキーな仕掛けではなく、登場人物の“情念”と結びついた本格ミステリーの醍醐味を堪能させてくれる。謎だらけの死体消失事件には、ある目的を達成するために恐ろしいほどの執念を燃やす首謀者とその共犯者が存在しているのだ! 巧妙な伏線をちりばめたうえで炸裂する“驚愕の真実”と、ラスト・カットまで持続する並々ならぬ緊迫感に筆者は舌を巻いた。こんな隠れた逸品を目の当たりにするたびに、スペイン製ジャンル・ムービーの発掘はしばらく止められそうもないと感じる今日この頃である。■ ©2012 Rodar y Rodar Cine y Television/A3 Films. All Rights Reserved 
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                                                      COLUMN/コラム2015.12.10 男たちのシネマ愛②愛すべき、味わい深い吹き替え映画(3) なかざわ:以前にマンディ・パティンキン(注30)という、舞台でトニー賞(注31)の主演男優賞も取ったことのあるユダヤ系の有名な俳優にインタビューしたことがあって、彼が面白いことを言っていたんです。彼はテレビドラマの「HOMELAND」(32)で、ヒロインであるCIAアナリストのキャリーの上司ソールという人物を演じているんですが、これがシリーズの始まった当初は善悪の区別がつきにくい人だったんですね。で、あなたはソールを善人として演じているのか、それとも腹にイチモツある男として演じているのかって尋ねたところ、こう切り返してきたんです。ヒットラー(注33)とムッソリーニ(注34)とガンジー(注35)とマザー・テレサ(注36)の共通点はなんだか分かるかい?って。彼らは自分の住む世界をより良いものにしようとしたんだよ。確かにヒットラーやムッソリーニの考え方には賛同しないが、しかし彼らが自分自身を悪人だと思っていたかというと、決してそんなことはないはずだと。だから、私は自分が演じる役を善人だとか悪人だとか決めつけて演じたりはしない、って言うんですね。 飯森:演技者というのは哲学に行きますね。人間とは何か、人生とは何かを突き詰めて芝居を考えていくと、おのずと哲学的になっていくと思うんですが、一方で舞台演劇の世界では、悪役はこう、怒ってる時はこう、というルールを守って演じなくてはいけない。でないと客席から見えないんで。その違いなんでしょうね。だから、内面を掘り下げるアメリカ人の演技に日本の演技者の舞台劇的な声が乗っかると、なかざわさんの仰るような違和感は当然生まれるんでしょう。それは確かに吹き替え版のデメリットかもしれません。 なかざわ:ただ、日本の吹き替えバージョンって、欧米に比べると圧倒的に完成度が高いですよね。例えば、イタリアってそもそも昔から全ての映画がアフレコで、しかも演じている役者本人とは別人が声を当てていることも少なくないんですよ。 飯森:香港映画も同じですね。 なかざわ:すると、果たしてオリジナル音声って何なんだって話になってくるんです。例えばイタリア映画でクリストファー・リー(注37)が出ていたりすると、英語バージョンは本人が声を当てているけれど、イタリア語バージョンは別人が吹き替えている。特に彼は声が特徴的だから、別人の声だと違和感ありありです。その一方で、共演のイタリア人俳優たちの場合は全く逆。イタリア語バージョンは本人の声で、英語バージョンが吹き替えになります。ちなみに、イタリア映画がアフレコ中心になってしまった理由は、撮影機材の問題なんです。今はどうか知りませんが、昔からイタリアで一般的に使用されてきた撮影カメラって音がデッカイらしいんですよ。だから、そもそも現場の音が録れない。フレッド・ウィリアムソン(注38)がインタビューでビックリしたって言ってましたもん。最初から音を録るつもりがないから、本番中でも周りでスタッフが好き勝手に話したり飯食ったりしているんだって。それに、’80年代頃まではイタリア映画って輸出産業だったから、各国向けに幾つもの外国語バージョンを作っていた。キャストの国籍もバラバラだったから、現場でも役者はそれぞれの母国語でセリフをしゃべっていたらしいんですよ。そうすると、全部まとめてアフレコにしちゃった方が便利ですよね。そういった事情もあって、ローマにはアフレコ専門のスタジオがあって声優さんがいて、輸出用の外国語バージョンを作っていたみたいですね。 飯森:その辺の事情は、実はうちで放送する「バーバリアン怪奇映画特殊音響効果製作所」(注39)っていう映画に詳しく出てくるので、是非ともご覧になって頂きたい(笑)。イタリアの音響効果スタジオにイギリス人の技師さんが呼ばれて、ジャロ映画(注40)の音響を作ることになるのだけれど、そこでいろいろと嫌な目に遭うというホラー映画なんですけれど、イタリア映画の音響に関して、まさにそのままメタ映画になっているんです。 なかざわ:乞うご期待ですね! 飯森:ただ、そういうのが逆に良かったりもするんですよ。典型的なのはマカロニ・ウエスタン(注41)ですね。日本語版だと納谷悟朗(注42)さんとか山田康雄(注43)さんなどの名優たちが素晴らしい吹き替えを残していて、それはそれでいいんだけれど、あのイタリア語版のアフレコならではの安っぽさも捨てがたい。絶妙にリップシンク(注44)がズレていたりとかね(笑)。 なかざわ:いい感じにクオリティーが低いんですよ。声優も下手っクソな人が紛れていたりとかして。 飯森:どの位置にマイクがあって録音しているんだ?と首を傾げてしまうような、要するに雑な録り方をしている。全く自然に聞こえないんですよ。そういう雑な仕事ぶりが、明らかにアメリカじゃないだろうという、マカロニ・ウエスタンの映像と絶妙なハーモニーを奏でるわけです。 注30:1952年生まれ。俳優。主に舞台で活躍。映画の代表作は「愛のイエントル」(’83)や「トゥルー・カラーズ」(’91)など。注31:ブロードウェイの優秀な作品や人材に贈られる舞台版アカデミー賞。注32:’11年より放送中。CIAアナリストのキャリーを主人公に、米国の対テロ工作の最前線を徹底したリアリズムで描く。注33:1889年生まれ。ドイツの政治家。ナチスの指導者として独裁体制を敷いた。1945年没。注34:1883年生まれ。イタリアの政治家。国家ファシスト党を率いて一党独裁体制を敷いた。1945年没。注35:1869年生まれ。インドの政治指導者。インド独立の父と呼ばれる。1948年没。注36:1910年生まれ。ルーマニアの修道女。慈善活動でノーベル平和賞などを受賞。1997年没。注37:1922年生まれ。俳優。代表作は「吸血鬼ドラキュラ」(’58)や「007 黄金銃を持つ男」(’74)、「ロード・オブ・ザ・リング」(’01)シリーズなど。「顔のない殺人鬼」(’63)などイタリア映画への出演も多い。2015年没。注38:1938年生まれ。俳優。「ブラック・シーザー」(’73)などの黒人アクション映画で大ブレイク。「地獄のバスターズ」(’76)や「ブラック・コブラ」(’87)などイタリア産アクションへの出演も多い。注39:2012年制作。日本ではシッチェス映画祭ファンタスティック・セレクション作品として公開。トビー・ジョーンズ主演。注40:’60年代~’80年代にかけて世界中で一世を風靡したイタリア産猟奇ホラーの総称。注41:’60年代~’70年代に世界的な大ブームを巻き起こしたイタリア産西部劇の総称。注42:1929年生まれ。声優。「宇宙戦艦ヤマト」の沖田艦長や「ルパン三世」の銭形警部で有名。2013年没。注43:1932年生まれ。声優。「ルパン三世」のルパン役のほか、クリント・イーストウッドの吹き替えでも知られる。1995年没。注44:映像などにおいて口の動きと声がズレないこと。 次ページ >> “字幕原理主義”の影響で、みんな洋画を見なくなってしまった…(飯森) 『ゴッドファーザー』COPYRIGHT © 2015 BY PARAMOUNT PICTURES CORPORATION. ALL RIGHTS RESERVED. 『ゴッドファーザーPART Ⅲ』TM & COPYRIGHT © 2015 BY PARAMOUNT PICTURES. ALL RIGHTS RESERVED 『レインマン』RAIN MAN © 1988 METRO-GOLDWYN-MAYER STUDIOS INC.. All Rights Reserved 『バーバリアン怪奇映画特殊音響効果製作所』©Channel Four Television/UK Film Council/Illuminations Films Limited/Warp X Limited 2012 『ファール・プレイ』COPYRIGHT © 2015 PARAMOUNT PICTURES. ALL RIGHTS RESERVED. 
