【特別記事】「旅する映画作家」ヴィム・ヴェンダースのひとつの“ピークと転換”を示す4作品

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【特別記事】「旅する映画作家」ヴィム・ヴェンダースのひとつの“ピークと転換”を示す4作品
提供=リアルサウンド映画部 文=森直人 

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  1. 『パリ、テキサス』(1984年)
  2. 『ベルリン・天使の詩』(1987年)
  3. 『夢の涯てまでも』(1991年)
  4. 『時の翼にのって/ファラウェイ・ソー・クロース!』(1993年)
 ヴィム・ヴェンダースは「旅する映画作家」である。1945年、ドイツ・デュッセルドルフ生まれ。1960年代後半から同世代のヴェルナー・ヘルツォークやライナー・ヴェルナー・ファスビンダー、フォルカー・シュレンドルフらとともに、「ポスト・ヌーヴェル・ヴァーグ」的な動きとして胎動したニュー・ジャーマン・シネマの旗手として注目された。しかしそれからの彼の歩みはひときわ自由だ。ロック・ミュージックやアメリカへの憧憬。日本文化への接近。大ヒットした音楽ドキュメンタリー映画『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』(1999年)ではキューバへと越境していく。様々な規模の作品、そしてフィクションとドキュメンタリーを往来し、『Pina/ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち』(2011年)や『誰のせいでもない』(2015年)といった異色の3D映画も柔軟に手掛けている。

 そんな彼の長い旅程における、ひとつの“ピークと転換”を示すのが今回配信される4作品だ。これらは日本の1980年代~90年代におけるミニシアター・ブームのランドマークでもあるが、むしろ「いま」の視座から再発見する姿勢で臨んだ時、リアルタイムでは覘けなかった新しい貌を見せるのではなかろうか。

『パリ、テキサス』(1984年)

 第37回カンヌ国際映画祭パルム・ドールほか、国際映画批評家連盟賞と国際カトリック映画事務局賞を獲得。ヴェンダースの名を世界の映画ファンに届けたメルクマーク的傑作である。製作総指揮にはアラン・レネやロベール・ブレッソン、ジャン=リュック・ゴダールらと初期から組み、大島渚の『愛のコリーダ』(1976年)や『愛の亡霊』(1978年)などを手掛けてきた名プロデューサー、アナトール・ドーマンが当たった。西ドイツとフランスとイギリスの合作だが、ロケーションはアメリカ。ロサンゼルスの弟の家に小さな息子を置いて、テキサスを放浪する男トラヴィス(ハリー・ディーン・スタントン)は、行方不明になった妻ジェーン(ナスターシャ・キンスキー)を探している(タイトルの「パリ」とはテキサス州にある地名)。

 本作はヴェンダースの重要なコラボレーターである、ふたりの同世代アメリカ人アーティストとの邂逅を果たした一本だ。まず原作・共同脚本のサム・シェパード(1943年生まれ)。劇作家である彼は当時俳優としてもブレイクしており、実在の宇宙飛行士を演じた『ライトスタッフ』(1983年/監督:フィリップ・カウフマン)ではアカデミー賞助演男優賞にノミネート。またロバート・アルトマン監督の『フール・フォア・ラブ』(1985年)は原作・脚本・主演がサム・シェパードで、ハリー・ディーン・スタントンも出演している。ヴェンダースとは2005年に『アメリカ、家族のいる風景』で、約20年ぶりに再びタッグを組んだ(脚本・主演がサム・シェパード)。

 そしてもうひとりは、音楽のライ・クーダー(1947年生まれ)。本作のあと『エンド・オブ・バイオレンス』(1997年)でもヴェンダースと組み、あの『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』で全面的な共闘関係を結ぶ(ライ・クーダーがプロデュースした同タイトルのアルバムはグラミー賞を獲得)。

 こういった新しい盟友の力を借りて、ヴェンダースは自身の念願だった「アメリカ映画」を実質的に撮ったのだと言っていい。『パリ、テキサス』の前哨戦となるのは、1970年代の「ロードムービー三部作」だ。『都会のアリス』(1973年)ではアメリカからオランダ、そしてドイツへと旅をする。『まわり道』はドイツ。『さすらい』もドイツだが、音楽はスライドギターが使われており、テイストは『パリ、テキサス』にかなり近い。これらはヨーロッパの風景で擬似的な「アメリカ」のイメージを追いかけた節があり、撮影はすべて『パリ、テキサス』と同じくロビー・ミュラーが手がけた。

