町山智浩のVIDEO SHOP UFO
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COLUMN/コラム2021.01.03
鬼軍曹と二枚目新兵との禁じられた“恋”を描く名匠ジョン・フリンの監督デビュー作!
今日お勧めするのは1968年の『軍曹』です。これは当時画期的だった、同性愛を扱ったハリウッド映画です。 舞台はフランス、駐留米軍の基地に主人公のカラン軍曹(ロッド・スタイガー)がやって来ます。時代は朝鮮戦争の後、ベトナム戦争の前という設定で、戦争がないので規律がゆるんでいるのを見た軍曹は、引き締めなきゃならないと思って、兵士たちを厳しくしごきます。その兵士のなかに、スワンソン一等兵という美青年がいます。ジョン・フィリップ・ローという、ギリシャ彫刻のような俳優が演じています。軍曹は「君は今どき珍しい立派な若者だ、そして立派な兵士だ」と言ってスワンソンに目をかけるんですが、だんだん変なことになってきます。 つまり、この軍曹は自覚のないゲイで、自分で気づかないままスワンソンに恋してしまうんです。 ハリウッド映画では長い間、同性愛が描かれることがありませんでした。「ヘイズ・コード」という自主規制によって禁じられていたんです。しかし、『軍曹』公開の直前にこれが撤廃されて、ようやく描かれるようになったんです。 『軍曹』に主演のロッド・スタイガーはシドニー・ルメット監督の『質屋』(64年)で高く評価された俳優ですが、『質屋』は劇場で公開されるアメリカ映画で初めて女性の乳房をスクリーンに映し出した映画でもあります。 スタイガーは『軍曹』の前に『夜の大捜査線』(67年)でアカデミー主演男優賞を獲りました。人種差別的な警察官役ですが、最後は黒人刑事シドニー・ポワチエと友情を結ぶ儲け役でした。 『軍曹』の監督はジョン・フリン。この後に作った『組織』(73年)は、リチャード・スタークの「悪党パーカー」シリーズが原作の傑作ハードボイル ド・アクションでした。『ローリング・ サンダー』(77年)もよかった。ポー ル・シュレイダー脚本で、ギャングに手首を潰されたベトナム帰還兵が手に鉤爪をつけて復讐します。 ジョン・フリンは実はジャーナリスト出身で、名匠ロバート・ワイズ 監督から、戦場カメラマンのロバー ト・キャパの伝記映画のための取材を依頼されて、映画界に入ります。 ワイズの『ウエスト・サイド物語』(61 年)でもニューヨークのギャングの調査を担当しています。 この『軍曹』、当時はまったく話題 にならず、その後も、ゲイである軍曹を否定的に描いている、と批判されましたが、今、見直すと、現在アメリカ の軍隊内で問題になっている、男性による男性へのセクハラを何十年も早く告発する内容になっています。 また、軍曹の抱えたトラウマが、 最近の映画『トム・オブ・フィンラ ンド』(17年)で、ゲイのイラストレ イター、トム・オブ・フィンランドが戦争中に抱えたトラウマと同じなんですね。 たしかに地味ではありますが、タブ ーに挑戦した問題作です! (談/町山智浩) MORE★INFO.●1966年、ロバート・ワイズが自らの製作会社を立ち上げ、その第1作としてデニス・マーフィ原作『軍曹』の映画化権を取得した。●監督には、ワイズ監督作品のほか、『大脱走』『太陽の帝王』(共に63年)などの助監督として評価の高かったジョン・フリンを抜擢し、監督デビュー作となった。●当初は名バイプレイヤー、サイモン・オー クランドに主役のオファーがされたが、彼 は映画のために減量するのを嫌がり、ロッ ド・スタイガーに交代した。●撮影中にスタイガーの母親が心臓発作で死去している。 ©︎Warner Bros. Entertainment Inc. All Rights Reserved
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COLUMN/コラム2020.12.21
マルコム・マクダウェル原案・主演×リンゼイ・アンダーソン監督による「ミック・トラヴィス3部作」の第2弾
今日お勧めの映画は『オー!ラッキーマン』(73年)です。タイトルだけ聞くと、楽しそうな映画かな?と思うでしょうが、主人公が“地獄めぐり”をする話です。 主役はマルコム・マクダウェル。本作の直前にあのスタンリー・キューブリック監督の『時計じかけのオレンジ』 (71年)で主人公を演じて世界的なス ターになりました。映画自体も全世界でセンセーションを起こし、英国では上映禁止になるくらいのスキャンダルになりました。 この『オー!ラッキーマン』は、『時計 じかけ〜』の裏返しなんです。主人公ミック・トラヴィス役のマクダウェルは心優しい青年です。子どもみたいな笑顔が魅力的で、何をされても怒らない...... と『時計じかけ〜』のアレックスとは全く逆なんですよ。でもこっちのほうがマルコム・マクダウェルに近いんですって。 マルコムはリンゼイ・アンダーソン監督の『if もしも...』(68年)で主役に抜擢され、それを観たキューブリックが『時計じかけ〜』のアレックス役に起用しました。それであまりに有名になったマルコムは、自分もあんな凶暴な人柄だと思われるのが心配になり、自分の若いころをモデルにしたストーリーを書いて、アンダーソン監督に見せました。コーヒー豆のセールスマンから演劇を志しアンダーソン監督に見いだされて映画に出てスターに......と、これが全然面白くない(笑)。 そこで監督は脚本家を呼んで、セー ルスマンからスターになるまでの間に、 なるだけメチャクチャな話をブチ込め るだけブチ込めと、書き直させたのが本作なんです。 