なかざわ:早くも3回目となる今回の対談ですが、テーマは「ミッドナイト・ヴィーナス」枠で放送される文芸エロスの巨匠ヴァレリアン・ボロフチック(注1)です。

飯森:まずはボロフチック監督の総論みたいなところから始めて、その後にザ・シネマで放送する「インモラル物語」(注2)、「夜明けのマルジュ」(注3)、「罪物語」(注4)の3作品について各論でトークすることにしましょうか。


ザ・シネマ編成部 飯森盛良

なかざわ:分かりました。どうしてもソフトポルノの人というイメージの強いボロフチックですが、しかしもともとは、いわゆるアバンギャルド路線(注5)の人なんですよね。しかも、活動の拠点はフランスだったけれども、実はポーランドの出身です。特に彼の作家性が強く出ているのは、初期の短編映画だと思うんですけれど、抽象的で実験性の強い作品ばかり撮っている。中でもロシア・アバンギャルド(注6)の影響が濃厚で、彼がグラフィック・デザイナーからスタートしたこともよく分かります。彼の生まれ育った過程で、ポーランドにはナチスの侵略があり、ソビエトのスターリニズム(注7)があり、そういう時代を経験しているから基本的に物事の見方がダークで哲学的なんですよね。

飯森:デビュー作は「愛の島ゴトー」(注8)でいいんですか?

なかざわ:いえ、長編デビューはアニメなんです。なので、あれは長編実写映画のデビュー作ってことになります。

飯森:物の見方がダークだと仰いましたが、でも性に対して屈託がないというか、セックスにタブーがない人でもありますよね。

なかざわ:そうですね。その通りです。

飯森:大昔のキネマ旬報(注9)のインタビュー記事を読むと、セックスについて「古代ギリシャの文明は(今より)もっと開放的で自由でした」なんてことを言っている。それはその通りだと思うんですが、その証左として具体的に挙げているのがね、「たとえば獣姦ということがそのひとつの証拠ですね」と述べているんですよ! エェっ!?って感じじゃないですか(笑)。単にみんなが裸でエーゲ海の日差しを浴びて、明るく健康的に相手かまわずセックスしてました、それは素晴らしいことじゃないですか!と言うのかと思いきや、特に獣姦が良かったと。「古代ギリシャでは、動物と交わるということが、すくなくとも芸術家にとっては、自然な、美しい行為ですらあったのです」と力説しているんです。

なかざわ:それが「邪淫の館・獣人」(注10)のルーツですかね(笑)?

飯森:そうなんじゃないですか?あれは強烈だった!ブルボン朝期のフランスの貴婦人が、ゴリラのような獣に犯されてしまう。

なかざわ:しかも、もの凄い巨根なんですよね。

飯森:どう見ても明らかに着ぐるみで、それに巨大なモノが付いている。そいつに貴婦人が追いかけ回され犯されて、その獣のDNAが代々残っちゃうという家系の話です。

なかざわ:その巨根の先っちょから出るわ出るわ、白いドロドロの液体がとめどなく流れ出るのには驚きました。そこまでやるか!って(笑)。一歩間違えればポルノですけど、あれで欲情する人はまずいない。あえて観客を挑発しているとしか思えないですよね。

飯森:そもそも獣姦をテーマにしている時点で、明らかに観客を挑発している。ポーランドってカトリック(注11)の国ですからね。移住先のフランスだって、宗教色が薄いとはいえ同じくカトリックの国だし。後の「インモラル物語2」(注12)にも、バター犬ならぬ“バターうさぎ”を飼っている女の子の話が出てきますから、確信犯にして常習犯なんですけど、ボロフチックさんはそれらを決してネガティブには描いていない。

なかざわ:「インモラル物語」にせよ「尼僧の悶え」(注13)にせよ、禁断の性を描いていながら、どこか長閑で明るいところがありますよね。だから、例えば「尼僧の悶え」は'70年代ヨーロッパにおける尼僧映画ブームの最中に撮られた作品ですけど、当時は尼僧が一線を超えて肉欲の罪を犯したことで酷い目に遭うという暗いトーンの作品が大半だったのに対し、ボロフチックの「尼僧の悶え」はある意味で真逆。確かに結末は悲劇的かもしれないけれど、性の描き方そのものは明るく朗らか。後ろめたさがないんですよね。

飯森:あと、基本的に女性の性ですよね、彼が好んで描くのは。女性にだって性の抑えがたい欲求や変態的な願望さえあるんだと。かつて無いものとされていた女性の性欲にヒロインが突き動かされることで、トラブルが起こりドラマが生まれるという作品が多い。「修道女の悶え」はその典型的な映画で、修道女全員が悶えている(笑)。

なかざわ:厳密には修道院長以外全員ですね(笑)。

飯森:そう。修道院長はあまりにも真面目だから、あとで手痛いしっぺ返しを食らうんですけどね。それ以外の修道女は、なぜかみんな若くて美人で、しかも悶々たる性的欲求を抱えている。

なかざわ:木の枝でディルド(注14)を自作しちゃったりするし。

飯森:それはポルノじゃないかという意見も確かにありますが、しかし少なくとも監督の初期のインタビューを読んでいると、ポルノとは呼ばないで欲しいと言っているんですよ。恐らく彼の言い分としては、みんなもやっているでしょ?誰にだってそういう欲求はあるでしょ?隠すなよ!と。それが常にボロフチック作品の根底にあるテーマですよね。


<注1>1923年9月2日、ポーランド生まれ。クラクフの美術学校で絵画を学び、グラフィックデザイナーを経て'46年より短編の実験映画を発表。'59年にフランスへ移住し、'66年発表の「Rosalie」(日本未公開)ではベルリン国際映画祭やロカルノ国際映画祭の最優秀短編映画賞を獲得。'67年に長編映画デビューし、'90年代前半に現役を引退。'06年2月3日、フランスのパリで死去。
<注2>1974年製作。性愛にまつわる4つの短編からなるオムニバス映画。
<注3>1976年製作。フランスで最も権威のある文学賞、ゴンクール賞に輝いたアンドレ・ピエール・ド・マンディアルグの小説「余白の街」の映画化。
<注4>1975年製作。同年のカンヌ国際映画祭正式出品作。
<注5>前衛芸術のこと。
<注6>帝政ロシア末期からソビエト連邦初期にかけて、ロシアで花開いた前衛芸術運動。
<注7>'20年代~'50年代にかけて、ソビエト連邦の最高指導者だったヨシフ・スターリンが実践した政治体制のこと。指導者に対する個人崇拝、秘密警察の監視や粛清による恐怖政治を特徴とする。
<注8>1969年製作。外界から隔絶された島ゴトーを舞台に、独裁者の美しい妻に横恋慕した愚かで醜い男が、あらゆる卑劣な手段を使って権力の座を手に入れようとする。
<注9>1919年に創刊された日本の映画雑誌。
<注10>1975年製作。フランスの没落貴族と政略結婚することになったイギリスの裕福な女性が、相手の家系に獣人の血筋が流れていることを知る。
<注11>キリスト教において最大規模の教派。ローマ教皇をその最高指導者とする。
<注12>1979年製作。女性のセックスにまつわる3つの短編からなるオムニバス映画。
<注13>1978年製作。中世の女子修道院を舞台に、性欲を持て余した尼僧たちの日常を描く。
<注14>男性器の形を模した大人のおもちゃ。コケシや張り型とも呼ばれる。


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『インモラル物語』"CONTES IMMORAUX" by Walerian Borowczyk © 1974 Argos Films 『夜明けのマルジュ』©ROBERT ET RAYMOND HAKIM PRO.