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                                                      COLUMN/コラム2015.12.05 男たちのシネマ愛②愛すべき、味わい深い吹き替え映画(2) 飯森:僕はコメディーも吹き替え向きだと思っています。ギャグの場合は情報量だけじゃなくてタイミングの問題もある。字幕の2行目にオチが出てきちゃって、せっかくのギャグが台無しになっちゃうとかね。それと、これは日本語吹き替え擁護派の第一人者でもある漫画家のとり・みき(注6)先生に取材させて頂いた時に、聞いてなるほどと思ったことなんですが、字幕は画面の邪魔をすると。これって字幕派の人は案外気付いていない。吹き替えがオリジナルと違うというのであれば、なぜ字幕が画面に乗っている状態を良しとするのか。映像に集中したい映画であればあるほど、字幕は目障りになるんですよ。 なかざわ:ちなみに、海外は吹き替えが主流ですよね。アメリカ人なんか字幕っていうだけで敬遠する人が多いですし。 飯森:ヨーロッパでも外国映画は吹き替えが一般的みたいですよ。 なかざわ:吹き替えの事情って国によってまちまちですが、例えばアメリカではボイスアクターという職業自体はありますが、それでも声優を専門にしているわけじゃない。俳優としての仕事が少ないから、声優をやらざるを得ないというケースが多いんですよ。なので、今の日本みたいに最初から声優を目指している人というのはあまりいない。以前に、セス・マクファーレン(注7)が作っている「ファミリー・ガイ」(注8)というテレビアニメの声優さんたちにインタビューしたことがあって、日本では声優の専門学校があるんですけどアメリカにもありますか?って尋ねたところ、そんなの聞いたことないねって言ってましたよ。 飯森:日本もそうだったんですけれどね。それこそ、「厳選!吹き替えシネマ」で取り上げているような昔の作品では、舞台をメインに活躍されていた劇団俳優さんが、声の仕事ももらってやっていた。だから、有名な方の中には声優と呼ばれることを嫌がる人もいて。声だけやってるわけじゃない、総合的な演技者だからと。でも、その後のアニメから発生した声優ブームのおかげもあって、だいぶ意識はかわりましたよね。 なかざわ:面白いのは、イタリアだと日本のオードリー・ヘプバーン(注9)=池田昌子(注10)さん、刑事コロンボ(注11)=小池朝雄(注12)さんみたいな感じで、特定のハリウッド俳優の声は専門の声優が吹き替えるという伝統があったらしいんですよ。今も同じなのかは分かりませんが。で、中にはハリウッド俳優並みにスター扱いされる人もいたらしいですね。 飯森:日本ではマニア用語で「フィックス」と言いますね。シュワルツェネッガー(注13)なら玄田哲章(注14)さんとか。でも、意外と侮れないのが屋良有作(注15)さんなんですよ。屋良さんといえば「ちびまる子ちゃん」(注16)の父ヒロシですけど、「コマンドー」(注17)とか「トータル・リコール」(注18)とかの頃はシュワちゃんもされていました。フィックスといっても、だんだん一本化されていくんでしょうね。あるいは複数の方でフィックスされることもありますし。例えば、ハリソン・フォード(注19)なら村井国夫(注20)さんか磯部勉(注21)さん。村井さんがやるとちょっとチャラく聞こえるけれど、磯部さんは激シブ。同じハリソン・フォードでも印象が全く変わるんです。村井さんの「インディ・ジョーンズ」(注22)はちょっと女たらしでお調子者だけど、磯部さんの「インディ・ジョーンズ」はダンディー極まりない。別の価値を持ったコンテンツとして両方楽しめるんです。賛否両論だと思いますが、吹き替え肯定派にとってはこれがいいんですよ。 なかざわ:最初に述べたように自分は字幕派だけど吹き替えも否定しませんし、オリジナル版よりも面白くなったというケースも実際にあるとはいうものの、それでも引っかかる点はあるんですよ。それがですね、例えば日本語の吹き替えだと悪人はいかにも悪人ぽいしゃべり方をすることって多くありません? その役柄のイメージをステレオタイプに当てはめて演じる声優さんが多いと思うんですよ。でも、アメリカの俳優は絶対にそんな演技はしない。確かに大昔はオーバーアクトな俳優も多かったけれど、今は“演技を演技に見せない演技”というのが良しとされています。なので、日本語吹き替えの大袈裟な台詞回しには違和感を覚えるし、場合によっては作品を台無しにしていると思うんです。 飯森:それは、’60年代後半から’70年代にかけて、アメリカでメソッド演技が主流になったことと関係しますよね。 なかざわ:リー・ストラスバーグ(注23)ですね、アクターズ・スタジオ(注24)の。 飯森:スーザン・ストラスバーグ(注25)のお父さん! なかざわ:いや、それ、我々以外だと分からない人の方が多いと思います(笑)。 飯森:まあ、要はロシアで発明された演技法ですよね。そもそも、古代ギリシアの昔からシェイクスピアやオペラを経て、人類は舞台での演技というのを培ってきたわけです。スポットライトを浴びて、客席に向かって芝居をする。2階席から見ても、何をしているのか分かるような感情表現を磨いてきた。ところが、映像が発明されてクロースアップが出来るようになると、そんな大げさな芝居はいらなくなったわけです。例えば、本当に人間が悲しんでいる時、それこそ芝居みたいに髪をかきむしったりなんかしないじゃないですか。 なかざわ:まあ、イタリア人だったら別かもしれませんけどね(笑)。 飯森:ラテン系の人は置いておいて(笑)。ごく普通の人はそんなことしない。だから、本当に悲しそうな演技をするためにはどうすればいいのか。それをどうすればフィルムに捉えることができるのか。そのノウハウを研究して生まれたのがメソッド演技なわけです。 なかざわ:いわゆるスタニスラフスキー・システム(注26)ですよね。 飯森:そこからアメリカでもニューヨークの演劇界なんかでメソッド演技を研究するようになり、マーロン・ブランド(注27)やアル・パチーノ(注28)ダスティン・ホフマン(注29)などが、そういう演技アプローチを取り始めた。ところが、日本ではそうならなかったわけです。日本は引き続き今でも、舞台演劇をやっている人こそ本格派だという信仰がある。 なかざわ:そのくせ舞台俳優ってあまりお金になりませんけどね。 飯森:僕は仕事柄、最近の邦画をほとんど見ないので、たまに近年の日本映画を見ると、芝居が大きくてビックリしちゃうんですよ。 なかざわ:本当にそうですね。もちろん、全員がそうではないですし、特にインディーズ系の映画だと自然な演技をされる役者さんも多いですけど。やはり演出家のセンスの問題もあるような気がします。 飯森:我々の感情とか生活の延長線上に物語があるんじゃなくて、完全に別物になっちゃっている。だから、そういうものと思って割り切りながら見ないと、僕みたいな洋画派が見るとビックリちやうんですよ。 注6:1958年生まれ。漫画家。代表作「クルクルくりん」「遠くへ行きたい」など。注7:1973年生まれ。映画監督、アニメ作家、俳優。テレビアニメの代表作は「ファミリー・ガイ」、実写映画の代表作は「テッド」(’12)シリーズ。注8:’99年より放送中の長寿テレビアニメ。田舎町に住む家族の日常を、下ネタや差別ネタ満載の過激なブラック・ユーモアで描き、アメリカでは常に保護者から俗悪番組と非難されている。注9:1929年生まれ。女優。代表作はアカデミー主演女優賞に輝いた「ローマの休日」(’53)、「マイ・フェア・レディ」(’64)など。1993年没。注10:声優。オードリー・ヘプバーンやメリル・ストリープの吹き替えで知られる。