生涯現役 監督 クリント・イーストウッドの仕事 生涯現役 監督 クリント・イーストウッドの仕事

2020年5月31日 生誕90年

生涯現役。生涯映画人。

2020年5月31日。クリント・イーストウッドが90歳の誕生日を迎える。
これまで多くの功績を残してきた“監督クリント・イーストウッド”。
1971年『恐怖のメロディ』で監督デビューし、来年で監督50年。コンスタントに監督業を続け、これまで38作品の映画を世に放ってきた。

ザ・シネマでは“監督クリント・イーストウッド”にスポットライトを当て、
初監督作品『恐怖のメロディ』を含む厳選した5作品を5月6月に特集放送。

work放送作品

5月の特集放送 イーストウッド監督の誕生日直前3日間に3作品を一挙放送!
  • ■5/28(木) 21:00「ミスティック・リバー」
  • ■5/29(金) 21:00「許されざる者」
  • ■5/30(土) 21:00「15時17分、パリ行き」
6月の特集放送 5月に放送をした3作も含め、5作品を一挙放送!
  • ■6/17(水)
      19:00「恐怖のメロディ」
      21:00「許されざる者」
      23:30「アイガー・サンクション」
  • ■6/18(木)
      18:30「ミスティック・リバー」
      21:00「15時17分、パリ行き」

columnコラム

クリント・イーストウッド
老いてますます自由なハリウッド最強のインディペンデント作家

2020年5月31日に90歳となるクリント・イーストウッドは、これまでに監督として38本の長編劇映画を発表している。むろん作品ごとの出来ばえにムラはがあるだろうが、駄作と言い切れるほどの失敗作はひとつもない。もしも100人のファンに「あなたのイーストウッド監督作品のベスト3は?」と尋ねたら、ひょっとすると100通りの回答が返ってくるのではないかというくらい快作、傑作がひしめいている。しかもこの質問対象には、俳優としての代表作『荒野の用心棒』『夕陽のガンマン』『ダーティハリー』が含まれていないのだ!

イーストウッドの60年以上におよぶ映画人生には、ターニングポイントとなった出来事がいくつもあるが、やはり最大の転機は1971年だろう。その数年前、セルジオ・レオーネ監督と組んだ3本のマカロニ・ウエスタン『荒野の用心棒』『夕陽のガンマン』『続・夕陽のガンマン』を終え、イタリアから帰米したイーストウッドは、この年ロサンゼルス市警の荒くれ刑事ハリー・キャラハンを演じた『ダーティハリー』が大ヒット。アメリカにおけるアクション・スターの地位を確立した。さらに同年『ダーティハリー』に先んじて、監督デビュー作『恐怖のメロディ』を発表。イーストウッド自身が温めていた企画に基づくこの作品は、異常な女性ストーカーに翻弄されるラジオDJの恐怖体験を描く低予算スリラーだったが、興行と批評の両面で成功を収めた。

多くの映画業界人やマスコミは、これをスター俳優の気まぐれな冒険と見なしただろうが、当時すでに自らの制作会社マルパソ・プロダクションを設立し、監督業進出の機会をうかがっていたイーストウッドは、その後もコンスタントにメガホンを執った。万事が順調ではなく、スター監督として色眼鏡で見られたり、いわれなき酷評を受けることもあったが、『アウトロー』『ペイルライダー』『バード』などで並々ならぬ実力を証明。1992年の『許されざる者』でアカデミー賞の作品賞、監督賞を受賞し、16本目の監督作にして名実共にハリウッドの頂点に立った。それから現在に至るまでの超人的な活躍ぶりは、周知の通りである。

イーストウッドは映画学校に通ったことがなく、撮影現場で映画作りを学んだ叩き上げのフィルムメーカーだ。TVシリーズ「ローハイド」の現場で、そしてセルジオ・レオーネ、ドン・シーゲルというふたりの偉大な師匠のもとで。気心の知れたマルパソの常連スタッフを率いて製作を行うイーストウッドは、手際よく必要なカットを撮り進め、常にスケジュールと予算の枠内に収めて作品を仕上げる。現場で脚本を読み返したり、メモを取ることもないという。本人いわく「すべて頭に入っているから」だ。

ワーナー・ブラザースから依頼された『ルーキー』のようなわずかな例外を除くと、イーストウッドは自分がやりたい企画だけを撮り続けている。世間の流行やマーケティング調査には目もくれず、「君には向いてないのではないか」といった他人の助言にも耳を貸さない。むしろ他の誰も目にとめないようなテーマや地味で小さなストーリーに興味を持ち、その原作や脚本に語るべき価値があると見なせば、おのれの直感に従ってゴーサインを出す。“直感”はイーストウッドがインタビューで映画作りの姿勢などを問われた際に、繰り返し発してきたキーワードだ。また、多くのハリウッド・スターは名声を得ると、自分のパブリック・イメージに“縛られる”ものだが、イーストウッドの場合はむしろ逆。スター監督のキャリアを重ねるごとに、どんどん自由になっている印象さえ受ける。その意味においてイーストウッドは、スティーヴン・スピルバーグと並び称される“ハリウッド最強のインディペンデント作家”と言えよう。

