まず、あらすじ。

台湾に留学中の女性ルーシーは、元カレから謎の荷物の運び屋仕事を強引に押し付けられる。不安的中、中身は麻薬で、しかも届け先で韓国系ヤクザに拉致され昏睡させられ外科手術までされ、体内に麻薬のビニールを詰められる。飛行機で某所に密輸しろというのだ。挙げ句、暴行され腹部を蹴られた衝撃で体内で袋が破裂してしまう。人間の脳は通常10%しか使われていないが、その結果、彼女の脳の不活性領域は活性化し、彼女は超人化していく。

 その超人化がほとんど超サイヤ人レベル。ザ・シネマがこのところ大量にお届けしている“最強オヤジ”ことセガールだが、彼の偉大なる発見は、ヒーローがひたすら一方的に強い映画は見ていて気持ちが良い、という映画の禁じ手に気づいてしまったことである(コマンドーの発展的解釈)。絶対ピンチに陥らない。一度はボロ負けし雪辱のため歯を食いしばり鍛え直し逆転という、ロッキー的なドラマ性も無い。そういうスリルや感動は無いかもしれないが、とにかく最初から最後まで一方的にヒーローが悪者をブチのめし続けていけば、見ている側としてはこの上もなく快感なのだ。本作『LUCY』はそれにも通じる、脳の快楽中枢を直接刺激してくるようなドーパミンがドバドバの痛快さがあり、そのため見ているこっちの脳の不活性領域までもが活性化しそうになってくる。

 まず、体内でビニール袋が破れ麻薬を超オーバードースしてしまった直後、映画開始25分頃、浮く!早くも物理法則を無視できる能力をルーシーは身につけてフォースの覚醒。ここで第2幕の幕が上がる。2幕目では覚醒のプロセスが描かれていく。

 34分頃にはお母さんに電話し、「地球の自転を感じる」とか「重力を感じる」とか、“嗚呼、時が見える”系の禅問答発言を連発。ニュータイプの覚醒だ。そして“時が見える”は、冗談ではなくて本当に終盤のキーワードになってくる。つまり本作、ここらへんから、哲学SFの趣きになっていく。

 …のだが、この先の展開を記すと若干のネタバレに踏み込まざるをえなくなっていくので、まずは、キャスト・スタッフの話から先に済ませておこう。

 主演のスカヨハと言えば『アベンジャーズ』のブラック・ウィドウが超最高だが、実は『アンダー・ザ・スキン 種の捕食』に『her/世界でひとつの彼女』に本作と、他のSFに出る場合はSFアクション系よりも哲学SF系への出演が目立っているように思う。『アイランド』と『ゴースト・イン・ザ・シェル』にも、アクション要素も多いものの哲学SFのムードだって色濃い。ヒロインが持つ豊満な肉体美×物語が持つ深い思索性、というミスマッチが互いに引き立て合うから?とにかく、スイカに塩のごとく相性が良い。なお、本作で吹き替えを担当するのは『プロメテウス[ザ・シネマ新録吹き替え版]』でお馴染み、我らが佐古真弓だ。

 さらに個人的な感想を述べると、本作はスカヨハの衣装も良い。チープで逆に良い。ベッソン組オリヴィエ・ベリオ氏のグッジョブだ。豹柄フェイクファーのライダースジャケット、その中もド派手プリントのボディコンで、大阪のオバチャンもかくやという凶悪なセンス。マニキュアはムラに剥げ、雑にブロンドに染めた髪はプリンでパサパサと、登場時からただごとならぬチープ感を全身にみなぎらせているのだが、逆にムラッとくるお水的な魅力がある。拉致られ強制外科手術された後の、トロロ昆布状態まで生地と襟ぐりがクタって黒ブラが透けている白T×激安レーヨン混ジーンズの上下姿もまた、大いに結構!良い女、良い体、グラマラス、というLUX的オーラで普段は巧みに目をくらまされているが、実は、田舎のヤンキーっぽさはスカヨハの身上だと個人的には信じている。本作は珍しく、そんな天性のDQN美を隠すことなく全身から発散してくれており、実に眼福である。