アニメ「銀河鉄道999」のメーテル役でも有名。注11:’68年から’03年まで制作された同名刑事ドラマ・シリーズの主人公。一貫して俳優ピーター・フォークが演じた。注12:1931年生まれ。俳優。「仁義なき戦い」(’73)シリーズなどの映画で活躍する傍ら、ドラマ「刑事コロンボ」などの吹き替え声優としても活躍。1985年没。注13:1947年生まれ。俳優。代表作は「ターミネーター」(’84)シリーズや「プレデター」(’87)など。注14:1948年生まれ。声優。シュワルツェネッガー本人から専属声優として公認されている。注15:1948年生まれ。声優。「ちびまる子ちゃん」のお父さんや「ゲゲゲの鬼太郎」のぬりかべなどアニメ声優として知られる。注16: さくらももこの原作漫画をアニメ化した国民的テレビアニメ。注17:1985年制作。娘を救うため宿敵と対決する元特殊部隊隊員をシュワルツェネッガーが演じる。マーク・L・レスター監督。注18:1990年制作。偽の記憶を植えつけられた工作員をシュワルツェネッガーが演じる。ポール・バーホーベン監督。注19:1942年生まれ。代表作は「スター・ウォーズ」(’77)シリーズや「インディ・ジョーンズ」(’81)シリーズなど。注20:1944年生まれ。俳優。「日本沈没」(’73)など数多くの映画やドラマで活躍し、声優としても定評がある。注21:1950年生まれ。俳優。NHK大河ドラマ「元禄太平記」などのドラマや映画で活躍。声優としてはハリソン・フォードやチョウ・ユンファでお馴染み。注22:スピルバーグ監督の同名映画シリーズでハリソン・フォードが演じた探検家。注23:1901年生まれ。俳優、演技コーチ。マーロン・ブランドやマリリン・モンロー、ロバート・デ・ニーロ、アル・パチーノなど数多くの俳優に演技指導を行い、自らも「ゴッドファーザーPART Ⅱ」(’74)などの映画に出演。1982年没。注24:リー・ストラスバーグが設立したニューヨークの名門演劇学校。注25:1938年生まれ。女優。映画「女優志願」(’58)の主演で清純派スターとして大ブレイク。1999年没。注26:ロシアの演出家コンスタンチン・スタニスラフスキーが、’30年代に提唱して世界的に普及したリアリズム重視の演技理論。注27:1924年生まれ。俳優。アメリカ映画史で最も重要な俳優の一人。代表作は「波止場」(’54)や「ゴッドファーザー」(’72)など。2004年死去。注28:1940年生まれ。俳優。代表作は「ゴッドファーザー」(’72)シリーズや「スカーフェイス」(’83)、「セント・オブ・ウーマン/夢の香り」(’92)など。注29:1937年生まれ。俳優。代表作は「卒業」(’67)や「クレイマー、クレイマー」(’79)、「レインマン」(’88)など。 次ページ >> 各国の事情を鑑みると、“オリジナル音声って何なんだ?”って話になる(なかざわ) 『ゴッドファーザー』COPYRIGHT © 2015 BY PARAMOUNT PICTURES CORPORATION. ALL RIGHTS RESERVED. 『ゴッドファーザーPART Ⅲ』TM & COPYRIGHT © 2015 BY PARAMOUNT PICTURES. ALL RIGHTS RESERVED 『レインマン』RAIN MAN © 1988 METRO-GOLDWYN-MAYER STUDIOS INC.. All Rights Reserved 『バーバリアン怪奇映画特殊音響効果製作所』©Channel Four Television/UK Film Council/Illuminations Films Limited/Warp X Limited 2012 『ファール・プレイ』COPYRIGHT © 2015 PARAMOUNT PICTURES. ALL RIGHTS RESERVED. 
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                                                      COLUMN/コラム2015.12.05 髑髏が怪異な現象を巻き起こす『がい骨』は、今は亡き、2大怪奇スター競演が魅力! だがハマー作品も、60年代終わり頃からマンネリ化と作品の質の低下(今振り返れば、それでも充分面白かったが)を招き、観客に飽きられはじめて興行も厳しい状況に陥っていった。それでもハマーを世界的に知らしめた、『フランケンシュタインの逆襲』(57年)と『吸血鬼ドラキュラ』(58年)でのピーター・カッシングとクリストファー・リーの競演は、ホラー映画史に刻むほどの名場面の数々を生んだ……。 比較的若い映画ファンからすれば、カッシングといえば『スター・ウォーズ』(77年)での帝国軍モフ・ターキン役で知られているし、リーの場合は『スター・ウォーズ エピソード2&3』(02・05年)のドゥークー伯爵役や『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズ(01・02・03年)のサルマン役、そしてティム・バートン監督作品などで人気を集めてきた名優だ。 ピーター・カッシングとクリストファー・リーは、60年代から英国製怪奇映画のスターとして海外でも広く知れ渡り、SF&ホラーのジャンル系映画を製作するアミカス・プロダクションの映画にもたびたび出演した。アミカスは、オムニバス形式の怪奇ホラー物に活路を見出し、『テラー博士の恐怖』(64年)をはじめ、『残酷の沼』(67年)、『怪奇!血のしたたる家』(71年)、『魔界からの招待状』(72年)などを次々と発表し、単独のSF&ホラーものでは、『Dr.フー in 怪人ダレクの惑星』(65年)、『怪奇!二つの顔の男』(71年)、『恐竜の島』(74年)、『地底王国』(76年)などを製作してきた。 そのアミカスが65年に製作した『がい骨』では、カッシングとリーを競演させたうえ、ハマーの『フランケンシュタインの怒り』(64年)や『帰って来たドラキュラ』(68年)では監督を務めつつ、Jホラーにも多大な影響を与えた心霊映画の名作『回転』(61年)、デヴィッド・リンチ監督の『エレファント・マン』(80年)や『砂の惑星』(84年)では撮影監督を手がけたフレディ・フランシスが監督に抜擢された。 怪奇スターのカッシングとリー、監督フランシスの3人は、アミカスのオムニバス作品『テラー博士の恐怖』で一度組んで実証済みの黄金トリオ。その3人が挑んだ『がい骨』は、ロバート・ブロック(代表作「サイコ」「アーカム計画」)の短編小説「サド侯爵の髑髏」(朝日ソノラマ発行「モンスター伝説 世界的怪物新アンソロジー」所収、現在絶版)が原作である。 物語はとてもシンプルで、悪魔学や黒魔術等のオカルト研究家として名高いクリストファー・メイトランド(ピーター・カッシング)が、骨董商人マルコが売りつけようとした不気味な髑髏の魔力に徐々に魅せられてゆくという怪奇譚。 メイトランドは、マルコから昨日も、人皮で装丁された古めかしい奇書「悪名高きサド侯爵の生涯」を購入し、それを愛でるように読んでいた。そして今回持ってきた髑髏は、サド侯爵のものだとマルコは言う。「1814年、サド侯爵が埋葬されてまもなく、頭部が盗まれた。盗んだのは骨相学者ピエールで、彼は研究対象としてサドに興味があった。サドが本当に常軌を逸していたかを、髑髏から探ろうとしていたんだ。数日後、死んだピエールの友人である遺言管理人ロンドがピエールの家を訪れると、ピエールの愛人が“彼は、あの夜から邪悪に豹変した”と言う。まもなく髑髏の魔力により、ロンドがピエールの愛人をナイフで殺害した。