町山智浩のVIDEO SHOP UFO
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COLUMN/コラム2018.11.22
カウボーイの夢と現実を、歴史的正確さと独特の映像で切り取ったリヴィジョーニスト・ウエスタン!!
今日ご紹介する映画は『男の出発(たびだち)』。これは僕の本当に大好きな西部劇のひとつです。ものすごくリアルで、かつ瑞々しくて美しい。そして最後には男の心意気が描かれているという、まあほんとに素晴らしい映画です。 この映画はカウボーイたちが“キャトル・ドライブ”をする話です。南北戦争が1865年に終わると、人々が西部に入植していって開拓が始まりました。東部は工業も発達し、移民も増えて、人口が増え、食料の需要も増える。そこで目をつけられたのが、テキサスの牛です。もともとスペイン人がヨーロッパから連れてきた牛で、その地域はメキシコとなって、バケーロと呼ばれるメキシコ人のカウボーイが管理してましたが、米墨戦争でアメリカが西部をメキシコから奪うと、牛は放置されました。牛肉を食べる文化はスペインのもので、アメリカに住んでいた英国やスコットランドやアイルランド系の人々は牛を食べる文化がなかったんです。で、テキサスの牛は野生化して大量に増えました。これを捕まえて、食肉として東部に送ろうと思いついた人々がいたのです。そこで、テキサスから、東部行きの鉄道の駅があるカンザスまで数百頭の牛を運ぶ “キャトル・ドライブ”が始まり、その仕事に従事する人を“カウボーイ”と呼んだわけです。カウボーイが1回のキャトル・ドライブで稼ぐ額は相当なものだったらしいです。しかし、途中のオクラホマを越えなくてはならない。当時オクラホマは南部から強制移住させた先住民を住まわせる居留地で、警察も何もない無法地帯で、牛泥棒が待ち構えていました。しかも川には橋がかかっていません。牛を渡河させるのは非常に危険です。しかもスタンピードという牛の暴走が始まるかもしれない。1回のキャトル・ドライブで何人ものカウボーイが当たり前のように死んでいく、地獄の旅だったわけです。 キャトル・ドライブを描いた映画ではハワード・ホークス監督の『赤い河』(48年)が傑作です。クリント・イーストウッドの出世作『ローハイド』(59 ~65年)もキャトル・ドライブを描いたT Vドラマでした。ただ、どれも綺麗なんですよね。この『男の出発』は違います。 主役はゲイリー・グライムズ。彼は当時全世界的なアイドルでした。前作『おもいでの夏』(70年)で人妻に恋する男の子を演じて、世界的な人気を集めました。彼が演じるのは、カウボーイに憧れる農家の少年です。ある日家出してカウボーイに飛び込みます。このカウボーイたちがみんな、野獣のようなご面相です。ビリー・グリーン・ブッシュ、ボー・ホプキンス、ジェフリー・ルイス……みんなイイ顔してる、70年代ハリウッド・ピラニア軍団です。しかも、ものすごく汚い(笑)。でも、これがリアルなんです。 監督はディック・リチャーズ。日本ではレイモンド・チャンドラー原作のフィリップ・マーロウシリーズ『さらば愛しき女よ』(75年)がヒットして有名になった監督です。その映画の前に撮った監督デビュー作が『男の出発』なんですが、彼は元々広告のカメラマンで、大量のTVCMを撮っています。CM撮影中に知り合った100歳近いおじいさんが本物のカウボーイで、リチャーズは知られざるカウボーイの実態をいろいろ聞かされて、自分でも資料を調べに調べて作ったのがこの『男の出発』なんです。当時、このように学術的な研究に基づいて徹底的にリアルな西部劇が多く作られ、歴史修正主義西部劇=「リヴィジョーニスト・ウエスタン」と呼ばれました。これらの映画の特徴は、とにかく暴力描写がもの凄い。これにはサム・ペキンパーの影響などもありました。 でも西部劇の嘘を暴くと言いながら、最後にカウボーイたちが見せる心意気には、やっぱり西部のヒロイズムが表されています。この映画を最初に観たとき、僕は主人公と同じくらいの年齢で、「新宿ローヤル」という名画座で観たんですけど、クライマックスでは思わず「そうこなくちゃ!」と叫びそうになりました。ぜひお楽しみに!■ (談/町山智浩) MORE★INFO. 原案の監督と脚本を担当したエリック・バーコヴィッチ、グレゴリー・プレンティスは、全米脚本家協会(Writers Guild of America)の脚本賞にノミネートされた。 主役ベン(G・グライムズ)の友人ティム役のチャールズ・マーティン・スミス(後に監督に転身)の映画デビュー作でもある。 映画のテーマ曲はジェリー・ゴールドスミス。だがこれは67年の『恋とペテンと青空と』からの流用だった。 ベンが映画の冒頭でティムに格好付けて見せる銃は、時代的にも正確な1858年製のレミントン・アーミー・リボルバー。1866年に時代設定されている本作では、使われる銃のほとんどが1870〜1890年製のカートリッジ式リボルバーなので時代考証的には間違っている。 © 1972 Twentieth Century Fox Film Corporation. Renewed 2000 Twentieth Century Fox Film Corporation. All rights reserved.
