苅田梨都子 連載:WORD-ROBE file12『希望と失望・愛と憎しみ』

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苅田梨都子 連載:WORD-ROBE file12『希望と失望・愛と憎しみ』

目次[非表示]

  1. 輝きはピンク色のヘアゴムだけ
  2. 素直に喜べないプレゼント
  3. 愛しさと憎しみは相反する
 毎年今の季節になると柔らかなピンク色を生活や街中で見かけるだけで春が近づいてきたような気持ちになる。桜の開花を首を長くして待つ日々。コットンのシャツを手に取るもまだ少し肌寒く、仕方なくニットと組み合わせる。少し暖かい日には、アウターだけでもスプリングコートを合わせてみたい気持ちになる。

 さて、昨年12月、アキ・カウリスマキの新作『枯れ葉』が劇場公開され、私も映画館に足を運んだ。ポスターはエメラルドグリーンをベースに赤・黄色の服と同じ配色で飾られた花が印象的だった。鑑賞時期はちょうどクリスマスも近く、少しPOPなクリスマスカラーに気分が上がった。今回は待望の新作を発表したアキ・カウリスマキの別作品『マッチ工場の少女』について触れていくことにする。

輝きはピンク色のヘアゴムだけ

「マッチ工場の少女」 ©Villealfa OY

 冒頭から大きな丸太が高速回転し、少しずつ皮が剥がれていく。次第に薄い木のシートへと綺麗に裁断され、それらは1本1本マッチ棒へと姿を現す。マッチが作られている過程をはじめてみたため、その様子は純粋に面白くつい画面に夢中になってしまった。

 マッチ工場内の工程を見ていると、単純作業の繰り返しの日々。薄いグレーのよれた作業着を身に纏った主人公イリスの人生を現しているようにも見えてしまった。ブロンドの綺麗なロングヘアを束ねるビビットピンクのヘアゴムだけが生き生きしているようにも見えた。
 イリスはバスに乗りスーパーで買い物をした後、自宅に帰る。タバコを吸う母と継父がリビングでくつろいでいる。イリスは帰宅後すぐに夕飯の支度をする。不服そうな表情で野菜を切る。出来上がった少し不味そうなスープが、この家庭の関係性や温度を現しているようだ。家族は無言でスープを頬張る。夕飯を済ませると、イリスは鏡の前で化粧をめかし込む。イリスは出掛ける。プロムと思われる場所では複数人の女がベンチに横並び、次々に男に選ばれる。しかしイリスは一人だけ選ばれることはない。ドレスではなくパッチワークのようなつぎはぎ模様にパステルカラーのカーディガンを纏い、一人寂しくドリンクを飲む。
 自宅でアイロンをかけるイリス。ソファでくつろぐ母と継父。家事も労働もイリスばかり。ある日、給料日に素敵なドレスを窓越しから眺める。男に振り向いてもらえないイリスは華美な衣装を購入する。家族にバレないようにこっそりと衣装を隠す。しかし結局バレて返品してこいとビンタされる。夜、イリスはお構いなく衣装を纏い、ダンスホールへ出かける。すると今まで話しかけてこなかった男から目をつけられ互いに手を取り合う。見知らぬ男に抱かれて幸福そうな顔を浮かべる。イリスはお家の中に居場所がなく、とても窮屈そうだ。イリスの幸せそうな表情を見て、きっと誰かにすがりたいのだと感じた。

 私には、男だけが好きなんじゃなくただ単純に甘えられる寄りかかれる人が欲しいようにもみえた。この物語には友人が登場してこないけれど、きっと友人もいないだろう。そんな彼女には白馬の王子のように素敵な男が私のことを救ってくれたら、なんてハッピーなんだろうと、頭の中を勝手に想像してしまった。

「マッチ工場の少女」 ©Villealfa OY

素直に喜べないプレゼント

 イリスは、全く家に帰ってこない兄に久しぶりに会う。働いて、家事をする日々。帰宅すると、テーブルの上に「誕生日おめでとう」というメッセージが梱包されたプレゼントと共に添えてあった。母からの誕生日プレゼントだ。イリスは開封して喜ぶ間もなく本棚へ本をせっせと片付ける。実はこの1冊の本は、冒頭に現れたメッセージと繋がる。
“彼らは遠くの森の奥で餓え凍えて死んだのだ”
“そのように思えます”
 冒頭に現れた一節はフランス発の歴史的大河ロマン『アンジェリク』という小説の一部らしい。どうやらその物語は、魅力的な男性たちに次々に求愛される物語のよう。本作の主人公イリスとは真逆の人生である。もしかしたらこの一節はイリスの心の内を現しつつ、本来はそんな華やかな物語のように自分もなりたかったという思いが込められていそうだ。ダンスホールで次々に求愛されることを夢見ている?窮屈な生活から逃げ出したい?

