引退を撤回して届けられた『枯れ葉』。そして、カウリスマキのエッセンスとは―。

LETTERS ザ・シネマメンバーズ 榎本 豊
引退を撤回して届けられた『枯れ葉』。そして、カウリスマキのエッセンスとは―。

目次[非表示]

  1. ニコリともしない優しさ
  2. 監督引退を撤回して撮られた『枯れ葉』
  3. 今の世界に必要なもの
  4. カウリスマキのエッセンス

ニコリともしない優しさ

 アキ・カウリスマキの作品の特徴を一言で言うなら、デッドパン=ニコリともしない“間”の可笑しさだろうか。可笑しいものや状況とは対照的に無表情でいる演出をデッドパンと呼ぶことが多いが、カウリスマキの映画では、特に労働者三部作においては、不運や悲惨な目に逢っても、登場人物が全く動じないことによって可笑しさがにじみ出てくるようなところがある。それを強調するかのように、無表情のアップや立ち尽くす姿の引きのカットを入れてくることでユーモラスなリズムになっているのだ。

「レニングラード・カウボーイズ・ゴー・アメリカ」
©Sputnik OY 

 例えば、ジム・ジャームッシュも同じようにデッドパンの演出をするわけだが、ジャームッシュ作品は労働のシーンが少ないというか、浮世離れしているキャラクターが多いのに対し、カウリスマキの作品では、低賃金の労働に従事する人々が描かれることがほとんどだ。スーパーマーケット、工場、ゴミ収集人、工事現場の作業員などなど―。
 そこで働く登場人物は感情をあまり表に出さず、交わす言葉も少ない。自分の暮らしのルーティーンがあり、貧しくもささやかな生活を続けている。多くの映画ではその場合、行き場のない苛立ちや未来に対するそこはかとない不安が描かれるのだが、カウリスマキ作品にはそれが無いし、登場人物たちが何かをあきらめているという風にも見えない。慎ましく毎日を送る中で、友だちに「金を貸してくれ」と言われれば、無言で都合してやるし、家を出て行ってしまった恋人が戻ってくると無言でコーヒーを入れて差し出す。
 カウリスマキの映画にどこかやさしさを感じるのは、言葉が交わされなくても相手には伝わっていたり、行き場を失って無言で友人や恋人の家を訪れたりなど、ささやかではあるけれども、人を頼りにするということや信じて行動すること、そしてそれに応える人がいることが描かれているからではないだろうか。
 無論、「マッチ工場の少女」のように頼りにしたり信じたりすることがことごとく良い方に転がらないストーリーもあるわけだが、“人というものを信じている”ことがカウリスマキの根っこの部分にあるのだと思う。

監督引退を撤回して撮られた『枯れ葉』

 監督引退宣言から6年経って、引退を撤回して撮った『枯れ葉』においては、偶然会った男女が惹かれ合いつつも不運によってすれ違う様が繰り返し描かれるが、想いがどこかで通じ合っているということや、信じて待つ意思をカウリスマキが観客に対して丁寧に描いて見せているからこそ、“すれ違い”という感覚になるのだ。聞かなかった名前、無くしてしまうメモ、デートした映画館の前で再び会えると願って立つ姿などなど、ほかにも古典中の古典のような要素が満載なのだが、それらが不思議と古臭い物語に感じないのは、主演のアルマ・ポウスティ、ユッシ・ヴァタネンの現代的なチャーミングさに寄るところが大きいかもしれない。そしてこの二人がささやかな毎日の繰り返しの中で、少し手を伸ばせばつかめるかもしれない幸せに対して、それぞれがどこかで信じて、あきらめないからこそ、すれ違っても、不運に阻まれても、この映画は結末に向かって想いがドライブしていく。

『枯れ葉』2023年12月15日(金)公開
Photo: Malla Hukkanen © Sputnik

 また、カウリスマキが放り込んでくる映画の引用は本作でも健在だ。二人がデートで見る映画は、親交の深いジャームッシュの『デッド・ドント・ダイ』だし、上映している映画館の掲示板には、まさに“シネマテーク”(ということはザ・シネマメンバーズ的でもある)といった作品群のポスターが貼ってある。そして映画館を出ると、作品を観た男二人が、お互いにブレッソンの『田舎司祭の日記』、ゴダールの『はなればなれに』を引き合いに出して感想を語りながら去っていくのだが、この辺はまさにシネフィルへの目配せだろう。しかもそれは、関連がよくわからない作品を自分の文脈で意味づけして人に披露してしまう、シネフィルの滑稽さも描いているあたりがいかにもカウリスマキらしいやり方でニヤリとしてしまう。
 『枯れ葉』は、労働者三部作『パラダイスの夕暮れ』『真夜中の虹』『マッチ工場の少女』に連なる新たな物語として発表されたわけだが、大きな違いがある。労働者三部作は、主人公が、“ここではない何処か”に向かうエンディングで、 “少なくともこの状況からは脱出するのだ”という印象を残して終わる。脱出するのはフィンランドからなのかもしれないし、自分を取り巻く現在からなのかもしれない。三作ともそれまで置かれていた状況や場所から、ある意味、“おさらばする”姿が描かれている。それに対して『枯れ葉』では、恋人たちには帰っていく場所があるのだ。そこへ二人で一緒に歩いていく。このエンディングの“矢印の向きの違い”が、本作の幸福感を決定づけている。
 是非、労働者三部作をおさらいしてから『枯れ葉』を観て、この違いを感じてほしい。