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NEWS/ニュース2018.11.13
★特報★ 町山さん、東京コミコンで帰国→番組公開収録が決定!!
ご存知・町山智浩さんが東京コミコンに登場!ザ・シネマの『VIDEO SHOP UFO』の公開収録を、東京コミコンのなか日、12月1日(土)の14:15から実施することが決定しました!! 『VIDEO SHOP UFO』といえば、LAのマニアックな小ビデオ店の店長に扮した町山さんが、あなたが多分知らないマイナー映画をこっそり教えてくれて、あなたのために徹底解説までしてくれる、という設定の、ザ・シネマが毎月お届けしている映画解説レギュラー番組。 そのコンセプトはそのままに、今回はコミコンのメインステージで観客(コミコンにお金を払って来場した方の中から無料で先着で)を前に、コミコンに相応しいとある映画を、とこっとん語り尽くしてもらいます! その映画とは、「ビルとテッド」シリーズのビル役アレックス・ウィンターが共同監督を務め、「ビルとテッド」シリーズにさらに極限まで悪趣味さをプラスしたようなブラック・コメディ、その名も、『ミュータント・フリークス』。 『ミュータント・フリークス【町山智浩撰】』番組詳細はコチラ ※『ミュータント・フリークス』を会場で上映するわけではありません。その解説番組を公開収録するということです。お間違いなきよう。映画本編はザ・シネマにて是非お楽しみください!! スクリーミング・マッド・ジョージによる特殊メイクのキャラクターが次から次に登場する、ある意味、この上もなくコミコン向きの作品。しかも特殊メイクといえば、原形をとどめないメイクのせいでまさか出演しているとは誰も気づかないが、キアヌ・リーヴスも、実は出ずっぱりで出演していたり! 町山ファン、「ビルとテッド」ファン、B級映画ファンなら絶対にお楽しみいただける公開収録。どんな話が飛び出すか!? 生で見たい?生で聞きたい?だったら12月1日、幕張メッセの東京コミコンにいらっしゃい!そこでお会いしまょう!! ■公開収録実施概要開催日時:12月1日(土)14:15~15:00(予定)開催場所:東京コミコン 2018 メインステージ観覧料金:東京コミコン 2018 入場料金のみ ※当日の事故・混乱防止のため、イベントではさまざまな制限を設けさせていただくことがあります。予めご了承下さい。※イベント内容は予告なく変更する場合がございます。※場内でのカメラ(携帯カメラ含む)・ビデオによる撮影、録音、及び動画撮影は固くお断りいたします。(撮影補助機材の使用も禁止致します)※当日マスコミ・メディアの取材・撮影が入る場合がございます。予めご了承ください。※番組用以外に、記録用、情報発信(オフィシャルSNS等)のため、スタッフが映像・写真の撮影をする場合がございます。※撮影内容は、お客様がうつり込む可能性がございます。また、各種メディア等に掲載される場合がありますので、あらかじめご了承ください。※観覧席は状況により入場を制限させていただく場合がございます。 ■「東京コミコン2018」概要イベント名:東京コミックコンベンション2018(略称:東京コミコン2018)開催日時 :11月30日(金)、12月1日(土)、12月2日(日)開催場所 :幕張メッセ ホール9-11 (千葉市美浜区中瀬2-1)主催 :株式会社東京コミックコンベンション、東京コミックコンベンション実行委員会公式サイト:http://tokyocomiccon.jp
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COLUMN/コラム2018.10.23
フランソワ・トリュフォー監督の名作『突然炎のごとく』のアメリカ版アレンジ・リメイク!
