なかざわ:次にその6作品それぞれについてお話したいと思います。先ほど話題にも出た「スパニッシュ・アフェア」ですが、アクションが多いドン・シーゲル監督映画の中でもかなり異色ですよね。

飯森:まあ、アクションもあるといえばありますけれど(笑)。

なかざわ:でも、基本的には観光ロマンスですよね。そもそもドン・シーゲル監督といえばバイオレンスですから、こういう映画を撮るというイメージが映画ファンにはない。

飯森:主人公も、なかなかドン・シーゲルらしからぬヒーローでね。スペインにやって来たアメリカ人の建築家が、地元の会社の女性秘書に道案内をしてもらうんですけれど、彼女にほれているチンピラが突然飛び出してきて、俺の女に手を出すなってナイフで脅すわけですが、すると主人公は「ごめんなさーい!」って逃げ出しちゃうんですよね(笑)。

なかざわ「お前とは“できてない”って説明しろ!」ってね。で、後からその秘書に「あの人は男じゃない」とか言われちゃう。とんでもないヒーローですよ。

飯森:あれは衝撃的でしたね。普通、映画でそれは言わないはずでしょ。ましてやドン・シーゲル映画ですから。

なかざわ:しかも1950年代の映画ですよ。まだまだ男は男らしくが社会通念だった時代に、こんな無責任な男ってアリかよという。この主人公を演じているリチャード・カイリー(注6)という俳優は、我々にとっては年を取ってからの名バイプレイヤーとしておなじみですが、若いころの主演作というのは初めて見ましたね。もともとブロードウェーのミュージカル俳優なので、若いころの映画出演作自体が少ないんですよ。そういう意味でも珍しい映画です。あとは、チンピラの片腕みたいなフェルナンドって男が出てきますけど、あれをやっているホセ・マヌエル・マルティンって役者は、後にマカロニ・ウエスタン(注7)の悪役を沢山やっています。他にも、ジェス・フランコ(注8)のフー・マンチュー映画(注9)とか、ポール・ナッシー(注10)のドラキュラ映画にも出ていたし。スペイン産B級映画ではお馴染みの顔で、この人がアメリカ映画に出ていたというのも新鮮な驚きでした。

飯森:あと、これは劇中で言及されていませんが、フランコ政権の時代に作られた映画なんですよね。スペインは’70年代に民主化されましたが、この映画がロケされたころのスペインはゴリゴリの独裁政権下ですよ。

なかざわ:とはいえ、あの国はダブルスタンダードというか、フランコ政権下でも輸出用に結構エログロな映画も作っているんですよね。そういった作品には、スペイン国内向けバージョンとインターナショナル・バージョンがあった。服を着ているとか着ていないとか、残酷なシーンがあるとかないとかの違いなんですけれど。それと、殺人やセックスが絡む映画は必ず舞台をイギリスとかフランスに設定していて、たとえスペイン国内で撮影していても外国の出来事にしちゃう。スペインには人殺しや変質者はいませんからと(笑)。そんな中で、ジェス・フランコやポール・ナッシーが出てきたわけです。

飯森:スペイン映画というのも研究すると面白いかもしれませんね。最近のスパニッシュ・ホラーの質的な素晴らしさとか。個人的には、ドイツ映画がそうしたことをやっていてもおかしくないと思うんですけど。

なかざわ:そうなんですよ。でも、ドイツはナチスのトラウマに戦後ずっととらわれてきちゃったところがあって、そもそもエログロ映画が作れないし、上映できなかった。

飯森:「ネクロマンティック」(注11)がフィルムを没収されて焼却処分されましたもんね。ゲッベルスがやったことと同じことしてんじゃないか!みたいな。って、かなり脱線してしまいましたが(笑)。

なかざわだいぶ遠くに行っちゃいましたね(笑)。

注6:1922年生まれ。俳優。代表作は「星の王子さま」(’75)や「エンドレス・ラブ」(’81)など。1999年死去。
注7:1960年代に世界中で大ブームを巻き起こしたイタリア産西部劇の総称。欧米ではスパゲッティ・ウエスタンという。
注8:1930年生まれ。監督。代表作は「美女の皮をはぐ男」(’61)や「ヴァンピロス・レスボス」(’70)など。2013年死去。
注9:クリストファー・リーが中国人の犯罪王フー・マンチューを演じるシリーズ。全5作中、最後の「女奴隷の復讐」(’68)と「The Castle of Fu Manchu」(’69)をフランコが監督。
注10:1934年生まれ。俳優。代表作は「吸血鬼ドラキュラ対狼男」(’68)など。ハシント・モリーナ名義で脚本や監督も。2009年死去。
注11:1987年製作。死体愛好家カップルの狂気と快楽を描き、本国ドイツはもとより世界各国で上映禁止に。ユルグ・ブットゲライト監督。

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