ローカル新聞に人生相談コラム「Dan in Real Life」を連載中の中年男ダンは、文章の中では物分かりの良い男なのに、現実世界では変化を嫌うカタブツ。三人の娘ジェーン、カーラ、リリーの中には色気づいている子も出始めているというのに、毎年の慣例を守って彼女たちを引き連れロードアイランドの両親の家へと向かうのだった。それもそのはず、彼は四年前に妻と死別して以来、人生の時計を止めてしまっていたのだ。

 そんなダンだったが、書店で偶然出会った女性に久しぶりのときめきを感じてしまう。マリーと名乗る女性の方も「つきあい始めたボーイフレンドがいる」と言いながら同じことを感じている様子だった。しかしトラブル発生。遅れて到着した弟ミッチが連れてきた新しいガールフレンドこそが、そのマリーだったのだ。。

 気まずくなったふたりは、書店の出会いを無かったことにしようと決めたものの、家族のイベントはことごとく微妙な感じに。おまけに更なるトラブルが降りかかる。ダンに好意を持っていた「ブタ顔」の幼馴染ルーシーが見違えるような美女になって現れたのだ。まんざらでもない様子のダンと、そんな態度に嫉妬するマリーの緊張関係は最高潮に達してしまう…。

 スティーブ・カレルのキャリアにとって、07年の主演作『40オトコの恋愛事情』は大きな役割を果たした作品だ。というのも、彼はその2年前に『40歳の童貞男』のキモメン役でブレイクしたばかり。同じ年には主演テレビドラマ『ザ・オフィス』(05〜13年)も始まって高視聴率をゲットしてはいたけど、そこで演じたマイケルはセクハラ、モラハラお構いなしの最低上司というキャラだった。つまりスティーブ・カレルは既にスターではあったけど、この時点では<イっちゃった変人>専門俳優と思われていたのだ。

 カレルは、子育てに励む等身大の中年を演じたこの作品での好演があったからこそ、『ラブ・アゲイン』(11年)や『アレクサンダーの、ヒドクて、ヒサンで、サイテー、サイアクな日』(14年)といった家族ドラマ、シリアスな『マネー・ショート 華麗なる大逆転』(15年)といった作品に出演できるようになったのだ。

 監督と脚本を務めたピーター・ヘッジスは、ヒュー・グラント主演の『アバウト・ア・ボーイ』(02年、脚本のみ)やケイティー・ホームズ主演の隠れた傑作『エイプリルの七面鳥』(03年)などで知られる人物。本作のストーリー自体は、共同脚本家のピアース・ガードナーの個人的な体験を描いた半自伝作らしいけど、<人生の時計を止めていた男が、再び時計を動かす>といったテーマは、作曲家だった父親のヒット曲の印税で暮らす男を主人公に据えた前者、<毎年恒例の家族行事で事件が起きる>といったプロットは、感謝祭を題材にした後者との共通点を感じさせる。

 またヒロインのマリー役にフランス人のジュリエット・ビノシュを配したキャスティングは明らかに晩年のルイ・マルが監督した『ダメージ』(92年)へのオマージュだろう。今でこそサバけた大人の女役を得意とするビノシュだが、『汚れた血』(86年)や『存在の耐えられない軽さ』(88年)といった初期の代表作では神経質な美少女を演じており、『ダメージ』でも謎めいた若い女に扮していた。ジェレミー・アイアンズ扮する主人公は、ただならぬ運命的な繋がりを感じた彼女と、息子の恋人として再会してしまう。『ダメージ』と『40オトコの恋愛事情』は物語構造が全く同じなのだ。

 映画ファンは、ロマ・コメというジャンルの特性上、ダンとマリーの関係がバッド・エンドを迎えることはないだろうと思いながらも、愛の代償に全てを失ってしまう『ダメージ』の主人公のイメージが脳裏によぎって、物語の展開にハラハラしてしまうというわけだ。ビノシュから出演オファーにオッケーの返事をもらったとき、ヘッジスは「これで成功間違いなし」と会心の笑みを浮かべたに違いない。