主人公のミックは心優しい青年で、何の罪もないのに当時のイギリス社会を象徴するような酷い目に遭っていく......拷問されたり、人体実験されたりね。『時計じかけ〜』もそうですよね。あっちは主人公が極悪人だけど、どちらもイギリス社会の被害者となってボロボロに虐められて、ドン底にまで堕ちていく。どこがラッキーマンやねん! この映画、なぜかオールスター・キャストで、ラルフ・リチャードソンやレイチェル・ロバーツ、若きヘレン・ミレンら有名どころが次々と出て来ますが、彼らがひとりで何役も演じています。何かテーマ的な意味があるのかと思うじゃないですか、ところが何の意味もありません(笑)。撮影中にも脚本が出来ておらず、行き当りばったりで撮影してたんで、俳優のスケジュールだけ押さえて、いろんな役をやらせたんですね(笑)。 この話、実は元ネタがあります。 1759年に発表した『キャンディード』という小説で、世の中や人間とは善いものだと信じている純粋無垢な若者キャ ンディードが世界中を旅しながら戦争や災害や貧困や異端審問や奴隷制度などこの世のありとあらゆる残酷な現実を経験するという話です。『ヤコペッ ティの大残酷』(75年)という映画にもなってます。『世界残酷物語』(61年) のグァルティエロ・ヤコペッティの。 『オー!ラッキーマン』はすごく楽しい歌が全編を飾っていますが演奏はアラン・プライス。アニマルズのメンバーで、「朝日のあたる家」のハモンドオルガンを弾いているのが彼です。 あと、若いころのヘレン・ミレンが マルコムとやたらいちゃいちゃしますが、どうも私生活でもつきあってたらしいですよ! (談/町山智浩) MORE★INFO.。●本作は、『if もしも...』(68年)と『ブリタニア・ホスピタル』(82年)の間に製作された、リンゼイ・アンダーソン監督、デヴィッド・シャーウィン脚本、マルコム・マクダウェル主演の「ミック・トラヴィス3部作」の第2弾。●監督と脚本家のシャーウィンは、80年代半ばに「ミック・トラヴィス」シリーズの第4弾『if もしも...2』の脚本を執筆していた。●2006年、マルコム・マクダウェルの半生を振り返るドキュメンタリーが作られたが、題名が『O Lucky Malcolm!』と本作のパロディになっている。その中でマクダウェルは、本作を「最も愛する出演作で誇りに思っている」と語っている。 ©︎Warner Bros. Entertainment Inc. All Rights Reserved.
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COLUMN/コラム2020.11.26
妹になりすました姉の栄華と破局を描いた、ベティ・デイヴィスの双子演技が素晴らしいサスペンス
今日は『誰が私を殺したか?』(1964 年)という映画をお勧めします。謎なタイトルですね。 主人公は大女優ベティ・デイヴィスが一人二役で演じる双子で、ひとりはマーガレットという名の大金持ちと結婚した女性、でもうひとりはイディスという貧乏酒場の女主人。そのイディスがマーガレットを殺して彼女に成りすま そうとする......というミステリです。イディス自身は殺されたことにするんです。だから「誰が私を殺したか?」という邦題なんですね。 原題は『DEAD RINGER』。"RINGER"は「成りすます」という意味で、直訳すると「死んだ成りすまし」という意味に思えるんですけど、この場合の"DEAD"は「死」という意味ではなくて、「死ぬほど」という強調語なんです。だから、「デッド・リンガー」は「死ぬほど似ている」という意味ですが、もちろん「死んだ」に も引っ掛けています。 主演のベティ・デイヴィスは大きな目が特徴で、80年代には「ベティ・デイヴィスの瞳」という歌まで作られたほどのハリウッドのアイコンです。彼女はサマセット・モームの『人間の絆』を 映画化した『痴人の愛』(34年)で悪女を演じて注目され、以降、当時のハリウッドでは画期的だった、「男に頼らない女性」を演じ続けました。 同時期の女優さんでデイヴィスと同じような評価をされていたライバルがジョーン・クロフォードなんですが、ふたりとも50代になって仕事が無くなっていたころ、『何がジェーンに起こったか?』(62年)で共演しました。デイ ヴィスが往年の少女スターで、クロフォードがその妹役で、二人が老いをむき出しにしてドロドロと憎み合う地獄のようなスリラーで、これが世界中で大ヒットして、二人は堂々のカムバックを果たしました。 そして、2人には大量にホラーやスリラー映画の仕事が舞い込みました。そうして作られたうちの1本が本作なんで すね。監督はポール・ヘンリードという『カサブランカ』(42年)で有名な俳優で、50〜60年代にかけて隆盛となったTVドラマの演出家に転身したベテラン俳優のひとりでした。演出はオーソドックスですが、『何がジェーンに〜』 以後のベティ・デイヴィス・ホラーの中では最も優れた映画です。 まず撮影がいいんです。モノクロできっちりと豪華なマーガレットの邸宅を美しく映しています。撮影監督はアーネスト・ホーラーという巨匠で、最も有名なのはジェームズ・ディーン主演の『理由なき反抗』(55年)などで、『何がジェーンに〜』も彼の撮影です。 また、デイヴィスだけでなく、ハリウッド黄金期に育った俳優たちの競演が観られるという点にも注目です。プレイボーイのゴルフ・コーチ役のピーター・ローフォードは実生活でもプレイボーイだった俳優で、ケネディ大統領の妹とも結婚して、フランク・シナトラの一派に入っていました。