苅田梨都子 連載:WORD-ROBE file6 「チェン・ユーシュン監督のユーモア可愛さと、記憶を辿るモノ」

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苅田梨都子 連載:WORD-ROBE file6 「チェン・ユーシュン監督のユーモア可愛さと、記憶を辿るモノ」

目次[非表示]

  1. 台湾を訪れた日
  2. 七夕のバレンタインデー
  3. “普通”から少しズレているふたりの時間
  4. 記憶の奥底を奮い立たせるモノ
 日本はまだまだ寒い日が続く毎日。立春を迎え、気分は軽装な春夏の装いに思いを募らせる。今回選んだ映画はチェン・ユーシュン監督の『1秒先の彼女』。台湾の暖かな気候も併せてぐっと陽気な気持ちにさせてくれる。

 突然ですがもし選ぶとしたら春夏・秋冬ではどちらの装いが好きですか?

 私は断然、春夏の装いが好き。春夏は日も伸び、明るく前向きな気持ちにもなりやすい。
デザインを考える時も春夏の衣類の方が得意かな。個人的に透けた生地に惹かれることが多く、肌が見えることでバランスも取りやすいと考える。これは自分が男性に生まれてきていたらまた意見は違うのだろうな、とも思う。実は冬の装いもデザインも少し苦手。

 冬は好きなインナーに力を入れてもアウターで隠れてしまう。体型もずんぐりむっくりになりがち。重量のある衣類によって肩が凝ることもあり、装いに対して気持ちが下がってしまう。しかし周りには私と正反対の友人も居て、冬服が得意!と聞いた時は羨ましい気持ちになった。

台湾を訪れた日

 2019年6月上旬頃。コロナ禍前に友人と台湾を初めて訪れた。台南をメインに2泊3日の旅。台湾は、飛行機を降りた途端に湿度が高く、息苦しかったのを鮮明に覚えている。6月でも真夏のような気温で、ワンピースとサンダルのみ。軽装でないと過ごせないほどたっぷり汗を流して過ごした。

 台湾に訪れる前から台湾映画は好きで『藍色夏恋』『若葉のころ』 『台北ストーリー』 『牯嶺街少年殺人事件』等、幾つか鑑賞していた。(その後、『冬冬の夏休み』『ヤンヤン 夏の思い出』も観ることになる。)
 訪れた台湾は、今まで鑑賞した映画の印象とのギャップは殆どなく、独特の雰囲気と空気に包まれていた。なんだろう、あの、ゆるやかに過ぎていく時間の流れや優しさは──。ゲリラ豪雨が多い台湾。急な大雨で砂浜から宿泊先に帰れないピンチな状況に、相乗りを許してくれたタクシーの運転手さんの優しさに包まれた日もあった。気温の暖かさと同時に、人の温もりを味わったことも印象に残っている。

 山盛りのかき氷にマンゴーが添えられ、その上に乗っかる豪快なプリン。日本の値段の1/2で購入できるラージサイズのタピオカ。ラーメン屋さんのデザートには豆花食べ放題がついているなど、台湾ならではの食文化も楽しんだ。台湾で過ごした時間は僅かだったけれど、日本で生活していた時よりも心が伸びやかで自由な私で居られていると真っ先に感じた。

 本作のチェン・ユーシュン監督は『ラブゴーゴー』を観てから、これから注目したいと感じた監督。『ラブゴーゴー』は一言で表すと“ユーモア可愛い”というような表現がピッタリな気がする。多色な色遣いとリズム、ストレートに想いを伝える愛おしい会話。日常で起こるすべての出来事をこんなにキュートに描くことができる監督がいるのだなあと、ワクワクさせられた。例えば、さくらももこや高野文子の漫画をぱらぱらとめくっているような感覚に浸れる作品なのだ。

 今回は、台湾を舞台として、明るく自由な気持ちになれる映画を作る、チェン・ユーシュン監督の『1秒先の彼女』を通してユーモア可愛さ、運命や記憶について考えていく。  

七夕のバレンタインデー

 ある日、公園でダンスレッスンをしているハンサムなダンス講師と出会い、バレンタインデーに映画デートの約束をすることに。今回、この作品を観て、台湾のバレンタインが2回あることを初めて知った。七夕の7月7日と、日本と同じく2月14日の合計2回あるようだ。今回は七夕のバレンタインデーのお話。

