連続殺人、素人探偵、思いがけない犯人とその犯行動機、そして恋愛──フランソワ・トリュフォーの遺作『日曜日が待ち遠しい!』(1982)のキーワードを挙げてゆくとこのようになろうか。主演はファニー・アルダンとジャン=ルイ・トランティニャン。ファニー・アルダンは前作『隣の女』(1981)に続いての主演である。
舞台となるのはニースにほど近い南フランスのどこか。バルバラ・ベッケル(ファニー・アルダン)はこの町で不動産業を営むジュリアン・ベルセル(ジャン=ルイ・トランティニャン)の秘書を務めている。ある日、バルバラが事務所で仕事をしていると、ジュリアンの妻から電話がかかってきた。ジュリアンは鴨猟に行ってから出社ということでまだ事務所には到着していない。バルバラがそのことを告げると「預金を下ろしてニースへ送ってほしいの」と妻。事務所を留守にはできないし、自分にはその権限がないとバルバラが返す。そんなやりとりをしているうちに、ジュリアンが到着したので電話を代わると、妻はバルバラにバカにされたとジュリアンに伝える。それを信じたジュリアンは「1か月後に交代だ」とバルバラをクビにしてしまうのだった。
ストーリーには関係ないが、ジュリアンが出社してきたときの着こなしはなかなか恰好いいので少し説明すると、革のくるみボタンのツイード・ジャケットにおそらくグレーのトラウザーズ、ボタンダウン・シャツにストライプのタイというスタイリングにコートを袖を通さず肩に引っ掛けている。なんということはないオーセンティックなアイテムの組み合わせだが、タイの締め方やコートの羽織り方が実にエレガントでいい。しかし同時にベリー・トラディショナルなその装いから、彼がスクエアで頑固者という側面も感じられる。一方のバルバラはシックな服装──膝下が綺麗に見えるスカート丈が印象的である──が多く、秘書らしい雰囲気で、彼女の顔立ちとも相まってキリッと意志が強そうだ。こうして登場人物の性格を物語序盤のアウトフィットにさりげなく投影しているのはお見事といえるだろう。
舞台となるのはニースにほど近い南フランスのどこか。バルバラ・ベッケル(ファニー・アルダン)はこの町で不動産業を営むジュリアン・ベルセル(ジャン=ルイ・トランティニャン)の秘書を務めている。ある日、バルバラが事務所で仕事をしていると、ジュリアンの妻から電話がかかってきた。ジュリアンは鴨猟に行ってから出社ということでまだ事務所には到着していない。バルバラがそのことを告げると「預金を下ろしてニースへ送ってほしいの」と妻。事務所を留守にはできないし、自分にはその権限がないとバルバラが返す。そんなやりとりをしているうちに、ジュリアンが到着したので電話を代わると、妻はバルバラにバカにされたとジュリアンに伝える。それを信じたジュリアンは「1か月後に交代だ」とバルバラをクビにしてしまうのだった。
ストーリーには関係ないが、ジュリアンが出社してきたときの着こなしはなかなか恰好いいので少し説明すると、革のくるみボタンのツイード・ジャケットにおそらくグレーのトラウザーズ、ボタンダウン・シャツにストライプのタイというスタイリングにコートを袖を通さず肩に引っ掛けている。なんということはないオーセンティックなアイテムの組み合わせだが、タイの締め方やコートの羽織り方が実にエレガントでいい。しかし同時にベリー・トラディショナルなその装いから、彼がスクエアで頑固者という側面も感じられる。一方のバルバラはシックな服装──膝下が綺麗に見えるスカート丈が印象的である──が多く、秘書らしい雰囲気で、彼女の顔立ちとも相まってキリッと意志が強そうだ。こうして登場人物の性格を物語序盤のアウトフィットにさりげなく投影しているのはお見事といえるだろう。
殺人容疑がかけられるジュリアン
バルバラがクビを言い渡されてしばらくののち、警察署長がジュリアンを訪ねてやってきた。今朝の鴨猟の成果を聞かれるなどするうちに、ジュリアンは友人で映画館「エデン座」の支配人のマスリエが何者かに射殺されたことを知る。マスリエのクルマにジュリアンの手形と指紋がばっちり付着しており、署長は明らかにジュリアンを犯人として疑っているのだ。マスリエ殺害の様子は映画の序盤で描かれており、注意深く観ていればジュリアンが犯人でないことがわかる。そもそも、犯人は容易に指紋が検出されるようなヘマはやらかさないだろう。それでも警察はジュリアンを容疑者扱いしているのだ。そんな彼のもとに嫌がらせの電話がかかってくる。電話の声の主は女性。「嫉妬から殺ったのね 人殺し あんたの女房の愛人だったから」。そうこうしているうちに、ジュリアンの妻がニースから帰ってきた。妻を問い詰めるジュリアン。その様子を遠くから覗き見るように捉えたショットはどこかヒッチコックの『裏窓』を思わせるのだが、その眼差しは誰のものかといえば、これはおそらく真犯人の視点ではないだろうか。