刑事役のカール・ マルデンは『欲望という名の電車』(51年)、『波止場』(54年)、『パットン大戦車軍団』(70年)の名優です。丸くて大きなダンゴっ鼻が特徴ですが、この『誰が私を殺したか?』では彼がいいんですよ。彼のおかげで、この映画はサスペンス・ミステリーの枠を超えて不思議な感動を与えてくれるラブストーリーになっています。お楽しみください! (談/町山智浩) MORE★INFO.●元々脚本はワーナー・ブラザーズのため に1944年に書かれていて、46年にはベ テ ィ・ デ イ ヴ ィ ス に 主 演 を と オ フ ァ ー さ れ た が、デイヴィスは同時期に自身の製作会社 で企画していた『盗まれた青春』(46年)と 内容が似ていたため辞退した。●ワーナーは仕方なく、メキシコでドロレス・ デル・リオ主演の『La otra』(46年)として 映画化。60年代半ばには、ラナ・ターナー を主役にリメイクを望んだが、ターナーが双 子役を嫌がって流れた。●デイヴィスはTVで見たカール・マルデンを 気に入り自ら刑事役にキャスティングした。●監督ポール・ヘンリードの娘モニカ・ヘン リードが本作で映画デビューした。●86年にTVドラマ『Killer in the Mirror』 (日本未放映)として再びリメイクされている。 ©︎Warner Bros. Entertainment Inc. All Rights Reserved.
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COLUMN/コラム2020.10.28
冷戦時代の 年代、月に人間を 送ろうとする宇宙計画を描く、 ロバート・アルトマン監督の 映画 デビュー作
今回お勧めする映画は、「ハリウッドから最も嫌われ、そして愛された男」ことロバート・アルトマン監督のメジ ャー・デビュー作『宇宙大征服』(68年) です。 アルトマンがSF映画なんか撮ってたの? と驚く人もいると思います。アルトマンの代表作は朝鮮戦争での医療部隊(略称がM.A.S.H)のデタラメぶ りを描いた『M★A★S★H マッシュ』(70年)と、カントリー音楽の殿堂テネシー州ナッシュビルに集まったミュージシャンとファンたちを描く『ナッシュビル』(75年)です。どちらもコメディで、アメリカを皮肉る群集劇です。 この『宇宙大征服』もアポロ計画に対する皮肉なんです。 1950年代から、アメリカとソ連(現在のロシア)は宇宙競争をしていました。どちらが先に月に人を送れるかを競い合っていたんです。ソ連のほうが先に有人宇宙船を打ち上げてしまって、アメリカは慌てて「ジェミニ計画」で追いかけましたが、出だしで遅れていました。で、ソ連に先んじるには、片道でいいから月にロケットで人を送ればいいという案が出ました。月から帰る方法はないけど、その後アポロ計画で迎えに来るまで月で暮らして待つという無茶な計画です。実行されませんでしたが、この『宇宙大征服』はそれを実際にやってしまう映画です。 主人公は2人の宇宙飛行士、ジェー ムズ・カーン扮するリーと、もうひとりはロバート・デュヴァル扮する現役空軍パイロットのチャイズです。チャイズは人類初の月着陸を目指していたんですが、政府が人類初の月着陸には民間人にさせるべきだと、リーを選んでしまいます。実際に月面に人類最初の一歩を残したアポロ11号のアームストロング船長もそうなんですよ。で、選ばれなかったチャイズはリーをいじめ抜きます。 『宇宙大征服』の前に、アルトマンは TVで第二次大戦ドラマ『コンバット』 (62〜67年)を演出していましたが、高視聴率にもかかわらず打ち切られてしまいます。反戦ドラマだったからです。 当時のアメリカはベトナム戦争に突入していたので、反戦的な内容が嫌われたんです。この『宇宙大征服』も宇宙競争という名の戦争の虚しさを描いています。 もともとアルトマンが原作の映画化権を自分で買ったのですが、アポロ計画で月ロケット・ブームだったので、ワーナー・ブラザーズがこの映画を欲しがって出資しました。でも、月面に取り残された主人公が絶望して終わるラストだったので、途中でアルトマンをクビにして、別の監督に希望のある結末を撮り直させました。 陰鬱な内容のため、『宇宙大征服』は興行的に失敗しましたが、今、観直すと、アポロ11号のアームストロング船長を描いた『ファーストマン』(2018 年)そっくりなんですよ。主人公が月に行くことを奥さんに黙っていて夫婦仲が破綻するところから、月に行くまでのシーンをコクピットに座る主人公しか写さず、飛んでいく宇宙船を見せないところまで。デイミアン・チャゼル監督は明らかに『宇宙大征服』を参考にしていますよ! (談/町山智浩) MORE★INFO.●ロバート・アルトマンは、ドキュメンタリー映画『ジェイムス・ディーン物語』(57年)で映画監督デビューし、第2作『The Delinquents』(57年/未公開)以後、気鋭のTV演出家として10年を過ごし、初めてメジャー・スタジオのワーナー・ブラザーズで映画監督に復帰したのが本作。 ●NASAは全面的に映画に協力・便宜を図り、おかげで映画は実際に初の月有人飛行を成功させる1年半前に公開された。●パーティ・シーンや高官たちが言い争う場面で、人物の会話をオーバーラップさせる、後にアルトマン作品のトレードマークとなる演出を、ラッシュで見て怒った当時のワーナー映画の代表ジャック・ワーナーはアルトマンをクビにし、映画を再編集してしまった。 ©︎Warner Bros. Entertainment Inc. All Rights Reserved.