彼は自らの犯行を説明できず、唯一、口にした言葉が、“髑髏(がい骨)”だった……」 メイトランドは、マルコからその話を聞かされても真実か否か疑わしく、しかもあまりに高額のため、購入を躊躇していた。 だがまもなく、メイトランドのライバルで知人でもあるオカルト蒐集家フィリップス卿(クリストファー・リー)から意外な事実を知らされる。あの髑髏は、フィリップス卿の蒐集品の一つで、何者かに盗まれたという。しかもフィリップス卿は、「盗まれて、ホッとしている。君も手を出すな」と。さらに迷信を信じない彼が、「あれは危険だ。サドが異常ではなく、悪霊に憑かれていた。髑髏には今も悪霊が……」と言う姿を見たメイトランドは、あの髑髏がサドのものであると確信を得て、心底欲しくなってしまう。 そしてフィリップス卿は、先日の有名なオークションで17世紀の石像4体(ルシファー、ベルゼブブ、リヴァイアサン、バルベリト)を高額落札したのは、髑髏の意志だったと言う。 導入部のオークション会場で、フィリップス卿が石像4体をメイトランドと異様に競って落札した理由がここにあった。会場でフィリップス卿が少しばかり病的に見えたのも、髑髏に脅えていたせいかもしれない。あげくに、その石像がどのように用いられるのか、フィリップス卿が身を持って知る展開も見事だった。 かたやメイトランドにとって、マニアやコレクターの性(さが)のせいか、恐怖や呪いの話を聞かされても、それ以上にサド侯爵の髑髏が欲しくてたまらない。私のものにするんだという強い執着心を抱き、なんとか手に入れようとする。 サド侯爵の髑髏(造型物らしさはなく、本物の人骨のよう)は不気味だが、見た目は“がい骨”そのもの。髑髏の意志を表現するため、髑髏の2つの眼孔の内側から見たような主観映像がたびたび挿入される。それはメイトランドを見据えるかのような印象を与えるが、恐怖までは感じられない。そのため、髑髏で恐怖を表現するのではなく、髑髏の意志によって人間の欲望が増幅(強調)され、存在感いっぱいの怪奇スターが異常行動を見せる! そこに緊迫感が生まれ、恐怖を滲ませる。 例えばその一つが、マルコのアパートをメイトランドが訪れた際に起きる衝撃のアクシデントだろう。ある男がアパートの上層階から、吹き抜けに取り付けてあるステンドグラスを幾つもつき破って落下してゆく凄絶ショット(まるでダリオ・アルジェント作品を観ているような興奮を覚えた)。 白眉はメイトランドと髑髏が対峙する、約20分にもおよぶ終盤のシークエンスだろうか。メイトランドは、髑髏を自分の書斎のガラス戸棚に収容するが、やがて髑髏は魔力を発揮し宙に浮遊しはじめる。その魔力に屈したメイトランドは、ベッドに寝ている妻を殺害しようとする。この一連のくだりは、ピーター・カッシングの台詞らしい台詞がひとつもない一人芝居で、彼の名演とフレディ・フランシスの演出が相まって、見事な緊迫感を生んでいる。 現在のホラー映画はVFXの見せ場が幅を利かせているが、かつては怪奇スターと監督の絶妙なコラボレーションによって興奮したものである。VFXの見せ場も嬉しいが、今では怪奇スター不在に寂しさを感じる。 劇中半ばに、メイトランドとフィリップス卿がビリヤードを興じる場面がある。カッシング、リー、フランシスの3人は鬼籍に入ってしまったが、あの世でのんびりとビリヤードを楽しんで欲しいと願う。『がい骨』での怪奇スター競演を観ながら、映画界で長年活躍してきた3人に感謝したい気持ちでいっぱい……。■ COPYRIGHT © 2015 BY PARAMOUNT PICTURES CORPORATION. ALL RIGHTS RESERVED. 
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                                                      COLUMN/コラム2015.12.01 男たちのシネマ愛②愛すべき、味わい深い吹き替え映画(1) なかざわ:今回は「厳選!吹き替えシネマ」についてお話を聞かせていただこうと思います。で、ちなみに唐突なのですが、洋画ファンでも恐らく吹き替え派と字幕派に分かれるかと思うのですが、飯森さんはどちらですか? 飯森:それ聞いちゃいますか(笑)?ん~、これは初カミングアウトになるかと思いますが、基本的には字幕派なんです。その「基本的には」の意味は追々説明しますね。なので、とりあえずここでは字幕派ということで。 雑食系映画ライター なかざわひでゆき なかざわ:なるほど、僕も字幕派なんですが。確かに子供の頃はテレビの洋画番組をよく見ていたこともあって、必ずしも吹き替え版に抵抗があるわけじゃないんですが、どちらを選んで見るかというと字幕版になりますね。 飯森:まず「厳選!吹き替えシネマ」というレギュラー枠についてですが、これは昔懐かしい昭和のテレビ洋画劇場で流れた日本語吹き替え版を、毎月最低でも1本は取り上げようという企画なんです。それも、できればDVDやブルーレイに収録されていないやつを。というのも、昔は放送時間の都合で2時間の映画を1時間半にカットしたりして、吹き替え音声もその分しか作られていないことが多いんですね。なので、そういう作品はソフト化する際、新たに録音したノーカットの新バージョン吹き替えを収録するケースが多々ある。でも、僕のようにテレビの洋画劇場で昔その映画を見たという人間には、それは聞いてて違和感があるんですよ。なので、カットされててもいいから昔のテレビ音源を探してきて放送しちゃえと。それじゃないと気持ち悪いという人が多分いるはずだから。…という理由で「厳選!吹き替えシネマ」は始めたわけです。今回の1・2月放送分は特に枕に“極み”とつけ、10もの作品を放送します。 なかざわ:すると、飯森さんは字幕派でありながら吹き替え版にもこだわりを持っていらっしゃるわけですね。 飯森:確かに字幕には字幕の良さがある。例えばアラン・ドロン(注1)なら、野沢那智(注2)さんの吹き替えもいいけれど、原音でアラン・ドロンの声を聞くことで、フランス語の響きの美しさに初めて気付き、フランス語を学ぶきっかけになったということもある。でも、だからといって字幕版が吹き替え版より優れているというわけじゃない。’80年代後半から’90年代にかけてVHSバブルの時代がありましたよね?あれは革命でした。それ以前は字幕ノーカット版は映画館だけでしか見れないもので、ちょっとプレシャスな体験だった。しかも、そもそも映画館で見たい作品がかかっているとも限らない。けれど、ビデオレンタルの普及で好きな作品を選び、家で気軽にノーカット字幕版を見れるという奇跡のような時代が訪れたわけです。あと、昔のテレビ吹き替え版って、例えばアメリカ人のくせにべらんめえ調で「釈迦に説法じゃあるめえし!」とか言っちゃって、恐らくそれを不満に感じていた人もいると思うんですが、字幕版のビデオだったらそんな変な翻訳はしてないし、おまけに俳優の生の声も聞ける。「このプレシャスな体験が俺の日常になるんだ!」ということで浮かれちゃって、「もうテレビ吹き替えなんかいらない」っていう、言ってみれば“字幕原理主義”にもとづく一種の“文化大革命”が映画ファン限定で巻き起こったわけです。 なかざわ:そう言われるとそうかもしれません。自分も一時期はそれに感化されていたような気がしますね。 飯森:でも、そうした狂乱の時代が過ぎると、いろいろなことが冷静に見えてくるわけです。例えば、先ほどの変な日本語訳。ナシだと思っていた「釈迦に説法」が、過ぎてみるとアリだったなという気になってくる。もちろん、アメリカ人はそんなこと言わないから、今の吹き替え版ではそんな翻訳はしない。最近の翻訳はすっかり端正なものになっていますが、それが逆にお仕着せのような行儀良さがあってつまらない。