苅田梨都子 連載:WORD-ROBE file02 「ハル・ハートリーの愛とは何か」

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苅田梨都子 連載:WORD-ROBE file02 「ハル・ハートリーの愛とは何か」

目次[非表示]

  1. 不明瞭な愛とその関係性
  2. ファッションの変化と色使い
  3. 『シンプルメン』のエリナに憧れて
 5年程前、映画好きの知人から「ハル・ハートリー、観たことある?きっと好きだと思うよ」とメッセージが届いた。これを機に「いつかチェックしなければ」と胸に刻んだ。運良くクリスマス付近に、とある映画館でハル・ハートリー特集上映が決まった。満を持して足を運んだ。その時鑑賞したのが『トラスト・ミー』『シンプルメン』『アンビリーバブル・トゥルース』の3作品だった。その後、『サバイビング・デザイアー』『オペラNo.1』『地図職人の恋人』等を鑑賞する。

 鑑賞していくうちにどんどん虜になってしまった。ファッションに関しては特に女性が纏うものたちに心惹かれ、鑑賞後は毎度メモを記録してしまうほど。チュールを引き摺っている様やお姫様のような格好でローラースケートをする画が印象に強く残り、脳裏にいつまでもループする。

 映画館を訪れ鑑賞すると、普段は食べないポップコーンとコーラを買ってしまった。足を広げ、リラックスした状態で堂々と鑑賞したい映画だなと私は思う。

 『HAL HARTLEY』と大きなロゴがドドンと現れる。監督の名前がブランドロゴのように大きく取り上げられているのが新鮮で面白い。それもまた冒頭シーンから心擽られる要素の一つだ。観ていて気持ちが良い。時折フランス映画のように見える画と、思わずアメリカ映画を彷彿とさせる音楽の使い方にも引き込まれる。この感覚は、画と音の二つの要素が上手く組み合わさり、食材を調理した後のようなリズム。ハル・ハートリーはDVD BOXを2つ持っているくらい大好き。

 ファッションと、音楽と、言葉と。今回は『トラスト・ミー』をメインに触れながら、ハル・ハートリー作品について紐解いていこうと思う。

不明瞭な愛とその関係性

 ふわふわな金髪をなびかせるドーリーフェイスのマリア。16歳でボーイフレンドとの子供を妊娠し、高校を中退。学業を全うできなくなる。がっしりとした大柄な体格のマシュー。神経質すぎるが故になかなか仕事が続かない。社会のレールから外れた二人が巡り会い、物語が始まっていく。

 Trust me=「私を信じて」を意味するタイトルの本作。1時間半という短時間の作品でありながら後半にかけて人間同士の内側の繋がり、心の見えない部分に対して強く訴えかけてくる。私は、この作品は、単なる普通の男女が出会い、惹かれ合う恋愛物語ではないと考える。ハル・ハートリーならではの新しい愛の形や偶然出逢った人たちの関係性。これは実験的に映画というフィルターを通して演じ見せているということ。心の揺れ動きの過程を描いているように感じた。

 普段、一人で自分自身を見つめている時間も大切にしているが、他者と何気なく会話や時間を共有している時に発見すること、意識できていないことに気づかされることが多々あると感じる。ふとした時に他人から貰うギフトの大きさに感謝し、きちんと認識しなくてはならないと思う。

「トラスト・ミー」© Possible Films, LLC

 例えばこの作品の二人のように上手く日々を生きられず、自分のことを責めてしまうようなことが多々あったとする。ひょんなことから強く光る一番星のような存在が現れたら、互いに個であり孤でありながらも心の中だけでも手を取り合って生きていたいと私は思う。会っていない時間さえも心が繋がっていれば互いに互いを構築し合う。日々の些細なやりとりが愛だなと。物語では気付かぬうちにマリアとマシューが徐々に惹かれあい、心が繋がって行く様が美しい。二人だけが知っている時間、その蓄積──。

 先日映画館で『流浪の月』を鑑賞。これは自分にとっての愛の形や大切にしたい人間関係について以前から考えていたことが、期せずしてこれだというアンサーの作品に巡り会えたような気がした。あまり読書が得意でない私も、原作も読了できるほどその物語に魅了され、目に入る言葉全てを素直に受け取り、救われた。恋人でも友人でも家族でもない、二人の関係性や過程が忘れられない。

 本コラムを書くにあたって久しぶりに『トラスト・ミー』を鑑賞した。『流浪の月』作品で訴えたいこととはアプローチの仕方は違えど、本質的な箇所がレイヤーし、より自分の中にうまく落とし込めた気がした。似て非なる作品であるが『トラスト・ミー』と『流浪の月』を是非、併せて鑑賞してほしい。