今回紹介するのは『ウィリーとフィル/危険な関係』(80年)。これは日本では劇場公開されず、TVで1度放送されただけで、その後VHSもDVDも出ていません。ものすごく珍しい映画のひとつです。この映画は1970年から1980年の10年間を描いた物語で、マーゴット・キダーがヒロインを演じています。この女優さんはこのあいだ亡くなってしまいました。その追悼放送の意味も込めています。 マーゴット・キダーの周りにいる2人の男が、ウィリーとフィル。この3人の関係を描いているのですが、彼女をめぐって男2人が争ったりせず、男たちは彼女がどちらを愛していても幸せなんです。しかも男同士、ものすごく仲がよくて、愛し合っている。そんな三角関係なんですね。この映画の最初、名画座でのある映画の上映シーンから始まるんですけど、それはフランス映画で、フランソワ・トリュフォー監督が1962年に作った“JULES AND JIM” という映画。日本では非常に変で『突然炎のごとく』というタイトルなんですが(笑)、そのジュールとジムを、ウィリーとフィルが観ているところからこの映画は始まります。 この『突然炎のごとく』という映画がいかに世界中の映画に影響を与えたかを知らないと、なぜ『ウィリーとフィル』という映画が作られたのかわからないと思います。『突然炎のごとく』は、これまでの結婚制度であるとか男尊女卑とかを破壊するような、革命的な映画として衝撃を与えて、62年にこれが公開された後、60年代のカウンターカルチャーという、世界的な文化革命が起こるんですね。その起爆剤となった映画なんです。 そしてこの『ウィリーとフィル』は、ニューヨークに住んでいるイタリア系とユダヤ系の男同士。ウィリーのほうは高校の先生でユダヤ系、非常にまじめな男です。フィルは写真家でイタリア系の女ったらし。この一見まったく合わないような2人が『突然炎のごとく』を観に行って、意気投合します。イタリア系のフィルを演じているのはレイ・シャーキーという俳優さんで、この人は若くして亡くなったので代表作がそんなにないんですが、ユダヤ系のウィリーを演じているマイケル・オントキーンという人は、『ツイン・ピークス』(90 ~ 91年)の保安官のハリー・トルーマンを演じた人として、日本では非常に有名ですね。この2人が一妻多夫の映画である『突然炎のごとく』を観たあとに、ある女性と出会います。それが、マーゴット・キダーです。彼女を2人とも愛して、10年間ずっと、くっついたり離れたりしながら暮らしている。ちなみに『突然炎のごとく』はこの映画だけじゃなくて、まずアメリカでものすごいブームを呼んだときに、影響を受けたのが『俺たちに明日はない』(67年)なんですね。さらに『明日に向って撃て!』(69年)もそうでした。 この『ウィリーとフィル』は、監督であるポール・マザースキーの自伝的なものでもあります。この人は実際に主人公たちと同様にNYから出てきた人で、TVの仕事をして、その後ハリウッドに行き映画監督になったので、フィルのたどる道は、マザースキー監督自身がたどった道でもあるんですね。こういった感じで事実がすごく反映されているんですけど、中でもマーゴット・キダー扮するヒロインの非常に自由な、結婚をしても結婚というものに縛られず、2人の男を同時に愛するシングルマザーとなるんですが、この彼女のキャラクターには、キダー自身のすごく自由な性格も投影されていますね。この映画は、一見何の映画なのかわからない、時代性を映しすぎているからという問題があるんですけど、知れば知るほど非常に深い映画です。■ (談/町山智浩) MORE★INFO. 当初はウディ・アレンとアル・パチーノの主演で企画されていた。撮影はウィリー役にジョン・ハードを配して始まったが、最初の週でクビになった。ナタリー・ウッドが自身の役でカメオ出演している。フランス映画好きのマザースキー監督、本作の後にも『素晴らしき放浪者』(32年)をリメイクした『ビバリーヒルズ・バム』(85年)を撮っている。
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COLUMN/コラム2018.09.21
A級スターたちが集まって、ものすごく 馬鹿げたコントを見せる傑作コメディ『アメリカン・パロディ・シアター』
