なかざわ:では、まずはその「愛すれど心さびしく」(注8)から各作品の話をしていきましょうか。

飯森:これは1968年の映画ですけれど、あの時代の瑞々しい青春模様や市井の人々の物語が描かれている。と同時に、政治の匂いもする作品です。

なかざわ:ことさら政治を強調しているわけではないものの、物語の背景として当時の人種差別や貧困などの社会問題が暗い影を投げかけていますよね。そのような混沌とした社会の中で、憎しみや悲しみや疎外感を抱いている人々が出てくる。根本的な原因は他者への無関心やコミュニケーション不足なんですけれど。そんな彼らの心の傷を癒やし、人と人とをつなぐ橋渡し役として、ろうあ者である主人公が大きな役割を果たすわけです。

飯森:とはいえ、障がい者を描きたい作品ではない。つまり、主人公が必ずしもろうあ者だから成立する話ではないと思うんです。どういうことかというと、世の中には自分の考えばかりを声高に叫んだり、耳は聞こえても人の話なんか聞いちゃいなかったり、そこまでいかなくても日常の生活に追われて他人のことまで気が回らなかったりという人が沢山いる一方で、聞き役に徹する大人しい人たちっているじゃないですか。決して自分の意見を押し付けることなく、他者をしっかり観察して細やかな気づかいができるタイプ。この主人公もまさにそれで、耳が聞こえずしゃべれない分、自分の言い分を主張せず、他人の性格とか問題をよく観察していて、さりげない気配りができる。そういう優しい人って、ろうあ者じゃなくてもいると思うんですよ。穏やかであまり自己主張しない、誰の隣にでもいるであろう人。そういう誰かを描いた映画だと思うんです。そして、果たしてそういう人のことを逆に我々は考えてあげられたのだろうか?という問題が提起される。つまり、我々はその人に一方的に借りを作りっぱなしなんじゃないんですか?という問いをオチで強烈に突きつけてくるわけです。ここから先はネタバレになっていくのですが…



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この先ネタバレを含みます。
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…あのオチは唐突でしたよね?

なかざわ:親友が死んでしまったという出来事が、ある種のきっかけとして描かれてはいましたけれど。

飯森:でも、それなら本来は、その親友が主人公の人生にとって欠くべからざる存在だという伏線としての描き方を映画はしなければいけませんよね。でも、ここではそれほど重要な存在としては描かれていない。観客があまり注目しなくてもいいサブプロット程度に描かれてる。ところが、親友が死んでしまったという事実を知らされた瞬間、彼はものすごく動揺して、突然自殺をしてしまう。あまりに唐突な展開すぎるので我々観客もものすごく動揺します。そして、彼に孤独や悲しみを癒やしてもらった人々は、果たして逆に彼の孤独や悲しみを理解してあげられていたのか。そういう重たい問いを見る者に突きつけるんです。決して不親切にしてたわけじゃないんですが。

なかざわ:誰でも少なからず身に覚えがある話ですよね。どうしても人間って自己中心的になってしまいますから。

飯森:僕なんかは自己中の中でも一番重症なタイプでいつも胴間声でわめき散らしている典型的クソ野郎なので、まさに自分が批判されているような気になりましたね。本当すいません(笑)。

なかざわ:あと、この作品は手話のシーンでいちいち説明を入れませんよね。ろうあ者同士が手話で話をするシーンでも、恐らく日本映画だったら字幕スーパーを入れたり、もしくは会話の内容を観客のために訳する第三者を登場させたりすると思うのですが、この作品では一切説明しない。あくまでも観客の想像力や読解力に任せている。そこは素晴らしいと思いました。

飯森:確かに説明過多な映画って観客をバカにしているとしか思えませんからね。あの時代はお客さんと作り手の共犯関係というか、この程度ほのめかせば分かる人は分かってくれるし、分からなくても意図は理解できるよねという、お互いに信頼し合える“大人のもの作り”が出来ていたと思うんですよ。

それから、この映画のタイトルにある“心さびしく”というのは、もちろん主人公のことでもあるけれど、同時に時代を映し出す言葉でもある。例えば、当時は公民権法(注9)が成立したとはいえ、まだまだ黒人への差別が酷かった。なので、この作品にも理不尽な差別を受ける黒人であったり、白人を心の底から憎む黒人の知識人が出てきますよね。

なかざわ:あの頃の映画で「ある戦慄」(注10)ってありましたけど、あの作品にも白人に凄まじい憎しみを向ける黒人が出てきました。あと、ステイシー・キーチ(注11)が演じている流浪人は、仕事にあぶれた元軍人という設定でしたけど、そこにはベトナム戦争の影みたいなものも感じられます。

飯森:それと格差の問題ですよね。そういう暗い影が社会全体を覆っていて、その中で主人公は人々にささやかな癒やしを与えるわけですが、これは今だからこそ再び共感できるテーマになったと思うんですよ。ヘイトスピーチや格差、テロに戦争と、何かにつけてギスギスした今の世の中で、この主人公のように静かで心配りのできる人がいたらいいなと思うし、実際に、僕らのすぐ隣にいそうに思うんですよね。


注8:1968年制作、アメリカ映画。ロバート・エリス・ミラー監督、アラン・アーキン主演。
注9:人種や宗教、性別などによる差別を禁止した法律。1964年に成立した。
注10:1967年制作、アメリカ映画。様々な社会階級や職業、人種の人々が乗り合わせた地下鉄車両が、2人の無軌道な暴漢によって占拠されてしまう。危機に直面することで人間の偽善が暴かれていくという社会派ドラマ。ラリー・ピアース監督、トニー・ムサンテ主演。
注11:1941年生まれ、アメリカの俳優。代表作は「ロイ・ビーン」(’72)、「ロング・ライダーズ」(’80)、「ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅」(’13)など。


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