 キャスティングの話を続けよう。おそらく脚本の完成度が高かったことで、オーディションに将来有望な俳優が押し寄せたことが原因だと思うのだけど、今の時点から観ると『40オトコの恋愛事情』のキャスティングは信じられないくらい豪華だ。

 たとえば生真面目な長女ジェーンを演じているアリソン・ピル。ヘッジスとは『エイプリルの七面鳥』でも仕事をしている彼女は、ラース・フォン・トリアーが脚本を手がけ、トマス・ヴィンターベアが監督した『ディア・ウェンディ』(04年)でジェイミー・ベルやマイケル・アンガラノ、マーク・ウェバー(『スコット・ピルグリム VS. 邪悪な元カレ軍団』(10年)でもリユニオンしている)といった当時期待の若手と共演。本作以降はテレビ局を舞台にしたドラマ『ニュースルーム』(12〜14年)で人気を博し、ジェシカ・チャスティン主演の『女神の見えざる手』(16年)でも重要な役を務めている実力派だ。

 そしてトラブルメイカーの次女、カーラを演じたブリット・ロバートソン。当時16歳だった彼女は『シークレット・サークル』(11〜12年)や『アンダー・ザ・ドーム』(13〜14年)といったテレビドラマ出演を経て、ブラッド・バード監督のSF大作『トゥモローランド』(15年)では事実上の主演に抜擢。ピッチ・パーフェクト』シリーズの脚本家ケイ・キャノンが製作総指揮を務めたNetflixドラマ『ガールボス』(17年)にも主演するなど、将来を最も期待される若手女優のひとりになっている。

 ダンの弟ミッチと妹アイリーン役を、本作後に『噂のアゲメンに恋をした! 』(07年)や『2日間で上手に彼女にナル方法』 (08年)と主演作が相次ぐことになるコメディアンのデイン・クックと、ベン・アフレックの監督デビュー作『ゴーン・ベイビー・ゴーン』(07年)でのホワイト・トラッシュ役でアカデミー助演女優賞にノミネートされるエイミー・ライアンがそれぞれ好演していることにも注目したいけど、元「豚顔」のルーシーを演じる女優のインパクトの前には霞むかもしれない。そう、今をときめくエミリー・ブラントなのだ。『プラダを着た悪魔』(06年)の脇役で注目されたばかりだからこそ、このチョイ役が可能だったと思うのだけど、登場人物の口から散々「ブタ顔」と言われていながら、現れたのが彼女だった時のインパクトはトンデモないものがある。マリーが嫉妬して気が動転してしまうのも無理はない美しさだ。

 そんなマリーに自分の真意を伝えようと、ダンはギター弾き語りで「レット・マイ・ラブ・オープン・ザ・ドア」を歌う。

 「僕は君の心の鍵を持っている/僕なら落ち込む君を止められるんだ/今日試してみようよ/道が開けるはずさ/僕の愛でドアを開けよう/君の心の」

 ザ・フーのギタリスト、ピート・タウンゼントがソロとして80年に放ったこのヒット曲は、ジョン・キューザック脚本・主演の『ポイント・ブランク』(97年)、アダム・サンドラー主演作『Mr.ディーズ』 (02年)、ケヴィン・スミス監督作『世界で一番パパが好き! 』(04年)、ベン・スティラーとジェニファー・アニストンの共演作『ポリーmy love』(04年)といったコメディでも重要なシーンに使われている。

 いずれも変化を避ける暮らしを続けてきた主人公の人生の転機を描いた作品であることに注目したい。扉を開けるのは実は主人公の心の方なのだ。もちろんその方程式が『40オトコの恋愛事情』にも当てはまることは、映画を観た者なら分かるはずだ。

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