 一方、モーガン・フリーマンが、Eテレの教養番組シリーズ『モーガン・フリーマン 時空を超えて』まんまの役で出演している。脳科学について講義する博士の役で、いなくても物語上まったく問題ない役なのだが、Eテレのお堅い教養番組的な知的風格をこの映画が醸し出す上で効果的に機能している。『時空を超えて』は米本国で2010年にスタートし17年まで毎年作られており、『LUCY』が2014年製作なので、どう考えてもモーフリの本作への起用は『時空を超えて』でのイメージを踏まえた上でのことだろう。吹き替えは、Eテレの菅生隆之ではなく本作では坂口芳貞が担当しているが、坂口モーフリにはやはり安定のFIX感があり、こっちはこっちで実に鼓膜が気持ち良い。

 そしてチェ・ミンシクが、韓国麻薬ヤクザ役で、韓国暴力映画から抜け出してきたような役どころを演じており(下のスチール↓は決して『悪いやつら』の宣材ではありません。お間違いなく)、しかも英語なりを一切しゃべらず韓国語だけで押し通す(なので吹き替え版でも本人セリフ原音ママイキ)という力押しで国際デビューを果たしている。韓国ヤクザのセリフは字幕も無く、ヤクザ同士のドスのきいた会話の内容は観客にもさっぱり分からなくて逆に猛烈に怖いのだが(「パリパリ」というのが「急げ」という意味なんだろうとは推測できた)、とにかく、チェ・ミンシク大兄の世界デビューは、人ごとながら、韓国人ほどではないかもしれないが、日本の映画ファンとしても、これはかなり嬉しい!『シュリ』以来20年ぐらい日本の映画ファンもずっと注目し続けてきた俳優なので、そんな彼の国際的な活躍は、半分我が事のように嬉しい。「世界よ、気づくの遅かったね」って感じだ。まして私こと筆者は英語弱者なので、「母国語だけでも力押しでどうにかなるんだ!」と、(間違った)希望を抱かせてくれて、心強い。

 監督は、ご存知リュック・ベッソン。90分前後のサクッとお気軽に楽しめる英語の娯楽アクション作品を大量生産しているフランスの映画会社ヨーロッパ・コープの首領(ドン)でもあり、最近ザ・シネマではそこの映画をよく流しているが、近頃ではベッソンはプロデュースと脚本に回って、メガホンは子分の中堅どころの職人監督に委ねるケースが多い。自身が監督も務めた作品としては、最近だと『ヴァレリアン 千の惑星の救世主』という、『アバター』のような『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』のような原色キラキラのサイケSFで、「歴史修正主義、ダメ。ゼッタイ。」もしくは「歴史修正主義やめますか?それとも人間やめますか?」という、意外にも高潔なメッセージが込められた映画があったばかりだが、やはり、何と言っても最高傑作が『レオン』であることは論を待たないだろう(絶賛放送中)。ちょっと作品ごとに毀誉褒貶いちじるしいクリエイターではあるものの、『LUCY』は個人的には彼の近年のベストワークだと評価している。この痛快さ、とにかく堪らない!

 ヨーロッパ・コープ社のトレードマークと言えば無茶苦茶なカーアクション。ハリウッド映画を軽く凌駕しているのだが、本作でもそれは健在で後半に凄い見せ場が用意されており、「TAXi」シリーズや「トランスポーター」シリーズ(こちらは絶賛放送中)で蓄積されたノウハウが惜しげもなく投入されているのだろう。

 そもそも『TAXi』第1作(1997)製作時、15年間お世話になった世界最古のフランスの映画会社ゴーモンと揉めたことが、ベッソンが01年にヨーロッパ・コープ社を立ち上げたきっかけだ。ベッソン側の主張によると、ゴーモン社は『TAXi』で彼がプロデュースに回り監督を人任せにすることが不満だったという。