殺害された妻の過去を探る
しばらくすると、家に警官がやってきてジュリアンは警察署に連行されてしまう。あれこれ尋問されるが、やっていないジュリアンは答えようがない。弁護士を呼ぶと言って友人でもあるクレマン(フィリップ・ローデンバック)に署から電話をかけるジュリアン。程なくして到着したクレマンのおかげで帰宅を許されたジュリアンだったが、帰ってみると家のなかが荒らされており妻の名前を呼んでも返事がない。なんとジュリアンが警察署にいるあいだに妻は殺害されていたのだった。
バルバラはアマチュア劇団に所属していて、ジュリアンが警察署で取り調べを受けているときには、ヴィクトル・ユゴーの『王は愉しむ』(ヴェルディのオペラ《リゴレット》の原作でもある戯曲。『王者の悦楽』、『逸楽の王』などいくつかの邦題がある)の上演に向けて仲間と稽古をしていた。そこへジュリアンがやってきてバルバラに協力を請う。「今夜ニースへ行く 留守中事務所を頼む」。娘役の衣裳のまま、ジュリアンのクルマで彼の事務所に向かい、そこで彼の妻が死んでいたことを聞かされるバルバラ。ジュリアンがなぜニースに行くのかといえば、彼の妻がもともとニースの出だからだ。彼女はかつてニースで美容室を経営していたのだ。これまでの結婚生活においてはあれこれ詮索してこなかったジュリアンだが、この事件の原因が妻の過去にあるのではと直感的に思い、それを調べに行くというのである。しかし友人、妻の死と取り調べで疲労困憊のジュリアンはほんのわずかな時間、椅子に腰掛けたかと思うと眠ってしまった。それを見てバルバラはジュリアンのクルマでひとりニースへと向かった──。
バルバラはアマチュア劇団に所属していて、ジュリアンが警察署で取り調べを受けているときには、ヴィクトル・ユゴーの『王は愉しむ』(ヴェルディのオペラ《リゴレット》の原作でもある戯曲。『王者の悦楽』、『逸楽の王』などいくつかの邦題がある)の上演に向けて仲間と稽古をしていた。そこへジュリアンがやってきてバルバラに協力を請う。「今夜ニースへ行く 留守中事務所を頼む」。娘役の衣裳のまま、ジュリアンのクルマで彼の事務所に向かい、そこで彼の妻が死んでいたことを聞かされるバルバラ。ジュリアンがなぜニースに行くのかといえば、彼の妻がもともとニースの出だからだ。彼女はかつてニースで美容室を経営していたのだ。これまでの結婚生活においてはあれこれ詮索してこなかったジュリアンだが、この事件の原因が妻の過去にあるのではと直感的に思い、それを調べに行くというのである。しかし友人、妻の死と取り調べで疲労困憊のジュリアンはほんのわずかな時間、椅子に腰掛けたかと思うと眠ってしまった。それを見てバルバラはジュリアンのクルマでひとりニースへと向かった──。
素人探偵バルバラが真実に迫る
ニースに着いたバルバラはまずはジュリアンの妻がやっていた美容室へと向かうが、その住所は「赤い天使」という店名のキャバレーになっていた。次いで、ジュリアン妻が定宿にしていたホテルへ。「友人のベルセル夫人がすすめてくれたので」と適当なことを言って、彼女がいつも泊まっていた部屋が813号室──トリュフォー作品ではおなじみの数字だ──であることを突き止め、隣の811号室に宿泊することに成功したばかりか、ホテルの従業員を買収して部屋を813号室に替えてもらい、室内を調査するのだった。
こうしてバルバラは探偵よろしくジュリアンの妻の過去を暴こうとするのだが、当然ながら一進一退でなかなか真実にはたどり着けない。そんななか、ある人物からジュリアンの妻についての調査を電話で依頼された「ラブラシュ探偵事務所」と期せずして関わりを持つことになったバルバラ。どうやら協力体制を整えたようだ。一方、妻が殺害されたことが公になり、いよいよジュリアンへの嫌疑は深まるばかり。ニースからジュリアンの待つ事務所に戻ったバルバラは、探偵事務所に調査依頼をした人物が真犯人だと睨み、それがジュリアンではないかと拳銃を片手に本人に詰め寄ったがジュリアンに拳銃を取り上げられてしまう。「調査依頼をした人物が真犯人」というのはジュリアンも同意見で、ここからふたりで真相を突き止めるべく行動を開始する。以降、ときおり喧嘩をしながらも真実に近づこうとするふたりに「エデン座」の切符切りの女性や「赤い天使」のオーナーなどが絡んで物語は進んでゆく。もちろん結末はここでは記すつもりはないので、ぜひ作品をご覧になって謎解きを楽しんでもらえたらと思う。