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COLUMN/コラム2020.09.28
安易な理解を否定する、 オーソン・ウェルズ監督の悪夢のような映像とイメージが満載!
今回お勧めするのは、オーソン・ウェルズ監督の『審判』(62年)です。 これは有名な作家フランツ・カフカの同名傑作小説の映画化ですね。 監督のウェルズと言えば、映画史上の傑作のひとつ『市民ケーン』(41年) の監督です。彼は26歳で老新聞王ケーンを演じながら監督も兼任して、 様々な撮影テクニックを開発していま す。たとえば「パンフォーカス」。画面の近くにいる人物も遠くの背景にも同時にピントが合っているという肉眼 ではありえない映像ですね。 『市民ケーン』は、それ以降のあらゆる 映画に影響を与えたものすごい傑作ですが、アカデミー作品賞は獲れませんでした。ケーンのモデルは、当時の実在の新聞王ウィリアム・ランドルフ・ハーストで、彼を茶化した内容だったため、ハーストが反『市民ケーン』キャンペーンを行い、アカデミー賞で9部門にノミネ ートされながら、脚本賞のみの受賞に終わっています。これ以降もウェルズはハリウッドでなかなか映画を作れなくなり、作品数は少ないのですが、ヨーロッパで撮ったのがこの『審判』です。 原作がカフカの小説だと聞くと、重々しい映画じゃないの? と思う人も多いでしょうが、これコメディです。 映画は「K」という銀行員。保険会社で働いてたカフカ自身ですね。彼は、ある日突然“起訴”されてしまいます。 何の罪でかというと判らないんです よ。判らないまま裁判にかけられて......という、本来なら怖い話ですが、 本作は怖さよりもシュールさが強調されています。ウェルズ監督が冒頭で「こ れは悪夢(の理論)である」と説明しているように、つげ義春の『ねじ式』みたいな映画になっています。 たとえば「K」が勤めている会社では地平線の彼方まで机が並んでいて、物凄い数の従業員がタイプライターを打ち続けているんです。CGじゃなくて 実際に何百人ものエキストラとタイプライターを集めて撮影しています。こうい うありえない悪夢的なイメージはテリ ー・ギリアムの『未来世紀ブラジル』(85年)に明らかに影響を与えています。 主人公「K」を演じるのはカフカに顔が似ているアンソニー・パーキンス。彼は本作の前に、アルフレッド・ヒッチコック監督の『サイコ』(60年)で 変態殺人鬼の役を演じて、世界中で大当たりしたために、その後は変態殺人鬼役ばかりオファーされたんですね。彼はそれが嫌でハリウッドからヨーロッパへ逃げ出して、そのころに出た作品です。 その「K」は次々に美女に誘惑されます。夢には願望が出てきますから。なかでもロミー・シュナイダーがやたらエロくて可愛くて困ってしまいま す。美女たちにキスされて、ふにゃふにゃと反応するアンソニー・パーキンスは『アンダー・ザ・シルバー・レイク』(18年)のアンドリュー・ガーフィールドそっくりです。 オーソン・ウェルズ自身も「K」の弁護士役で出てきます。「私に任せとけ」と言うだけで何もしてくれない、実にウェルズらしいインチキくさい役 ですね。 『審判』というタイトルは仰々しいですが、ダークでエロチックなコメディですので、リラックスして悪夢をお楽しみください。 (談/町山智浩) MORE★INFO.●1960年にオーソン・ウェルズが、独立プロデューサーのアレクサンダー・サルキンドから、パブリックドメイン(PD)の文芸作品から何か映画を作らないか? と持ちかけられたのがそもそもの始まり。●ウェルズはフランツ・カフカの『審判』の映画化に決めたが、後に原作はPDではないことが発覚、訴訟に発展した。●ウェルズは、主役に当初ジャッキー・グ リースンを求めていた。●ウェルズは映画中で11人の声を自ら吹替えている。●本作と『シベールの日曜日』(共に62年) で使われた『アルビノーニのアダージョ』は、そもそもレモ・ジャゾットによる偽作で、トマゾ・アルビノーニとは直接的に関係はない。 (C) 1963-1984 Cantharus Productions N.V.
