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レッド・サン
[PG12相当]アラン・ドロン、チャールズ・ブロンソン、三船敏郎が対決!日本刀vs.拳銃の異色西部劇
アラン・ドロン、チャールズ・ブロンソン、三船敏郎のビッグ3が夢の競演を果たした西部劇。武士道精神を体現する三船、彼と無骨な友情を育むブロンソン、魅力的な悪の華を咲かせるドロンが男臭い魅力を発揮する。
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COLUMN/コラム2023.06.30
#MeTooとSNSの時代を映し出す古典的SFホラーの見事な新解釈版『透明人間』
かつて透明人間は日本映画でも人気者だった! 『ミイラ再生』(’32)をリメイクした『ハムナプトラ/失われた砂漠の都』(’99)の大成功とシリーズ化をきっかけに、『ヴァン・ヘルシング』(’04)や『ウルフマン』(’10)、『ドラキュラZERO』(’14)など、往年のクラシック・モンスター映画をコンスタントにリメイク&リブートしてきたユニバーサル・スタジオ。’14年にはフランチャイズ化(後に「ダーク・ユニバース」と命名)も発表され、MCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)やDCEU(DCエクステンデッド・ユニバース)にも匹敵する壮大なシェアード・ユニバースが展開されるはずだった。 ところが、その第1弾『ザ・マミー/呪われた砂漠の女王』(’17)がまさかの大失敗に終わり、フランチャイズ化の計画は一転して白紙撤回されることに。トム・クルーズにジョニー・デップ、ハヴィエル・バルデムにラッセル・クロウと、錚々たるビッグネームを揃えた「ダーク・ユニバース」のコンセプト写真に、企画発表の当時からワクワクしていた筆者は思わずガッカリしたものである。そして、その代わりとなる単独映画として作られたのが、本作『透明人間』(’20)だった。 ご存知、オリジナルはSF小説の大家H・G・ウェルズの同名小説を、巨匠ジェームズ・ホエールが映画化したユニバーサル・ホラーの名作『透明人間』(’33)。人間を透明にする薬品を開発した科学者グリフィン博士(クロード・レインズ)が、自ら実験台となって透明化に成功するものの、しかし薬品の副作用によって狂暴化してしまう…というお話。いわば、「ジキル博士とハイド氏」の系譜に属するマッド・サイエンティスト物である。グリフィン博士が頭部に巻いていた包帯を解いていくと、なんと中身は透明で何も見えません!という特撮は、今となっては極めて原始的な合成技術に過ぎないのだが、しかし90年前の公開当時はこれが大変な評判となった。そもそも、この透明効果を映像化するのが技術的に困難ゆえ、それまでウェルズの原作は1度も映画化されたことがなかったのだ。1933年といえば、あの特撮怪獣映画の金字塔『キング・コング』(’33)も公開されている。ハリウッドの特撮技術が飛躍的な進化を遂げた記念すべき年だったと言えよう。 これ以降、ユニバーサルは『透明人間の逆襲』(’40)など合計で4本(1作目を含めると5本)の続編シリーズを製作。中でも最終作『The Invisible Man’s Revenge』(’44)は、徐々に透明化していく過程を移動撮影で描いたことが画期的だった。また、人気コメディアン・コンビ、アボット&コステロ主演の『凸凹透明人間』(’51)や、透明エイリアンが地球を侵略する『インベーダー侵略 ゾンビ来襲』(’59)、ギャング組織が透明技術を悪用する『驚異の透明人間』(’60)など、パロディ映画や亜流映画も各映画会社で続々と作られ、やがて透明人間はSFホラーの定番キャラクターへと成長する。 ちなみに、戦後の日本映画でも透明人間が流行った。その原点は円谷英二が特撮を手掛けた大映の『透明人間現わる』(’49)。ユニバーサルの『透明人間』を徹底的に研究した円谷は、透明人間が煙草をふかすシーンなど、当時としては画期的な特撮の見せ場を披露するも、しかし本人は「力量不足」と満足しなかったそうで、その後も東宝の『透明人間』(’54)で再挑戦している。また、大映は的場徹に特撮を任せた『透明人間と蠅男』(’57)を発表。興味深いのは、ハリウッド映画の透明人間が基本的にヴィランであるのに対し、国産の東宝版と大映版2作目は透明人間を正義の味方として描いていることだろう。いわば変身ヒーローの先駆けだ。そのほか、怪人二十面相が透明化する『少年探偵団 透明怪人』(’58)や、南蛮の秘薬で透明化した武士が復讐に走る特撮時代劇『透明天狗』(’60)などが作られている。 そもそも、ディズニー俳優ディーン・ジョーンズがイタリアで主演した『透明人間大冒険』(’70)や、ドイツの犯罪アクション映画「マブゼ博士」シリーズのひとつ『怪人マブゼ博士・姿なき恐怖』(’62)など、それこそ世界中の映画に登場してきた透明人間。やはり、透明になって姿を消すことは人類共通の夢みたいなものなのだろうか。また、ハイレベルな特撮技術を求められるため、透明人間映画は作り手の創造力を刺激するのかもしれない。そういう意味で、初めて透明人間をCGで描写したジョン・カーペンター監督の『透明人間』(’92)は画期的だったし、透明化していく過程の血管やら筋肉やら骨やらまで見せるポール・ヴァーホーヴェン監督の『インビジブル』(’01)はまたグロテスクでインパクト強烈だった。 なので、CG技術が飛躍的に進化した現代に『透明人間』のリメイクというのは理に適っているのかもしれないが、しかしこの2020年版『透明人間』で最も評価されるべき点は、実は最新のデジタル技術を駆使したVFXよりも、古典的な題材を現代的にアップデートした脚本の妙にあると言えよう。 ヒロインだけでなく観客も追いつめられるガスライティングの恐怖 真夜中に防犯システムを完備した大豪邸からこっそりと逃げ出す女性セシリア(エリザベス・モス)。彼女は世界的な光学研究の第一人者エイドリアン・グリフィン博士(オリヴァー・ジャクソン=コーエン)の恋人なのだが、しかし嫉妬深くて束縛が強くて支配的な彼との暮らしは生き地獄だったため、いよいよ覚悟を決めて脱出を企てたのである。睡眠薬で眠らせたはずのエイドリアンが、文字通り鬼の形相で追いかけてきたものの、電話連絡を受けて駆け付けた妹エミリー(ハリエット・ダイヤー)の車で逃げ切ることに成功したセシリア。その後、彼女は警察官である友人ジェームズ(オルディス・ホッジ)の自宅に匿われたが、しかしエイドリアンから受け続けた精神的な暴力によるトラウマはなかなか癒えなかった。 そんな折、驚くべきニュースが飛び込む。エイドリアンが自殺を遂げたというのだ。彼の兄である弁護士トム(マイケル・ドーマン)に呼び出され、500万ドルの遺産まで相続することになったセシリア。しかし、彼女はエイドリアンの死をにわかに信じることが出来ない。なぜなら、彼は自己愛の強いソシオパスで、全てを自分の思い通りにせねば気が済まない性格の持ち主。とてもじゃないが自殺をするような人間ではない。他人の目を欺くことにだって長けている。ましてや彼は世界的な科学者だ。自殺を偽装するなど朝飯前であろう。 やがて彼女の周辺では奇妙な出来事が起きるようになり、エイドリアンに見張られているのではないかと感じ始めるセシリア。当然、ジェームズやエミリーは思い過ごしだと受け流すが、しかしセシリアは送った覚えのない誹謗中傷メールでエミリーと絶縁する羽目になり、さらにジェームズの娘シドニー(ストーム・リード)を殴ったと疑われてしまう。私は何もしていない。エイドリアンが透明人間になって私を陥れようとしているのだ。証拠を掴むためエイドリアンの自宅へ行ったセシリアは、そこで人体を透明化する特殊スーツを発見。やはりそうだったのか。疑惑が確信へと変わった彼女は、エミリーに全てを打ち明けようとするのだが、しかしそこで最悪の悲劇が起きてしまう。果たして、エイドリアンは本当にまだ生きているのか、それとも全てはセシリアの被害妄想の産物なのか…? もちろん、一連の出来事は透明人間になったエイドリアンの仕組んだ罠なのだが、いずれにせよ主人公の名前(グリフィン博士)および透明人間という設定を継承しただけで、それ以外はほとんど原形をとどめていない大胆なアレンジに驚くホラー映画ファンも多いことだろう。