今、またミニシアターのことを。

LETTERS ザ・シネマメンバーズ 榎本 豊
今、またミニシアターのことを。

目次[非表示]

  1. 90年代初頭のミニシアター
  2. 画面の隅に出てくるマーク
  3. 映写室では
  4. 思い出すことはー。

90年代初頭のミニシアター

 91年〜92年頃、とあるミニシアターで映写のアルバイトをしていた。映写機は16ミリ、35ミリの両方があり、16ミリは1作品を1本のリールで上映するのだが、35ミリは当時は2台の映写機で、1号機から2号機、2号機から1号機へと切り替える必要があった。フィルムはだいたい1巻20分くらいなので、2時間程度の作品で6〜7巻。つまり一回の上映で、20分おきに映写機を切り替え、そのフィルムが回っている間に、終わった方のフィルムを巻き取って元の位置に戻し、もう片方の映写機にフィルムをセットする。という一連を6回繰り返すことになる。受付もやるので、その間に途中入場するお客さんが来ればその対応もし、入場者数もつけるという具合だ。

画面の隅に出てくるマーク

 映画を観ているときにスクリーンの右上もしくは左上に一瞬、丸いポチッとした白または黒の点が出るのを覚えている世代の方々はピンと来るかもしれないが、パンチと呼ばれるその丸ポチが出たらモーターを回し、7秒半で光を切り替える。フィルムの巻きが少なくなってくるのを見計らって、そろそろだな。と、モーターのスタートボタンに指を置き、モーターが回転し始めるときの負荷によってフィルムが切れてしまわないよう、そっと回す補助をするためにリールにも指をかけて、映写窓越しにスクリーンを見ながら待つ。

 35ミリの映写機は大きく分けて3つ。パンチが出たらモーターを回し、あとはドーサー(レバー式の映写機の蓋のようなもの)を上げれば、光は自動で切り替わるタイプ、モーターも光も手で切り替えるタイプ、そして、高級な劇場に設置されている、フィルムをあらかじめ一本化しておき、一台の映写機で切り替えなしで上映するタイプだ。当時映写をしていた劇場は、離れた場所で2館運営していたのだが、古い館には全て手動のタイプ、新しい館には光だけは自動のタイプが導入されていた。

 金曜日のオールナイトで新しいフィルムをチェックも兼ねて一気にかけ、土日〜平日と上映していくのが通常のパターンだったと思う。だから金曜日のオールナイトは経験を積んだ先輩が担当していた。例えば、その映画が最初に公開された時の劇場が、フィルムを一本化して上映するタイプの映写機が入っている劇場だった場合、そのフィルムには、パンチが入っていないことがあるのだ。代表的な作品はテオ・アンゲロプロスの「旅芸人の記録」とベルナルド・ベルトルッチの「暗殺のオペラ」だった。

映写室では

 他にもそうした作品はあったのだろうが、様々なところで上映される過程で、どこかの劇場でかかった際に、銀テープと呼ばれる金属のテープをフィルムのパンチに相当するタイミングの箇所に貼ってくれていると、新しめの映写機では、その銀テープに反応し映写機がスタートする仕組みになっており、フィルムの切り替えに慌てることはない。ところが「旅芸人の記録」と「暗殺のオペラ」は、その銀テープが貼られていないのだった。

 そうすると、どういうことになるのか。人力で解決することになる。熟練の先輩が、金曜日のオールナイトでフィルム残量の見計らいのみで映写をなんとか切り抜けつつ、モーターのスタートタイミング等をメモに残すのだ。4時間近い尺の「旅芸人の記録」を上映する際の映写機には、「男が歩いてきて角を曲がったらスタート。7秒で切り替え」などのメモがバーッと連なって貼られ、明くる日の担当が、そのメモに「7秒じゃなくて5秒で切り替え」「3巻目のフィルムのセットは、この位置にして」など赤入れをする。その繰り返しを経て、完璧なタイミングで上映できるメモが完成していく。きれいに映写をつないでいくことにささやかな快感があった。

 16ミリだとフィルムの切り替えが無くて楽かと思いきや、川島雄三の「風船」という作品は、当時上映した際はフィルムの状態が悪く、映写の熱で歪んだフィルムが巻き取る側のリールからあふれてきてしまうので、付きっきりで巻き取りをきれいに収めるために手で補助し続けながら毎回上映するという、なかなかハードな思い出を映写する者に刻み込むものだったりした。

 フィルムのサイズも、スタンダード/ビスタなどに合わせて、カットマスクというスクリーンに投影する光の四角形のサイズを変える金型を取り替え、スクリーンの左右の幕を手動で調整し、投影される光の四角がくっきりするように合わせる。シネマスコープというサイズは、スタンダードのカットマスクで光を合わせてから、映写のレンズを追加する。映像の上に字幕が焼き付けてあるから、ピントは字幕に合わせてはいけない。一方、エンドロールは、字幕のように焼き付けではなくフィルムそのものなので、エンドロールがくっきり出ていたらその上映のピントは上出来。など、気を使うポイントも様々だ。

思い出すことはー。

 映写機は強力な光で投影するため、ランプの熱で映写室の中は非常に暑かった。ちゃんとした劇場ではそんなこともないのだろうが、そのミニシアターは、夏はみんな汗だくで、映画のキスシーンを微笑みながら映写窓から眺めるなんてロマンティックなことは一切無かったのは、今となっては良い思い出だ。

 ミニシアターの魅力を語ることはなかなか難しい。ただ、こうして思い出した事を綴ることでもまた、「映画のある場所へ行く」という情景や気持ちを思い出したり、実際に行ってみたりすることのきっかけの一つになったらと思う。

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この記事のライター

ザ・シネマメンバーズ 榎本  豊
ザ・シネマメンバーズ 榎本 豊
レトロスペクティブ:エリック・ロメールを皮切りにした2020年4月のザ・シネマメンバーズのリニューアルローンチから、ザ・シネマメンバーズにおける作品選定、キュレーションを担当。動画やチラシその他、宣伝物のクリエイティブなども手掛ける。

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