『アメリカン・パロディ・シアター』、1987年の映画です。 日本では劇場公開されずに、ビデオで発売されました。レンタルビデオブームの最盛期でしたね。50歳以上の人じゃないと覚えていないと思うんですけど、日本中、どこに行ってもレンタルビデオ屋さんがあった時代です。1985年から90年くらいにかけてなんですけど。 この映画にもレンタルビデオ屋さんが出てきます。“カウチポテト”といわれる、ソファに座ってビデオを観るのが流行った時代で、この映画はまさにカウチポテト族を対象にして作られた“レンタルビデオ用映画”なんです。監督はジョン・ランディス。『ブルース・ブラザーズ』(80年)や『アニマル・ハウス』(78年)という傑作を作ってきた、コメディの巨匠なんですけど、この人の出世作『ケンタッキー・フライド・ムービー』(77年)は、短いコントが脈絡なくつながっていく映画で、この『アメリカン・パロディ・シアター』も同じ形式のコント集です。 で、コント集ですから、何人かの監督が手分けをしています。たとえばジョー・ダンテ。『グレムリン』(84年)で世界的な大ヒットを飛ばした監督ですね。この人のいちばん最初の作品『ムービー・オージー』(68年・未)は、TVをずっと録画してて、それを編集して、コマーシャルや歌番組やドラマや映画をぐちゃぐちゃにつないで笑えるものに組み替えた、6時間もある自主映画でした。もちろん著作権を無視しているので、観ることはできないんですが、要するに当時の言葉でチャンネル・サーフィン、今でいうザッピングをそのまま映画にしたようなものらしいです。で、この『アメリカン・パロディ・シアター』という映画自体が、その『ムービー・オージー』と同じ構成なんですね。 深夜に何もやることがない人が、TVのチャンネルをカチャカチャ替えるのをそのまま映画にしたような。この、チャンネルをカチャカチャ替える感じというのも、若い人にはわからないかもしれないですけど(笑)。つまり、ジョン・ランディスとジョー・ダンテという2人のコメディ監督が、原点に戻って撮ったのが、この『アメリカン・パロディ・シアター』です。 まあ、バカバカしい映画ですけど、今でもまったく古びてない秀逸なギャグも多いです。ランディスが演出した「ソウルのない黒人」とか、ダンテの「人生批評」は傑作です。あと、あっと驚くような当時の大スターが特別出演してるのもポイントです!■ (談/町山智浩) MORE★INFO. 本作は85年に撮影され、86年には完成していたが、ランディス監督の『トワイライトゾーン/超次元の体験』訴訟(ヴィク・モローが撮影中に事故死した事件)が長引いたため、アメリカ公開は87年になった。冒頭のパニック映画風なメイン・テーマは巨匠ジェリー・ゴールドスミス。「病院」スケッチの患者ミシェル・ファイファーと夫役ピーター・ホートンは、実生活でも結婚したばかりだった。ランディス監督のトレードマーク「See You Next Wednesday」、今回は「ビデオ・パイレーツ」の挿話の中に出てくる。コンドームを買いに行く「Titan Man」挿話は、名作『素晴らしき哉、人生!』(46年)のパロディ。ヘンリー・シルヴァがホストを務める、ネッシーが切り裂きジャックだったという挿話「Bullshit or Not」は、漫画家ロバート・L・リプリーの『Ripley's Believe It or Not(ウソかマコトか)』のパロディ。
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COLUMN/コラム2018.06.01
大反撃メルヘンとバイオレンスが融合した異色の戦争映画!『大反撃』
第二次世界大戦中のフランスに入ったアメリカ陸軍の小隊についての戦争映画です。タイトルの『大反撃』は、主人公たちではなく、敵側であるドイツ軍の大反攻作戦を意味しています。いわゆる「バルジ大作戦」のことです。 バート・ランカスター率いる米軍の小隊が霧深い森を進んでいくと、中世のお城が現れる。そして城主の伯爵から「この城を戦火から守ってくれ」と頼まれます。さらに、伯爵は小隊長に「世継ぎが欲しいが生まれない。だから私の妻を抱いてくれ」とも頼まれる。それだけでも変な戦争映画ですが、その城の周りにある村は、小隊の1人ひとりの願いが叶う不思議な村なんです。酒も女も、パン屋さんのピーター・フォークはパン屋の主人として迎えられ、メカマニアの若い兵士はフォルクスワーゲンを手に入れて大喜び。つまり、おとぎ話なんですよ、この映画。で、メルヘンだなあと思ってると、ドイツの戦車軍団が襲来して、突然、リアルでバイオレントで凄まじいアクションになっていきます。 監督はシドニー・ポラック。『追憶』(73年)や『トッツィー』(82年)など軽いコメディや、女性向けの映画とかで有名ですが、元々は男性的なアクション映画の監督でした。『ザ・ヤクザ』(74年)も僕は大好きです。ポラックのロマンチックな側面と、アクション監督としての側面が入り混じったのがこの『大反撃』という怪作です。クライマックスの破壊の美学をぜひご覧ください。■ (談/町山智浩) MORE★INFO. 