かえって、昔の変な吹き替えの方が、はっちゃけていて魅力的に聞こえるんですよ。日本仕様にローカライズ(注3)されているから、我々の心にストンと落ちてくるというか。 なかざわ:あと、字幕版だと情報量の問題もありますよね。字幕は文字数も表示時間も限られているから、その中で要約しないとならない。すると、どうしても理解しづらいケースが出てきちゃうんですよね。でも、吹き替え版は俳優のしゃべっている間ならいくらでも日本語のセリフを乗せられるから、翻訳しきれない情報というのが少なくて済む。 飯森:実は今回のラインナップから外れた作品があるんですけれど、それが「JFK」(注4)なんですよ。僕としては放送したかったんですが、諸事情から断腸の念で見送らざるを得なかった。これなどはまさにそうで、セリフの情報量が圧倒的に多い法廷劇だから、字幕だと端折られすぎててよく分からないんですよ。まあ、恐らく頭のいい人なら分かるかもしれない。多分こういう事を言っているんだろうな、だいぶ端折られているけれどってことを、フォースで感知できてしまうミディ=クロリアン値(注5)のすごく高い人なら(笑)。でも、僕みたいにフォースのない人間にはサッパリで、最初に字幕版で見たときなんか、なんて退屈で眠くなる映画なんだと思った。ところが、後に日曜洋画劇場だったと思うんですけど、日本語吹き替えで見たところ、もう涙が止まらない。大号泣ですよ。なので、確かに僕は字幕派ですが、少なくともVHSバブル時代みたいな、「字幕版万歳!オリジナリティ万歳!吹き替えは反革命だ!旧文化を破壊せよ!造反有理!!」みたいな“文化大革命”は、もったいないぞと思う。どちらがいいじゃなくて、一長一短で賢く選ばないとダメですよ。 なかざわ:それぞれの良さがあるということですね。 注1: 1935年生まれ。俳優。二枚目スターの代名詞。代表作は「太陽はひとりぼっち」(’ 62)と「冒険者たち」(’ 67)など。注2:1938年生まれ。声優。アラン・ドロンの吹き替えで知られ、ラジオDJとしても親しまれた。2010年没。注3:特定の地域に向けて作られた作品などを、別の地域に合うよう改変すること。注4:1991年制作。ケネディ大統領暗殺事件の真相究明に奔走する地方検事を描く。オリバー・ストーン監督。注5:「スター・ウォーズ」に登場する、人間の細胞内で共生する微小生命体がミディ・クロリアン。その数値が高ければ高いほどフォースの潜在能力も強い。 次ページ >> 同じハリソン・フォードでも、声が村井さんと磯部さんでは別の価値を持つ作品に(飯森) 『ゴッドファーザー』COPYRIGHT © 2015 BY PARAMOUNT PICTURES CORPORATION. ALL RIGHTS RESERVED. 『ゴッドファーザーPART Ⅲ』TM & COPYRIGHT © 2015 BY PARAMOUNT PICTURES. ALL RIGHTS RESERVED 『レインマン』RAIN MAN © 1988 METRO-GOLDWYN-MAYER STUDIOS INC.. All Rights Reserved 『バーバリアン怪奇映画特殊音響効果製作所』©Channel Four Television/UK Film Council/Illuminations Films Limited/Warp X Limited 2012 『ファール・プレイ』COPYRIGHT © 2015 PARAMOUNT PICTURES. ALL RIGHTS RESERVED. 
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                                                      COLUMN/コラム2015.11.30 男たちのシネマ愛①愛すべき、未DVD・ブルーレイ化作品(7) 飯森:最後は「ウォーキング・トール」ですね。主演はジョー・ドン・ベイカー。 なかざわ:一応、これって実話らしいんですけど、本当か?って感じですよね。どこまで脚色しているんだろうという。実在のプロレスラーが現役を引退して、自分の故郷へ家族を連れて戻ってきたところ、とんでもないことになっていた。汚職はまんえんしているし、怪しい商売をしている連中はいるし。で、そんなゴミどもは俺が一掃してやる!ってなわけで元プロレスラーが立ち上がる。当時は、こういった地方の腐敗とか堕落を描いたアメリカ映画って多かったですよね。古き良き時代の崩壊というか。 飯森:まあ、そういう時代でしたから。「ソルジャー・ボーイ」(注40)とか、“アメリカの田舎は怖いぞ”シリーズ(笑)。腕っ節に自信のある元プロレスラーの大男が田舎のチンピラ相手に戦うわけだけど、この映画でおかしいのは武器が棒なんですよね。それでも木製のバットとか必然性のあるものならいいんですけど、そこらへんに転がっているような丸太を抱えて振り回す。その絵面が変なんです。銃とかバタフライナイフとかで武装している連中に対して、木の棒ですから。丸太でボーンとぶん殴る。一度見たら忘れられないですよね。 なかざわ:これって、すごい数のシリーズが作られているんですよね。 飯森:そう、伝説化しちゃったみたいで。アメリカでは類似作品もたくさん作られているし、このパターンの映画の元祖として、押さえておかなくちゃならない映画ではあるんですよね。日本ではその原点からして見れなくなっちゃったので、そういう“ミニジャンル”が存在すること自体が知られてないんですけど。あと、主演のジョー・ドン・ベイカーも’70年代的ないい男です。 なかざわ:いかにもアメリカ人好みの大柄なタフガイ俳優というか、日本人には受けないタイプかもしれません。 飯森:プロテインを飲んでムキムキになった筋肉男が、意味もなく上半身裸で戦うのが’80年代アクションですけれど、彼はそこへ行く前の典型的なヒーローですよ。チンピラが見上げるようなバカでかい大男を、手がつけられないくらい怒らせちゃった。そんな’70年代らしい映画ですね。ジョー・ドン・ベイカーは他にも「突破口!」(注41)という映画があって、ここではものすごく印象的な殺し屋をやっていました。 なかざわ:確か「007」にも出ていましたね。 飯森:CIAの連絡員役ですね。 なかざわ:いかにもアメリカの田舎で牛と取っ組み合っていそうな男ですけど(笑)。 飯森:ロデオボーイみたいな。「ジュニア・ボナー 華麗なる賭け」(注42)では、そういった田舎の土地をどんどん地上げして売りさばく不動産屋の社長役を皮肉にもやっていましたね。その弟がロデオボーイのスティーヴ・マックイーン(注43)で、兄貴は腐りきっていると。西部の魂をめぐって兄弟の確執があるという、これまたいい映画でした。ジョー・ドン・ベイカーは最高の’70年代男ですよ。 (終) 注40:1972年製作。ベトナム帰還兵の若者たちの残酷な末路を描く。ジョー・ドン・ベイカー主演。注41:1973年製作。平凡な中年男が銀行強盗を働き、警察とマフィアに追われる。ウォルター・マッソー主演。注42:1972年製作。故郷へ戻ったロデオボーイの目を通して、古き良き西部が失われゆく時代を描く。スティーヴ・マックイーン主演。注43:1930年生まれ。代表作は「ブリット」(’68)や「タワーリング・インフェルノ」(’74)など。1980年死去。 