オリジナル版の天才科学者グリフィン博士も、透明薬の副作用が少なからず影響しているとはいえ、優性思想に染まった誇大妄想狂のクソ野郎だったが、このリメイク版のグリフィン博士は典型的なDVモラハラ男として描かれる。まさしく、#MeToo時代に相応しい新解釈版『透明人間』だ。 被害者が精神的におかしいのではないか?と本人だけでなく周囲にも信じ込ませ、巧みに窮地へと追い詰めていく心理的虐待をガスライティングと呼ぶのだが、なるほど確かにガスライティングと透明人間は驚くほど親和性が高い。姿が見えなければやり放題だ。これまでありそうでなかった新しい切り口と言えよう。加えて、己の姿を一切見せることのないグリフィン博士の執拗な嫌がらせは、いわゆるソーシャルメディア・ハラスメントをも想起させる。SNSで匿名に隠れて他者を攻撃する加害者などは、まさに透明人間みたいなものだ。そういう意味でも、これは極めて今日的なテーマを扱った作品だ。 しかも、本作は透明人間ではなくその被害者の視点でストーリーが語られるため、観客はヒロインに降りかかる心理的な恐怖や絶望を生々しく追体験することになる。この息の詰まるような恐ろしさときたら!それゆえ、DVやハラスメントの被害者はフラッシュバックする恐れがあるので、鑑賞する際には注意が必要かもしれない。 監督と脚本を手掛けたのは、盟友ジェームズ・ワンと共に『ソウ』(’04)シリーズや『インシディアス』(’10)シリーズを生んだオーストラリア出身の脚本家リー・ワネル。前作『アップグレード』(’18)では、『狼よさらば』(’74)的なリベンジ・アクションを『ターミネーター』(’84)的な科学の暴走へと昇華させたていたワネル監督だが、本作ではその逆パターンを採用している。要するに、「科学の暴走」そのものである『透明人間』の物語を、『狼よさらば』というよりは『リップスティック』(’76)や『天使の復讐』(’81)的な性暴力被害者の復讐譚として仕上げたのだ。 さらに本作で目を引くのは透明人間のカラクリだ。ご存知の通り、H・G・ウェルズの原作小説や’33年版のグリフィン博士は、特殊な薬品を投与することで透明人間となる。その後の透明人間映画の多くも、この透明薬を採用してきた。その他にも、原子力を用いた放射能光線や透明化装置などもポピュラーだったが、本作では着用すると透明になれる特殊なボディスーツが使用される。 これがどういう仕組みかというと、スーツ全体に無数の小型カメラレンズが埋め込まれており、それぞれのレンズが周囲の様子をリアルタイムで細かくホログラム化。その映像で全身を覆い隠すことによって、周囲に溶け込んで透明化したように見える…ということらしい。なので、一度投与したら透明化したままの薬品と違って、それこそプレデターのように姿を見せたり隠したりが自在に出来るのだ。ある意味、CG加工と似たような原理である。実際、本作では透明人間役のスタントマンが全身グリーンのボディスーツを着用し、ポストプロダクションの際にはその部分だけをデジタル消去することで透明化している。なるほど、現実が空想科学にだんだんと追いついてきたわけだ。 ヒロインのセシリア役にエリザベス・モスを選んだのもドンピシャ。なにしろ、出世作『マッドメン』(‘07~’15)では男社会の会社組織で女性差別やセクハラに苦しむキャリア女性ペギー・オルセンを、初主演作『ハンドメイズ・テイル/侍女の物語』(‘17~)では全体主義国家アメリカで妊娠出産に奉仕させられる侍女ジューンを演じた、いわば#MeToo時代のハリウッドを象徴するような女優である。金持ち男性が囲い込む女性としては容姿が地味過ぎやしないか…との声も一部にあったようだが、しかし見た目が地味で大人しそうな女性ほど性暴力被害に遭いやすいとも言われる。まあ、そりゃそうだろう。DV男やモラハラ男は、自分に自信がなくて支配しやすい女性を狙うものだ。そう考えると、彼女の起用は十分に説得力があると思う。 ちなみに、『マトリックス』シリーズのゴースト役で知られる俳優アンソニー・ウォンが、交通事故に遭った車からフラフラしながら出てくるドライバー役でチラリと登場。その直後、セシリアが彼の車を奪って精神病院から逃走するのだが、その際にほんの一瞬だけ「ソウ人形」の落書きが画面に映る。くれぐれもお見逃しなきよう。 そんなこんなで、コロナ禍での劇場公開という圧倒的に不利な状況にも関わらず、世界興収1億4300万ドルというスマッシュヒットを記録し、ハリウッド批評家協会賞やサターン賞といった賞レースを席巻するなど、批評的にも極めて高い評価を得た本作。目下のところリー・ワネル監督による続編映画、そしてエリザベス・バンクスを監督に起用したスピンオフ映画の企画が進行しているという。それより前に、ホラー映画ファンとしては『スクリーム』製作チームによる、’24年春公開予定のタイトル未定ユニバーサル・モンスター映画というのが大いに気になるところですな!■ 『透明人間(2020)』© 2020 Universal City Studios Productions LLLP. ALL RIGHTS RESERVED.
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PROGRAM/放送作品
(吹)ブラック・レイン【ゴールデン洋画劇場版】
[PG12]日米の個性派名優たちが男と男の演技合戦! 松田優作の怪演が映えるクライム・アクション
ハリウッドを代表する映像派監督リドリー・スコットが大阪ロケを敢行し、日米刑事の決死の捜査と友情を描くアクション大作。本作が遺作となった松田優作が殺人犯を狂気満点に演じ、鬼気迫る存在感で異彩を放つ。
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COLUMN/コラム2023.05.08
韓国の民主主義と映画の“力”。『1987、ある闘いの真実』
チャン・ジュナン監督が、本作『1987、ある闘いの真実』(2017)に取り掛かったのは、2015年の冬だった。 時の最高権力者は、朴槿恵(パク・クネ)。韓国初の女性大統領である彼女は、1963年から79年まで16年間に渡って軍事独裁政権を率いた父、朴正煕(パク・チョンヒ)に倣ったかのような、反動的な強権政治家であった。そしてその矛先は、映画界にも向けられた。 朴政権下で作成された、「政府の政策に協力的ではない文化人」のブラックリストには、パク・チャヌク監督やキム・ジウン監督、俳優のソン・ガンホやキム・ヘスなどの一流どころが載せられた。それは暗に、「こいつらを干せ」と、政権が指示しているということだった。 保守政権にとって好ましくない題材を扱った作品は、攻撃対象となった。例を挙げれば、かつて進歩派政権を率いた、故・盧武鉉(ノ・ムヒョン)元大統領の弁護士時代を、ソン・ガンホが演じた『弁護人』(13)。高い評価を受けて大ヒットしたものの、監督のヤン・ソクウは、公開後多くの脅迫電話を受け、一時期中国に身を隠さざるを得なくなった。 そんな最中に、韓国の歴史を大きく変えた、「1987年の民主化運動」を映画化するなど、虎の尾を踏む行為。チャン監督も躊躇し、逡巡したという。 最終的に監督を動かしたのは、2つの想いだった。ひとつは、この「民主化運動」こそが、韓国の民主主義の歴史に大きく刻まれるべきものなのに、それまであまり語られてこなかったことへのもどかしさ。 もうひとつは、チャン監督に子どもができて、父親になった時に抱いた、こんな気持ち。「自分は次の世代にどんな話を伝えるべきなのか」「世の中に対して何を残すことができるのか」。 チャン監督は、「民主化運動」のデモで斃れた大学生、イ・ハニョルの記念館を訪問。展示品の中には、警察が放った催涙弾の直撃を、ハニョルが受けた際に履いていた、スニーカーの片方があった。監督はそれを見て、本作を作る決意を遂に固めた。ご覧になればわかるが、このスニーカーは、本作を象る重要なモチーフとなっている。 事実に基づいた作品は、生存する関係者への取材を行って、シナリオを作成していくのが、定石である。