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COLUMN/コラム2020.08.28
日本では劇場未公開となった フランスの名匠アンリ=ジョルジュ・クルーゾー監督の遺作
今回ご紹介する映画『囚われの女』 (68年)は、巨匠アンリ=ジョルジュ・クルーゾー監督の作品です。クルーゾー監督といえば、ニトログリセリンを運ぶトラックのハラハラ映画『恐怖の報酬』(53年)や、妻と愛人が共 謀してクソ夫を殺す『悪魔のような女』(55年)という2本のサスペンス 映画が全世界で大ヒットしました。 どちらもハリウッドでリメイクされましたが、オリジナルの面白さには 及びませんでした。 そのクルーゾーの遺作が『囚われの女』です。1960年代末のパリを舞台に“ポップ・アート”の芸術家ジルベ ール(ヴェルナール・フレッソン)と その妻ジョセ(エリザベート・ウィネル)、それにポップ・アートの画商スタン(ローラン・テルジェフ)の3人の三角関係を描いています。 画商スタンが売っているアート作品は縞々です。この縞々が目の錯覚でチラチラ動いて見える。これをオップ・アートと呼びました。オプティカル(光 学的)アートの略です。当時、大変な話題になって、縞模様の服も流行し、『ウルトラマン』(66〜67年)に登場した三面怪人ダダの体の縞模様にまで影響を与えました。 あと、スタンはキネティック・アート=動く彫刻、いわゆる“モビール”も売ってます。これもインテリアとして大流行しました。つまりポップ・アートとは、アートの大衆消費化です。 また、この映画でポップ・アートに関わる主人公たちは、自分や相手に結婚相手がいようがいまいが、おかまいなしにセックスします。これも1968 年当時流行していた「フリー・ラブ」です。結婚に縛られないで好きな人と 恋愛やセックスをしてもいい、という考え方です。 『囚われの女』は、ポップ・アートとフリー・ラブという当時の流行に、製 作当時61歳だったクルーゾー監督が「それって本当のアート?」「それって 本当の愛?」って因縁をつけてるよう な映画です。 ところが、最後のほうで、「それはいくらなんでもいきなりすぎる」と言いたくなる展開に転げ落ちて、僕は大爆笑してしまいました。 もっと驚いたのは、これがもともと、 あのマルセル・プルーストの大長編小説『失われた時を求めて』の映画化として企画された映画だったということですね。 どこがだよ! と言いたくなる、巨匠の知られざる遺作、お楽しみに! (談/町山智浩) MORE★INFO.・本作は1964年の撮影中に、主演者とアンリ=ジョルジュ・クルーゾー監督自身までもが心臓発作で未完となった『L'enfer(地獄)』を、監督がリトライした作品。・名優ミシェル・ピコリ、ピエール・リシャー ル 、 さ ら に ジ ョ ア ン ナ ・ シ ム カ ス ら が ノ ン・ クレジットでカメオ出演。・冒頭場面は『サスペリアPART2』(75年) の手袋をした謎の殺人鬼が人形を触る場面 に影響を与えている。・クルーゾー監督の死後、『L'enfer』の脚本 を元に、クロード・シャブロル監督が新たに 演出した『愛の地獄(』94年)が作られた。・『L'enfer』の残されたフィルムを復元+物語を補足する映像の追加+当事者の証言で 構成された『アンリ=ジョルジュ・クルーゾーの地獄』が2009年に発表されている。 (C) 1968 STUDIOCANAL - Fono Roma
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COLUMN/コラム2020.07.28
セックスと残酷描写満載で南部の醜い現実を叩きつけようとした“呪われた映画”
今回は『マンディンゴ』(75年)という凄まじい映画を紹介します。マンディンゴとは、南北戦争前のアメリカ南部で、白人たちが最高の黒人奴隷としていた種族というか“血統”です。 これはアメリカ映画史上最も強烈に奴隷制度を描いた映画です。公開当時には大ヒットしたんですが、映画評論家やマスコミから徹底的に叩かれ、DVDも長い間、発売されませんでした。それほど呪われた映画です。 映画は南部ルイジアナ州の“人間牧場”が舞台です。アメリカはずっと黒人奴隷を外国から輸入してたんですが、それが禁止されてから、奴隷をアメリカ国内で取引・売買するようになりました。そこでマクスウェル家の当主ウォーレン(ジェームズ・メイソン) は、黒人奴隷たちを交配して繁殖させ、出来た子供を売ることで莫大な利益を得ています。 また、奴隷の持ち主たちは黒人女性を愛人にしていましたが、彼らの奥さんには隠してませんでした。しかも、 奴隷との間に生まれた子も平気で奴隷 として売っていたんです。 なぜなら、南部の白人たちは、黒人制度を正当化するために“黒人には魂 がない”と信じていました。そうしないと、「すべての人は平等である」と書かれた聖書に反してしまうからです。南部の人は黒人を人間と思っていなかったので、普通の医者ではなく獣医にみせていました。 しかしマックスウェル家の息子ハモンド(ペリー・キング)はそれが間違っていることに気づいていきます。きっかけは 奴隷の黒人女性エレン(ブレンダ・サイクス)を愛したこと。それに、マ ンディンゴの若者、ミード(ケン・ノートン)と友情を結んだからなんです。しかし、白人の妻(スーザン・ジョージ) がミードの子を妊娠して......。 原作はベストセラーでした。でもハリウッドではだれも映画化しようとせず、イタリアの大プロデューサー、デ ィノ・デ・ラウレンティスが製作しま した。彼は製作するときに“仮想敵” を掲げていました。『風と共に去りぬ』(39年)です。南部の奴隷農園をロマンチックに美化した名作映画に、醜い現実を叩きつけようとしたのです。 