原作は従軍経験のあるウィリアム・イーストレイクの未訳小説『Castle Keep』(65年)。ロケ地ユーゴに実物大の城のセットを建て、それをクライマックスで惜しげもなく爆破・炎上させたのでスタッフ&キャストも驚いたという。主演のバート・ランカスターによれば本作は反ベトナム戦争をテーマにした寓話だと発言している。監督のポラックとランカスターは67年の西部劇『インディアン狩り』で初コンビを組み、『泳ぐひと』を仕上げ、そして本作と連続でコンビを組んでいた。 CASTLE KEEP/69年米/監:シドニー・ポラック/原:ウィリアム・イーストレイク/脚:ダニエル・タラダッシュ、デヴィッド・レイフィール/出:バート・ランカスター、ピーター・フォーク/108分/© 1969, renewed 1997 Columbia Pictures Industries, Inc. All Rights Reserved.
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COLUMN/コラム2018.06.01
車椅子のヒロインを襲う○○!ネタバレ厳禁のシチュエーション・ホラー!『恐怖』
あまりにもシンプルでモロなタイトルのホラー映画です。ヒロインは20代の女性で、脚が不自由で車椅子を使っています。離婚して離れ離れになった父に会うため、フランスの高級避暑地リヴィエラにやってきます。父の邸宅は後妻が仕切ってるんですけど、肝心の父がいない。そのうちにどんどんどんどん恐ろしいことが起こっていく。何が起こるかは話せません。秘密なんです。この映画のポスターは悲鳴を上げるヒロインの顔写真だけで、「このスチール以外の宣伝素材は発表を許されておりません!」と書いてあります。しかも映画館の従業員向けに「この映画の結末については決して口外しないように」という注意書きまであります。これは、その前年に大ヒットした、ヒッチコックの『サイコ』と同じ宣伝方式なんです。おかげで『恐怖』はアメリカで、コロムビア映画の年間ベスト5に入る大ヒットになりました。 『恐怖』のもうひとつのポイントは、ヒロインが車椅子でしか動くことができないこと。つまり、思うように逃げられないわけです。この『恐怖』の後、『何がジェーンに起ったか?』(62年)や『不意打ち』(64年)など、脚が不自由なヒロインを使ったホラー・サスペンスがいくつも作られました。しかも、ヒロインを演じるスーザン・ストラスバーグの少女のような不思議な存在感。『バニー・レーク〜』のキャロル・リンレーもそうですが、少女のように見えるんですね。他には『反撥』(64年)のカトリーヌ・ドヌーヴとか『ローズマリーの赤ちゃん』(68年)のミア・ファローもそうですが、精神的に成長しそこなったような女性たちをヒロインにした一連のホラー映画がありまして、「ニューロティック・ホラー」と呼ばれました。「ニューロティック」というのは「ノイローゼ的」という意味なんですけど、つまり現実の恐怖なのか、ヒロインの妄想なのか観客が判別できないわけです。 4つ目のポイントは共演のクリストファー・リーです。『恐怖』はイギリスのハマー・プロの製作で、当時、クリストファー・リー主演のフランケンシュタインやドラキュラもので大人気でした。だからリーが出てくると観客は当然、恐ろしいことを期待するわけですが……みなさんも驚愕のクライマックスをお楽しみに!■ (談/町山智浩) MORE★INFO. TVの登場によって大きく興収力を失った映画界に、衝撃と大ヒットをもたらした『サイコ』(60年)の登場は、それまでハリウッド・メジャーが気にもかけなかった“ホラー”というジャンルに一躍注目を集めた。本作もその影響下の1本で、製作は英国のホラーの老舗製作会社「ハマー・プロ」。『フランケンシュタインの逆襲』(57年)と『吸血鬼ドラキュラ』(59年)というハマーの2大シリーズの中心的クリエイターだったジミー・サングスターが本作の製作と脚本を担当。ジェラール医師役のクリストファー・リーはとあるインタビューで「本作は、私が知るこれまでに作られたハマー映画で最高の1本だった」と述べたという。2013年に、J・A・バヨナ監督(『永遠のこどもたち』〈07年〉)によるリメイクが発表されたが、未だに実現されていない。 TASTE OF FEAR(SCREAM OF FEAR)/61年英/監:セス・ホルト/製・脚:ジミー・サングスター/出:スーザン・ストラスバーグ、クリストファー・リー、アン・トッド/82分/© 1961, renewed 1989 Columbia Pictures Industries, Inc. All Rights Reserved.