しかし朴槿恵政権下では、そうしたことが外部に漏れた場合、映画化の妨げになる可能性が高い。そのため生存者へのインタビューなどは諦め、新聞など文字情報を中心に、極秘裏にリサーチを進めることとなった。 それでもこんな時勢の中で、政府に睨まれるのを覚悟で、出演してくれる俳優は居るのか?十分な製作費を、調達できるのか?不安は、尽きることがなかった。 しかし天が、このプロジェクトに味方した。2016年10月末、朴大統領とその友人である崔順実(チェ・スンシル)を中心とした、様々な政治的疑惑が発覚。いわゆる“崔順実ゲート事件”によって、風向きが大きく変わる。政権に抗議する民衆によって、各地で大規模な“ろうそく集会”が開かれ、朴政権は次第に追い詰められていく。 その頃から本作のプロジェクトには、投資のオファーが多く寄せられるようになった。こうして製作が軌道に乗ったのと対照的に、翌2017年3月、朴槿恵は大統領職を罷免され、遂には逮捕に至る。 韓国には、1980年代後半頃の都市の姿が、ほとんど残されていない。しかし巨額の製作費の調達に成功した本作では、大規模なオープンセットを組むことで、この問題を解消。まさに奇跡的なタイミングで、製作することが出来たのである。 ***** 1987年、「ソウル五輪」の開催を翌年に控えた韓国では、直接選挙での大統領選出など、“民主化”を求める学生や労働者などを中心に、各地でデモが行われていた。それに対し大統領の全斗煥(チョン・ドファン)は、強圧的な態度で抑え込もうとする。 そんな中、ソウル大の学生パク・ジョンチョルが、警官の拷問で死亡する事件が起こる。元は脱北者で“民主化勢力”を「アカ」と憎悪する、治安本部のパク所長(演:キム・ユンソク)は、当時の韓国では一般的でなかった火葬で、証拠となる遺体を隠滅した上、「取調中に机を叩いたら心臓マヒを起こした」などと虚偽発表。この局面を切り抜けようとする。 しかし、ソウル地検公安部のチェ検事(ハ・ジョンウ)は、拷問死を疑って早々の火葬を阻む。司法解剖は行われたものの、チェ検事は政権からの圧力で、職を解かれる。 チェは秘かに、解剖の検案書を新聞社に提供。学生の死因がスクープされ、デモは一段と激しさを増す。同時に政権側の弾圧も、日々強まっていく。 刑務所の看守ハン・ビョンヨン(演:ユ・ヘジン)は、“民主化勢力”を支援。逮捕されて獄中に居るメンバーと、指名手配中の運動家キム・ジョンナム(演:ソル・ギョング)との連絡係を務めていた。 そんな彼の姪ヨニ(キム・テリ)は、政治に関心がなく、「デモをしても何も変わらない」と考える女子大生。しかし同じ大学で運動に励むイ・ハニョル(演:カン・ドンウォン)と出会い、彼の誘いであるビデオを見て、衝撃を受ける。それは全斗煥が権力を掌握する過程で民衆の虐殺を行った、1980年の「光州事件」を映したものだった。 折しも叔父のビョンヨンが逮捕され、ヨニの意識も大きく変わっていく…。 ***** 1987年当時、日本の大学生だった私は、韓国での“学生運動”の報道に日々接して、いっぱしの興味は持っていたつもりだった。しかしいま振り返れば、「一昔前の日本の“全共闘”みたいだな~」というボヤけた感想しか持ってなかったように思う。 それを30年後、こんな苛烈且つ劇的な“エポック”として見せられ、大きく感情を揺り動かされるとは!それと同時に、現在の韓国映画の“力”というものを、改めて思い知らされた。リアルタイムで時の権力に抗うかのような内容を、“オールスター・キャスト”で映画化するという行為に、深く感銘を受けたのである。 本作の製作が軌道に乗ったのは、朴槿恵政権に崩壊の兆しが見えた頃からと、先に記した。しかしそれ以前の段階で、チャン・ジュナン監督のプロジェクトに賛意を示し、出演の意志を示したスター達が居た。 まずは、カン・ドンウォン。『カメリア』(10)で組んで以来の飲み仲間だったチャン監督が脚本を見せると、「これは作るべき映画だ」と、イ・ハニョルの役を演じることを、自ら志願したという。 チャン監督の前作『ファイ 悪魔に育てられた少年』(13)の主演だったキム・ユンソクも、いち早く出演を決めた1人。『ファイ』に続いて「また悪役か」と、ユンソクは冗談ぽく不満を言いながら、脱北者から方言を習うなど熱心に役作りを行った。また実在のパク所長に似せるため、前髪の生え際をあげ、顎下にマウスピースを入れたりなどの工夫を行った。 カン・ドンウォン、キム・ユンソクという2人を早々に得たことが、キャスティングに弾みをつけた。そして、ハ・ジョンウ、ユ・ヘジン、ソル・ギョングといった、韓国を代表する、実力派のスターたちの出演が次々と決まっていく。 主要な登場人物の中ではただ一人、実在のモデルが居ないヨニ役を演じたのは、キム・テリ。チャン監督は、パク・チャヌク監督の『お嬢さん』(16)を観て、彼女の演技の上手さに注目。実際に会ってみて、「ヨニにぴったり」と、オファーを行った。 実は劇中でヨニを目覚めさせるきっかけとなる出来事には、監督自身の1987年の経験が投影されている。当時韓国南西部・全州の高校生だった監督は、ある日友人から、「学校の近くで珍しいビデオの上映会がある…」と誘われた。そこで上映されたのは、丸腰の市民が、軍の銃弾によって次々と倒れていく映像だった。 これは、その7年前の「光州事件」の現場で、ドイツ人記者が捉えたもの。その取材の経緯は、奇しくも本作と同年公開となった、『タクシー運転手 約束は海を越えて』(17)で描かれているが、17歳のチャン・ジュナンにとって、とにかくショッキングな映像体験だった。 チャン監督は、混乱した。自分の住む街からほど近い光州で、そんな悲劇が起こっていたのを、知らなかったことに。そして大人たちが、その事実を一切語らないことに。 この“混乱”が本作では、ヨニの感情の動きとして再現されているわけである。 監督は当時、大学生による大規模なデモをよく目にしていた。時には警察が放った催涙ガスの煙が、授業中の高校の教室に、入ってくることもあったという。 そんなタイミングで、道徳の時間に討論が行われた。「デモは悪いことだ」という方向に導かれる中で、チャン監督は勇気を振り絞って、“大学生がデモをするのには理由があるのではないか”と疑問を投げ掛けた。その瞬間彼は、教師に睨みつけられるのを感じた。 1987年のこれらの経験が、本作を実現する“種”になったのかも知れない。監督は、そう述懐している。 本作で描かれた「1987年の民主化運動」によって、韓国の民衆は、傷つきながらも“民主主義”という果実を得た。それが巡り巡って2017年、文化をも弾圧する朴槿恵の腐敗政権は、新たに立ち上がった民衆によって打倒される。 機を同じくして、一時危ぶまれた本作の製作が実現に至ったわけだが、公開後、「1987年の民主化運動」に参加した女性が、娘と共に本作を鑑賞した話が、監督の元に伝わってきた。映画が終わった後、娘は涙を流しながら、「お母さん、ありがとう」と、母を抱きしめたという。 また、こんなレビューも寄せられた。「朴槿恵政権がなぜ文化界を統制しようとしたのか、この映画を見てわかりました。それは映画が与える力がいかに大きいかということを感じたからです」。『1987、ある闘いの真実』は、まさにこうした“力”を持った作品なのである。■ 『1987、ある闘いの真実』© 2017 CJ E&M CORPORATION, WOOJEUNG FILM ALL RIGHTS RESERVED
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PROGRAM/放送作品
レイルロード・タイガー
ジャッキー・チェンが鉄道強盗団を率いて日本軍に戦いを挑む!池内博之出演のアクションコメディ
ジャッキー・チェンが『ポリス・ストーリー/レジェンド』のディン・シェン監督と再び組み、息子ジェイシーやEXO元メンバーのファン・ズータオら若手スターと競演。池内博之が軍人役でジャッキーとの対決を披露。
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COLUMN/コラム2023.04.03