この番組では巨匠たちの“黒歴史” 映画を積極的に紹介してるんですが、本作もその1本。監督はリチャード・ フライシャー。『海底二万哩』(54年)、『ドリトル先生不思議な旅』(67年)、『トラ・トラ・トラ!』(70年) などを作ってきた天才職人です。彼は、「今までの南部映画はヌルすぎる。俺はこの映画で真実を全部ぶちまける」と考え、セックスと残酷描写満載の『マンディンゴ』を撮り、世界中で大当たりしました。 でも、「アメリカの恥部をさらした」 と言われ、『マンディンゴ』は長い間、「なかったこと」にされてきましたが、 90年代、あのクエンティン・タラン ティーノが「『マンディンゴ』は傑作 だ!」と言ったことでDVDが発売され、再評価されました。 そしてタランティーノが『マンディンゴ』へのオマージュとして撮ったのが『ジャンゴ繋がれざる者』です。 というわけで南部の真実を描きすぎて呪われた傑作『マンディンゴ』、御覧ください! (談/町山智浩) MORE★INFO.●原作の『マンディンゴ』(1957年/河出書房)は、本国で450万部を超えるベストセラーで、1961年には舞台劇化もされている。農園から名前を取った原作の“ファルコンハースト”シリーズは全部で15作もある。●父ウォーレン役は最初チャールトン・ヘストンにオファーされたが断られ、英国人俳優ジェームズ・メイソンが演じた。彼は後年、「扶養手当を支払う ために映画に出ただけだ」とインタビューで語っている。●息子ハモンド役は、オファーされたボーとジェフのブリッジス兄弟、ティモシー・ボトムズ、ジャン・マイケル・ヴィンセントらに次々と断られ、ペリー・キングに。●シルヴェスター・スタローンがエキストラ出演している。●映画から15年後を描いた続編に『ドラム』(76年/監:スティーヴ・カーヴァー)がある。 (C) 1974 STUDIOCANAL
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COLUMN/コラム2020.06.24
精神的にも社会的にもすごく踏み込んだ、強烈だけれど現在の映画界の根幹を成す映画
今日、ご紹介するのは1960年のイギリス映画『血を吸うカメラ』です。 主人公マークは、16mmカメラの三脚にある“武器”を取り付けて、それで女性を刺し殺しながら、死んでいく瞬間を映像に記録する、というとんでもないサイコ・キラーです。いわゆる“スナッフ・フィルム”をテーマにした最初の映画です。 “サイコ・ホラー”といえばアルフレッド・ヒッチコック監督の『サイコ』(60年)が有名ですけど、この『血を吸うカメラ』のほうが2カ月早く公開されています。だから本作が本当の意味で“サイコ・ホラー”の元祖といえると思います。 監督はマイケル・パウエル。エメリック・プレスバーガーとのコンビで作った史上最高のバレエ映画『赤い靴』(48年)で有名な世界的な巨匠です。 『黒水仙』(46年)など、豪華な「テクニカラー」映画の名作を何本も送り出していましたが、パウエルは、この『血を吸うカメラ』を作ったことによってメディアでさんざん攻撃されて、以後、映画が撮れなくなりました。 人々がなぜ怒ったかというと、殺人者である主人公に共感を込めて描いているからです。マークは精神科医である父親の実験で、幼い頃から恐怖を与 えられ、その様子をフィルムに記録されてきました。それで、父親が死んだ後も、女性に対してその実験をし続けているわけです。彼は女性に対して性 欲を覚えると、ペニスの代わりに三脚を突き刺して殺さずにはいられない人になってしまいました。つまり彼はある意味、被害者なんですね。しかし、彼に同情するように描かれた『血を吸うカメラ』を世間は許さず、20年間も劇場にはかかりませんでした。 その封印を解いて再上映し、再評価させたのは、マーティン・スコセッシです。 マイケル・パウエルはイギリスで映画が撮れなくなって、ニューヨーク大学で映画を教えていたんですが、その生徒がスコセッシだったんです。 スコセッシは『血を吸うカメラ』の恐ろしさは、マークが殺人を重ねるうちに、性欲や殺人そのものより、完璧な殺人フィルムを完成させることに取り憑かれていくことだと言っています。つまり奇妙な映画作家になっていくんです。「『血を吸うカメラ』は映画を作る者が陥っていく暗黒面を描いている」とスコセッシは言っています。 『血を吸うカメラ』のマークは、スコセッシの『タクシー・ドライバー』(76 年)にも強い影響を与えています。女性に触れられない主人公トラヴィスが ポルノ映画館でスクリーン上の裸の女性を、人差し指で作ったマグナムで撃つシーンなどですね。 また、恐怖の実験ということで、一種のマッド・サイエンティスト物でもあります。孤独な科学者たちの歪んだ 愛情を描く東宝映画や円谷プロ作品にもつながるものがある、おぞましい傑作ですので、是非、御覧ください! (談/町山智浩) MORE★INFO.●主人公マーク・ルイス役には当初ダーク・ボガードにオファーしたが、契約を結んでいたランク社に貸し出しを拒否され、次いでローレンス・ハーヴェイを考慮するも、契約前に他社に引き抜かれてしまい、パウエルの友人カール=ハインツ・ベームになった。●ヒロイン、ビビアン役には、若きジュリー・アンドリュースの名も挙がっていた。●犠牲者のひとりミリーを演じたのは、当時ロンドンで有名なグラマーモデル、パメラ・グリーン。彼女が殺害されるシーンで見せたヌードは、英国映画史上初のヌード・シーンだった。●主人公マークが撮った「ホーム・ムービー」では、ルイス教授役をパウエル監督自身が、若きマーク役を監督実子コロンビアが、母親役も監督の当時の妻でコロンビアの実母 フランキー・リドリーが演じている。 (C) 1960 Canal + Image UK. Tous Droits Reserves.
