飯森:次に「ロスト・イン・トランスレーション」【注29】と「SOMEWHERE」【注30】をセットで喋らせて頂きたいと思います。「ロスト~」はアカデミー脚本賞に輝いた作品ですが、日本人にとっても「マリー・アントワネット」【注31】と並ぶソフィアたんの代表作として知られているかもしれません。なにしろ東京が舞台ですし。主人公はウイスキーのCMに出演するため来日したベテランのハリウッド俳優と、お洒落なファッション・フォトグラファーの夫にくっついてきた大学出たばかりの新婚奥さん。この2人がたまたま同じホテルに宿泊するわけです。

なかざわ:新宿のパークハイアット東京【注32】ですね。

飯森:このハリウッド俳優の置かれた状況がまさにロスト・イン・トランスレーション状態で、言葉が通じなかったり、日本人の習慣や感性が分からなかったりする。CM撮影やスチール撮影の現場で、どうにも歯車の噛み合わないもどかしさを感じているわけです。一方の若妻の方も旦那がさっさと一人で撮影旅行に出かけちゃって、いきなり右も左もわからない新宿に一人で放置される。そんな彼らがホテルのラウンジ・バーで知り合い、お互いにアメリカ人だってことで言葉を交わしていくうち、だんだんと仲良くなっていくわけです。で、誰かと一緒にいるってハッピーなことだな、と噛み締めながら、あっという間に東京滞在の期間が終わってしまい、それぞれの人生へと戻っていく。

なかざわ:面白いのは、お互いに親近感というか、惹かれあうものがありながらも、具体的にロマンスへは踏み込まないんですよね。

飯森:そこですよ!決してロマンスには行かない。でもベッドシーンはあるんです。そこは後ほど説明しますね。で、もう一方の「SOMEWHERE」ですけれど、これもハリウッド俳優の話。主人公は人気のアクションスターで、ロサンゼルスのシャトー・マーモント【注33】という実在するセレブ御用達の高級ホテルで暮らしながら、自堕落な生活を送っている。暇になると部屋にポールダンサー【注34】を呼んでエロ踊りを踊らせたり、映画スターの余得で向かいの部屋の宿泊客とセックスしちゃったり。そこへ、離婚した奥さんが連れて行った中学生くらいの愛娘が転がり込む。元奥さんの都合で、しばらく娘を預かることになるんです。それで一緒にお出かけして、一緒にご飯を食べて、一緒にTVゲームをする。なんてことはない娘との時間を過ごす。最後も別にドラマチックに娘と死に別れたりするわけでもなく、ただ単に預かり期間が終わったので娘が去っていくだけで、映画はアッサリおしまい。

なかざわ:確かサマーキャンプに行くんですよね。

飯森:で、その娘といた時間というのがまた、なんともキラキラしているんですよ。「ロスト~」の主人公たちの東京滞在もキラキラしていた。このキラキラは先ほどの「ヴァージン・スーサイズ」や「ブリングリング」の“10代キラキラ”とはちょっと性質が違うので、“ラブストーリー一歩手前キラキラ”と名付けたい。ショッキングなことを言うと、実は「SOMEWHERE」にもベッドシーンはある。父娘の間で。「ロスト~」でもハリウッド俳優と若妻のベッドシーンがある。

なかざわただ一緒にベッドで横になっているだけでしょ?

飯森:そう!そういう意味での文字通りの“ベッドシーン”で、これは意図的だろうと思うんですよ。ラブストーリー一歩手前だからベッドの上では何も起きない。そもそも「SOMEWHERE」でそれが起きたら大変です!ボロフチック【注35】になってしまいますから(笑)。主人公はラブストーリーには絶対に発展するはずのない男女。「SOMEWHERE」は父娘だから当たり前ですが、「ロスト~」だってそうだと思いますよ。あの映画を恋愛映画だと言っている人もいますけど、本当か!?と。スカーレット・ヨハンソン【注36】がビル・マーレイ【注37】に恋愛的な意味で惚れていたと思いますか?

なかざわ:思わないですよ。親愛の情は抱いていたと思いますけど。

飯森:そう!まさに「親愛の情」としか表しようのない感情ですよね。ビル・マーレイにしたって、確かに一般論として男は下心が最優先になる不便な生き物だけれど、彼という役者の場合、そんな印象をほとんど受けない。若い頃からそういう俳優で、女を食っちゃうにしても飄々とした斜に構えた感じを若いのに漂わせてましたけど、この歳になるとその方面では完全に枯れ果てた出涸らしに見える(笑)。あの天下のスカヨハのプリケツを前にして、しかもベッドで一緒に寝るのに!だから、恋に落ちることは絶対ないカップルに見えるんです。

なかざわ:最後にキスをして別れますけど、あれも恋愛のキスではなく親子のキスみたいな印象でしたし。

飯森:どちらの作品でも主人公たちは“デート”をしますが、でも、「今日はパパとデート」、「今日は異性の知人とデート」っていうノリですよね。〆でホテルに行かない方のデート。その楽しそうな時間を支配しているのは、またしても“キラキラ感”。ベッドを共にしても、例えば「ロスト~」の場合だと寝転がってお悩み相談大会になっちゃうし、「SOMEWHERE」ではベッドの背もたれに寄りかかって一緒にアイス食いながらテレビを見ている。恋愛一歩手前とか、父娘とか、男女のフレンドリーな関係の心地よさが、この2作品ではキラキラした感じで描かれているんです。

なかざわ:他者と繋がって心が触れ合うことで、前向きに生きていけるようになるというテーマが、どちらでも共通しているように思いますね。

飯森:「SOMEWHERE」の父親は泣いていましたよね。娘がいなくなったことで、またあの空っぽな生活に戻らねばならないのかと慄然とする。娘とのあのキラキラした日々が、いかに充実していたかを思い知らされるわけです。

なかざわ:確か最後に車を乗り捨てますよね。

飯森:そう、最初のシーンではフェラーリらしき車に乗ってグルグル回っていて、あれは解釈に苦しみましたが、ラストではフェラーリを乗り捨てていました。

なかざわ:あれって、それまでの自堕落な生活との決別を心に決めた瞬間だと思うんですよ。

飯森:だから冒頭ではフェラーリで同じ所を無意味にグルグル回ってたんだ!フェラーリは虚栄の象徴か!