‘80年代の日本の映画ファンを熱狂させたロックンロールの寓話『ストリート・オブ・ファイヤー』
アメリカよりも日本で大ヒットした理由とは? 日本の洋画史を振り返ってみると、本国では不入りだったのになぜか日本では大ヒットした作品というのが時折出てくる。その代表格が『小さな恋のメロディ』(’71)とこの『ストリート・オブ・ファイヤー』(’84)であろう。リーゼントに革ジャン姿のツッパリ・バイク集団にロックンロールの女王が誘拐され、かつて彼女の恋人だった一匹狼のアウトロー青年が救出のため馳せ参じる。ただそれだけの話なのだが、全編に散りばめられたレトロなアメリカン・ポップカルチャーと、いかにも’80年代らしいMTV風のスタイリッシュな映像が見る者をワクワクさせ、不良vs不良の意地をかけた白熱のガチンコ・バトルと、ドラマチックでスケールの大きいロック・ミュージックが見る者の感情を嫌が上にも煽りまくる。血沸き肉躍るとはまさにこのことであろう。 当時まだ高校生1年生だった筆者も、映画館で本作を見て鳥肌が立つくらい感動したひとりだ。その年の「キネマ旬報」の読者選出では外国映画ベスト・テンの堂々第1位。エンディングを飾るテーマ曲「今夜は青春」は、大映ドラマ『ヤヌスの鏡』の主題歌「今夜はエンジェル」として日本語カバーされた。当時の日本で『ストリート・オブ・ファイヤー』に熱狂した映画ファンは、間違いなく筆者以外にも大勢いたはずだ。それだけに、実は本国アメリカでは見事なまでに大コケしていた、どうやら興行的に当たったのは日本くらいのものらしいと、だいぶ後になって知った時は心底驚いたものである。 ではなぜ本作が日本でそれだけ受けたのかというというと、あくまでもこれは当時を知る筆者の主観的な肌感覚ではあるが、恐らく昭和から現在まで脈々と受け継がれる日本の不良文化が背景にあったのではないかとも思う。実際、良きにつけ悪しきにつけ’80年代はツッパリや暴走族の全盛期だった。なにしろ、横浜銀蝿やなめ猫やスケバン刑事が大流行した時代である。加えて、当時の日本ではロックンロールにプレスリーにジェームズ・ディーンなど、本作に登場するような’50年代アメリカのユース・カルチャーに対する憧憬もあった。まあ、これに関しては、同時代のイギリスで巻き起こった’50年代リバイバルやロカビリー・ブームが日本へ飛び火したことの影響もあったろう。さらに、’70年代の『小さな恋のメロディ』がそうだったように、劇中で使用される音楽の数々が日本人の好みと合致したことも一因だったかもしれない。いずれにせよ、アメリカ本国での評価とは関係なく、本作には当時の日本人の琴線に触れるような要素が揃っていたのだと思う。 実は『ウォリアーズ』の姉妹編だった!? 冒頭から「ロックンロールの寓話」と銘打たれ、続けて「いつかどこかで」と時代も舞台も曖昧に設定された本作。まるで’50年代のニューヨークやシカゴのようにも見えるが、しかしよくよく目を凝らすと様々な時代のアメリカ文化があちこちに混在しているし、確かにリッチモンドやバッテリーという地名は出てくるものの、しかしどうやら実在する土地とは全く関係がないらしい。つまり、これは現実とよく似ているが現実ではない、この世のどこにも存在しない架空の世界の物語なのだ。 とある大都会の寂れかけた地区リッチモンドで、地元出身の人気女性ロック歌手エレン・エイム(ダイアン・レイン)のコンサートが開かれる。詰めかけた大勢の若者で熱気に包まれる会場。すると、どこからともなくバイク集団ボンバーズの連中が現れ、リーダーのレイヴン(ウィレム・デフォー)の号令で一斉にステージへ乱入する。バンドマンやスタッフに殴りかかる暴走族たち、パニックに陥って逃げ惑う観客。悲鳴や怒号の飛び交う大混乱に乗じて、まんまとレイヴンはエイミーを連れ去っていく。その一部始終を目撃していたのが、近くでダイナーを経営する女性リーヴァ(デボラ・ヴァン・ヴァルケンバーグ)。警察なんか頼りにならない。なんとかせねばと考えた彼女は、ある人物に急いで電報を打つのだった。 その人物とはリーヴァの弟トム・コディ(マイケル・パレ)。かつて地元では札付きのワルとして鳴らし、兵隊を志願して出て行ったきり音沙汰のなかった彼は、実はエレンの元恋人でもあったのだ。久しぶりに再会した弟へ、誘拐されたエレンの救出を懇願するリーヴァ。だが、音楽の道を目指すエレンと苦々しい別れ方をしたトムは躊躇する。なぜなら、今もなお心のどこかで彼女に未練があるからだ。それでも姉の説得で考えを変えたトム。しかし、エレンのマネージャーで現在の恋人でもある傲慢な成金男ビリー(リック・モラニス)から負け犬呼ばわりされた彼は、カチンときた勢いで1万ドルの報酬と引き換えにエレンを救い出すことに合意する。別に未練があるわけじゃない、単に金が欲しいだけだという言い訳だ。 ボンバーズの本拠地はリッチモンドから離れた貧困地区バッテリー。バーで知り合ったタフな女兵士マッコイ(エイミー・マディガン)を相棒に従え、古い仲間から武器を調達したトムは、依頼人のビリーを連れてボンバーズが根城にする場末のナイトクラブ「トーチーズ」へ向かう。客を装って潜入したマッコイがエレンの監禁場所を押さえ、その間にトムが表でたむろする暴走族を銃撃して注意をそらすという作戦だ。これが見事に功を奏し、エレンを無事に奪還することに成功したトムたちだが、しかし面目を潰されたレイヴンと仲間たちも黙ってはいなかった…! 本作の生みの親はウォルター・ヒル監督。当時、エディ・マーフィとニック・ノルティ主演の『48時間』(’82)を大ヒットさせ、ハリウッド業界での評判もうなぎ上りだった彼は、それこそ「鉄は熱いうちに打て」とばかり、すぐさま次なる新作の構想を練る。その際に彼が考えたのは、自作『ウォリアーズ』(’79)の世界に再び挑戦することだったという。実際、本作を見て『ウォリアーズ』を連想する映画ファンは多いはずだ。ニューヨークのコニー・アイランドを根城にする不良グループが、ブロンクスで開かれたギャングの総決起集会に参加したところ罠にはめられ、逃亡の過程で各地区の不良グループと戦いながら地元へ辿り着くまでを描いた『ウォリアーズ』。「都会のヤンキーがよその縄張りへ行って帰って来るだけ」というストーリーの基本プロットは本作と同じだ。雨上がりの濡れたアスファルトに地下鉄や車などを乗り継いでの逃避行、アメリカ下町の不良文化など、それ以外にも符合する点は少なくない。グラフィックノベルの実写版的な世界観も共通していると言えよう。さながら姉妹編のような印象だ。 400万ドルの製作費に対して2200万ドルもの興行収入を稼ぎ出す大ヒットとなった『ウォリアーズ』だが、しかしウォルター・ヒル監督にとってはいろいろと悔いの残る作品でもあった。同作をグラフィックノベルの実写版として捉え、ポスプロ段階でコミック的な演出効果を加えようと考えていたヒル監督だが、しかしパラマウントから指定された締め切りを守るために断念せざるを得なかった(’05年に製作されたディレクターズ・カット版でようやく実現)。しかも、劇場公開時には映画の内容に刺激された若者たちが各地で暴動を繰り広げ、恐れをなしたパラマウントはプロモーション展開を自粛。一部の映画館では上映を中止するところも出てしまった。そもそもヒル監督によると、パラマウントは最初から同作の宣伝に非協力的だったという。紆余曲折あって『48時間』では再びパラマウントと組んだヒル監督だが、しかし同社から次回作を要望された彼が、あえて本作の企画をパラマウントではなくユニバーサルへ持ち込んだことも頷ける話だろう。 恐らく彼としては、『ウォリアーズ』で叶わなかった理想を本作で実現しようと考えたのかもしれない。シーンの切り替わりで象徴的に使われるギザギザのワイプなどは、なるほどコミック的な演出効果とも言えよう。また、今回はユニバーサルから潤沢な予算が与えられたこともあり、一部のシーンを除く全てをスタジオのセットで撮影。高架鉄道や多階層道路のシーンはシカゴで、貧困地区バッテリーはロサンゼルス市内の工場廃墟で撮影されているが、主な舞台となるリッチモンド地区はユニバーサル・スタジオに大掛かりなオープンセットを組み、夜間シーンはそこに天幕を張って撮影されている。おかげで、狙い通りのコミック的な「作り物感」が生まれ、より「ロックンロールの寓話」に相応しい世界を構築することが出来たのだ。 ‘80年代のトレンドを吸収したウォルター・ヒル流「MTV映画」 もちろん、ヒル監督が熱愛する西部劇の要素もふんだんに盛り込まれている。そもそも、郷里に舞い戻ったヒーローが相棒を引き連れ、無法者たちにさらわれたヒロインを救い出すという設定は西部劇映画の王道である。中でも、監督が特に意識したのはセルジオ・レオーネのマカロニ・ウエスタン。ニヒルでクールで寡黙な主人公トム・コディは、さながら若き日のクリント・イーストウッドの如しである。また、本作の主要キャラクターはほぼ若者で占められ、中高年は全くと言っていいほど出てこないのだが、これは当時ハリウッドを席巻していたスティーヴン・スピルバーグとジョン・ヒューズの映画に倣ったとのこと。つまり、若い観客層にターゲットを定めたのである。実際、’80年代のハリウッド映画は若年層の観客が主流となり、その需要に応えるかのごとくトム・クルーズやモリー・リングウォルドやマイケル・J・フォックスなどなど、数えきれないほどのティーン・アイドル・スターが台頭していた。そこで本作が集めたのは、駆け出しの新人を中心とした若手キャストだ。 主人公トム・コディにはトム・クルーズ、エリック・ロバーツ、パトリック・スウェイジがオーディションを受けたが、最終的にヒル監督はマイナーな青春ロック映画『エディ&ザ・クルーザーズ』(’83)に主演した若手マイケル・パレに白羽の矢を当てる。ヒロインのエレン役には、当時18歳だったダイアン・レイン。本作のキャストでは唯一、知名度のある有名スターだ。もともとはダリル・ハンナが最有力候補だったが、結局はキャリアもネームバリューもあるダイアンが選ばれた。恐らく、マイケル・パレがまだ無名同然だったため、引きのあるスターが欲しかったのだろう。エレンのいけ好かないマネージャー、ビリー役は、当時テレビのお笑い番組「Second City Television」で注目されていたコメディアンのリック・モラニス。プロデューサーのジョエル・シルヴァーがモラニスの大ファンだったのだそうだ。 さらに、当初トムの姉リーヴァ役でオーディションを受けたエイミー・マディガンが、トムの相棒マッコイ役を演じることに。本来、この役はラテン系の巨漢男という設定で、役名もメンデスという名前だったという。しかし「これを女に変えて私にやらせて!絶対に面白いから!」とエイミー自らが監督に直訴したことで女性キャラへと変更されたのだ。そういえば、ヒル監督が製作と脚本のリライトを手掛けた『エイリアン』(’79)の主人公リプリーも、もともとは男性という設定だったっけ。代わりに姉リーヴァ役に起用されたのは、『ウォリアーズ』のヒロイン役だったデボラ・ヴァン・ヴァルケンバーグ。さらに、ヒル監督がキャスリン・ビグローの処女作『ラブレス』(’82)を見て注目したウィレム・デフォーが、暴走族のリーダー、レイヴン役を演じて強烈なインパクトを残す。本作で初めて彼を知ったという映画ファンも多かろう。 そのほか、ビル・パクストン(バーテン役)にE・G・デイリー(エレンの追っかけベイビードール役)、エド・ベグリー・ジュニア(バッテリー地区の浮浪者)、リック・ロソヴィッチ(新米警官)、ミケルティ・ウィリアムソン(黒人コーラスグループのメンバー)など、後にハリウッドで名を成すスターたちが顔を出しているのも要注目ポイント。デイリーは歌手としても成功した。また、『フラッシュダンス』(’83)でジェニファー・ビールスのボディダブルを担当したマリーン・ジャハーンが、ナイトクラブ「トーチーズ」のダンサーとして登場。ちなみに、トーチーズという名前のクラブは、ヒル監督の『ザ・ドライバー』(’78)や『48時間』にも出てくる。 ところで、ヒル監督が本作を撮るにあたって、実は最も影響されたというのがその『フラッシュダンス』。全編に満遍なく人気アーティストのポップ・ミュージックを散りばめ、映画自体を1時間半のミュージックビデオに仕立てた同作は空前の大ブームを巻き起こし、その後も『フットルース』(’84)や『ダーティ・ダンシング』(’87)など、『フラッシュダンス』のフォーマットを応用した「MTV映画」が大量生産されたのはご存知の通り。要するに、『ストリート・オブ・ファイヤー』もこのトレンドにちゃっかりと便乗したのである。そのために制作陣は、パティ・スミスやトム・ペティのプロデューサーとして知られるジミー・アイオヴィーンを音楽監修に起用。ジョン・ヒューズの『すてきな片想い』(’84)では当時のニューウェーブ系ヒット曲を総動員したアイオヴィーンだが、一転して本作ではユニバーサルの意向を汲んで、映画用にレコーディングされたオリジナル曲ばかりで構成することに。オープニング曲「ノーホエア・ファスト」を書いたジム・スタインマンを筆頭に、トム・ペティやスティーヴィー・ニックス、ダン・ハートマンなどの有名ソングライターたちが楽曲を提供している。 ダイアン・レインの歌声を吹き替えたのは、ロックバンド「フェイス・トゥ・フェイス」のリードボーカリスト、ローリー・サージェントと、ジム・スタインマンの秘蔵っ子ホリー・シャーウッド。「ノーホエア・ファスト」と「今夜は青春」には、「ファイアー・インク」なるバンドがクレジットされているが、これは「フェイス・トゥ・フェイス」のメンバーを中心に構成された覆面バンドだ。また、挿入曲「ソーサラー」と「ネヴァー・ビー・ユー」は、サントラ盤アルバムのみ前者をマリリン・マーティン、後者をマリア・マッキーと、当時売り出し中の若手女性ボーカリストが歌っている。つまり、映画とサントラ盤では歌声が別人なのだ。これは黒人コーラスグループが歌う「あなたを夢見て」も同様。劇中ではウィンストン・フォードという無名の黒人男性歌手が歌声を吹き替えていたが、しかしサントラ盤アルバムを制作するにあたって作曲者のダン・ハートマンが自らレコーディング。これが全米シングル・チャートでトップ10入りの大ヒットを記録する。 ちなみに、映画の最後を締めくくる楽曲は、本作とタイトルが同じという理由から、ブルース・スプリングスティーンの「ストリーツ・オブ・ファイアー」のカバー・バージョンが選ばれ、実際に演奏シーンも撮影されていたのだが、しかしレコード会社から著作権の使用許可が下りなかった。そこで、急きょジム・スタインマンが「今夜は青春」を2日間で書き上げ、改めてラスト・シーンの撮り直しが行われたのである。ダイアン・レインの髪型がちょっと不自然なのはそれが理由。というのも、当時の彼女は次回作(恐らくコッポラの『コットン・クラブ』)の撮影で髪を切っていたため、本作の撮り直しではカツラを被っているのだ。 一方、ポップソング以外の音楽スコアは、『48時間』に引き続いてジェームズ・ホーナーに依頼されたのだが、しかし出来上がった楽曲が映画のイメージとは全く違ったためボツとなり、ヒル監督とは『ロング・ライダーズ』(’80)と『サザン・コンフォート/ブラボー小隊 恐怖の脱出』(’81)で組んだライ・クーダーが起用された。確かに、ロックンロール映画にはロック・ミュージシャンが適任だ。むしろ、なぜジェームズ・ホーナーに任せようとしたのか。そちらの方が不思議ではある。 ロックンロールに暴走族に西部劇にレトロなポップカルチャーと、ウォルター・ヒル監督が少年時代からこよなく愛してきたものを詰め込んだという本作。プレミア試写での評判も非常に良く、製作陣は「絶対に当たる」との自信を持っていたそうだが、しかし結果的には大赤字を出してしまう。ヒル監督やプロデューサーのローレンス・ゴードン曰く、カテゴライズの難しい作品ゆえにユニバーサルは売り出し方が分からず、アメリカでは宣伝らしい宣伝もほとんど行われなかったという。映画でも音楽でも小説でもそうだが、残念ながら内容が良ければ成功するというわけではない。本作の場合、アメリカではビデオソフト化されてから口コミで評判が広まり、今ではカルト映画として愛されている。これをいち早く評価していたことを、日本の映画ファンは自慢しても良いかもしれない。■ 『ストリート・オブ・ファイヤー』© 1984 Universal City Studios, Inc. All Rights Reserved.