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COLUMN/コラム2020.05.30
政府軍の軍資金を強奪せよ! 丹波哲郎大活躍のミッション系マカロニ・ウエスタン!!
今回お勧めする映画は『五人の軍隊』です。 いわゆる“マカロニ・ウエスタン”と呼ばれているイタリア製西部劇です。舞台はメキシコ、時代は1910年代なので、自動車が普通に出てきます。こういう映画をメキシコ革命のリーダー、ザパタの名前を取って“ザパタ・ウェスタン”と呼びます。サム・ペキンパー監督の『ワイルドバンチ』(69年)からブームになりましたが、それをどこよりも早くパクったのが『五人の軍隊』です。 革命側の村が5人のプロを雇って政府軍の資金強奪を依頼します。『七人の侍』(54年)に『ワイルドバンチ』の中盤の列車強奪を足した話です。 主演はピーター・グレイブス。当時のTVシリーズ『スパイ大作戦』(66~73年)、今で言う映画「ミッション・インポッシブル」シリーズでリーダーの「フェルプス君」役で人気でした。これでもミッションのリーダー、ダッチマン役ですね。ダッチマンの4人の部下、まず、サムライ役に丹波哲郎! なぜかメキシコに流れてきた日本刀とナイフの名人。そう、『七人の侍』が原点ですから。怪力担当はバッド・スペンサー。日本では80年代のビデオブームのときに、テレンス・ヒルとのコンビで『サンドバギー、ドカンと3発』などのイタリア製アクション・コメディに主演して人気のあったコメディアンです。他には、軽業師ルイス(ニーノ・カステルヌオーボ)と、爆薬のプロ、オーガスタス(ジェームズ・デイリー)。彼はダッチマンの戦友で、『七人の侍』の加東大介の役割です。 脚本はなんとダリオ・アルジェント! 『サスペリア』(77年)以降、血みどろ変態殺人映画の巨匠になりましたが、これは残酷じゃなくて、いい話ですよ。 監督はドン・テイラー、ハリウッド黄金期(40〜50年代)には俳優で、監督に転向し、『五人の軍隊』のあと、『新・猿の惑星』(70年)を撮りました。そのせいかどうか、テイラー監督は出稼ぎでスペインへ行ってこの映画を監督したんですけど、撮影を完了させずに帰国しちゃったらしいんですよ。で、残りをアルジェントが演出して撮影したので、クレジットはありませんがアルジェントの非公式監督作として『五人の軍隊』はカウントされています。 この映画でいちばんいいのは丹波さんです。でも、セリフが一言もありません。英語ができないという設定ですが、丹波さん自身は英語はできます。僕がインタビューしたときに話してくれたんですが、丹波さんは戦後GHQ(General Headquarters:連合国軍最高司令官総司令部)のための日本人通訳として働いていたんです。でも、英国映画『第七の暁』(64年)に出演したときは、実は英語が全然できなかったそうで、英国に行ってから現地の女性と付き合って彼女から英語を習ったんだそうです。「“ピロートーク”ってやつだな!」って言ってました(笑)。 本作でセリフがないのは、セリフが覚えられなかったからだと思います。丹波さん、日本映画でも覚えない人だから。特にマカロニの場合には、セリフがギリギリに決まることが多いんですよ。脚本を書きながら進行してたりするから。けどこの映画、丹波さんを寡黙にしたことですごく良くなりましたね。最大のクライマックスは丹波さんがクレヨンしんちゃんのように走って走って走りまくるシーンです。しかも丹波さん、いつものようにモテモテです! 『五人の軍隊』は、後半の逆転に次ぐ逆転の展開も面白いし、負け犬たちの大逆転映画としても泣けますよ! 舞台はメキシコ革命期、革命軍に雇われた五人の男たちが、それぞれの特技を活かして、政府軍の現金輸送列車を襲撃するマカロニ・ウエスタン! (談/町山智浩) MORE★INFO ●俳優出身の監督ドン・テイラーは、ポーカー・プレイヤー役で出演もしているが、本作が最後の出演作となり、本格的に監督業に転身した。 ●しかしテイラー監督は、最終的に映画を完成出来ず、ダリオ・アルジェントと『情無用のジャンゴ』(66年)の監督ジュリオ・クエスティによって完成された。イタリア版の監督はまた別で、本作や『風来坊/花と夕日とライフルと…』(70年)のプロデューサー、イタロ・ジンガレッリが完成させた。 ●映画の一部は、同時期に撮影されていたセルジオ・レオーネ監督の『ウエスタン』(69年)のセットを流用している。 ●1981年にインドで『Adima Changala』としてリメイクされている(日本には未輸入)。 © Warner Bros. Entertainment Inc.