今の世界に必要なもの

『枯れ葉』2023年12月15日(金)公開
Photo: Malla Hukkanen © Sputnik

 そして本作では劇中、ロシアによるウクライナ侵攻のニュースが繰り返しラジオから流れることも印象的なのだが、本作のプレス資料で映画評論家の川口敦子さんが「ヒロインに託されたカウリスマキのウインク」で書かれているように、カウリスマキ自身が「こっぴどい戦争を前に、だからこそ「愛の物語」が必要だと思った」。「天安門事件の時にも、ニュースを、歴史を映画に刻み込むことが必要だと思った。未来の観客のためにも」と本作の動機を語っている。監督引退から6年経った映画作家がこんなにもシンプルでストレートなラブストーリーで再び映画を撮ろうと思うほどに今の世の中には愛や人を信じることが必要なのだということにも想いを馳せてみたい。

カウリスマキのエッセンス

「レニングラード・カウボーイズ・ゴー・アメリカ」
©Sputnik OY

 さて、それでザ・シネマメンバーズのエッセンシャル:アキ・カウリスマキだ。ザ・シネマメンバーズでは、カウリスマキの労働者三部作と、冒頭のテンションの高い演奏から思わず吹き出してしまう『レニングラード・カウボーイズ・ゴー・アメリカ』、自殺するために殺し屋を雇った男が花売りに恋をする変則サスペンス『コントラクト・キラー』、そして自由を愛し、支え合いながら生きる芸術家たちの恋物語『ラヴィ・ド・ボエーム』という、カウリスマキの作品では、絶対に見逃してはいけないエッセンスが網羅された6作品。
 表情が抑えられているからこそ際立つ視線の動きやちょっとした笑みなどの変化、市井の人々の人生の1シーンにスポットライトを当てているかのような、光が当たっていることがわかる照明の当て方は、どの作品にも共通するカウリスマキ印だ。それは、彼が無声映画で観たとしても成立する作り方をしている作家だからだと考えている。

「コントラクト・キラー」
©Villealfa OY

 ここからとても変なイントロダクションになってしまうのだが、カウリスマキが良く語っている小津安二郎の影響ということでは、彼は割と意識的に距離をとっていると思っている。というのは、作品に寄せられた自身のコメントや過去のインタビュー映像などでもリスペクトしていることは語るのだが、芯を食ったところは決して話さないからだ。
 そして作品においては、これに関しては、他の作家でもそうなのだが、黒沢清が『しがらみ学園』をはじめいくつかの作品でしたような、 “小津でしかない”空気感が生まれる、あの会話の切り返しショットを何故まともにしてみないのだろう?と素朴に思ってしまう。カウリスマキ作品では特に彼のデッドパンの演出が、小津作品におけるいわゆる小津調のセリフが生み出す空気感と近しい“なにか”をもっており、そこにあの切り返しショットをしたら、さぞかし面白いのではないだろうかと思うのに、彼はそれをしないのだ。リスペクトがすなわち作品の中でのオマージュということにはならないのはわかっているのだが、それでもそれを期待してしまう。
 しかし、カウリスマキがそのことについて自覚的でないとは考えられないので、あえてその選択はしていないのだろう。労働者三部作第一作目の『パラダイスの夕暮れ』から、そんなシーンは満載だ。例えば、カティ・オウティネンが、車の中でマッティ・ペロンパーに向かって「バレたら大変。」と平坦に言ったとき、「あ、小津。」と思ってしまう。そして二人が淡々と言い争いをするシーンはまさに切り返しなのだが、しかし、あの空気感が出ることはなく、視線や角度は正当な文法で撮られ、小津の予感は留保される。「そんなことはするまい」と、ギリギリで踏みとどまってるのかもしれないが、どうだろうか?
 小津安二郎の生誕120年 没後60年である2023年の年にアキ・カウリスマキが引退を撤回し、新作を届けてくれた。彼が敬愛する小津の、あの切り返しショットをしてしまう誘惑に抗いながら撮ったのだろうか?などと勝手な妄想をしながら、様々なカウリスマキ作品を観て、オフビートなテイスト、デッドパン(無表情)で会話するシーンなどを味わってみるのも楽しみ方の一つ。と提案しておきたい。
『枯れ葉』 2023年12月15日(金)公開
監督・脚本:アキ・カウリスマキ/撮影:ティモ・サルミネン
出演:アルマ・ポウスティ、ユッシ・ヴァタネン、ヤンネ・フーティアイネン、ヌップ・コイヴ

第76回カンヌ国際映画祭審査員賞
2023年国際批評家連盟賞年間グランプリ

2023年/フィンランド・ドイツ/81分/1.85:1/ドルビー・デジタル5.1ch/DCP
フィンランド語/原題『KUOLLEET LEHDET』/英語題『FALLEN LEAVES』
配給:ユーロスペース 提供:ユーロスペース、キングレコード
公式サイト:kareha-movie.com

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この記事のライター

ザ・シネマメンバーズ 榎本  豊
ザ・シネマメンバーズ 榎本 豊
レトロスペクティブ:エリック・ロメールを皮切りにした2020年4月のザ・シネマメンバーズのリニューアルローンチから、ザ・シネマメンバーズにおける作品選定、キュレーションを担当。動画やチラシその他、宣伝物のクリエイティブなども手掛ける。

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