 そして『トラスト・ミー』では物語が進んでいくに連れて、「結婚」や「家族」というワードが度々登場する。その台詞とやり取りは、邦画を鑑賞しているような、読書をしているような感覚と類似しているシーンが多く、そんなところにも惹かれた。

ファッションの変化と色使い

 マリアのヘアメイクとファッションに着目してみると、前半のビビッドピンクのリップや蛍光ピンク・オレンジの服装と、眩しいくらい派手である。態度も放漫で、ガムを食べながら会話をしており印象は良くない。

「トラスト・ミー」© Possible Films, LLC

作中の後半、マシューに出逢ってからマリアは急変する。水色のワンピースにべっ甲風の額縁眼鏡。メイクも薄くなっている。

アウターの黒白のスタジャンは前半でも着ていたが、まるで印象が違う。妊娠していることもあってかボディラインが分かりづらいファッションに自然と変化しているかもしれない。そしてマシューと出逢ってから表情も柔らかく、優しくみえた。

「トラスト・ミー」© Possible Films, LLC

 他にはマリア母の服が素敵だなと。全体的にモノトーンでシックにまとめている。白シャツに黒のもけもけの羽織や、紺色の綺麗めなニットを金髪に合わせラフに着こなしている。

 制服のように自分の服のスタイルが確立している人には、少し憧れの気持ちがある。スマートだ。私は様々な色がクローゼットにあり赤青白黒、柄物も何でも着る。シンプルな服装、ガーリーな服装、どんなスタイルでもその人らしさの型というものは存在する。時代の変化によりそれぞれに明確な名称は無くなってきているかもしれないが、表面的印象操作と内面の気持ちの現れなど様々な要素の混ざり具合が結果としてその人を構成しているのだと最近は感じる。

『シンプルメン』のエリナに憧れて

 続いてハル・ハートリーの代名詞と言えば『シンプルメン』。ソニック・ユース『Kool Thing』の音楽と共に3人が踊りだす名シーンが有名。犯罪者の兄と真面目な学生の弟が、テロ容疑で逃走している父親を探す旅に出る。旅の途中で二人の女性と出逢い、真実の愛を探す。

「シンプルメン」© Possible Films, LLC

 開始25分付近、突如現れた黒髪おかっぱ頭のエリナに、惹きつけられた人は何人いるだろう。私も数年前に初めて鑑賞した時、まんまとエリナに魅了されてしまった。ライダースと黒白のボーダーロンTのラフな組み合わせが妙に洒落てみえる。『シンプル・メン』のエリナを観てからは、黒白ボーダーの服を何着か手にしたこともあった。何とも思わなかった黒白ボーダーの服に、作品を通して自分にとっての付加価値がつく。

 憧れるからといってここまで前髪を切る勇気も出ないまま、いつでも作品を再生すれば出逢えるエリナのことをただただ唯一無二の存在と私が思うくらい、登場人物がエリナに心を奪われ話が展開されていくのも納得できる。冒頭、彼女はてんかんの症状で地面に倒れこみ全身が痙攣しているが、そんな描写まで彼女の個性として魅力的に感じ、美しく見えてしまった。

「シンプルメン」© Possible Films, LLC

 『シンプルメン』のダンスシーンでの3人は性格も思考も全てバラバラで決して仲良しな訳では無い。突如流れた音楽に合わせ、ダンスをばっちり決めているのが面白おかしく、でも心は一つになっている。

 普段知らない人と意見交流があまりできないまま過ぎていく日々だけれど、音楽や映画、本、ファッションなど様々な媒体やカルチャー、プロダクトを介して意思疎通ができる。ただ良い気持ちになるだけでなく、上記の3人のように他人と少しでも心を重ねることができるからだ。

 なるべく偏らないよう、勧めてもらった作品を摂取しようと思っている。まだ体験した事がない貴方へ。今月は、ハル・ハートリーの渦に巻き込まれてみませんか。

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この記事のライター

苅田梨都子
苅田梨都子
1993年岐阜県生まれ。

和裁士である母の影響で幼少期から手芸が趣味となる。

バンタンデザイン研究所ファッションデザイン科在学中から自身のブランド活動を始める。

卒業後、本格的に始動。台東デザイナーズビレッジを経て2020年にブランド名を改める。
現在は自身の名を掲げたritsuko karitaとして活動している。

最近好きな映画監督はエリック・ロメール、濱口竜介、ロベール・ブレッソン、ハル・ハートリー、ギヨーム・ブラック、小津安二郎。

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