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COLUMN/コラム2018.06.01
ゴールディ・ホーンのサイケな天使に誰もが恋する!『サボテンの花』
ゴールディ・ホーンはTVのお笑い番組のゴーゴー・ガールから、『サボテンの花』で映画デビューして、いきなりアカデミー助演女優賞に輝きました。この映画を観れば誰でも彼女の魅力のトリコになるでしょう。 冒頭、ホーンがいきなり自殺を試みます。彼女は妻子ある40過ぎの歯科医(ウォルター・マッソー)と付き合っていて、この恋には先がないだろうと絶望して死のうとするわけです。自殺は未遂に終わるんですが、マッソーは責任を感じて、ホーンと結婚すると言い出す。するとホーンは「あなたの奥さんと子どもが不幸になるのは嫌!」と言い出す。実はマッソーは結婚しないで自由でいたいから、妻子がいると嘘をついてたんです。そこで、嘘をつくろうために、助手のイングリット・バーグマンに頼んで自分の妻を演じてもらう……という、ものすごくややこしい話です。 この映画のポイントは、1960年代後半、カウンター・カルチャー最盛期のニューヨークの風俗です。ホーンはサイケなファッションで、フリー・セックスOKのヒッピー娘に見えるけど、実は天使のように純粋な心の持ち主。彼女はキューピッドとして、バーグマン扮するサボテンのようにトゲトゲしいオールドミスの心に恋の花を咲かせます。 とにかく展開がドタバタのしっちゃかめっちゃかで、爆笑しているうちに、最後はほっこりするスクリューボール・コメディの傑作、お楽しみください!■ (談/町山智浩) MORE★INFO. 1950年にロベルト・ロッセリーニとの不倫スキャンダルでハリウッドを干されていたイングリッド・バーグマンの久々のアメリカ映画復帰作。フランスの舞台を翻案したブロードウェイの同名舞台の主演はローレン・バコール。当時新人のゴールディ・ホーンがアカデミー助演女優賞ほか女優賞を総なめ。インドやエジプトでもリメイクされ、2011年には『ウソツキは結婚のはじまり』としてリメイクされたが日本では劇場未公開に終わった。 CACTUS FLOWER/69年米/監:ジーン・サックス/原:エイブ・バローズ/案:ピエール・バリエほか/脚:I・A・L・ダイアモンド/出:ウォルター・マッソー、イングリッド・バーグマン、ゴールディ・ホーン/104分/© 1969, renewed 1997 Columbia Pictures Industries, Inc. All Rights Reserved.
