生真面目なサラリーマンのサンディは、無駄使いを一切していないにも関わらず、ある日突然クレジットカードが限度額に達して使えなくなってしまう。どうやら個人情報を盗まれていたらしい。おまけに彼の名を騙った犯罪が多発。このままでは会社からクビにされてしまう! 焦ったサンディは、容疑者である詐欺師を、警察に引き渡すためにデンバーからはるばるフロリダへと向かうのだが……。

 『泥棒は幸せのはじまり』は、個人IDの盗難をテーマにした今どきのコメディだ。主人公のサンディを演じるのは、ジェイソン・ベイトマン。つい最近スターになったように思える彼だけど、そのキャリアはとても長い。何しろ最初のブレイク作が、あの伝説的なテレビドラマ『大草原の小さな家』なのだから。

 当時11歳だったベイトマンが登場したのは、81年から翌年にかけての最終シーズンで、インガルス家の養子になるジェイムスを演じた彼は、アイドル的人気を博した。ところがその後が続かなかった。大人になっても童顔のままだったことも災いして、90年代には早くも“あの人は今”状態になってしまったのだ。

 だが捨てる神あれば拾う神あり。やはり元子役ということで過去に苦労していたことがある映画監督ロン・ハワードに助けられ、彼が製作総指揮を手掛けたテレビコメディ『ブル~ス一家は大暴走! 』(03年〜)に抜擢。奇人変人揃いの登場人物の中で、唯一マトモな主人公マイケルを演じて大復活を遂げたのだった。

 ドラマは、視聴率低迷によって06年に打ち切りになったものの、カルト的な人気を背景に13年にネットフリックスで新シーズンが製作されるなど、今も継続中だ。ちなみにこのドラマで彼の息子役を演じたことをきっかけにブレイクしたのがマイケル・セラである。

 ここからベイトマンの活躍が始まる。このドラマにゲスト出演していたベン・スティラーからコメディ・センスを認められて、『スタスキー&ハッチ』や『ドッジボール』(ともに04年)、『ハニーVS.ダーリン 2年目の駆け引き』(06年)『南の島のリゾート式恋愛セラピー』(09年)といったスティラーやヴィンス・ヴォーンの主演作に相次いで出演し、フラットパック準メンバーとなったのだ。

 加えて、大人になりきれない中年男を演じて絶賛された『JUNO/ジュノ』(07年)や、ケヴィン・スペイシーやジェニファー・アニストンを従えて堂々主演を務めた『モンスター上司』(11年)がヒットしたことで、40代にしてコメディ・スターの地位を獲得したのだった。その後も監督も兼務した『バッドガイ 反抗期の中年男』(13年)や、『モンスター上司2』(14年)といった作品に主演。最近では、メガヒット・アニメ『ズートピア』(16年)でキツネのニックの声を担当したことが記憶に新しい。

 『泥棒は幸せのはじまり』は、前述の『モンスター上司』の監督セス・ゴードンとのコンビによる第二弾だった。本来は無関係にも関わらず、トラブルに巻き込まれる小心者キャラは、ベイトマンが得意とするもので、今作でも次々起きる災難を前にして、死んだ目で呆然と佇む演技で笑わせてくれる。

 但し、ベイトマンは、本作の脚本を最初に読んだ時、「このままで大丈夫か」と危機感を抱いたそうだ。無理もない、トラブルメイカーを連れた主人公が、約束の日までに家に帰ってこれるかどうかでハラハラさせる本作のプロットは、あのコメディ界のレジェンド、ジョン・ヒューズが監督と脚本を手がけ、スティーヴ・マーティンとジョン・キャンディが共演した大傑作『大災難P.T.A.』(87年)にあまりにも似ていたからだ。

 それだけならまだしも、この作品を事実上リメイクしたコメディが10年に公開され、既に大ヒットを記録していたのだ。その映画こそが、ロバート・ダウニー・ジュニアとザック・ガリフィアナキスが共演した『デュー・デート 〜出産まであと5日!史上最悪のアメリカ横断〜』だった。『泥棒は幸せのはじまり』との類似点はそれだけではなかった。『デュー・デート』の監督トッド・フィリップスは、『ハングオーバー! 』三部作(09〜13年)で知られるヒットメイカーだが、元々ドキュメンタリー畑の出身だった。対する『泥棒は幸せのはじまり』の監督セス・ゴードンもドキュメンタリー出身であり、脚本家のクレイグ・メイジンに至っては、『ハングオーバー! 』の第二作と第三作の脚本家でもあった。そのため詐欺師のキャラクターは完全にザック・ガリフィアナキスを意識して書かれていた。そう、このまま作ったら、そっくりになってしまうのだ。

 危機感を抱きながらベイトマンは、偶然あるコメディ映画を観たことで、打開策を思いついた。その映画のタイトルは『ブライズメイズ 史上最悪のウェディングプラン』(11年)。、詐欺師のキャラを男から女に変更して、同作でヨゴレ系ギャグを一手に引き受けるメイガン役を好演していたメリッサ・マッカーシーに演じさせればいい!こうしてキャラの立ちまくった女詐欺師ダイアナが誕生したのだった。

 マッカーシーは元々『ギルモア・ガールズ』(00〜07年、今年11月にNetflixで復活)や『サマンサ Who?』(07〜09年)といったテレビドラマで、主人公の気のいい友人役を演じて人気を博していた脇役女優で、『ブライズメイズ』のメイガンのような破壊的で不穏なオチ担当のキャラを演じたことはそれまで無かった。

 しかしこの挑戦は、彼女にアカデミー助演女優賞ノミネートをもたらし、新たなキャリアを切り開いた。『ブライズメイズ』以降のマッカーシーは、同作の監督ポール・フェイグとの二人三脚で、コップ・アクション『デンジャラス・バディ』(13年)や『007』へのオマージュに満ちたスパイ・アクション『SPY/スパイ』(15年)、そしてオール・フィメール・キャストが話題を呼んだ『ゴースト・バスターズ』(16年)といったアクション・コメディ作でヒットを飛ばし続けている。また夫でもあるコメディ俳優ベン・ファルコーンがメガホンを取った『タミー/Tammy』(14年)では脚本にも挑戦するなど、クリエイターとしての才能も発揮している。

 そんなマッカーシーは本作で、悪気は無いけど、最悪のタイミングでトラブルを巻き起こすダイアナを熱演。一見、極悪そうなキャラクターの奥底に善人の素顔を覗かせるあたり、つくづく演技が巧い人だなと感心させられる。

 ちなみに彼女は、『ハングオーバー!!! 最後の反省会』にも特別出演している。そこで彼女は、ザック・ガリフィアナキス扮するトラブルメイカー、アランと最終的に結ばれる女子を演じているのだが、おそらくこれは『デュー・デート』と『泥棒は幸せのはじまり』が似ていることから思いついたストーリーのはず。本作は『ハングオーバー』シリーズの結末に逆影響を与えていることになる。

 散々『デュー・デート』との類似ばかり語ってしまったけど、最後に本作ならではの要素を紹介しておこう。それはダイアナが犯した別の詐欺が原因で、彼女とサンディが賞金稼ぎに追われるというサスペンス的な展開だ。しかも追っ手を演じるのは、ラッパーのT.I.とウィル・フェレル主演作『俺たちサボテン・アミーゴ』(12年)でヒロインを演じていた美女ジェネシス・ロドリゲス、そして『ターミネイター2』のT-1000役で映画史に名を残すロバート・パトリックという豪華な面々! そんなわけで、笑いと涙とカー・アクション全部盛りのエンタメ作を楽しんでほしい。

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