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PROGRAM/放送作品
バイオハザード:ザ・ファイナル
[PG12]女戦士アリスの長く過酷な戦いがついに完結!すべての謎が明かされる人気シリーズ最終章
大ヒットゲームの映画化シリーズ第6弾で完結編。シリーズの始まりの地であるハイブに舞台を移し、アリスの壮絶な死闘を描くとともに、彼女の出生の秘密など衝撃の事実を描く。日本からローラが女戦士役で出演。
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COLUMN/コラム2023.03.13
スコセッシ&デ・ニーロ!コンビの第5作『キング・オブ・コメディ』は、“現代”を予見していた!?
脚本家のポール・D・ジマーマンが、本作『キング・オブ・コメディ』(1983)の着想を得たのは、1970年代のはじめ、あるTV番組からだった。それは、スターやアイドルに殺到するサイン・マニアの恐怖を取り上げたもので、そこに登場したバーブラ・ストライサンドの男性ファンの言動に、ジマーマンはひどくショックを受けたという。 バーブラは、その男に付き纏われることを非常に迷惑がっているのに、彼に言わせれば、「バーブラと仕事をするのは難しい」となる。自分勝手な解釈をして、事実を大きく歪曲してしまうのだ。 前後して、雑誌「エスクワイア」の記事も、ジマーマンを触発した。そこに掲載されたのは、TVのトークショーのホストのセリフを一言一句メモしては、毎回査定を続けている熱狂的ファン。 本来は手が届かない筈の大スターや、TV画面の向こうの存在が、その者たちにとっては、いつの間にか生来の友達のようになってしまっている…。「ニューズウィーク」誌のコラムニストからスタートし、映画評論家を経て脚本家となったジマーマンは、そこに「現代」を見た。そして本作のあらすじを書き、『ある愛の詩』(70)『ゴッドファーザー』(72)などのプロデューサー、ロバート・エヴァンスの元に持ち込んだのである。 このシノプシスを気に入ったエヴァンスは、ミロス・フォアマン監督に声を掛けた。フォアマンはジマーマンの家に寝泊まり。10週間を掛け、2人で脚本を仕上げることとなった。 しかし両者の意見は、途中から嚙み合わなくなる。結局フォアマン主導のものと、ジマーマン好みのものと、2バージョンのシナリオが出来てしまった。 当初はフォアマン版の映画化企画が動いたが、実現に至らず。フォアマンはやがて、このプロジェクトから去った。 そこでジマーマンは、自らの脚本をマーティン・スコセッシへと売り込んだ。スコセッシは一読した際、「内容がもうひとつ理解できなかった」というが、何はともかく、盟友のロバート・デ・ニーロへと転送する。 デ・ニーロはこの脚本を大いに気に入り、すぐに映画化権を買った。そして後に『キング・オブ・コメディ』は、スコセッシ&デ・ニーロのコンビ5作目として、世に放たれることとなる。 ***** ニューヨークに住む30代の男ルパート・パプキン(演:ロバート・デ・ニーロ)は、今日もTV局で出待ちをしていた。彼が憧れるのは、人気司会者でコメディアンのジェリー・ラングフォード(演:ジェリー・ルイス)。 ひょんなことからジェリーの車に同乗することに成功したパプキンは、まるで長年の知己のように、ジェリーに話しかける。そして彼のようなスターになりたいという夢を、とうとうと語った。 そんなパプキンをあしらうため、ジェリーは自分の事務所に電話するよう告げて、居宅へ消えた。パプキンは、スターの座が約束されたように受取り、天にも上る心地となる。 ジェリーに言われた通り、電話を掛け続けるも、梨の礫。そこでパプキンは、アポイントも取らず、事務所へと乗り込む。 しかし、ジェリーには一向に会えない。自分のトークを吹き込んだテープを持参しても、秘書にダメ出しをされ、挙げ句はガードマンに排除されてしまう。 それでもメゲないパプキンは、ジェリーの別荘に、勝手に押しかける。もちろんジェリーは、怒り心頭。パプキンを追い出す。 そこでパプキンは、やはりジェリーの熱狂的な追っかけである女性マーシャ(演:サンドラ・バーンハード)と共謀。白昼堂々、ジェリーを誘拐してマーシャ宅に監禁し、彼を脅迫するのだった。 その要求とは、「俺を“キング・オブ・コメディ”として、TVショーに出せ!」 命の危険を感じたジェリーは、やむなく番組スタッフへと連絡。意気揚々とTV局へ向かうパプキンだが、誇大妄想が昂じた彼の夢は、果して現実のものとなるのか? ***** スコセッシとデ・ニーロのコンビ前作である『レイジング・ブル』(80)は、絶賛を受け、アカデミー賞では8部門にノミネート。作品賞や監督賞こそ逃したものの、実在のボクサーを演じたデ・ニーロは、いわゆる“デ・ニーロ アプローチ”の完成形を見せ、主演男優賞のオスカーを手にした。 それを受けての、本作である。先に記した通り、スコセッシがピンとこなかった脚本を、デ・ニーロが買って、改めてスコセッシの所に持ち込んだ。 デ・ニーロは何よりも、パプキンのキャラを気に入った。その大胆さや厚かましさ、行動理念の単純さを理解し、「この男が愚直なまでに目的に向かって突進するところがいい」と、ジマーマンに語ったという。 そしてデ・ニーロは、スコセッシを説得。遂には、本作の監督を務めることを、決断させた。そして2人で、ジマーマンが書いた脚本のリライトへと臨んだ。 ジマーマンは当初、パプキンには、『虹を掴む男』(47)のダニー・ケイのようなタイプをあてはめ、ファンタジー色が強い映画を作ることを、イメージしていた。ところがスコセッシとデ・ニーロが仕上げてきた脚本では、パプキンの“異常性”が強調され、よりリアルな肌触りを持つ作品となった。 デ・ニーロもスコセッシも、実際に狂信的なファンの被害に遭った経験がある。それが脚本にも、反映されたのだろう。 また80年代はじめは、スターへの関心が、爆発的に高まった頃である。それを最悪の形で象徴する衝撃的な事件が起こったのが、80年12月。ジョン・レノンが、彼の熱狂的ファンであるマーク・チャップマンによって、殺害されてしまう。 本作が本格的に製作に入った81年3月には、スコセッシ&デ・ニーロを直撃するような事件も発生する。彼らの存在を世に知らしめた『タクシードライバー』(76)で、少女娼婦を演じたジョディ・フォスターに恋した、ジョン・ヒンクリーという男が居た。彼は、『タクシー…』のストーリーに影響を受け、時のアメリカ大統領レーガンを狙撃。全世界を震撼とさせる、暗殺未遂事件を起こしたのである。 