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COLUMN/コラム2018.06.01
1人のマッチョと8つのプールに隠された暗号を解けるか!『泳ぐひと』
冒頭、いきなり林の中から海パン一丁のおっさんが出てきます。この、筋肉モリモリの俳優はバート・ランカスター。元々サーカス出身で全身筋肉の塊なんですね。そこは郊外の高級住宅街です。どの家にもプールがあるような。その男は、こう言います。「ここから7つの家のプールと市営プールを泳いでいって家に帰ろう」と。何を言っているんだと思いますけど(笑)。そうして描かれる8つのプールの風景と、出てくる人たちのセリフは、すべてがヒント、暗号になっていて、それをパズルのように組み合わせると、この男は誰なのか、この映画の本当のテーマは何なのかがわかってきます。 監督のフランク・ペリーは、アメリカン・ドリームやアメリカの正義をひっくり返していく、非常に皮肉な映画を撮る人です。原作は、文芸誌『ニューヨーカー』に発表されたジョン・チーヴァーの短編小説です。答え合わせは映画が終わった後にちゃんと僕がしますから、みんな頭をグルグルしながら「この映画はいったい何?」と考えながら楽しんでください。■ (談/町山智浩) MORE★INFO. 監督の当初のキャスティングはウィリアム・ホールデン。だがオファーを断られ紆余曲折を経てバート・ランカスターに決定した。ランカスターは撮影当時52歳でこの肉体美! だが、泳ぎが得意ではなかったためUCLAで改めて水泳を習ったという。脚色は監督夫人のエレノア、ロケしたコネチカット州のウェストポートは夫妻の地元である。が、監督はランカスターと“芸術的見解の相違”から対立、最初のラフ・カット上映後クビにされた。後を引き継いだのが次作『大反撃』(69年)のシドニー・ポラック監督。またマーヴィン・ハムリッシュ(『追憶』〈73年〉でアカデミー作曲賞受賞)最初の映画音楽となった。 THE SWIMMER/68年米/製・監:フランク・ペリー(シドニー・ポラック)/原:ジョン・チーバー/脚:エレノア・ペリー/出:バート・ランカスター、マージ・チャンピオン、キム・ハンター/95分/© 1968, renewed 1996 Horizon Management, Inc. All Rights Reserved.
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COLUMN/コラム2018.06.01
妹を殺す! 黒澤もイーストウッドも影響された誘拐サスペンスの原点『追跡』
『追跡』は一種の誘拐サスペンスです。「一種の」と言ったのは、誘拐そのものではないからですね。ヒロインはサンフランシスコの銀行員で、得体の知れない男から脅迫されます。「お前の妹を殺されたくなかったら、銀行から金を奪え」と。でも、この妹は誘拐されていないんです。「俺の言う通りにしないと妹を殺す」という奇妙な脅迫なんですね。監督はブレイク・エドワーズ。最も有名な作品は『ティファニーで朝食を』(61年)ですね。『追跡』は『ティファニー〜』の直後に作られています。エドワーズ監督は『追跡』以降コメディ路線に行きまして、「ピンク・パンサー」シリーズをずーっと作り続けるんですけど(笑)。非常にもったいない。だって、この『追跡』はサスペンス映画の大傑作なんですよ。 冒頭でヒロインのリー・レミックが犯人から脅迫されるんですが、その約10分くらい彼女の顔のクローズアップなんです。こんな映画はないですよ。撮影はフィリップ・H・ラスロップ。あのオーソン・ウェルズの『黒い罠』(58年)を撮った名撮影監督です。彼が『追跡』ではモノクロの技術の粋ともいえる素晴らしい撮影を次々と見せてくれています。この『追跡』はその後の様々な映画に影響を与えています。あの黒澤明の『天国と地獄』(63年)や、クリント・イーストウッドの『ダーティハリー』(71年)も、おそらく『追跡』に影響を受けています。ところが、その原点になった『追跡』はほとんど知られていない。この機会にぜひ、ご覧ください!■ (談/町山智浩) MORE★INFO. 原作は夫婦作家ザ・ゴードンズの実話を元にしたという未訳小説『Operation Terror』(61年)。ブレイク・エドワーズ監督の「ジェフリー・プロ」とリー・レミック夫妻の「ケイト・プロ」の共同製作で、当初ほぼ同時期に製作していた『酒とバラの日々』(62年)と同じくレミックとジャック・レモンの主演が予定されていたが、FBI捜査官リプレイ役はコロムビアの専属俳優グレン・フォードになり、フォードのコロムビアとの契約最後の出演作となった。妹トビー役のステファニー・パワーズは、日本ではTVシリーズ『探偵ハート&ハート』(79〜84年)の妻ジェニファー・ハート役で有名になった。 EXPERIMENT IN TERROR/62年米/製・監:ブレイク・エドワーズ/原・脚:ゴードン夫妻/出:グレン・フォード、リー・レミック、ステファニー・パワーズ/124分/©1962, renewed 1990 Columbia Pictures Industries, Inc. All Rights Reserved.