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COLUMN/コラム2020.04.21
“遊び”の要素に満ちた、香り高い男の世界を、名匠ルネ・クレマンが独自のムードで描くロマンティック・ノワール!
『狼は天使の匂い』、監督はフランスの巨匠ルネ・クレマン。ギターで誰でも練習した『禁じられた遊び』(52年)、アラン・ドロンを世界的スターにした『太陽がいっぱい』(60年)のクレマン監督の知られざる傑作が『狼は天使の匂い』です。 主人公トニー(ジャン=ルイ・トランティニャン)は、フランス人のジャーナリストですが、取材で乗っていたヘリコプターが、ロマ(昔でいう“ジプシー”)の村に墜落して、少女を殺してしまいます。ロマは一族の掟で復讐のためトニーの命を狙い、トニーはカナダのフランス語圏モントリオールまで逃げます。そこで偶然知り合ったギャング団の仲間になっていきます。ギャング団のボス、チャーリーを演じているのはハリウッドの名脇役ロバート・ライアン。『ワイルドバンチ』(69年)が素晴らしかったですね。彼らギャング団は、ある事件の証人となる女性の誘拐を請け負います。 そう聞くとハードなサスペンス映画みたいですが、そうじゃない。この映画、まるで夢を見ているような「お伽話」として作られているんですね。『不思議の国のアリス』がモチーフになっています。 僕は公開当時、小学6年生くらいで、凄く感動したのは、子供の話から始まるからなんです。冒頭に、気の弱そうな男の子がいじめっ子たちに絡まれるプロローグがついているんですが、その子と同年代だった僕にはそれがリアルだったんです。 脚本はセバスチャン・ジャプリゾ、邦訳もあるミステリ作家ですが、脚本家としてもアラン・ドロンとチャールズ・ブロンソンの『さらば友よ』(68年)や、やはりブロンソン主演でクレマン監督作の『雨の訪問者』(70年)などがあります。ジャプリゾの脚本には、ある特徴があります。それは他愛のない“ゲーム”のシーンが必ず入ってること。『狼は天使の匂い』でもゲームは非常に重要なものなので、注意して観て下さい。 この『狼は天使の匂い』は『不思議の国のアリス』で始まり、『不思議の国のアリス』で終わります。『アリス』は少女の夢ですが、本作は少年のような心を持ったヤクザな男たちの夢ですね。 彼らの子供っぽさを象徴するのがゲームです。ギャングの仲間に入れてもらえないトニーは、タバコを3本を縦に積み上げるゲームでギャングたちの尊敬を勝ち取ります。もうひとつ、ギャングたちは“丸めた紙くずを植木鉢に入れる”ゲームもします。これらは何を意味しているかというと、彼らにとっての犯罪は金のためじゃなく“遊び”なんだよと。禁じられているからこそ、その“遊び”をするんだということで、クレマン監督の『禁じられた遊び』にもつながってくるんですよ。 『狼は天使の匂い』ではアルド・レイもいい味出してますね。ガキ大将がそのまま大きくなったような大男で、『暴力脱獄』(67年)のジョージ・ケネディ的なグッド・バッドガイ。『ヒート』(95年)のトム・サイズモアの原型ですね。 これに非常に強い影響を受けたのが香港のジョニー・トー監督です。彼の『ザ・ミッション非情の掟』(99年)では、暗黒街のガンマンたちが無言で紙くずサッカーすることで絆を固め、『エグザイル/絆』(06年)でも、空き缶を撃ち続ける遊びがギャングたちの子どもっぽい友情を表現しています。『エグザイル/絆』のギャングたちは記念写真を撮るんですが、それも『狼は天使の匂い』からの引用です。 『狼は天使の匂い』という邦題は、狼のようなアウトローたちが実は天使のように純粋無垢だという意味を詩的に表していて素晴らしいと思います。 (談/町山智浩) MORE★INFO. ●映画はデヴィッド・グーディスのノワール小説「Black Friday」を、作家で脚本家のセバスチャン・ジャプリゾがルネ・クレマン監督のために脚本化。しかし、小説は設定だけを借りたジャプリゾのほとんどオリジナル。これをジャプリゾ自らがノヴェライズした『ウサギは野を駆ける』が映画公開時に翻訳され、原作は約30年後の2003年に映画と同じ『狼は天使の匂い』(早川書房)の題名で翻訳された。 ●日本公開時は英語吹替の99分版で上映された。オリジナル完全版は140分。 ●当初ボスのチャーリー役はリー・マーヴィンにオファーされたが、マーヴィンの推薦で友人でもあるロバート・ライアンに決定した。 ●ポールの妹ペッパー役は当初フランク・シナトラの娘クリスティーナが候補に挙げられていたが、ミア・ファローの妹ティサ・ファローに決まった。 ●冒頭のお菓子を食べる少女は、映画デビューとなるエマニュエル・ベアール(ノンクレジット)。