なかざわ:以前にマンディ・パティンキン(注30)という、舞台でトニー賞(注31)の主演男優賞も取ったことのあるユダヤ系の有名な俳優にインタビューしたことがあって、彼が面白いことを言っていたんです。彼はテレビドラマの「HOMELAND」(32)で、ヒロインであるCIAアナリストのキャリーの上司ソールという人物を演じているんですが、これがシリーズの始まった当初は善悪の区別がつきにくい人だったんですね。で、あなたはソールを善人として演じているのか、それとも腹にイチモツある男として演じているのかって尋ねたところ、こう切り返してきたんです。ヒットラー(注33)とムッソリーニ(注34)とガンジー(注35)とマザー・テレサ(注36)の共通点はなんだか分かるかい?って。彼らは自分の住む世界をより良いものにしようとしたんだよ。確かにヒットラーやムッソリーニの考え方には賛同しないが、しかし彼らが自分自身を悪人だと思っていたかというと、決してそんなことはないはずだと。だから、私は自分が演じる役を善人だとか悪人だとか決めつけて演じたりはしない、って言うんですね。

飯森:演技者というのは哲学に行きますね。人間とは何か、人生とは何かを突き詰めて芝居を考えていくと、おのずと哲学的になっていくと思うんですが、一方で舞台演劇の世界では、悪役はこう、怒ってる時はこう、というルールを守って演じなくてはいけない。でないと客席から見えないんで。その違いなんでしょうね。だから、内面を掘り下げるアメリカ人の演技に日本の演技者の舞台劇的な声が乗っかると、なかざわさんの仰るような違和感は当然生まれるんでしょう。それは確かに吹き替え版のデメリットかもしれません。

なかざわ:ただ、日本の吹き替えバージョンって、欧米に比べると圧倒的に完成度が高いですよね。例えば、イタリアってそもそも昔から全ての映画がアフレコで、しかも演じている役者本人とは別人が声を当てていることも少なくないんですよ。

飯森:香港映画も同じですね。

なかざわ:すると、果たしてオリジナル音声って何なんだって話になってくるんです。例えばイタリア映画でクリストファー・リー(注37)が出ていたりすると、英語バージョンは本人が声を当てているけれど、イタリア語バージョンは別人が吹き替えている。特に彼は声が特徴的だから、別人の声だと違和感ありありです。その一方で、共演のイタリア人俳優たちの場合は全く逆。イタリア語バージョンは本人の声で、英語バージョンが吹き替えになります。ちなみに、イタリア映画がアフレコ中心になってしまった理由は、撮影機材の問題なんです。今はどうか知りませんが、昔からイタリアで一般的に使用されてきた撮影カメラって音がデッカイらしいんですよ。だから、そもそも現場の音が録れない。フレッド・ウィリアムソン(注38)がインタビューでビックリしたって言ってましたもん。最初から音を録るつもりがないから、本番中でも周りでスタッフが好き勝手に話したり飯食ったりしているんだって。それに、’80年代頃まではイタリア映画って輸出産業だったから、各国向けに幾つもの外国語バージョンを作っていた。キャストの国籍もバラバラだったから、現場でも役者はそれぞれの母国語でセリフをしゃべっていたらしいんですよ。そうすると、全部まとめてアフレコにしちゃった方が便利ですよね。そういった事情もあって、ローマにはアフレコ専門のスタジオがあって声優さんがいて、輸出用の外国語バージョンを作っていたみたいですね。

飯森:その辺の事情は、実はうちで放送する「バーバリアン怪奇映画特殊音響効果製作所」(注39)っていう映画に詳しく出てくるので、是非ともご覧になって頂きたい(笑)。イタリアの音響効果スタジオにイギリス人の技師さんが呼ばれて、ジャロ映画(注40)の音響を作ることになるのだけれど、そこでいろいろと嫌な目に遭うというホラー映画なんですけれど、イタリア映画の音響に関して、まさにそのままメタ映画になっているんです。

なかざわ:乞うご期待ですね!

飯森:ただ、そういうのが逆に良かったりもするんですよ。典型的なのはマカロニ・ウエスタン(注41)ですね。日本語版だと納谷悟朗(注42)さんとか山田康雄(注43)さんなどの名優たちが素晴らしい吹き替えを残していて、それはそれでいいんだけれど、あのイタリア語版のアフレコならではの安っぽさも捨てがたい。絶妙にリップシンク(注44)がズレていたりとかね(笑)。

なかざわいい感じにクオリティーが低いんですよ。声優も下手っクソな人が紛れていたりとかして。

飯森どの位置にマイクがあって録音しているんだ?と首を傾げてしまうような、要するに雑な録り方をしている。全く自然に聞こえないんですよ。そういう雑な仕事ぶりが、明らかにアメリカじゃないだろうという、マカロニ・ウエスタンの映像と絶妙なハーモニーを奏でるわけです。

注30:1952年生まれ。俳優。主に舞台で活躍。映画の代表作は「愛のイエントル」(’83)や「トゥルー・カラーズ」(’91)など。
注31:ブロードウェイの優秀な作品や人材に贈られる舞台版アカデミー賞。
注32:’11年より放送中。CIAアナリストのキャリーを主人公に、米国の対テロ工作の最前線を徹底したリアリズムで描く。
注33:1889年生まれ。ドイツの政治家。ナチスの指導者として独裁体制を敷いた。1945年没。
注34:1883年生まれ。イタリアの政治家。国家ファシスト党を率いて一党独裁体制を敷いた。1945年没。
注35:1869年生まれ。インドの政治指導者。インド独立の父と呼ばれる。1948年没。
注36:1910年生まれ。ルーマニアの修道女。慈善活動でノーベル平和賞などを受賞。1997年没。
注37:1922年生まれ。俳優。代表作は「吸血鬼ドラキュラ」(’58)や「007 黄金銃を持つ男」(’74)、「ロード・オブ・ザ・リング」(’01)シリーズなど。「顔のない殺人鬼」(’63)などイタリア映画への出演も多い。2015年没。
注38:1938年生まれ。俳優。「ブラック・シーザー」(’73)などの黒人アクション映画で大ブレイク。「地獄のバスターズ」(’76)や「ブラック・コブラ」(’87)などイタリア産アクションへの出演も多い。
注39:2012年制作。日本ではシッチェス映画祭ファンタスティック・セレクション作品として公開。トビー・ジョーンズ主演。
注40:’60年代~’80年代にかけて世界中で一世を風靡したイタリア産猟奇ホラーの総称。
注41:’60年代~’70年代に世界的な大ブームを巻き起こしたイタリア産西部劇の総称。
注42:1929年生まれ。声優。「宇宙戦艦ヤマト」の沖田艦長や「ルパン三世」の銭形警部で有名。2013年没。
注43:1932年生まれ。声優。「ルパン三世」のルパン役のほか、クリント・イーストウッドの吹き替えでも知られる。1995年没。
注44:映像などにおいて口の動きと声がズレないこと。


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