こうしてバルバラは探偵よろしくジュリアンの妻の過去を暴こうとするのだが、当然ながら一進一退でなかなか真実にはたどり着けない。そんななか、ある人物からジュリアンの妻についての調査を電話で依頼された「ラブラシュ探偵事務所」と期せずして関わりを持つことになったバルバラ。どうやら協力体制を整えたようだ。一方、妻が殺害されたことが公になり、いよいよジュリアンへの嫌疑は深まるばかり。ニースからジュリアンの待つ事務所に戻ったバルバラは、探偵事務所に調査依頼をした人物が真犯人だと睨み、それがジュリアンではないかと拳銃を片手に本人に詰め寄ったがジュリアンに拳銃を取り上げられてしまう。「調査依頼をした人物が真犯人」というのはジュリアンも同意見で、ここからふたりで真相を突き止めるべく行動を開始する。以降、ときおり喧嘩をしながらも真実に近づこうとするふたりに「エデン座」の切符切りの女性や「赤い天使」のオーナーなどが絡んで物語は進んでゆく。もちろん結末はここでは記すつもりはないので、ぜひ作品をご覧になって謎解きを楽しんでもらえたらと思う。
緊張と弛緩のバランスの妙
本作を未見で本稿をここまで読んでこられた方は、さぞシリアスなフィルム・ノワールなのではと感じたかもしれないが、不思議に軽妙な味わいがあるのがこの作品の魅力。物語の1/3を過ぎたあたりからコミカルなタッチが少しずつ増えてゆくのである。本作がカラーでなくモノクロ作品であることは、このシリアスさとコミカルさの絶妙なバランスを保つことに一役買っているにちがいない。ヒッチコックを思わせるクラシックなフォーマットをあえて1980年代に採用し、緊張感を高めながらそこにゆるい笑いのエッセンスを散りばめてゆく。こうした緊張と弛緩のバランス、共存は、バルバラとジュリアンの関係性ややりとりと相似形を描いているようである。それから、先に記した「813」のようにトリュフォー作品に特徴的な事柄として、女性の脚に対するフェティシズムや先行する映画作品へのオマージュ、引用などが随所に見られるのも嬉しい。脚フェチについては、バルバラのスカート丈や脚を組む動作、ジュリアンの妻がジュリアンに脚を見せて誘うシーン、ジュリアンの事務所のとある窓から見ることのできる通行人の脚──半地下のようになっていて、窓の高さに道ゆくひとの脚が見える──などが挙げられようか。ジュリアンがここから脚を眺めていることに気づいたバルバラがわざとその前を行き来するのも微笑ましい。映画に関しては、「エデン座」で上映されているのがキューブリックの『突撃』(1957)だったり、またいくつかのセリフ(「人生は小説とは違う」、「うちの社長はね 金髪がお好きなの」など)や登場人物の名前にちょっとした仕掛けがあるので、気になった方は調べてみるのも楽しいだろう。
ヒッチコック的味わいを洗練させた作品
基本的な枠組みはフィルム・ノワールであり、無実の人間が犯罪者として逮捕されそうになるという意味では冤罪サスペンスの側面もある本作には、実はバルバラとジュリアンの恋愛という要素も含まれている。繰り返しになるがジュリアンには妻がいて、妻は何者かに殺されてしまう。その事件を受けて明らかになってゆく彼女の過去の秘密は、バルバラとジュリアンの関係を大いに深化させるものだった。改めて本作を何度か観てゆくうち、そうした恋愛要素と真犯人探しが絶妙に絡み合って結末を導き出すのもよくできていると感じたし、この映画が持つムードがやはりヒッチコック作品にも通じるものがあるということを実感した次第である。主人公が成り行きから素人探偵となって謎を解き明かすという構造はまた1980年代の赤川次郎原作の角川映画諸作などにも見ることができるが、トリュフォーの洗練といったらない。連続殺人、素人探偵、思いがけない犯人とその犯行動機、そして恋愛という本稿の冒頭に記した諸要素がスタイリッシュに溶けあって、これまた最高に洒脱なラストシーンにつながってゆく──『日曜日が待ち遠しい!』は実に気持ちのいい作品なのである。