楠木雪野のマイルームシネマ vol.2「大きな枕で眠りたい」

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楠木雪野のマイルームシネマ vol.2「大きな枕で眠りたい」
 「満月の夜」にハマり、エリック・ロメールという存在を知った私だったが、ロメール作品はレンタルになっているものがほとんど無く、その後はミニシアターで特集上映が組まれる機会を待つか、どうしても観たいものはdvdを購入するかして、何年にも渡り少しずつ、ひとつひとつ集めるように他の作品を観てきた。それでも未見のものがまだまだあるので、ザ・シネマメンバーズの配信で初めての作品を何本か観られたのはとてもうれしいことだった。
 
 「飛行士の妻」はそんなふうにザ・シネマメンバーズをきっかけに観た1本で、これも観たそばからとても好きになってしまった。

 ある朝、主人公アンヌの部屋に、数ヶ月音沙汰のなかったかつての恋人クリスチャンがあらわれ、別れを告げられる。その際に二人でいたところを5つ年下の現恋人フランソワがちょうど目撃してしまい、フランソワはアンヌを問いつめる。さらにその午後、フランソワは駅で再び偶然にクリスチャンを見かけ、とっさに跡をつけてしまうのだが… というお話し。

 一番好きだったところは物語の後半。朝から疲弊する出来事が連続して起こり、疲れきって会社から自分の部屋に帰ったアンヌがスーツを脱ぎ下着姿になり、友人との夜の約束の時間まで仮眠をとろうと目覚ましをセットしてベッドに横たわる。そこで持ち出す、大きな枕だった。パステルブルーの小花柄の、枕よりクッションと言った方が正しいのかもしれないが、アンヌはそれを枕のように置きなおし、身をもたせかけて目を閉じる。手で顔を覆ったりさすったりして、ああ、もう、本当に疲れた…という風に。

 あ、この大きな枕、いいな。こんなのが私も欲しいな。と何気なく思いながら観ていた。すると不思議なことに、それまでクールできつい人間に思えていたアンヌの印象がだんだんと変わってきた。

 疲れ果てて大きな枕に無言でもたれる姿を見ていると、人生のままならないものを抱え、働き、日々を生きる一人の女性としてどんどん身近に思えてきたのだ。窓辺の床に並べられた小さな植物や、クマのぬいぐるみや金魚鉢やテーブルの上のベビーピンクのランプもそれを助長するのだが、これはきっと、あの大きな枕によるところが大きい。普通のサイズの枕ではそこまでそうはならなかっただろう。
 その後フランソワが部屋にやってきてからがまたおもしろく、これぞロメールの醍醐味、ロメール節炸裂、と私はシビれてしまったのだが、興味をもった方はぜひ観てみていただきたい。あなたはどんな感想を抱くだろうか。

 部屋でのシーンの前に、もうひとつ好きな場面があった。「不思議なの」。美容院に行ったばかりのアンヌが職場で同僚に話しかける。「皆すてきな髪型なのに私は美容院に行っても同じ」。鏡を見ながらひどい髪型ね、とつぶやき、チャーミングな同僚に「はっきり言って美容院に行ったとは思えない」と言われ、そうでしょと笑いあう。


 ちなみにアンヌを演じたマリー・リヴィエールは「緑の光線」や「恋の秋」でも主役を演じるロメール映画おなじみの女優である。アンヌが会社帰りのバスでばったり会ってさらに辟易する“バカ男”を演じるファブリス・ルキーニも、同じくロメール映画になくてはならない常連俳優だ(前回の「満月の夜」にも出演している)。この「飛行士の妻」では本当にチョイ役なのだが、とてもいい味を出しており、観ていてうれしくなった。

 「チョイ役」ということで言うとマリー・リヴィエールも「レネットとミラベル/四つの冒険」には主役ではなくチョイ役で出演している。主役を張れる俳優陣が、同じ監督の別の映画に意外なちょっとした役(しかしクセの強い役である場合が多い)で出ていると、なぜか旧知の友人に久しぶりに会ったようなうれしさがこみ上げてくる。これは「監督で観る」という映画の楽しみ方のひとつだろう。

次回からは、ロメール以外の監督作品を描きます。

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この記事のライター

楠木雪野
楠木雪野
楠木雪野 くすききよの
イラストレーター。1983年京都生まれ、京都在住。会社勤めを経てパレットクラブスクールにてイラストレーションを学び、その後フリーランスに。エリック・ロメールの『満月の夜』が大好きで2015年に開催した個展の題材にも選ぶ。その他の映画をモチーフにしたイラストも多数描いている。猫、ビールも好き。

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