 ヴェンダースにはデニス・ホッパー主演で、ニコラス・レイとサミュエル・フラーが出演している『アメリカの友人』(1977年)というレアな快作があるが、まさに外部からの「友人」という距離感でアメリカ映画に接近した作家だ。例えば佐向大の『まだ楽園』(2006年)はヴェンダースのロードムービー三部作とよく比較されたが、この「アメリカ」の扱いは日本人の感覚にも親しいのではなかろうか。『パリ、テキサス』の説話構造は、サム・シェパード流の喪失と回復の主題が組み込まれたややメロドラマ寄りのものだが、全体の設計や手触りはジョン・フォードの西部劇――特に後半は『捜索者』(1956年)などを彷彿させるものだ。

『ベルリン・天使の詩』(1987年)

 ヴェンダースが『さすらい』以来、約10年ぶりにドイツに戻って撮った一本。第40回カンヌ国際映画祭で監督賞を受賞。当時シャンテ・シネで日本公開され、記録的なロングラン上映に。ミニシアター・ブームを代表する大ヒット作のひとつとなった。

 撮影はジャン・コクトーの『美女と野獣』(1946年)などを手がけてきたフランスの大ベテラン、アンリ・アルカン。彼はハリウッドで『ローマの休日』(1953年)も撮っている。「ベルリンの壁」崩壊直前の西ベルリンの街を舞台に、天使の男性と人間の女性の愛の芽生えを優しいタッチで綴る。天使の視点をモノクローム、人間の視点をパートカラーで描き分け、壮麗な映像美の寓話に仕上がった。

 実のところ本作は、新作の撮影延期のため、急遽ベルリン・ロケを条件に撮られることになった一本。ヴェンダースはスイスの画家パウル・クレーの描いた天使のイメージをベルリンの街に重ね、同世代である詩人のペーター・ハントケ(1942年生まれ)に書き下ろしてもらった詩を脚本に織り込み、撮影は多くを即興のアイデアに負っている。その「余白」のおかげで人工的かつ有機的な質感の実景に、繊細なサウンドスケープや歴史のイメージなどが交錯し、複雑な多層性や多元性を孕んだ豊かな映画空間が生成されていく。

 ただし骨子となるのはシンプルな恋物語だ。守護天使のダミエル(ブルーノ・ガンツ)は、サーカスの空中ブランコ乗りであるマリオン(ソルヴェーグ・ドマルタン)に想いを寄せる。ダミエルは永遠の命を放棄し、人間になってマリオンの居るベルリンに降り立つ――。

 その“ハートウォーミング・ラブストーリー”としての親しみやすさと判りやすさゆえ、ニコラス・ケイジ&メグ・ライアン主演によるハリウッドリメイク『シティ・オブ・エンジェル』(1998年/監督:ブラッド・シルバーリング)も作られた。『パリ、テキサス』がジョン・フォードなら、『ベルリン・天使の詩』はフランク・キャプラの系譜とも言えるだろうが、そこにニック・ケイヴ&ザ・バッド・シーズやクライム&ザ・シティ・ソリューションらのライヴ場面――ベルリンの闇に蠢くアンダーグラウンド・ロックシーンが接続される独特さはやはりゾクゾクする。

 劇中にはドラマシリーズ『刑事コロンボ』の主演でおなじみのピーター・フォークも「元・天使」という設定の本人役で出演。最後は「かつて天使だったすべての人に、特に(小津)安二郎とフランソワ(・トリュフォ-)とアンドレイ(・タルコフスキー)に捧ぐ」とのテロップで締められる。また最近では、Netflixオリジナル映画『ハーフ・オブ・イット:面白いのはこれから』(2020年/監督:アリス・ウー)の重要なシーンで、「渇望してる。愛の波に満たされるのを」という『ベルリン・天使の詩』の台詞が引用されたのには驚いた。同作に登場する『カサブランカ』(1942年/監督:マイケル・カーティス)、『ヒズ・ガール・フライデー』(1940年/監督:ハワード・ホークス)、『フィラデルフィア物語』(1940年/監督:ジョージ・キューカー)、『街の灯』(1931年/監督:チャールズ・チャップリン)などと並び、本作はアメリカでも映画史上有数のクラシックに認定されているわけである。

『夢の涯てまでも』(1991年)

 『ベルリン・天使の詩』を撮ることになる際、先述の撮影延期になった「新作」とはこれだ。ヴェンダースが1977年から14年も温めていた念願の企画の映画化。ドイツに加えて、日本、アメリカ、オーストラリアという計五ヶ国の資本参加と、世界10ヶ国をめぐるロケーション。NHKとソニーによるHDTVの技術協力を始め、多数の企業の協賛を得て完成した「破格の大作」だ。そして1991年公開当時、これまでヴェンダースを熱狂的に支持してきた批評家たちなど、多くの識者を戸惑わせた「稀代の問題作」でもある。撮影は盟友ロビー・ミュラーが担当。

