2005年のある日。米軍勤務(といっても最前線で戦う兵士ではなく、軍事基地の資料室で受付係をしている)ジョー・バウアーズは、極秘の人体実験への参加を命じられる。その内容とは1年間の冷凍睡眠。「一般人は冷凍睡眠に耐えられるのか」を実証するために、最も平均的なスペックを持つジョーが選ばれたのだ。彼は渋々ながら、やはり平均的な女性リタ(但しその正体は起訴処分取り下げを条件に実験に応じた売春婦)とともに眠りについた。ところが実験の存在は忘れられてしまい、ふたりが目覚めたのは500年後のことだった。

 そこでジョーが見たものは、ジャンクフードとTVとセックスにしか興味のない未来人とゴミの山。21世紀に入って、優秀な人間が子どもを作ることに慎重になった一方で、バカは相変わらず避妊せずにセックスして子どもをバンバン作ったことで<逆自然淘汰>が起こり、人類はバカばっかりになってしまっていたのだ。合衆国政府はタコベルに買収され、スターバックスは風俗チェーンに業態変更。テレビでは男がひたすら金玉を痛めつけられる「タマが痛い」が高視聴率を獲得し、尻だけがひたすら映し出される映画がアカデミー賞を独占していた。

 そんな中、ジョーは不審人物として逮捕されてしまう。だが連れていかれた先は刑務所ではなくホワイトハウスだった。理由は逮捕時に受けたテストでの信じられない高得点。大統領は、深刻な食料危機の解決をジョーに命令する。しかし彼は26世紀では世界一の天才でも、あくまで普通の男にすぎないのだ……。

 『26世紀青年』は、ピクサーが2008年に放った大ヒットアニメ『ウォーリー』を2年も先駆けて公開されたディストピアSFコメディだ。二作は、長い時空を超えてきた平凡な主人公にゴミの山、そして退化した未来人など設定の多くが共通している。しかし家族揃って見られる『ウォーリー』と比べると、未来人の醜悪さがこれでもかと言うほどリアルに描かれているため、毒は遥かに強烈だ。

 監督と脚本を手掛けたのは、『サウスパーク』に多大な影響を与えた『ビーバス&バットヘッド』(93〜97年)や『キング・オブ・ザ・ヒル』(97〜10年)といったシニカルなアニメで知られる鬼才マイク・ジャッジ。脚本にはジャッジのアニメ作品に参加してきた右腕的存在のイータン・コーエンも参加している。

 徹底的に普通の男ジョーを演じたのは、『キューティ・ブロンド』シリーズ(01〜03年)や『Gガール 破壊的な彼女』(06年)といった作品でのイイ人ぶりが印象に残るルーク・ウィルソン。リタ役に『SNL』出身で、ポール・トーマス・アンダーソンのパートナーとしても知られるコメディエンヌ、マヤ・ルドルフ、未来社会の弁護士フリート役に『ザスーラ』(05年)の宇宙飛行士役で注目されたばかりのダックス・シェパードが扮している。メガヒットとは言わないまでもスマッシュ・ヒットが期待出来そうなメンツだ。

 ところが映画は2005年に完成したにもかかわらず、製作会社の20世紀フォックスは1年以上塩漬けに。翌年やっと公開を決めたものの、試写会を一切開催しなかったばかりか、予告編すら作らなかった。そして全米130スクリーンだけでひっそりと上映し、さっさと打ち切ってしまったのだった。『26世紀青年』は闇へと葬り去られたのだ。

 製作会社のそんな不可解な対応に対し、マイク・ジャッジのファンから怒りと疑問の声があがった。やがてある噂がネット上を飛び交い出した。20世紀フォックスは、系列のFOXニュースに配慮して『26世紀青年』を実質お蔵入りにしたのではないか?

 FOXニュースは、CNNのライバル局として1996年に設立されたニュース専門チャンネルだ。中立的な報道を行なうCNNに対して、FOXニュースは、「彼らはリベラルに偏向している。我々こそが中立」と主張。アメリカ人に都合が良いニュースばかりをオンエアした。そしてアメリカ同時多発テロ事件を機にCNNを視聴率で逆転したのである。

 そんな局にとって『26世紀青年』のどこが都合が悪いのか? それは映画で描かれる未来人たちの姿にある。昼からビールを飲みまくり、プロレスやストックカーレースが大好きな彼らは明らかに現代のプアホワイト(白人低所得者層、ホワイト・トラッシュとも呼ばれる)を戯画化したものだった。そしてFOXニュースのメインターゲットこそがそのプアホワイトだったのだ。

 噂が本当なら、マイク・ジャッジは「FOXニュースばかり観るとバカになるよ」と主張する映画を、こともあろうに総本山で撮ってしまったことになる。当のジャッジはというと、インタビューで「シークレットで行った試写の結果がものすごく悪かったと製作会社から言われた」と発言している。個人的にはその可能性はゼロではないと思う。マイク・ジャッジとイータン・コーエンはそれぞれエクアドルとイスラエル生まれの移民なので、プアホワイトの知り合いはいないはずだ。だが観客の多くを占めるヨーロッパ系白人の場合、もし本人がそうでもなくても親戚の誰かがプアホワイトであってもおかしくない。彼らは未来どころではない醜悪な現在を再確認してゲンナリしてしまった可能性もある。もっとも事実は藪の中なのだけど。

 『26世紀青年』はそんなわけで興行的に失敗に終わったものの、ジャッジはT.J.ミラーをスターにしたコメディ・ドラマ『シリコンバレー』(14年)を大成功させ、イータン・コーエンは『トロピック・サンダー/史上最低の作戦』(08年)や『メン・イン・ブラック3』(12年)の脚本を手がけたあと、ウィル・フェレルとケヴィン・ハートの共演作『ゲット・ハード/Get Hard』(15年)で監督デビュー。フェレルがシャーロック・ホームズに扮する『Holmes and Watson』(18年)でも監督と脚本を手がけるなど、いずれもアメリカン・コメディ界のキーパーソンになりつつある。

 一方、アメリカ合衆国はというと、2009年にティーパーティー運動が勃興。初の黒人大統領となっていたバラク・オバマがアメリカ国籍を持っていないとか、イスラム教徒だというデマを撒き散らすようになった。彼らの裏付けのない主張には共和党主流派も批判的なほどだったが、やがて共和党はティーパーティー的な考えに飲み込まれていった。

 その結果が、2016年大統領選における共和党候補ドナルド・トランプの勝利である。『26世紀青年』でテリー・クルーズが演じるバカの塊のような合衆国大統領コマーチョは元プロレスラーでポルノ俳優という設定だったが、トランプもプロレス団体WWEに参戦経験があり、ヌードビデオ「プレイボーイ・センターフォールド」に出演したことがある。プアホワイト好みのこうしたメディアに露出することによって、人気者になって大統領にまでなってしまった点においてトランプとコマーチョは瓜二つなのだ……いや、黒人のコマーチョは人種差別は行っていないようなのでトランプの方がヒドいかもしれない。

 『26世紀青年』の原題は『Idiocracy(IdiotとDemocracyを合成した造語、バカ主義とでも言うべきか)』という。トランプが大統領選に当選した際にメディアは一斉に「アメリカはIdiocracyの国になってしまった」と嘆き、10年前の上映以来、久々に『26世紀青年』に注目が集まったのだった。しかも今回は「現在を予言した黙示録的映画」として。もっともマイク・ジャッジはインタビューでこう答えたようだ。「僕は預言者なんかじゃないよ。だって予言の時期を490年も外しちゃったんだからね」

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