では、ここからイーストウッドが世に送り出してきた38本の劇映画を、ジャンルやテーマごとに具体的に整理していこう。まずは西部劇。イーストウッドが監督デビューを飾った1970年代にはすでに廃れていたジャンルだが、『荒野のストレンジャー』『アウトロー』『ペイルライダー』『許されざる者』という4本を手がけており、いずれも見逃し厳禁の傑作、異色作ばかり。とりわけ今回、ザ・シネマの特集でも放映される『許されざる者』は、イーストウッドが自らのルーツの総括を試みたかのような“最後の西部劇”であり、逃れられない過去の罪に苛まれながら怪物ガンマンへと変貌を遂げていく主人公ウィリアム・マニーの姿から、ひとときも目が離せない。『荒野のストレンジャー』をセリフ・リメイクした『ペイルライダー』に息づく超自然的な神秘性も、イーストウッドという映画作家の底知れない凄みをみなぎらせている。

アクション&アドベンチャー、そしてスリラー&ミステリーといったジャンル映画も多数撮っている。前者には『アイガー・サンクション』『ガントレット』『ファイヤーフォックス』『ダーティハリー4』『ルーキー』があり、後者には『目撃』『トゥルー・クライム』『ブラッド・ワーク』などがある。なおかつジャンルの枠にはめるのを躊躇せずにいられないほど重厚で痛切な『ミスティック・リバー』、あまりにも異様なストーリー展開に驚きを禁じ得ない『チェンジリング』のような作品もある。

イーストウッドのフィルモグラフィーには実話ものが多いのも特徴的で、『J・エドガー』から直近の『リチャード・ジュエル』まで何と7本連続で実話映画を手がけている。なかでも『アメリカン・スナイパー』『ハドソン川の奇跡』『パリ行き、15時17分』『リチャード・ジュエル』、それ以前の『父親たちの星条旗』には“英雄”というテーマが通底している。そもそもイーストウッドの出世作『ダーティハリー』のキャラハン刑事は、往年のゲーリー・クーパーやジェームズ・スチュアート的な理想のアメリカン・ヒーローとはほど遠いアンチ・ヒーローだった。本来は光り輝く存在である英雄の知られざる影の側面、英雄という存在がはらむ大いなる矛盾といったテーマは、よほどイーストウッドの創作意欲を刺激するのだろう。

そのような人間の複雑さを追求するイーストウッドの視点は、やはり実話ものである伝記映画でも際立っている。名匠ジョン・ヒューストンをモデルにした『ホワイトハンター ブラックハート』、自らが敬愛する伝説のサックス奏者チャーリー・パーカーにスポットをあてた『バード』。どちらの主人公も傑出した才能の持ち主でありながら、不可解なまでに自己破滅的な運命をたどっていく様が描かれていた。南アフリカ大統領、ネルソン・マンデラの崇高な人物像に迫った『インビクタス/負けざる者たち』のようなハッピーエンド映画はあくまで例外的だ。

こうして膨大なフィルモグラフィーを振り返ると、映画作りにおけるイーストウッドの関心はつくづく“人間を描く”ことにあるのだと再認識させられる。一途なまでに純粋に夢やロマンを追い求める男(『ブロンコ・ビリー』『センチメンタル・アドベンチャー』)、愛や疑似家族との関係に揺らめく男(『愛のそよ風』『パーフェクト・ワールド』『マディソン郡の橋』『ミリオンダラー・ベイビー』)、はるか年下の若い世代に人生訓を示す昔気質の男(『ハートブレイク・リッジ/勝利の戦場』『グラン・トリノ』『運び屋』)。これら強烈な印象を残す主人公たちは皆、克服できない欠陥を抱えており、イーストウッドはそうした人間のネガティヴな面を積極的かつ赤裸々に描く。俳優の扱い方や心理を熟知しているうえに、カリスマ性に富んだ自分の顔やたたずまいの見せ方をも心得たスター監督の強みもそこに垣間見える。

最後に『ホワイトハンター ブラックハート』の主人公である映画監督ジョン・ウィルソンが、創作パートナーの脚本家を叱り飛ばすシーンのセリフを引用して、この文章を締めくくることにしよう。この言葉には、老いてなお若々しい好奇心を保ち、新しい挑戦を続けるイーストウッドの揺るぎない創作姿勢が凝縮されているかのようだ。

「君はいい脚本家になれない。観客に媚びることばかり考えているからだ。観客のことなど気にせず書け。生き方はふたつある。ゴマをすってハッピーエンドを書き、長期契約を結んでハリウッドで金を稼ぐ。そうすれば50代で心臓発作を起こすだろう……。もうひとつは評価など気にしない生き方だ。契約を蹴って、文句を言うヤツは黙らせ、つまらんヤツはおだてておけばいい」

ライター:高橋諭治
1965年生まれ。純真な少年時代にホラーやスリラーを観すぎて、人生を踏み外した映画ライター。「毎日新聞」「映画.com」「ぴあアプリ」などで映画評を執筆中。犯罪、秘密、孤独などにまつわる世界中の映画を鑑賞し、日々恐怖と格闘している。
スカパー!×ザ・シネマ
『許されざる者』© Warner Bros. Entertainment Inc. 『ミスティック・リバー』© Warner Bros. Entertainment Inc. 『15時17分、パリ行き』© Warner Bros. Entertainment Inc. 『アイガー・サンクション』©1975 Universal Pictures, Inc. ALL RIGHTS RESERVED. 『恐怖のメロディ』© 1971 Universal City Studios, Inc. Copyright Renewed. All Rights Reserved.

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