 もっとも初公開のヴァージョンは上映時間が2時間38分(158分)。現在は4時間48分(288分)のディレクターズカット版を観ることができ、このボリューミーな野心作の真価はその「完全版」でこそ確認できる。

 物語は近未来/世紀末SF。1999年の冬、インドの核衛星が軌道を外れ、世界が滅亡の危機に怯えている頃、南仏で車を走らせていたクレア(ソルヴェーグ・ドマルタン)は、謎の男トレヴァ(ウィリアム・ハート)と出会い、運命的な恋におちる。

 舞台はパリからベルリン、リスボン、モスクワ、北京へとダイナミックに移動し、ついに東京へ。新宿のパチンコ屋にトレヴァがやってきた頃、彼はほとんど失明寸前の状態になっていた。その視力を薬草治療で回復させるのが、トレヴァが宿泊した旅館の主人である森という老人。森を演じるのは笠智衆であり、夫人役は三宅邦子。ともに言わずと知れた小津安二郎の監督作の常連俳優だ。笠は小津へのオマージュ・ドキュメンタリー映画『東京画』(1985年)に続いてのヴェンダース作品の出演となる。

 日本からオーストラリアまでの世界旅行を経て、後半はファーバー博士(マックス・フォン・シドー)が研究・開発しているという設定で「夢の映像化」というVR的なモチーフが導入される。仮想視覚体験のデバイスは被験者を中毒状態にし、現実感覚を奪っていく――この恐怖は21世紀のテクノロジー社会に生きる今の我々のほうが(公開当時より)すんなり理解・共感できるかもしれない。ヴェンダースの製作メモには、映画の中でも引用されるロラン・バルトの言葉「愛の領域においては、知ることからよりも見ることから最も深い傷が芽生える」が書き付けられていたという。

 圧巻なのは、当時も売れに売れた超豪華サウンドトラックだ。主題歌はU2の「Until the End of the World」(夢の涯てまでも)で、名盤『アクトン・ベイビー』(1991年)にも収録された。『夢の涯てまでも』という映画自体に、ルーツ・ミュージックへの接近から、打ち込みのダンス・ミュージックに変貌した頃のU2と呼応するかのような質感がある。

 既成曲はエルヴィス・コステロがカヴァーしたキンクスの『デイズ』(この曲は1970年のヴェンダース作品『都市の夏/キンクスに捧ぐ』でも使われていた)をのぞき、本作のためにポスト・プロダクションの段階で書き下ろされた新曲ばかり。トーキング・ヘッズ、R.E.M.、ルー・リード、デペッシュ・モード、ジュリー・クルーズ、ニック・ケイヴ&ザ・バッド・シーズ、ネナ・チェリー、クライム&ザ・シティ・ソリューション、パティ・スミス&フレッド・スミスなどなど……。


 リアルタイムでは賛否両論(というより主に批判)が噴出していたが、いま改めて「完全版」を再見すると、ひとりの映画作家がフルスイングした様を堪能することができる。「旅する映画作家」が全精力を注ぎ、内面の旅まで志した究極のロードムービーであり、「見ること」を媒介とした至極特異なラブストーリーであることは間違いない。また『ベルリン・天使の詩』でマリオン役を演じ、『夢の涯てまでも』ではクレア役と2作品のヒロインを務めたソルヴェーグ・ドマルタンは、当時ヴェンダースと恋人同士だったと言われる。『夢の涯てまでも』では脚本を共同執筆。『東京画』の編集を担当したことでヴェンダースに見出された人だが、残念ながら2007年に45歳の若さで亡くなっている。

『時の翼にのって/ファラウェイ・ソー・クロース!』(1993年)

 『ベルリン・天使の詩』のラストではベルリンの街の空に「つづく」という文字が浮かび上がっていた。『時の翼にのって/ファラウェイ・ソー・クロース!』は、まさにそのお話の「つづき」である(ただし当時、ヴェンダース自身は「前作の登場人物と設定を借りた別作品」という説明をしており、「続編」との言い方には抵抗を示していた)。

 製作体制は大きく変化している。まず『パリ、テキサス』『ベルリン・天使の詩』『夢の涯てまでも』と連続で当たっていた大物アナトール・ドーマンがプロデュースから外れ、ヴェンダース自身が製作も兼任。撮影は初めて組むユルゲン・ユルゲス。『秋のドイツ』(1978年)や『ヴェロニカ・フォスの憧れ』(1981年)といったファスビンダー監督作などを務めてきた名手だ。

 お話は天使が人間になってからの世界である。『ベルリン・天使の詩』の最後で人間になった天使ダミエル(ブルーノ・ガンツ)は、空中ブランコ乗りのマリオン(ソルヴェーグ・ドマルタン)と結婚。いまは娘がいて、ピザ屋を営んでいる。