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COLUMN/コラム2018.06.01
居なくなった娘は実在したのか!? 人間消失映画の最高傑作!『バニー・レークは行方不明』
『バニー・レークは行方不明』って奇妙な題名でしょ? “バニー・レーク”は、幼稚園くらいの女の子の名前です。舞台はロンドンで、そこにやってきたアメリカ人女性(キャロル・リンレー)が「娘がいなくなった」と、警察に届けます。ところが、幼稚園では「そんな子は預かってない」と言われます。他でも「そんな子は見たことない」と言われます。目撃者はどこにもいないんですよ。だから刑事が「娘さんの持ち物とか何か証拠になるものはありませんか?」と言うんですが、何もない。バニー・レークという娘が実在した証拠がいっさい出て来ない。それでだんだん観客も、バニー・レークというのは、このヒロインの妄想じゃないか? と疑いはじめるんです。 これは有名な“消える旅行者”という都市伝説ですね。映画でも人間消失ものはたくさんあります。最も古いのはヒッチコックの『バルカン超特急』(38年)。大陸横断鉄道に乗ったヒロインがある老婦人と話をしていたんですけど、その老婦人が、走る列車の中から忽然と消えてしまう。僕の世代にとって印象深いのは『恐怖のレストラン』(73年)というTVムービー。砂漠にあるドライブインに夫婦が入りまして、奥さんがトイレから席に戻ると、旦那がいなくなっている。で、店にいた人たちに「うちの連れは?」と尋ねると「あなたは一人で入ってきましたよ」と言われる。ジョディ・フォスターの『フライトプラン』(05年)もそうでした。飛行機に乗ってる間に娘が消えちゃう。それと、『フォーガットン』(04年)。ジュリアン・ムーア扮するお母さんが「息子が消えた!」と。このように山ほどある人間消失映画のなかでも最高傑作が、この『バニー・レークは行方不明』です。 監督はオットー・プレミンジャー。『黄金の腕』(55年)とか『或る殺人』(59年)を手がけた巨匠です。プレミンジャーの映画は、オープニングタイトルが素晴らしいことでも有名です。これを作ったのは、ソール・バスというグラフィック・デザイナーです。『バニー・レーク〜』でも抜群のタイトルデザインをしてます。黒い紙をびりびりと破るアニメーションで、非常に怖い。バスの最も有名な仕事は、ヒッチコック監督と組んだ『サイコ』(60年)ですね。 プレミンジャー監督は、ハリウッドで当時ものすごく厳しく自主規制があった時代に、それに反する映画を作り続けてきた人です。性的な会話とか、変態性欲とか、同性愛とか、タブーとされていたことを描いてきたチャレンジャーでした。 そのいっぽうで鬼監督とも呼ばれていて、俳優を徹底的に追い詰めるものだから、『第十七捕虜収容所』(53年)では、ナチの収容所長役に抜擢されました。ビリー・ワイルダー監督からは「いつも演出してるようにやってくれ」って言われたという(笑)。プレミンジャーはユダヤ系なのにナチの将校みたいに冷酷だと。『バニー・レークは行方不明』でも、主演のキャロル・リンレーを徹底的に追い詰めました。彼女の精神崩壊寸前の表情は演技を越えたリアルです。 人間消失映画は沢山ありますが、その種明かしはどれも凡庸です。ヒッチコックですら成功していません。そのなかで『バニー・レークは行方不明』だけは、唯一の成功作です。とにかくアッと驚く結末に注目です!■ (談/町山智浩) MORE★INFO. 原作は邦訳もあるイヴリン・パイパーの同名小説(ハヤカワ・ポケット・ミステリ)。しかし、原作の舞台であるニューヨークを映画はロンドンに書き換えていて、結末も違う。脚本の初期段階では“赤狩り”のブラック・リストに載っているドルトン・トランボが参加していたが、クレジットはされていない。当初製作会社のコロムビアは、監督のオットー・プレミンジャーに主役のアン・レーク役にジェーン・フォンダを使えと求めたが、プレミンジャーはキャロル・リンレーにこだわって会社を押し切った。クレジット・トップのニューハウス本部長役も初めはジョージ・C・スコットにオファーされた。本作のケア・デュリアの演技を見て、スタンリー・キューブリック監督は『2001年宇宙の旅』(68年)のボウマン船長役に彼をキャスティングした。近年はリース・ウィザースプーンでリメイクの企画が動いていたが、最終的に棚上げされたそうだ。 BUNNY LAKE IS MISSING/65年米/製・監:オットー・プレミンジャー/原:イヴリン・パイパー/脚:ジョン&ペネロープ・モーティマー/出:ローレンス・オリヴィエ、キャロル・リンレー、ケア・デュリア/108分/©1965, renewed 1993 Otto Preminger Films, Ltd. All Rights Reserved.