ニューヨーク。会社員のジョージ(ポール・ラッド)は、自分探し中の妻リンダ(ジェニファー・アニストン)を養うために仕事に励んでいた。ところがある日、会社がFBIによる業務停止処分を受けたことであえなくクビになってしまう。

 やむなくアトランタに住む兄を頼って都落ちする二人だったが途中、偶然立ち寄ったヒッピー・コミューンで金銭に縛られない生き方を知り、これまで感じたことがない喜びを経験する。「ここがパラダイスだ!」コミューンへの永住を決意したジョージとリンダだったが、ニューヨーカーだった二人には理解不能なコミューンの風習や掟がその前に立ち塞がる。遂には二人の間にも隙間風が吹くようになってしまい …。

 それまでの常識が崩れ落ちる瞬間に、人は笑う。だからコメディ映画にとって、2008年の世界的金融危機(いわゆるリーマン・ショック)は格好の題材だった。何故なら今まで「頭が良い人たちがマジメに働いている」と信じられていたアメリカの金融業界が、素人を騙すことしか考えていない詐欺まがいの集団だったことが明るみになってしまったのだから。

 その証拠と言うわけではないけれど、あの事件から現在までわずか8年ほどしか経ってないにも関わらず、金融危機を題材にしたコメディ映画の多さと言ったらない。例えばベン・スティラーとエディ・マーフィの共演が話題を呼んだ『ペントハウス』(11年)。一見すると単なる泥棒コメディなのだけど、実際はスティラー扮する高級タワーマンションの管理人が、従業員仲間の年金を詐欺まがいの投資で台無しにしてしまった悪徳投資家へのリベンジを描いたものだった。

 やはり一見お気楽な刑事コメディに見えるウィル・フェレルとマーク・ウォールバーグの共演作『アザー・ガイズ 俺たち踊るハイパー刑事!』(10年)も地道に働く庶民を食い物にする金融機関の横暴がテーマだった。エンド・タイトルでは金融危機を引き起こしながら、法律で裁かれた金融関係者が殆ど居ないことが具体的なデータで挙げられている。

 この隠れた意欲作の監督兼脚本家を務めたアダム・マッケイが、クリスチャン・ベールやスティーヴ・カレル、ブラッド・ピットといった豪華キャストを迎えて撮ったのが、今年のオスカー賞レースで数多くのノミネートを獲得した『マネー・ショート 華麗なる大逆転』(15年)だった。

 サブプライム市場の崩壊を事前に予測した金融トレーダーたちの活躍を描いた実録映画ではあるものの、巨額の利益を上げながら主人公たちの表情がいずれも冴えなかったのが印象的だった。無理もない。金融市場が崩壊したことで確かに銀行の首脳陣は退陣を余儀なくされたけど、その際に彼らが億単位の退職金を得ていたのに対して、庶民は不況の影響で仕事を失い、巨額の負債に苦しむことになったのだから。

 ブラック・コメディとしても鑑賞可能なデヴィッド・フィンチャー監督作品『ゴーン・ガール』(14年)の主人公であるニックとエイミーも、金融危機をきっかけにマスコミ界の仕事を失い、夫の故郷のミズーリ州に都落ちせざるを得なくなった夫婦だ。引っ越し先で妻のエイミーが引き起こす事件は、元の生活に戻ろうとするあまりの行為だったことを考えると、たしかにヒドい人ではあるものの(詳しくは映画を見れば分かる)彼女だってある意味、金融危機の被害者だったと言えないこともないのである。

 そして『ふたりのパラダイス』の主人公であるジョージとリンダもまた金融危機の被害者といえる。しかも都落ちを決意するまでの経緯は『ゴーン・ガール』のニックとエイミーそっくり。但しその行き先をヒッピー・コミューンにしたことで、もっとブライトな笑いに満ちた仕上がりになっている。

 資本主義から逃れて自由な生き方を模索するヒッピーたちが、都会から離れて農村や山奥に集団で住むことによって自給自足を試みた共同体がヒッピー・コミューンである。

 「ヒッピー・コミューン?『イージーライダー』には出てきたけど、そもそも今も実在するの?」そう思ってしまう日本人は多いかもしれない。たしかに全盛期である60〜70年代に比べると随分と数は減ってしまったけど、ヒッピー・コミューンは今もあちこちで存続中だ。ウィノナ・ライダーやジャック・ブラックのようにコミューン育ちのハリウッド・スターがいるくらいだし、その思想はシリコン・ヴァレーのIT起業家やブルックリンのヒップスターにも受け継がれている。

 本作では、幻覚剤や無農薬農業、菜食主義、フリーセックス、そして新生児の胎盤食い(ヒッピーは動物が出産後に胎盤を食べることを真似て、煮たり焼いたりして食べているらしい。もっともとてもマズいらしいけど)といった<コミューンの儀式あるある>がことごとくギャグになっていて、ヒッピー・カルチャーを知っていたら最高に笑えること間違いなしだ。

 こうしたヒッピー・カルチャーに翻弄される主人公のジョージとリンダを演じているのは、ポール・ラッドとジェニファー・アニストン。ふたりの共演は、『私の愛情の対象』(98年)で既に実現しており、アニストンの人気を決定づけたシットコム『フレンズ』の末期(02〜04年)にはラッドも準レギュラーで出演していたりと、その交流歴は長い。但し前者ではゲイの男とストレートの女性の親友同士、後者では「アニストンの親友の恋人がラッド」という間接的な関係だったので、今回が初めての男女関係を演じることになる。

 何でも、ラッドの親友で本作の監督兼脚本家であるデヴィッド・ウェインから本作のアイディアを初めて聞いた際に、ラッドは「遂にジェニファーと本格共演する時が来た」と直感し、彼女を誘ったのだそう。多忙なジェニファーもそれに応えて、念願の共演が実現したというわけだ。私生活でも友人同士というだけあって、さすがに息はぴったりで、途中二人の間に隙間風が吹く際には、ハッピーエンドが分かってはいてもハラハラしてしまう。

 そんな二人を、『『M*A*S*H』』(72〜83年)やウディ・アレン作品で知られるベテランのアラン・アルダ(奇しくも彼は『ペントハウス』で悪得投資家を演じている)や『ライラにお手あげ』(07年)の怪演が未だに忘れられないマリン・アッカーマン、『シックス・フィート・アンダー』(01〜05年)のローレン・アンブローズら個性派たちが好サポート。中でもコミューンのリーダー格のセスを演じるジャスティン・セローは、いかがわしさ満点で強烈な印象を残してくれる。

 日本の映画ファンには『マルホランド・ドライブ』(01年)の映画監督役や『チャーリーズ・エンジェル フルスロットル』(03年)の悪役くらいでしか知られていないセローだけど、近年は『LOST』のクリエイター、デイモン・リンデロフが手掛けるミステリー・ドラマ『LEFTOVERS / 残された世界』に主演したことで人気爆発。また『トロピック・サンダー/史上最低の作戦』(08年)や『アイアンマン2』(10年)、『ロック・オブ・エイジズ』 (12年)の脚本も書いている才人である。

 そんな多才な才能に惹かれたのか、アニストンとセローは本作での共演をきっかけに交際をスタート。昨年遂にゴールインを果たしている。結果的にポール・ラッドは親友のジェニファーに家庭という名のパラダイスをもたらしたのだった。

 こうした事実を踏まえながら、リンダとセスの2ショット・シーンを観てみるのも本作の隠れた楽しみだろう。

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