 楽しみにしていたデートは、目覚めるとなぜかバレンタインの翌日に!消えてしまったバレンタインの行方を探し始めるシャオチー。そんな中、見覚えのない自分の写真が写真屋さんに飾られていた事をきっかけに、他にもさまざまな謎に直面する。

 そして郵便局で働くシャオチーの元に、毎日欠かさず一通の手紙を送り続ける不思議な男性ウー・グアタイがいる。シャオチーは眉間にしわ寄せ、毛嫌いするような表情を浮かべながら仕事対応する日々。どうやらその毎日郵便局に通い手紙を送り続ける、人よりワンテンポ遅いバス運転手のグアタイが手掛かりを握っている模様。

「1秒先の彼女」©MandarinVision Co, Ltd

“普通”から少しズレているふたりの時間

 シャオチーは幼少期から“ワンテンポ早い”特徴を持ち生きてきた。グアタイも幼少期から“ワンテンポ遅い“という特徴を持ち、一見交わることがなさそうな二人。しかし二人は過去に病院で出会っているのだ。シャオチーは今のところグアタイのことは忘れてしまっている様子。彼がシャオチーのことを想い続けている理由は、彼ら二人が初めて出会った“病院”に隠されている。

 本作品の前半まではゆるくて、観ていて正直、作品としては期待していなかった。けれどこの二人の心の距離が縮まるいくつかの出来事が後半でテンポよく伏線回収されていく。交わることのないように見える二人の心が少しずつ交わっていく、そんな展開の物語だ。

 ワンテンポずつズレている二人が、偶然交わるタイミングがやってくる。それが、シャオチーが物凄く楽しみにしていた“消えたバレンタインデーの当日”──。日々忙しなく過ごすシャオチーは、もしかしたらどこかで一人だけ生き急いで過ごしていたのかもしれない。そのズレた1日に、のんびりグアタイが追いついた。

 話が進むにつれて謎が解明していくのだが、その交わり方がなんとも緻密なのだ。毎日誰か宛てに手紙を送り続けている奇妙な男性の送り主が、実は過去に出会っていたあの人だったこと。そして自分宛てに書き続けてくれていたこと。父親が豆花を買いに行って蒸発してしまったが、何故か彼が豆花を差し出してくれたこと──。

「1秒先の彼女」©MandarinVision Co, Ltd

記憶の奥底を奮い立たせるモノ

 本作は、“鍵” “手紙” “豆花” “写真”など、さまざまなものから記憶の奥底を奮い立たせたり疑問に思ったりと、立ち止まるきっかけとなるアイテムが沢山登場する。この『1秒先の彼女』ほどドラマティックな展開になることはないかもしれないが、言葉ではなくモノを眺めるだけで蘇る記憶や出来事、人物──。あなたはありますか?

 私が一つパッと思い浮かぶのは、祖父が若い頃使っていたであろう古くて重いカメラだ。それは、普段使うには難しいので、押入れの片隅にしまっているのだが、時々、その押入れを整頓したり、季節の変わり目に布団を出すたびに、そのカメラのパッケージが視界に入り、亡くなった祖父が生きているかのように私の頭の中に現れる。

 ミニマリストという言葉が当たり前に耳にするようになった現代。私も断捨離をすると心がすっきりするので手放すものもいくつかあったのだが、この祖父のカメラは記憶を蘇らせるためのモノとして取ってある。自分がこの世に生み出した作った服たちも、誰かのクローゼットに眠っていて、捨てない限り、もしかしたら私のことを思い出してくれかもしれない。

 人間としてそこに存在していなくても、魂が宿っているモノたちをできるだけ引き出しや押入れにしまっておきたい。いつかこの作品のように、どこかでタイムスリップできるかも。

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この記事のライター

苅田梨都子
苅田梨都子
1993年岐阜県生まれ。

和裁士である母の影響で幼少期から手芸が趣味となる。

バンタンデザイン研究所ファッションデザイン科在学中から自身のブランド活動を始める。

卒業後、本格的に始動。台東デザイナーズビレッジを経て2020年にブランド名を改める。
現在は自身の名を掲げたritsuko karitaとして活動している。

最近好きな映画監督はエリック・ロメール、濱口竜介、ロベール・ブレッソン、ハル・ハートリー、ギヨーム・ブラック、小津安二郎。

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