楠木雪野のマイルームシネマ vol.3「語らなさは語る」

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楠木雪野のマイルームシネマ vol.3「語らなさは語る」
 ツァイ・ミンリャン監督の「愛情萬歳」を観た。そして観終わってこう思った。「ちょっとこれは…凄いかもしれない」そして、「かなり好きかもしれない」。

 ネタばれになっては嫌なので詳しくは書かないが、これはとある場所を奇妙なかたちで共有する男女3人の話である。

 観ながら真っ先に思ったのは、「全然セリフがない!」だった。セリフが非常に少なく、BGMもなく、親切な説明もない。1作目「青春神話」を観てから本作に臨んだのだが、その更なる削ぎ落としの進化っぷりにびっくりしてしまった。

 観ながらもうひとつ思ったのは「長回し、なが!」だった。カットを入れずにカメラを回し続ける長回しのシーンが多いのだが、そこで映されている人物の動きの変化が一見とても少ないので、なにか根気を試されているのだろうかと思うほど長く感じ、人によっては痺れを切らしてしまうのではとさえ思った。二度目に観た際に、いくつかある長回しのシーンの分数を思わずストップウォッチで測ってしまったほどだ。 

 しかしそんな長回しが、そしてセリフの少なさが、この映画を存分に語らせる。親切な説明もないと前述したように登場人物が自らの心情を言葉で喋ることは全く無いが、その分表情や、動作や間合いで沁み出るように表現している。なので、観ているこちらもいつの間にかそれらを逃さず汲み取ろうとしていて、どのシーンも片時も目が離せなくなり、引き込まれる。

 また、3人がどんな人間なのか、どんな日常を送っているのかは節々で描かれる。会社で他の皆がレクリエーションのような遊びをしているけど全く輪に入らない(入れない)様子、不動産紹介業でばりばり働くがそれとは裏腹な客の反応の薄さやそっけなさ、垣間見える疲れや虚しさ、違法な露天商を行い取り締まりが来る度に荷物をたたんで逃げ出す様子。ほとんど喋りはしないが三者三様でいい(というか一筋縄ではいかない)キャラクターをしており、それも大きな魅力だ。
 そのキャラクターとも関連するのだが、この映画で本筋にはあまり重要ではないかもしれないけれど私がどうしても言っておきたいのが、主役の一人、ヤン・クイメイ演じる女性がものを食べるシーンである。これがとてもおいしそうなのだ。

 といっても、料理が見目麗しく映し出されたり、「おいしい!」という表情でにこにこ食べているわけでは全然ない。屋台で顔をしかめながら麺をすすったり、仕事の合間に立って歩きながら焼きそば弁当のようなものを頬張ったり、自宅で冷蔵庫から直接クリームとスポンジのケーキを鷲掴んでかぶりついたりして、とてもお上品とは言えない。でもそれがすごくおいしそうなのである。このヤン・クイメイの食事シーンによって「愛情萬歳」は私の“ごはんが美味しそうな映画”フォルダにも格納されることになった。
 
 …と、いささか個人的趣味に走ってしまったので最後に駆け足でふれることになるが、この映画について、そしてツァイ・ミンリャン映画全般についても書くうえではずせないのは、小康(シャオカン)という名前の役柄(実際に自身の愛称であるらしい)でツァイ・ミンリャン作品すべてにおいて主役をつとめる俳優、リー・カンションの魅力である。その無口さ静けさの中に潜む狂気、愛嬌、奇妙さ、もの悲しさ、滋味、ユーモア、コケティッシュ感。すごくいい俳優だと思う。

 もし興味を持ってくださった方は、1作目「青春神話」→2作目「愛情萬歳」→3作目「河」の順に、もしくは 2作目「愛情萬歳」→1作目「青春神話」→3作目「河」の順に観るのがおすすめです。

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この記事のライター

楠木雪野
楠木雪野
楠木雪野 くすききよの
イラストレーター。1983年京都生まれ、京都在住。会社勤めを経てパレットクラブスクールにてイラストレーションを学び、その後フリーランスに。エリック・ロメールの『満月の夜』が大好きで2015年に開催した個展の題材にも選ぶ。その他の映画をモチーフにしたイラストも多数描いている。猫、ビールも好き。

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