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                                                      COLUMN/コラム2015.11.30 男たちのシネマ愛①愛すべき、未DVD・ブルーレイ化作品(6) 飯森:「くちづけ」は個人的に一番の押しですね。 なかざわ:ちょうど’60年代終わりから’70年代初頭にかけての、当時ならではの繊細なタッチがいいですよね。設定やストーリーこそ違うけれど、「愛すれど心さびしく」(注33)にも似た瑞々しい青春ドラマの趣があります。それ以前のアメリカの青春ドラマって、それこそトロイ・ドナヒュー(注34)とスザンヌ・プレシェット(注35)の恋愛ロマンスとか、フランキー・アヴァロン(注36)とアネット・ファニチェッロ(注37)のビーチものとか、いわゆる中産階級のティーンたちの明るく楽しい映画が多かったじゃないですか。 飯森:ビーチサウンドに乗ってね、オープンカーで海へ出かけて遊ぶみたいな。 なかざわ:それに対する反動もあってなのか、もちろん時代の空気もあるとは思いますが、このころになると個人の内面というか、特にマジョリティーと相容れない若者の心情を描く青春映画が多く作られるようになって。 飯森:僕は、これはニューシネマだと口が滑りそうになったんですけど、よく考えるとニューシネマじゃないんですよね。ニューシネマってのは、スクエアな人達に対して反発する主人公がいないといけないんです。四角四面にサラリーマンやっている奴らに反発するんだっていう、“Don’t Trust Over Thirty(30歳以上を信用するな)”というマインドがないとならない。で、そんな連中が最後には圧力によって押さえ込まれ、挫折して死んでいくさまを描かなくちゃならないんだけど、これは主人公の男の子が思いっきりエスタブリッシュメント側の人間なんですよ。俺は普通に大学へいって、普通に就職して人並みに生きていくんだという。それが、たまたま付き合うことになった女というのが、とても変な女だった。だんだん付き合っていくうちに、やばいかも…?となる。そこで愛が冷めればいいんだけど、愛情を抱いたままで、いわば“事故物件”だったことに気づいちゃうんですね。こういう、手を引くことの苦痛感を描く映画ってジャンルとしてあるんですよ。「ベティ・ブルー」(注38)とかね。男向け恋愛映画だと思うんだけど、これが切ないんです。 なかざわ:でも、ライザ・ミネリ(注39)演じるヒロイン、プーキーの視点からすると、彼女って要するにいじめられっ子だと思うんですよ。具体的に言及はされていないけど、恐らく周囲から浮いていて変人だと思われている。だから、彼女は逆に周りの普通の人たちをバカだと決めつけているわけです。自分以外は全員バカなんだと。 飯森:なるほど、それってフラタニティ(大学の社交クラブ)のシーンですよね。みんなでワイワイ学生らしく深酒して楽しんでいるところに、プーキーが入っていくとヤバいケミストリーが起きてしまって、彼女の変人ぶりが一気にスパークしてしまう。その解釈だと合点がいきますね。 ==============この先ネタバレが含まれます。============== なかざわ:自分はプーキーの視点でこの作品を見ていたんですよ。だから、周囲と相容れられずに誰も理解してくれない孤独だったり、同じ感覚を共有できる相手がいないといった気持ちを抱えていた女の子が、たまたま目に入った、主人公の見るからに地味で大人しそうな男子を、「もしかしたら自分と同類かも!」と思って一方的に恋をする話だと思うんです。で、彼女にグイグイと迫られた主人公も悪い気がしなくて、なんとなく付き合い始めちゃうんだけど、やっぱり手に負えなかった…という。おそらく、ラストシーンの表情から察するに、彼女も内面では“この人じゃなかったな”と悟っていたように思います。 飯森:これは、こうやって議論したくなる映画ですね。単純なストーリーではあるんだけど、誰の視点に立つかによって大きく解釈が変わる。あと、僕がこの映画でもう1つ引っかかっているのが、最初に出てくるオジサンなんです。原語のセリフではBig Manとしか言及されていないと思うんですけど。最初のバス停留所のシーンで、身なりのいい普通のおじさんがプーキーのスーツケースを持ってあげていて、2人でバスを待っている。そこへ大学生の主人公の男の子がやってきて、彼女は一方的に厚かましくお知り合いになっちゃう。で、その次の次に会った時には早くも付き合うことになるわけですが、あのオジサンは誰なの…?と。字幕ではお父さんと訳しているんだけど、セリフでFatherとは言っていないんじゃないかな、断言はできませんが。 なかざわ:結局、そのあとあの男性は出てこないし。彼女の話の中にお父さんは出てくるけれど、それによるとほとんど会ってないはずなんですよね。 飯森:最初の紳士は、彼女のお父さんではないんじゃないかと思うんです。で、この映画の最後って、別れることになった2人が、冒頭のシーンと同じようにバス停留所でバスを待っているわけです。何かしゃべることもなく、主人公の男の子が彼女のスーツケースを持ってあげて。で、プーキーだけがバスで去っていって話は終わるわけだけれど、もしかすると最初のオジサンってパパじゃなくて、っていうかパパっていっても別の“パパ”では…?と想像すると、今度はホラーになっちゃう(笑)。 なかざわ:サイコサスペンスですね。 飯森:つまり、次から次へと男の人生を引っ掻き回して、無茶苦茶にして、もう勘弁してくれって言われると、次の“宿り木”を探して全米をバスで旅してまわる恋愛依存体質の恐ろしい女なんじゃないかという解釈もできるかもしれない。普通に見ても男の恋愛映画として泣けるけど、ホラー作品と考えると、改めてもう一度見たくなる。もし本当に一言もそのオジサンをFatherって呼んでなかったら、その見立ては多分正しいぞ、今すぐ巻き戻して確認しなくっちゃ!みたいな。そんな楽しみもできますよね。 注33:1968年製作。ろうあ者の男性と孤独な少女の心の触れ合いを描く。アラン・アーキン主演。注34:1936年生まれ。俳優。代表作は「避暑地の出来事」(’59)や「恋愛専科」(’62)など。2001年死去。注35:1937年生まれ。女優。代表作は「恋愛専科」(’62)や「鳥」(’63)など。2008年死去。注36:1940年生まれ。俳優・歌手。代表作は「ビキニ・マシン」(’65)や「ビキニガール・ハント」(’65)など。歌手としても2曲の全米No.1ヒットを持つ。注37:1942年生まれ。女優。代表作は「ビキニ・マシン」(’65)や「ビキニガール・ハント」(’65)など。2013年死去。注38:1986年製作。自由奔放な美女ベティの狂気にも似た愛情に翻弄される男を描く。ベアトリス・ダル主演。注39:1946年生まれ。大女優ジュディ・ガーランドの娘。代表作は「キャバレー」(’72)、「ミスター・アーサー」(’81)など。 次ページ >> 丸太で敵をぶん殴る70年代的ヒーロー(飯森) 「スパニッシュ・アフェア」COPYRIGHT © 2015 BY PARAMOUNT PICTURES CORPORATION. ALL RIGHTS RESERVED. 「ザ・キープ」TM, ® & © 2015 by Paramount Pictures. All Rights Reserved. 「世界殺人公社」TM, ® & © 2015 by Paramount Pictures. All Rights Reserved. 「黄金の眼」COPYRIGHT © 2015 PARAMOUNT PICTURES. ALL RIGHTS RESERVED. 「くちづけ」TM, ® & © 2015 by Paramount Pictures. All Rights Reserved. 「ウォーキング・トール」© 2015 by Paramount Pictures Corporation. All rights reserved. 