本作『キング・オブ・コメディ』のような作品が製作されることには、ある意味社会的な必然性があったと言えるだろう。パプキンやマーシャのような“ストーカー”(そんな言葉はこの当時はまだ存在しなかったが…)は、スターたちにとってのみならず、現実社会にとっても、明らかに脅威となる存在だったのだ。 そんな連中のターゲットとなってしまう、ジェリー・ラングフォード役のキャスティング。ジマーマンの当初のイメージは、構想がスタートした70年代初頭にTVやラジオで大活躍だった司会者、ディック・カヴェットだったが、それから10年ほどが経った時点では、誰もがジョニー・カースンを思い浮かべた。 NBCの「ザ・トゥナイト・ショー」の顔であり、アカデミー賞授賞式の司会を何度も務めたジョニーには、実際に出演交渉が行われた。しかし、誘拐事件を実際に引き起こしかねないという恐怖と、TVのトークショーなら1回で撮り終えてしまうのに、1シーンを40回も撮り直さなければならないようなことには耐えられないという理由から、あっさりと断られてしまう。 次なる候補としてスコセッシが思い浮かべたのが、フランク・シナトラやオーソン・ウェルズなどの大物。いわゆる“シナトラ一家=ラット・パック”のメンバーからは、サミー・デイヴィス・Jrやジョーイ・ビショップも候補となった。 そして、“シナトラ一家”には、ディーン・マーティンも居るな~と思った流れから、最終的に絞り込まれたのが、マーティンが“ラット・パック”の一員になる前に、『底抜け』シリーズ(49~56)でコンビを組んでいた、往年の人気コメディアン、ジェリー・ルイスだった。 ジェリーは「この映画では自分はナンバー2だと承知している。君に面倒はかけないし、指示どおりにやってみせよう…」と言って、スコセッシを感激させた。 ジェリーの“ストーカー”マーシャは、当初の脚本では、もっとめそめそしたセンチメンタルな女性だったという。それをスコセッシが、攻撃的で危険な性格へと書き換えた。 デ・ニーロはこの役を、お互いの実力をリスペクトし合っている友人のメリル・ストリープに演じて欲しいと、考えていた。しかしストリープは、脚本を読みスコセッシと話した後で、このオファーを辞退。 オーディションなどを経てマーシャ役は、20代中盤の個性的な顔立ちのスタンダップ・コメディエンヌ、サンドラ・バーンハードのものとなった。サンドラ曰く、当時の自分は「完全にイッちゃってた」とのことで、その生活ぶりは「最低で、デタラメ」で、マーシャに「そっくりだった」という。 スコセッシは本作では、「即興はほとんどやってない」としている。そんな中でも即興の部分を担わせたのが、バーンハードだった。監禁して身動きを取れなくしたジェリーに、色仕掛けで迫るシーンなどで、コメディエンヌとしての芸を、たっぷり披露してもらったという。 パプキンの幼馴染みで、彼が思いを寄せる、現在はバー勤めの女性リタ役には、ダイアン・アボット。アボットは、デ・ニーロの最初の妻で、撮影当時は別居中。オーディションにわざわざ呼ばれて、この役に決まったというが、その裏に作り手側のどんな思惑があったかは、定かではない。 デ・ニーロの役作りは、例によって完璧だった。彼は、コメディアンの独演を何週間も見学。また、ジョン・ベルーシやロビン・ウィリアムズとの友情も、助けになったという。 デ・ニーロは撮影中、ジェリー・ルイスの“完璧な演技”に畏敬の念を抱いた。ルイスも同様で、デ・ニーロの仕事ぶりを評して、「一ショット目で気分が入ってきて、十ショット目になると魔法を見ているようになる。十五ショット目まで来ると、目の前にいるのは天才なんだ…」と語っている。 スコセッシはデ・ニーロと共に、「…主人公をどこまで極端な人物に描くことができるか」に挑戦した。パプキンのような人物を演じて、デ・ニーロが俳優としてどこまで限界を超えられるか、やってみようとしたのだという。その結果についてはスコセッシ曰く、「私の見る限り、あれはデ・ニーロの最高の演技だ…」 脚本のジマーマンは、出来上がった作品について、次のように語っている。「僕はこの映画を生んだのは自分だと思っている。ただ、たしかにこの映画は僕の赤ん坊だが、顔がマーティ(※スコセッシのこと)にそっくりなんだ」。 作り手たちにとっては、満足いく作品に仕上がった。「カンヌ国際映画祭」のオープニング作品にも選ばれ、一部評論家からも、絶賛の声が届けられた。 しかし、『タクシードライバー』でデ・ニーロが演じたトラヴィスの自意識を、更に肥大化させたようなパプキンのキャラは、観客たちには戸惑いを多く与えることとなった。 私が『キング・オブ・コメディ』を初めて鑑賞したのは、日本公開の半年ほど前、1983年の晩秋だった。本作は配給会社によって「芸術祭」にエントリーされており、その特別上映で、いち早く目の当たりにすることができたのだ。 その際、パプキンそしてマーシャの、独りよがりで執拗な振舞いに、まずは圧倒された。それと同時にそのしつこさに、観ている内に、かなり辟易とした記憶がある。 悪夢再び。スコセッシ&デ・ニーロにとっては、コンビ第3作だった『ニューヨーク・ニューヨーク』(77)の如く、2,000万㌦の製作費を掛けた『キング・オブ・コメディ』は、興行的に大コケに終わる。 しかし、それでこの作品の命運が尽きたわけではない。デミアン・チャゼル監督の『ラ・ラ・ランド』(2016)が公開された際、大きな影響を与えた作品として、先に挙げた『ニューヨーク・ニューヨーク』が再注目されたように、本作も製作から36年の歳月を経て、新たにスポットライトが当てられる事態となった。 トッド・フィリップスの『ジョーカー』(19)とホアキン・フェニックスが演じたその主人公の造型が、本作及びルパート・パプキンのキャラクターにインスパイアされたものであることは、一目瞭然。フィリップス監督はご丁寧にも、TVトークショーの司会役にロバート・デ・ニーロを起用して、その影響を敢えて誇示した。 ネット時代、有名スターに対するファンの距離感とそれにまつわるトラブルが、頻繁に問題化するようになった。現代に於いてこの作品は、そうした“加害性”を、いち早く俎上に載せた作品としても、評価できる。 そんな流れもあって、初公開時の大コケぶりを覆すかのように、『キング・オブ・コメディ』は、アメリカ映画の歴史を語る上で、今や無視できない作品となった。 スコセッシ&デ・ニーロ。そうした辺りは、「さすが」としか言いようがない。■ 『キング・オブ・コメディ』© 1982 Embassy International Pictures, N.V. All rights reserved.