なかざわ:そういうことだと思います。

飯森:あとね、これは僕の私見なんですけれど、ソフィアたんは恋愛が嫌いだと思うんです。「ヴァージン・スーサイズ」でも、確かに近所の小僧どもはリスボン家の美人姉妹に憧れますけれど、彼女らは自分たちだけの閉鎖された世界でキャッキャしていて、外の男子と恋愛する気がなさそう。小僧どもはそれを遠くから指をくわえて見守ることしかできない。

なかざわ:彼女たちはさながら妖精のサークルですよね。

飯森:唯一恋愛っぽくなるのは、ジョシュ・ハートネット【注38】演じるイケメンの不良に三女のキルステン・ダンスト【注39】が憧れる展開ですけど、これにはとんでもないオチが付く。あの美少年が25年後にはどうなっているか。「あんた少女時代にイケメンから何か酷い目にでも遭わされたの!?」とソフィアたんの恋愛相談に乗ってあげたくなる、それくらい、憎悪さえ込めたような衝撃の展開(笑)。だから、彼女は恋愛が嫌いなんじゃないかと思えるんです。まあ、小僧どももジョシュ・ハートネットも原作通りではあるんですが。

なかざわ:そういえば、ソフィア・コッポラの作品で純然たる恋愛映画ってないですよね。

飯森:「ブリングリング」も主人公の転校生はゲイだから、親友の女子と意気投合こそすれ恋愛には発展しえない。あとで話す「マリー・アントワネット」ではフェルゼン【注40】が出てきますけど、「ベルサイユのばら」【注41】とは大違いで、何も起こらない。もしかすると、ソフィアたんの理想というのは、この人とは恋に落ちることはないけれど一緒にいるとすごくハッピーになれる、そんな異性のパートナーがいるって素敵じゃない?ってことなのかもしれない。女だからってラブストーリーを描くと思ったら大間違い、恋だの愛だのなんて私大っ嫌いなのよ!ダサっ!!とでも言わんばかりの剣幕を感じてしまう。勝手にそう僕が感じてるだけなんですが、本当に、過去に何かあったのか(笑)?

<注29>2003年制作、アメリカ映画。アカデミー賞では作品賞など4部門にノミネートされ、脚本賞を獲得。 
<注30>2010年制作、アメリカ映画。ヴェネチア国際映画祭では最高賞の金獅子賞を受賞。 
<注31>2006年制作、アメリカ映画。アカデミー賞の衣装デザイン賞を受賞。 
<注32>新宿新都心の新宿パークタワーに入居しているホテル。 
<注33>1929年に創業したロサンゼルスのホテル。フランスの古城シャトー・アンボワーズを模したヨーロッパ風建築で、古くからハリウッド映画人に人気がある。 
<注34>垂直の柱を使用したアクロバティックなダンスを踊るダンサーのこと。現在ではダンス競技の一種として認められているが、もともとはストリップクラブの出し物の一つで、本作に登場するポールダンサーもストリッパー。 
<注35>ヴァレリアン・ボロフチック。1923年生まれ。ポーランド出身のフランスの映画監督。タブーを恐れない大胆な性描写で有名。代表作は「インモラル物語」(’74)など。2006年死去。ザ・シネマ10周年記念として前月に特集を組んだ。前回対談のトークテーマ。 
<注36>1984年生まれ。アメリカの女優。本作では若妻役を演じる。そのほかの代表作には「真珠の耳飾りの少女」(’03)や「それでも恋するバルセロナ」(’08)、「アベンジャーズ」(’12)など。 
<注37>1950年生まれ。アメリカの俳優。本作では中年のハリウッド俳優役。その他の代表作には「ゴーストバスターズ」(’84)や「3人のゴースト」(’88)、「天才マックスの世界」(’98)など。 
<注38>1978年生まれ。アメリカの俳優。代表作は「パール・ハーバー」(’01)や「ブラックホーク・ダウン」(’01)、「ブラック・ダリア」(’06)など。 
<注39>1982年生まれ。アメリカの女優。代表作は「インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア」(’94)、「スパイダーマン」(’02)、「メランコリア」(’11)など。 
<注40>「ベルサイユのばら」に登場するスウェーデン貴族。モデルとなったフェルセン伯爵もマリー・アントワネットの愛人だった。映画に登場するのは、こちらのフェルセン伯爵の方。 
<注41>池田理代子による日本の漫画。フランス革命前後を舞台に、マリー・アントワネットら実在の人物と男装の麗人オスカルなど架空キャラクターの激動の運命を描く。宝塚歌劇団による舞台化を契機に空前の大ブームを巻き起こし、テレビアニメや実写映画にもなった。

次ページ>> 「ロスト・イン・トランスレーション」&「SOMEWHERE」(続き)

『ヴァージン・スーサイズ』©1999 by Paramount Classics, a division of Paramount Pictures, All Rights Reserved『ロスト・イン・トランスレーション』©2003, Focus Features all rights reserved『マリー・アントワネット(2006)』©2005 I Want Candy LLC.『SOMEWHERE』© 2010 - Somewhere LLC『ブリングリング』© 2013 Somewhere Else, LLC. All Rights Reserved