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                                                      COLUMN/コラム2015.11.30 男たちのシネマ愛①愛すべき、未DVD・ブルーレイ化作品(5) なかざわ:次は「黄金の眼」の話題に移りましょうか。 飯森:これもルパンですよ。 なかざわ:言ってみればテロリストの話なんですけどね。金持ちから大金をふんだくって、権力の鼻をあかしてやることを信条にしている覆面ヒーロー。 飯森:とにかくおしゃれな音楽がひたすら鳴り響いて、おしゃれな車に乗って美女をはべらせながら盗むだけっていう、極めて無内容な映画なんだけれど、怪盗映画として後世に与えた影響は少なくないと思います。特に驚いたのは、「ルパン三世 カリオストロの城」(注28)がまんまパクっていること。「カリオストロの城」でクラリスに会うため塔をよじ登っていくシーン、ほら、三角屋根の上でライターを拾おうとして転げ落ちるシーン、あそこが「黄金の眼」と全く同じなんですよね。 なかざわ:その塔をよじ登っていくシーンは、ビースティ・ボーイズのミュージックビデオでもそのまま再現されていますよね。実はあの塔って、実際は地面に横たわっていて、そこで俳優が四つん這いになっているだけなんですよ。それを広角レンズを使って絶妙な位置から撮ることで、いかにも遠く下の方に崖があって海があるように見せている。しかも、ご丁寧にヘリコプターを映り込ませているので、カメラが高いところにいるような錯覚を起こさせているわけです。 飯森:そのへんがマリオ・バーヴァ監督(注29)の技ですよね。 なかざわ:そうです。カメラマン出身の監督なので、撮影のアイデアが豊富なんです。他にも、怪盗ディアボリックが犯罪組織の飛行機に乗るシーンがありますよね。飛行場でタラップを上ってプロペラ機に乗り込むわけですけど、実はこのプロペラ機というのが、切り抜いた絵なんです。切り抜きをカメラの一番手前に置いて、本物の俳優やタラップはその遠く向こう側に配置されている。つまり、遠近法を応用することで、切り抜いた飛行機の絵を本物に見立てているわけです。しかも、照明を当てる位置を計算しているため、飛行機はほとんどシルエット状態なので、細部がよく見えないから絵だと分かりにくい。 飯森:映像の魔術師と言われる人は結構いるけど、これこそまさに映像の魔術ですよね。 なかざわ:バーヴァの映画はどれもそうですけど、特にこの作品は、面白い映画をいかに安上がりにつくるかというアイデアが詰まっているんですよ。ディアボリックの秘密基地なんかも、一部を除いてほとんどがマットペイントですから。つまり、手書きの絵ですね。例えば、美女のエヴァが上っていく階段は本物だけど、その先の丸い通路はマットペイント。普通の廊下にイラストを貼っているだけです。 飯森:マットペイントって実物のように見える絵を背景に置くという技術ですけど、実写と見分けが付かないということで最も例に挙げられるのは「ダイ・ハード2」(注30)の空港ですよね。でも、「黄金の眼」のマットペイントも全く分からない。 なかざわ:バーヴァの父親は、イタリアで最初に特撮工房を作った人なんです。その父親から技術のノウハウを学んでしますし、彼自身もトリック撮影が大好きで研究熱心だったようですね。実際、ダリオ・アルジェント監督(注31)の「インフェルノ」(注32)をはじめ、バーヴァがノークレジットで特殊効果を手がけた作品は多い。そんな彼の技術の粋を集めた映画だと思います。「黄金の眼」は。 注28:1979年製作。ルパンが小国カリオストロの王女クラリスを救うために戦う。宮崎駿監督。注29:1914年生まれ。監督。代表作は「血ぬられた墓標」(’60)、「モデル連続殺人」(’64)など。イタリアン・ホラーの父とも呼ばれる。1980年死去。注30:1990年製作。マクレーン刑事が空港でテロに巻き込まれる。ブルース・ウィリス主演。注31:1940年生まれ。監督。代表作は「サスペリア」(’77)、「フェノミナ」(’85)など。イタリアン・ホラーの帝王。注32:1980年製作。ニューヨークの古いアパートに棲む魔女の恐怖を描く。リー・マクロスキー主演。 次ページ >> 誰の視点に立つかによって大きく解釈が変わる(飯森) 「スパニッシュ・アフェア」COPYRIGHT © 2015 BY PARAMOUNT PICTURES CORPORATION. ALL RIGHTS RESERVED. 「ザ・キープ」TM, ® & © 2015 by Paramount Pictures. All Rights Reserved. 「世界殺人公社」TM, ® & © 2015 by Paramount Pictures. All Rights Reserved. 「黄金の眼」COPYRIGHT © 2015 PARAMOUNT PICTURES. ALL RIGHTS RESERVED. 「くちづけ」TM, ® & © 2015 by Paramount Pictures. All Rights Reserved. 「ウォーキング・トール」© 2015 by Paramount Pictures Corporation. All rights reserved. 
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                                                      COLUMN/コラム2015.11.30 男たちのシネマ愛①愛すべき、未DVD・ブルーレイ化作品(4) なかざわ:「世界殺人公社」は本当に面白い!今だったらマシュー・ヴォーン監督(注17)が喜んで撮りそうな映画ですよね。 飯森:(マシュー・ヴォーン監督作品の)「キングスメン」(注18)ですか。あとは「ルパン三世」。「世界殺人公社」は完全にルパンの世界ですよ。主演はオリバー・リード(注19)。これがムキムキというか、ゴリラみたいな男で。 なかざわ:なんたって狼男ですし(注20)。 飯森:そんな野蛮人みたいな顔した男が、とある企業の創業二代目の若社長なんですよね。で、その企業というのが“世界殺人公社”で、ずばり殺人を請け負っている。で、そんなけしからん企業があるらしいってことを、元ボンド・ガールのダイアナ・リッグ(注21)ふんする女性新聞記者が嗅ぎつけ、潜入取材することとなるわけです。オリバー・リードふんする若社長が一応お坊ちゃんという設定なので、蝶ネクタイとかしているんだけど、これがちっとも似合っていない(笑)。 なかざわ:だいたい、あの当時のオリバー・リードは二枚目の路線で売っていましたけど、今見るとおかしいですよね。 飯森:オリバー・リードとか、バート・レイノルズ(注22)とかが二枚目でいけたというのが、あの時代らしいというか、全てにおいて間違っていますよね(笑)。僕は大好きですけど。 なかざわ:若いころの勝新太郎が白塗りで二枚目をやっていたのと似ているかも。 飯森:若いころの勝新は二枚目ですけど、こいつは言い訳のしようがない。なんたって、顔がゴリラですから。それがピシッと夜会服を着てダイアナ・リッグを出迎えるわけですけど、彼女から「もし私があなたのことを殺してくれと頼んだらどうするの?」と問われて、「いいですよと」引き受けちゃう。会社の役員会に持っていきますからってことになるんだけど、役員会の連中も全員殺し屋なんですよね。そこで、若社長が「お前らみんなで俺を殺しに来い、もちろん俺も反撃するよ」ってな感じで、役員会と社長が殺し合うわけです。そもそも世界殺人公社の創業理念というのは、悪い奴を殺す代わりにお金をいただきますということで、世直しをするための会社だったのが、だんだんと役員会が金もうけに傾いていってしまった。だから、二代目としては一回リセットボタンを押すという目論見もある。そこで、ヨーロッパ各地を転々としながら、常務だとか専務だとかをぶっ殺していく…というコメディーなわけです。まさにルパンのファーストシリーズの匂いですよ。 なかざわ:殺しを請け負う彼らの仕事と、第一次世界大戦になだれ込んでいく時代の世界情勢が、ほのかにリンクしているところも面白い。舞台となる20世紀初頭の社会背景をうまく取り込んでいますよね。 飯森:国名は架空ですけど、いわゆるサラエボ事件を題材にしたような暗殺事件も出てきますし。歴史好きの人間はワクワクしちゃうかもしれませんね。 なかざわ:実際にこういう組織が存在して、世界の政治を裏で操っているかもしれないという、観客の想像力を刺激するところがある。 飯森:そこもルパンぽいでしょ。スコーピオン(注23)みたいな。それに、サラエボ事件が元ネタだと分かる人は、ほかのこともいろいろと分かると思うんです。例えば音楽だったりとか、各国のお国柄の違いだったりとか、ファッションだったりとか。あとは美術デザインがアールヌーヴォー(注24)っぽくていいですね。 なかざわ:タイトルロールからしておしゃれじゃないですか。ああいうセンスって今ではなかなか再現できない。’60年代ならではの洒脱ですよね。それから、確かイタリアのベネチアで登場しましたっけ、旦那を殺しちゃうイタリア支部長の奥さん。 飯森:あれはいい女でしたね。 なかざわ:アナベラ・インコントレッラ(注25)っていう、ヴィットリオ・デ・シーカの映画にも出ている女優さんです。 