「マッチ工場の少女」 ©Villealfa OY

 イリスはダンスホールで出会って一晩を共にした男、アールネの家に勝手に向かう。微笑みながら話すイリスの表情をみて彼女にとってこれだけが人生の喜びのようにもみえた。車に乗り、移動をする二人。鈍感で全く気づかないイリスに、正直に気持ちがないことをアールネは伝える。遊びだよと。その後イリスは急いで帰宅し、ショックの反動で目をかっぴらいたまま死んだように寝込んでしまう。
 その数日後、吐き気を感じる。なんとアールネとの子を妊娠してしまう事態に。早速アールネへ手紙を書く。好きな人との子なんて運命だと感じ、子どもができたことについてつらつらと。一度絶望を味わったが、喜びさえ感じている。

 待ち伏せして直接手紙を手渡す。ある日、返事が届く。「始末してくれ」の一言のみ。またもやショックでふらふら歩いていたら車と衝突する。母のボーイフレンドには家を出ていけと怒鳴られ、仕方なく弟の家へと向かう。

愛しさと憎しみは相反する

 イリスはネズミ駆除の薬を購入し、水に溶かして瓶に詰める。そしてアールネの家へ訪れ、酒をくれという。氷も、と言ってアールネが席を外した時、先ほどの液体を注ぐ。お別れの言葉を告げて立ち去る。アールネは煙草を吸った後しばらくすると液体が注がれた酒を飲む。イリスはまだまだこれだけでは終わらなかった。

 バーで出会った見知らぬ男に初対面でいきなり瓶の液体を注ぐ。そんな怪しい行為をされたらドリンクは普通飲まないが、その男はすぐに飲んだ。またある日の夕飯の時間、イリスはいつものように支度をする。家族の飲む水にあの液体を注ぐ。よく混ぜる。食事に呼び出して自分の部屋に立ち去る。

 イリスの目つきは段々と力強くなっていった。控えめな性格のイリスと同一人物と思えないほどに狂気的に変化していった。通常通り仕事していると警察がきて終わりを迎える。イリスはそれに驚くことなく従う。ラストに流れていた曲の歌詞が、イリスの心を代弁してくれている。
“君がくれるものは失望しかないのだ 恋の思い出は今はもう重荷”
 その他に流れていた曲の台詞も、全てイリスの心を代弁してくれていた。小粋な演出にぜひ注目してみて。

 “恋愛”というのは柔らかで温もりを感じるような好意を抱く気持ちから急にジェットコースターのように下降し、同じくらいの憎しみに変わる。想いが本気だからこそ、愛しさと憎しみは相反する。

 本作では狂気的な部分の描き方が漫画に描いたような展開で、前半のおとなしいイリスとは真逆の人柄になっている様がユーモアでもあり、現実的にも起こりそうだ。愛しさから憎しみへと変貌した理由として、もちろんアールネもそのうちの原因の一つであるが、家族関係と職場からも影響はある模様。

 『パラダイスの夕暮れ』『真夜中の虹』そして本作の『マッチ工場の少女』の3本はアキ・カウリスマキ監督「労働者三部作」とのこと。是非合わせて鑑賞してみてはいかがでしょう。

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この記事のライター

苅田梨都子
苅田梨都子
1993年岐阜県生まれ。

和裁士である母の影響で幼少期から手芸が趣味となる。

バンタンデザイン研究所ファッションデザイン科在学中から自身のブランド活動を始める。

卒業後、本格的に始動。台東デザイナーズビレッジを経て2020年にブランド名を改める。
現在は自身の名を掲げたritsuko karitaとして活動している。

最近好きな映画監督はエリック・ロメール、濱口竜介、ロベール・ブレッソン、ハル・ハートリー、ギヨーム・ブラック、小津安二郎。

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