 本作の主人公は、前作で天上界に取り残された“もうひとりの天使”カシエル(オットー・ザンダー)だ。「人間の目で世界を見てみたい」と願った彼は、ひとりの少女(アリーヌ・クライェフスキー)の命を救ったことでその望みを叶えられ、地上に降りてくる。しかし元々人間になることを予定されていなかった彼は、長く生きることができない。短い人間としての生を与えられたカシエルが目にし、歩き回るのは東西統一直後の混沌のベルリンだった――。

 『ベルリン・天使の詩』から6年。その間に人間の世界(=現実)には決定的な変化があった。1989年末の「ベルリンの壁崩壊」だ。冷戦が終焉に向かい、世界構造にドラスティックな転換が起こり、その先に現在の我々が居る。この歴史的なエポックを挟み、他ならぬベルリンで前・後編が撮られたことは、何度強調しても足りないほど映画史においても極めて貴重なことである。

 ワンセットと呼ぶべき『ベルリン・天使の詩』と『時の翼にのって/ファラウェイ・ソー・クロース!』は内容や作り方も対照的な関係にある。前者は西ベルリンの壁付近が舞台。後者は東ベルリンでほとんど撮影され、ブランデンブルク門、美術館島、アレクサンダー広場と、まさに壁を挟んで対峙していた地域が主な舞台となる。また、ふんわり優しい物語の軸を明確に持っていた『ベルリン・天使の詩』に対し、『時の翼にのって/ファラウェイ・ソー・クロース!』は「カシエルの目」を通した時代のドキュメントといった趣が強い。

 そんな中で象徴的に登場するのが、ミハイル・ゴルバチョフ(本物)だ。ペレストロイカを提唱し、ソ連最後の最高指導者を務め、1990年のノーベル平和賞を受賞した彼こそは、冷戦の終焉期における最大の「時代のアイコン」であった。

 さらにルー・リードや、ピーター・フォークも本人役で出演。そして『ベルリン・天使の詩』の撮影を務めた老カメラマン、アンリ・アルカンがラストシーンで「キャプテン(船長)」という役名で出演。このアルカンはまるでヴェンダースを見守る映画界の守護天使のようだ。さらに『パリ、テキサス』で鮮烈な印象を残したナスターシャ・キンスキー、『プラトーン』(1986年/監督:オリヴァー・ストーン)でアカデミー賞助演男優賞にノミネートされたウィレム・デフォー、『ゴールキーパーの不安』(1971年)や『緋文字』(1972年)など初期からの常連俳優であるルディガー・フォーグラーといった多彩な豪華キャスト陣がヴェンダースのために集まった。

 主題歌はU2の「ステイ(ファラウェイ、ソー・クロース!)」(1993年のアルバ『ZOOROPA』にも収録)。ほか、ルー・リードの「ベルリン」、ニック・ケイヴの「カシエルの歌」などが挿入歌として使われる。第46回カンヌ国際映画祭で審査員特別グランプリを受賞。


 名作としての洗練を備えた『パリ、テキサス』と『ベルリン・天使の詩』。過剰で歪なぶん、固有の作家性が剥き出しになっている『夢の涯てまでも』と『時の翼にのって/ファラウェイ・ソー・クロース!』。

 以上の4作を改めて辿ってみるだけでも、ヴェンダースの本質が「移動」にあることが判るのではないか。彼は場所も作風も同じ場所には留まらない。1975年に起こした制作会社が「ロードムービーズ」との名を持つように、この「旅する映画作家」が作る映画は、すべてが広義のロードムービーなのだと言える。タイムレスな価値のあるクラシックから、未来を予見し、同時代の世界をつぶさに見つめた独自のスケッチまで。2021年のいまこそ多様性に満ちたヴェンダース映画の旅に出かけよう。


「パリ、テキサス」
© 1984 REVERSE ANGLE LIBRARY GMBH
ARGOS FILMS S.A. and CHRIS SIEVERNICH
PRO-JECT FILMPRODUKTION IM FILMVERLAG DER AUTOREN GMBH & CO. KG

「ベルリン・天使の詩」
© 1987 REVERSE ANGLE LIBRARY GMBH and ARGOS FILMS S.A.

「夢の涯てまでも」
© 1994 ROAD MOVIES GMBH – ARGOS FILMS
© 2015 WIM WENDERS STIFTUNG  – ARGOS FILMS

「時の翼にのって/ファラウェイ・ソー・クロース!」
© 1993 ROAD MOVIES GMBH - TOBIS FILMKUNST
© 2014 WIM WENDERS STIFTUNG

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