苅田梨都子 連載:WORD-ROBE file5 「シャンタル・アケルマンの眼差し」

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苅田梨都子 連載:WORD-ROBE file5 「シャンタル・アケルマンの眼差し」

目次[非表示]

  1. 他人のことを知りたい・知れない・わからない
  2. “あなた”は誰かと共に居る時のわたし
  3. 孤独と空虚 駅のホーム、見つめる窓
 映画好きの友人が​​​​こぞって「ジャンヌ・ディエルマン ブリュッセル1080、コメルス河畔通り23番地」を観ていた時期があったのだが、私はその波に乗れなかった。意識していたその後、たまたま近所の映画館にてアケルマン特集が開催されることになり、タイミングよく「ジャンヌ・ディエルマン ブリュッセル1080、コメルス河畔通り23番地」を鑑賞。そこで初めてシャンタル・アケルマンの作品に触れることとなった。私はリサーチをしないまま3時間の映画と向き合った。その後「私、あなた、彼、彼女」を下高井戸シネマにて鑑賞する.

 後ほどこの作品にも触れていくが、彼女の作品は人間関係内で発生する目に見えないものや一言で表すことのできない本質的な部分について絶妙且つ巧妙に、映画を介してアプローチしている。ひとりの人間が、ひとりでいる時間について。あるいは、ふたり以上の他人と共に過ごすことで発生する何か。出逢うこと、出逢った後の人間関係について等。

 そんな、私も密かに抱えていたような不思議な気持ちを、インパクトある映像で、時にはさり気なく淡々と映し出す。そんなシャンタル・アケルマンの眼差しとは?現在、ザ・シネマメンバーズにて配信中の作品を交えながら綴っていこう。

他人のことを知りたい・知れない・わからない

「囚われの女」
© Corbis Sygma - Marthe Lemelle

 異性でも同性でもどちらでも良いのですが、皆さんは気になる人や好きな人が現れたとき、どこまで相手のことを知りたいですか?私は時と場合によって違うかもしれない。また、20代前半の頃と今とではこの問いに対しての気持ちは少しずつ変容していっているように感じている。10代から20代前半の頃は自分よりも他人のことが知りたいという感情が強くあった。その頃を振り返ると、実は相手のためでなく全て自分のために相手を利用している、または好きだと思い込んでいたのだと今は冷静に思えている。
 「囚われの女」の主人公男性シモンは相手のことをどこまでも知りたがる。パリの豪奢な邸宅で恋人アリアンヌと暮らすシモンは、彼女を求める激しい思いから尾行へ。そして彼女が女性と愛し合っているという妄想に取り憑かれる…。マルセル・プルースト『失われたときを求めて』の第五篇をアケルマンの自由な発想で映画化したものだ。この作品を観終わった後、いくつかの映画を思い出した。それは、綿矢りさ原作「勝手にふるえてろ」、ロベール・ブレッソン「やさしい女」、アニエス・ヴァルダ「幸福」、濱口竜介「PASSION」などだ。
 シモンは一人よがりに妄想し、恋人との物語を進めてしまうように見えた。二人が付き合っている間、どのシーンを切り取っても彼と彼女が直接交わることがないのだ。画面に映し出された映像の彼女を見つめる姿、ガラス越しでのバスタイム、眠っているときにだけ彼女に話しかける様、服や布の上からのスキンシップ──。

「囚われの女」
© Corbis Sygma - Marthe Lemelle

 「あなたのため」「あなたに気持ちがある」「あなたのことをもっと知りたい」と思う気持ちの矛先は実際のところ自分宛てなのだろう。タイトルこそ「囚われの女」だが、囚われているのは彼自身なのでは?全てを知りたい男性と、知らないことがある方が美徳と思う女性──。二人が唯一言葉をきちんと交わしたであろうドライブシーンは胸が締め付けられる。
 シモンの思想や行動から見える欲望から、「他人のことを知りたい、知ること」について考えてみたが、わたしは他人のことを全て知ることはできないと思う。まず自分のことさえ自分でもわからないことばかり。例えば、アリアンヌではない誰かと居る時にしか現れないシモン自身が確かに存在するし、それはアリアンヌも同様だ。それに、シモンとアリアンヌが一緒にいる時、その時間や体は、他の誰とも共有できないのだ。──という内容を書いているとき、この感情やシーンをより詳しく代弁してくれている作品を観た。アケルマンが脚本・監督のほか、主演まで演じた、「私、あなた、彼、彼女」だ。

“あなた”は誰かと共に居る時のわたし

「私、あなた、彼、彼女」
© Chantal Akerman Foundation

 モノクロで台詞も少なく、ゆるやかな映像が身体に浸透していく。

 物語は〔私ひとり→彼と居る時の私→彼女と居る時の私〕と言う流れで進んでいく。個人的には「囚われの女」を観てからこの作品を観た方がわかりやすいのではと感じた。

 袋に入った砂糖をこれでもかと口に頬張りながら過ごす一人の時間。誰も見ていないから、考え事をしてつい口に何か甘いものを無意識に食べていた高校生のころを思い出す。こんなにも食べてしまったら不健康だとわかりつつもそれらはわたしを満たしてくれる。