飯森:ちゃんとした女優さんなんですね。 なかざわ:はい、ちゃんとしたセクシー女優です(笑)。恐らく、日本でも中高年世代にはファンが少なくないはず。マカロニ・ウエスタンのヒロインも結構やっていますし。彼女がまたエレガントで素敵なんですよね。 飯森:まさしく、ルパンに色仕掛けをして一服盛ってやろうとするような女。本当にルパンっぽい要素がいっぱいですよね。 なかざわ:あとはダイアナ・リッグもカワイイ。彼女って、パッと見はジュリー・アンドリュース(注26)にも似ているんだけれど、ジュリーが淑女しか演じられないのに対し、彼女は淑女も悪女もイケる。ちょうど今は「ゲーム・オブ・スローンズ」(注27)にも出ていて、息の長い女優さんですけれど、この「世界殺人公社」の彼女は抜群にコケティッシュでセクシーです。 飯森:今で言うツンデレですよ。当時はそんな概念なかったはずですけど。フェミニストの闘士としてオリバー・リードふんする若社長に接近したはずが、だんだんと弱いところを見せるようになって、最後はルパン助けて~みたいな状況に陥る。だから、世界観や音楽などを含めてファースト・ルパンをカッコイイと崇める層っていると思うんですけれど、そこに完全にハマる作品だと思うんですよ。 注17:1971年生まれ。監督。代表作は「キック・アス」シリーズなど。注18:2014年製作。国際的な秘密諜報機関キングスメンの凄腕スパイと新人スパイの活躍を描く。コリン・ファース主演。注19:1938年生まれ。俳優。代表作は「オリバー!」(’68)や「トミー」(’75)など。1999年死去。注20:出世作が「吸血狼男」(’61)の狼男役だった。注21:1938年生まれ。女優。代表作は「女王陛下の007」(’69)など。元ボンドガールで唯一、英国王室から大英帝国勲章を授与されている。注22:1936年生まれ。俳優。代表作は「白熱」(’73)、「トランザム7000」(’77)など。70年代を代表する男性セックスシンボル。注23:「ルパン三世」TVシリーズにたびたび登場する犯罪組織。コミッショナーはミスターX。注24:19世紀末から20世紀初頭にヨーロッパで流行った美術様式。植物や花などの有機的なモチーフをデザインに用いる。注25:1943年生まれ。女優。代表作は「西部決闘史」(’72)や「旅路」(’74)など。注26:1935年生まれ。女優。代表作は「メリー・ポピンズ」(’64)に「サウンド・オブ・ミュージック」(’65)。注27:2011年より放送中の大作テレビシリーズ。歴史劇とファンタジーを融合し、エミー賞作品賞など多数受賞。ダイアナ・リッグはシーズン3より出演中。 次ページ >> 面白い映画をいかに安く作るかのアイデアが詰まっている(なかざわ) 「スパニッシュ・アフェア」COPYRIGHT © 2015 BY PARAMOUNT PICTURES CORPORATION. ALL RIGHTS RESERVED. 「ザ・キープ」TM, ® & © 2015 by Paramount Pictures. All Rights Reserved. 「世界殺人公社」TM, ® & © 2015 by Paramount Pictures. All Rights Reserved. 「黄金の眼」COPYRIGHT © 2015 PARAMOUNT PICTURES. ALL RIGHTS RESERVED. 「くちづけ」TM, ® & © 2015 by Paramount Pictures. All Rights Reserved. 「ウォーキング・トール」© 2015 by Paramount Pictures Corporation. All rights reserved. 
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                                                      COLUMN/コラム2015.11.30 男たちのシネマ愛①愛すべき、未DVD・ブルーレイ化作品(3) 飯森:先ほども言ったように、今回の未DVD・ブルーレイ化作品の中で一番盛り上がりを見せているのは「ザ・キープ」です。いわゆる超娯楽作ですよね。確か「13日の金曜日・完結篇」(注12)との同時上映だったと思うんですが。 なかざわ:今回久しぶりに見て、確かにビジュアルの素晴らしさは記憶の通りだったんですけど、実は編集の粗さとかストーリーのつじつまの合わなさに気づいて、あれ?と思いました。初めて見た時の感動と衝撃が、美化されて記憶しているのかな(笑)。 飯森:東欧の要塞みたいな城に怪人が封印されていて、そこに何も知らないナチスの軍隊が駐留することになる。で、その要塞を探検していたところ、封じ込められていた怪人が出てきちゃうわけですよね。当時は「スター・ウォーズ」から続くSFXブームの真っ只中にあって、あの怪人の造形も’80年代的にはイケていたんだろうと思います。 なかざわ:なんとなくゴシック・ファンタジー的な雰囲気が好きで。古城の中に恐ろしい秘密が隠されているという設定だけでも、ロマンをかき立てられるものがあるんですよね。 飯森:しかも、東欧のトランシルバニアとかカルパチア山脈とかを舞台にするのって、ハマー・フィルム(注13)がドラキュラ映画で散々やっていたわけですけど、どれもウソ臭かった。でも、これはマイケル・マン監督(注14)だからなのか、ものすごくリアルなんですよね。カルパチアの山間にある村のセットが。 なかざわ:セットという感じすらしませんからね。 飯森:あと、これは原作者の功績なんでしょうけれど、要塞の壁に謎のメッセージが書かれるシーンがある。“我を解き放て”というメッセージが。でも、ナチスの軍人たちはこれが読めない。ルーマニア語というのはラテン文字なんですけど、壁に書かれている文字はどう見てもラテン文字じゃない。そこで、イアン・マッケラン(注15)演じるユダヤ人の学者を強制収容所から連れ出してくるわけです。これを読めと。すると、グラゴル文字で書かれた古代教会スラヴ語だというんですね。これは、ロシア語などの元になった最古のスラヴ系言語です。この古代教会スラヴ語は原初的なキリル文字かグラゴル文字のどちらかで書かれるんですが、グラゴル文字はその後の歴史の中で埋没していき、キリル文字の方だけが残った。そのグラゴル文字で怪人のメッセージが書かれている。まさにこういうところですよね、ロマンを感じるのは。 なかざわ:そうです。その怪人というのが、ユダヤ人の味方をするフリして、実は自分が外へ出たいだけだったりする。学者の心理を巧みにもてあそぶあたりが面白い。 飯森:「俺を出してくれたらヒットラーをぶっ殺すよ」ってね。 なかざわ:もちろん、そんなわきゃないんだけれど(笑)。 飯森:でも、イアン・マッケラン演じる学者の心も揺れるわけです。で、ユダヤ民族を救うためにこいつを外へ出そう…となった時に、それを止めようとスコット・グレン(注16)ふんするある男が現れるわけだけれど、彼が何者なのか全然分からない(笑)。 なかざわ:原作を読めば分かると思うんですけれど、少なくとも映画のストーリー上は一切の説明がなく突然出てきますからね。 飯森:ずっとバイクに乗ったり船に乗ったりして要塞を目指すんですけど、なぜそこで物騒なことが起きていると知っているのか、なにも言及されていません。 なかざわ:もともと3時間あった映画をバッサリ短くしているので、どうしても未完成に感じる部分が多いことは否めませんね。 飯森:でも、こういう映画を深夜に見ちゃった時の、この上ない幸福感は代えがたいものがありますよね(笑)。 注12:1984年製作。殺人鬼ジェイソンが若者を殺しまくるシリーズ4作目。これで完結するはずが、予想外の大ヒットで継続することに。キンバリー・ベック主演。注13:’50年代末から’70年代にかけてホラー映画を量産した英国の映画会社。代表作は「吸血鬼ドラキュラ」(’58)など。’07年に復活し、「ウーマン・イン・ブラック 亡霊の館」(’12)などを製作。注14:1943年生まれ。監督。代表作は「ヒート」(’95)や「コラテラル」(’04)など。注15:1939年生まれ。俳優。代表作は「Xメン」シリーズに「ロード・オブ・ザ・リング」シリーズ。注16:1941年生まれ。俳優。代表作は「シルバラード」(’85)、「羊たちの沈黙」(’90)など。 次ページ >> ルパン三世のファーストシリーズの匂いですよ(飯森) 「スパニッシュ・アフェア」COPYRIGHT © 2015 BY PARAMOUNT PICTURES CORPORATION. ALL RIGHTS RESERVED. 「ザ・キープ」TM, ® & © 2015 by Paramount Pictures. All Rights Reserved. 「世界殺人公社」TM, ® & © 2015 by Paramount Pictures. All Rights Reserved. 「黄金の眼」COPYRIGHT © 2015 PARAMOUNT PICTURES. ALL RIGHTS RESERVED. 「くちづけ」TM, ® & © 2015 by Paramount Pictures. All Rights Reserved. 「ウォーキング・トール」© 2015 by Paramount Pictures Corporation. All rights reserved.