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PROGRAM/放送作品
冒険活劇/上海エクスプレス【HDリマスター版】
香港のオールスターが集結して全編が見せ場!サモ・ハン・キンポー監督・主演の娯楽アクションコメディ
香港映画黄金期のオールスターを贅沢に配した豪華エンタテインメント。サモ・ハン・キンポーが監督・主演・アクション指導を務め、ユン・ピョウらと共に体を張ったアクションやおバカなユーモアを披露する。
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COLUMN/コラム2023.03.10
『ターミネーター』恐怖と戦慄のアイコン —エンドスケルトンの創造
【1】鋼の骸骨は誰が作ったのか? 未来から送られてきた殺人ロボットとの戦いを描いた『ターミネーター』は、『タイタニック』(97)『アバター』シリーズ(09~)のジェームズ・キャメロン監督による1984年公開のSFアクション映画だ。同作は2023年の現在までに5本の続編と1本のテレビシリーズを派生させ、時間移動を活かした特異な物語と、カルチャーアイコンともいうべきヒール(悪役)を生み出した。機械の内骨格を上皮組織でおおった戦闘ヒューマノイド。そう、タイトルキャラクターの《ターミネーター》だ。その魅力は同キャラを演じた俳優アーノルド・シュワルツェネッガーの、常人離れした肉体と感情を取り払った演技に負うところが大きい。しかし、表皮が剥がれて剥き出しになった内骨格=《エンドスケルトン》の開発こそが、本作における最大の成果といえるだろう。人骨を単に金属パーツに置き換えただけではない、映画が持つ黙示録的な性質を表象する外観は、生身の俳優以上の存在感を放つ。 本作が公開されて、ほどなく40年という歳月が経つ。その間にこのシンボリックなキャラクターは、続編の展開やシチュエーションに応じたニューモデルを登場させ、それらは撮影技術の進化にも応じてアニマトロニクス(機械式レプリカ)やストップモーション・モデルアニメーション、そしてCGによる創造へと発展してきた。しかし。ここで触れる記念すべき第1作目の、ベーシックにして極まった存在に勝るものはない。 【2】伴走者スタン・ウィンストン 「私はかねてより、ロボットの決定版を映画に登場させたいと思っていたんだ」—ジェームズ・キャメロン エンドスケルトンの考案とデザイン原型は監督であるキャメロン自身によるもので、自らイメージショットを描画し、造形を特殊メイクアーティストのスタン・ウィンストン率いるスタン・ウィンストン スタジオへと依頼している。そして映画が完成へと導かれていくプロセスにおいて、あの容姿が形成されていったのだ。 ウィンストンがこの役割を共同で担うことになったのは、当時彼が映画・映像において工学的センスに満ちたヒューマノイドのデザインと、それを実際に可動させるパペット技術に長けていたからだ。それは業界内でも評価が確立されており、実際にキャメロンが特殊効果ショットに必要なエンドスケルトンの制作にあたり、『モンスター・パニック』(80)で同門ニューワールド・ピクチャーズに詰めたことのある特殊メイクアーティストのロブ・ボッティンに相談したところ、ボッティンは「ディックがメイクを、スタンはメカを作ることができる」と提言し、『ゴッドファーザー』(72)の特殊メイクで名を挙げた巨匠ディック・スミスとウィンストンの連絡先を伝えた。そこでキャメロンは先ずスミスに相談を持ちかけると、「スタンが適役だ」とウィンストンを勧められたのである。 事実、ウィンストンは1981年公開のSFコメディ『ハートビープス/恋するロボットたち』で、人間の肌をメタリックに換装させたようなリアルなロボットを数多く創造。またロックグループ、スティクスのミュージックビデオ「ミスター・ロボット」では、『ハートビープス』の発展形のような個性的なロボットを手がけており、それがキャメロンのイメージを実体化させるのに確かなサンプルとなった。 ■『ハートビープス/恋するロボットたち』予告編 ■スティクス「ミスター・ロボット」 なにより、それらがキャメロンのエンドスケルトンにおける「生物と同じ機能を有し、メカっぽく見える」というコンセプトに合致したのだ。 ウィンストンとキャメロンは自動車部品の廃棄場に足を運んで写真を撮り、それらの写真とキャメロンの図面をガイドにして、エンドスケルトンの立体化を図った。ウィンストンの他にはシェーン・マーン、トム・ウッドラフ、ブライアン・ウェイド、ジョン・ローゼングラント、リチャード・ランドン、デヴィッド・ミラー、マイケル・ミルズら7人のクルーが造形に関与し、エリス・バーマン、ボブ・ウィリアムス、アシスタントであるロン・マクレネスの面々が機械仕掛けと金属タッチの細工、それにラジコン操作を受け持った。 スケルトンの頭部はマーンが主に担当。シュワルツェネッガーの頭骨格を正確に再現したものを原型とし、ウッドラフとウェイドが頭部モックアップの彫刻を手がけた。また二人はエンドスケルトンのさまざまなボディパーツを粘土で造型し、それらの彫刻フォームからウレタンでモールドを作成。クルーがエポキシとファイバーグラスの部品を作成し、パーツに埋め込んだ. そして金属の外観を与えるために、部品は真空蒸着(金属粒子を物体に付着させる電磁プロセス)を経て最終的な形に組み立てられた(そのためフルスケールのエンドスケルトンは重量45kgにも及んでいる)。またエンドスケルトンの全身モデルはスタント用の軽量バージョンも作られ、それはレジスタンスの戦士カイル・リース(マイケル・ビーン)のパイプ爆弾で半分に切断されるショットに用いられた。 加えてクローズアップの撮影用に、クルーはオペレーターの背中に装着できる頭と胴体の半身モデルも作成。こちらはオペレーターの動きをモデルに反映させる特別なリグを備え、マーンが操作を兼任。シュワルツェネッガーやウィンストンらと一緒にボディランゲージに取り組んだ。 またエンドスケルトンのみならず、ウィンストンとクルーはシュワルツェネッガーの頭部のアニマトロニクスを作っている。ターミネーターのT−800タイプが眼を自己補修するシーンで、皮膚を切開して内部構造を露出させたり、クロームの下部構造の多くが露出する場面に応じた、複数の頭部モデルが用意された。また実物よりも寸法の大きなメカニカルアイや、真空成形で硬化させたプラスチック片と発泡ゴムの補綴物からなるメイクをシュワルツェネッガーにほどこしたり、彼の腕を複製したウレタン製の中空義手を作り、T-800が腕を切開し、骨格を露出させるシーンを操作演出するなど、エンドスケルトンの存在をプラクティカルなエフェクトで補強している。 これらと前述したパペットやアニマトロニクスを組み合わせ、映画はスタジオセットやロサンゼルス周辺のロケ地で撮影をおこない、またエンドスケルトンの全身を捉えた歩行ショットは特殊効果スタジオ「ファンタジーII」のチームによって2フィートのミニチュアモデルが作られ、ストップモーション アニメーションによって表現されたのである。 【3】エンドスケルトンの起点 以上のような形で『ターミネーター』におけるエンドスケルトン創造のプロセスを綴っていったが、その起点ともいうべきキャメロンのメカニカルセンスにも迫るべきだろう。かの悪夢的なイメージが彼の中でどのように成立していったのか、その起源に対して無関心ではいられない。 『ターミネーター』のエンドスケルトンが驚異的なのは、プロダクションの過程でデザインが試行錯誤して定まっていくのではなく、最初にキャメロンが手がけたドローイングの段階で外観が完成されていたことだ。つまりキャメロンの中でエンドスケルトンの概念が確立していたのである。 2021年に出版されたキャメロン自身の手によるコンセプトアート集「テック・ノワール」には、少年期に遡ってキャメロンのアートワークが網羅されている。本画集を参照すると、エンドスケルトンのモチーフは1982年に氏が宣伝デザインに協力したSF映画『アンドロイド ダニエル博士の異常な愛情』の図案に登場している。同作にてキャメロンは、レオナルド・ダ・ヴィンチの「ウィトルウィウス的人体図」を引用したレイアウトに、人体の左半身がエンドスケルトンに似たデザインの機械体を描き込んでいる。筋組織をシリンダーやスチールサポートに置き換えたメカ構造など、ほぼ同一のものといっていい。 さらに元を辿れば、こうした意匠に基づくメカモチーフは自身が35mmフィルム撮影で手がけた習作『Xenogenesis』(78)に見ることができる(「テック・ノワール」には同作のイメージイラストが掲載されている)。 ■Xenogenesis 加えて画集の中でキャメロンは、自身のドローイング技術の習得やメカニック描写のルーツについて言及しており興味深い。特に後者に関してキャメロンは、「キング」と呼ばれてアメリカンコミックのジャンルに君臨した、ジャック・カービーからの影響が濃いと語っている。例えばカービーの描いた『ファンタスティック・フォー』のシルバーサーファーの金属的なイメージは、『ターミネーター2』(91)の液体金属で構成されたT-1000に通じるものがあると自認している。 ■「That Old Jack Magic」ジャック・カービーのデザイン性についての論考 https://kirbymuseum.org/blogs/effect/jackmagic/ 同アート集の出版にあたり、キャメロンはジェフ・スプライの独占取材に応じ、自身の絵のタッチがファンタジーアートからくるものであり、フランク・フラゼッタやケリー・フリース、リチャード・コーベンといったイラストレーターの描画スタイルから影響を受けていることを明かしている。ネットのない時代、ファンタジーアートとの接触の機会は少なく、それらに確実に接することができたのはSF文庫の扉絵や挿絵だったこと。そして限られたものからあらゆるものを学んだのだとキャメロンは述懐する。 「SF映画やテレビがまだ石器時代のようなデザイン表現だったとき、コミックブックは絵を学ぶのに最適な存在だった。初期の『スパイダーマン』のコミックを描いていたスティーヴ・ディッコは、美しい彫刻のような素晴らしい手を描いていたんだ。他にもジェスチャー的な動きなど、さまざまなことに特化したアーティストがいたのさ。私はほとんどの場合、マーベルのアーティストが面白いことをやっていると感じたよ」 昨年、MCUに対して手厳しい批判をしたキャメロンだが、自身のドローイングの起点がマーベルにあり、そこからエンドスケルトンのデザインへと発展したことを思うと、そこに『ターミネーター』のタイムパラドックスを地でいくような相関性を覚えなくもない。■