 味は特に甘くも何も感じない。スプーンを袋に突っ込んでは口に入れ永遠に繰り返す動作。観ている側が不安にもなるような行動だけれど、彼女にとってこの時間は堪らなく幸せだろう。作業でもあるが、きっとこの行動は落ち着いている。しかし袋の底にスプーンを入れて砂糖が尽きた途端、自動的に中断され現実に戻るのだ。味が認識できる、食べたことのあるお菓子を永遠に買い続けること。これは味を楽しむというよりも落ち着くための娯楽だ、と自分にも反芻しアケルマンと重ねた。

 タイトルに“あなた”が入っていることは、私が誰かといる時にしか私は“あなた”になれないという単純なことであり大切なことを証明してくれている。私はあなたといる時に、あなたも私にとって“あなた”である。

 “私”が私であるとき、孤独であり自由だ。そんな“私”をもう少し違った角度で見せてくれた作品が「アンナの出会い」である。

孤独と空虚 駅のホーム、見つめる窓

「アンナの出会い」
© Chantal Akerman Foundation

 映画監督である主人公のアンナ。プロモーション活動のためヨーロッパの各地を転々とする。出会いと別れを繰り返していくロードムービー。こちらは「私、あなた、彼、彼女」に近しいものを感じたが、カラーということもありまたアケルマンのアプローチとしては新しいエッセンスを感じ取れた。

 冒頭の、駅のホームの長回しには、大きなアクションは一つもないがグッと引き込まれた。平衡でシンメトリーな構図をしばらく眺めている時間。観ているこちら側の心もシンと静まり冷静になる。
きっと映画館の椅子に腰掛け、のんびりこちらの映像を眺める時間は堪らなく贅沢な時間だろう。

 私たちが普段ふと駅に立ち止まると見たことあるような当たり前な光景を、ゆっくり時間をかけて撮っている。駅のホームは、様々な人と待ち合わせをして人が出会ったり別れがある場所だ。そして沢山の人が行き交う場所は、ひとり冷静に立ち止まれば、思わず孤独の世界に入ることができる。柔らかな朝日を背景に、過ぎていく電車を横に、コツコツとヒールを一人鳴らして歩き出す。

 観た後、例えばこの映画に色をつけるならば、私はクリアなクリームベージュ色をしていると感じた。“孤独”といえばどこか寂しく一見暗く悲しい、黒々とした色を想像するかもしれないが、この作品はそうではなかった。どこか清々しくて、クリーンな気持ちになった。どこか明るさもある。
複数の人と関わるも、深入りせず孤独であり続けたアンナ。他人と深く交流することが一番という訳ではなかった。ただ、時が流れ場面場面に登場する窓に張り付いて、外を眺める。

 新幹線に乗った時、よく窓の外を眺めてただ時が過ぎるのを待った幼少期の自分のことを思い出した。電車に揺られて景色がゆっくり変わる。そんな日常のシーンもゆっくり長めに映し出す。
アンナが去っていく様子を遠くから見つめる男性。見えなくなってもなお、見つめ続ける。孤独でいる時にしか見えないもの、感じられないものも本当に沢山ある。作品に登場するファッションの色遣いも白昼夢の中にいるような部屋の壁の黄土色や緑など、自然に溶け込む色合いばかりであった。これは夢か現実か。

 余談だが、アケルマンの4作品を鑑賞して気づいたこと。全てにベッドや布団が登場し、大体寝転がっているシーンを執拗に映している気がした。ベッドは休むためでもあり孤独になれる場所、はたまた誰かと親密になれる場所。アケルマンにとってベッドはキーであるのではないかと考える。ベッドでゴロゴロ寝転んでいる。何かしなくてはいけない訳でもなく、ただそれだけ。眺めていると私は救われる。そんなアケルマンのことが大好きで堪らない。
 孤独で居ることは寂しいことですか?

 いいえ、私はそう思いません。とすぐにさらりと回答できるような人でありたい。

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この記事のライター

苅田梨都子
苅田梨都子
1993年岐阜県生まれ。

和裁士である母の影響で幼少期から手芸が趣味となる。

バンタンデザイン研究所ファッションデザイン科在学中から自身のブランド活動を始める。

卒業後、本格的に始動。台東デザイナーズビレッジを経て2020年にブランド名を改める。
現在は自身の名を掲げたritsuko karitaとして活動している。

最近好きな映画監督はエリック・ロメール、濱口竜介、ロベール・ブレッソン、ハル・ハートリー、ギヨーム・ブラック、小津安二郎。

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