 ベッソンという漢は現場叩き上げだ。高校を中退しゴーモンの門を叩き映画業界に飛び込んでまずアシスタントから始め、後に渡米して武者修行。帰仏してまたゴーモン社のご厄介になり、監督デビュー後、『サブウェイ』(1985)以降の作品をずっと撮ってきたのだが、そのすったもんだで袂を分かった。

 なお、『LUCY』の大詰めの銃撃戦で、ソルボンヌ大学の研究所にある坐像が銃弾の雨あられで木っ端微塵にされるシーンがあるが、それは創設者ソルボンさんの像。ベッソンはこのクライマックスシーンについて「高校中退の俺が、“知”についての映画を撮るために“知”の象徴ソルボンヌをブッ壊してやったぜガーッハッハ!!」と豪語しており、たいへん好感が持てる人柄である。

 ただ、ここで残念なお知らせがひとつ。「人間の脳は普段は最大でも10%しか使われていない」という、この映画の大前提となる、そして我々もどこかで聞いたことのある説が、実は、良く言ってもトンデモ系疑似科学、悪く言えば単なる都市伝説であることが、こんにちでは科学的に証明されているのである!

 10%しか使っていないのであれば、残りの90%の部分に外傷的ダメージや脳梗塞で損傷を受けても支障は一切無い、それまで通り普通に生活できるということになり、「そんな訳ないだろ!」とは素人でも少し考えれば考えつく。私ごとき素人の言うことなんか信用できないって?ならば以下をご参照あれ。

・脳の10パーセント神話(Wiki)→ https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%84%B3%E3%81%AE10%E3%83%91%E3%83%BC%E3%82%BB%E3%83%B3%E3%83%88%E7%A5%9E%E8%A9%B1

・あなたは脳の何%を使ってる?(TED動画)→ https://www.youtube.com/watch?v=5NubJ2ThK_U&feature=youtu.be

 話の出発点からしてそもそも根本的に間違っていたということで、いやはやベッソン、なんともオチャメな、憎みきれないウッカリ屋さんである。もはや好感しか持ちようがない人柄だ。

 さて、そろそろ、あらすじ紹介を再開しよう。

【この先ネタバレが含まれます。】



















 映画開始から55分後頃に脳の50%が活性化。またここで物語の位相が変わってクライマックスである3幕目に突入する。活性化率はまだ半分なのだが、この時点でもはや凄いことになっており、救世主ネオの域に達し、さらにDr.マンハッタンイデの発動アルティメットまどか路線を突き進んでいく。もちろん、とっくに韓国ヤクザごときが束になっても敵う相手ではなくなっており、もはや、人か!?神か!?という存在になっていくのである。

 そして最後にはスターゲート・コリドーが彼女を待っているのだ。かの映画で(どの映画だ!)ボーマン船長は宇宙の成り立ちを高次の存在に垣間見せられ新人類への進化を許されたが、本作では、脳が進化しすぎたスカヨハが勝手にスターゲート・コリドー幻視までたどり着き、ついに最初の人類である原始猿人ルーシーと“時空を超えて”めぐりあい、宇宙の始まりを見て(これぞまさしく、めぐりあい宇宙!)、スカヨハ自身が高次の存在へと自力で進化を遂げるのである。ちなみに、最初の人類とされる300万年前のアウストラロピテクス化石が「ルーシー」と名付けられているのだ。

 と、こういう映画である。公開時にはオチだけを見て日本では「『攻殻』に似てる!」という感想ばかり聞こえてきたが、その他の様々な和洋のSF作品とも豊かにリンクしているのだ。ここまで、『攻殻』以外はあえてタイトルを伏せてきたが、元ネタ探しに興じはじめたら、この作品は何度でも楽しく見返していただけること請け合いだ。■

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