アメリカのコメディは日本人にはつまらない・・そんなの都市伝説だ!ザ・シネマでは毎月1本、厳選したアメリカン・コメディをお届け!
アメリカン・コメディの第一人者である長谷川町蔵さんによるコラムと共にご紹介します。アメリカン・コメディ界の人物録も必見!
SEXテープ
2017.06.07
長谷川町蔵
脱マンネリの為にノリで撮ったSEXビデオの流出を食い止めるカップルの奮闘を描く爆笑コメディ。なんと本作、2016年公開『コウノトリ大作戦!』の続編だった!
ジェイとアニーは、かつて時と場所を選ばずにセックスしまくる熱愛カップルだった。そんな二人も今やふたりの子どもの親に。子育てに追われる日々の中、かつての情熱はもう取り戻せないのか? ある日、悩むジェイにアニーが提案した。「SEXテープを作らない?」
Tシャツにパンティ、足にローラースケートという悩殺ルックのアニーにジェイは興奮。ふたりはiPadのカメラを前にセックス指南本「The Joy of Sex」に掲載されたすべての体位を試すのだった。すべてが終わったとき、素に帰ったアニーは「録画を消して」とジェイに頼み、ジェイはそれに応じた。全ては終わったはずだった。
ところが悲劇はここから始まる。ビデオはiCloudに自動保存される設定になっていた。しかもジェイにはお気に入りの楽曲を収録した自分のiPadを親しい友人にプレゼントする習慣があった。つまりSEX動画はクラウドごしに他人が見られる設定になっていたのだ!
おりしもアニーは、趣味でやっていた健全な子育てブログ「ママはエラい」にネット企業から出資したいとの依頼が舞い込んできたばかり。このままではプロブロガーになる夢が絶たれるばかりか、人生がメチャクチャになってしまう。ジェイとアニーはすべてのiPadを回収すべく、友人たちの家を回るのだが……。
『バッド・ティーチャー』で共演したキャメロン・ディアスのコメディ・センスに感服したジェイソン・シーゲルが、監督のジェイク・カスダンごと誘って、再共演をはたした『SEXテープ』(14年)は、ふたつの現象を笑い飛ばしたコメディだ。
ひとつめはネット上の素人ポルノ氾濫。ネット上にポルノが溢れているのは日本も同じだけどアメリカの場合、一般人が自ら積極的に製作した動画の割合がものすごく多いのである。ジェイソン・シーゲルの友人セス・ローゲンが主演した『恋するポルノ・グラフィティ』(08年)もこうした素人作品の製作現場を描いたものだった。当初トンデモない動画を撮ってしまったとビビるジェイとアニーは、物語後半にアメリカ中でそうしたものが量産されていることを知ることになる。
ふたつめはITを使いこなせていないのに、我々がそれに依存して暮らしていること。プロットを読んで気づいた人も多いかもしれないけど、クラウド上のデータさえ消去すれば、ジェイとアニーはiPadを回収する必要はない。ふたりはクラウドの概念を全く理解していないのだ。これを「情弱」と笑い飛ばすことは簡単だけど、すべての原理を理解してスマホやタブレットを使いこなしている人間が存在するだろうか? 騒ぎの大小やベクトルの違いはあれど、これは我々にも起こりうる悲劇なのだ。
そんな悲劇をスラップスティック・コメディに転化してみせた本作で、キャメロンはテンパったアニー役を熱演。必然性もないのに公式では初のヌードを披露したことでも話題を呼んだ。
またアニーの同僚役で『ファン家のアメリカ開拓期』のランダル・パーク、友人夫婦役で『アンブレイカブル・キミー・シュミット』のエリー・ケンパーと『チルドレンズ・ホスピタル』のロブ・コードリーといったテレビ・コメディの人気者が顔を揃え、シーゲルとキャメロンを好サポート。ジャック・ブラックがノー・クレジットだが重要な役で登場することも見逃せない。
そして何と言ってもロブ・ロウの起用には笑うしかない。というのも、彼の出演自体が巨大なギャグなのだから。80年代に『アウトサイダー』(83年)や『セント・エルモス・ファイアー』(85年)といったヒット作に出演していたロウは華やかなルックスも相まって、ハリウッドの未来を背負って立つ逸材と目されていた。ところが未成年の少女とのSEXテープがリークされたことで、スターの座から滑り落ちてしまったのだ。本作のタイトルが、テープで録画されているわけでもないのに「SEXテープ」なのはこの故事を踏まえているに違いない。
そんなキツいギャグに溢れた本作だけど、実は自伝的作品でもある。その自伝的部分を担ったクリエイターこそが、シーゲルと脚本を共同執筆したニコラス・ストーラーだ。
76年生まれの彼が、最初に注目されたのはTVドラマ『Undeclared』(01〜03年)だった。この学園コメディに参加していたスタッフおよびキャストがスゴい。『SEXテープ』で組むことになるジェイソン・シーゲルとジェイク・カスダンをはじめ、セス・ローゲン、ポール・フェイグ、グレッグ・モットーラ、ジョン・ハンバーグ、ジョン・ファヴロー、ジェニファー・コナー、ジェイ・バルチェル、そして全てを束ねる製作総指揮の座にはジャド・アパトーが座っていた。つまり現在のハリウッド・コメディ界を支える人材が集結していたのだ。
ライターとしてこの作品に参加したストーラーは、アパトーに才能を認められてジム・キャリーの主演作『ディック&ジェーン 復讐は最高!』(05年)の脚本を共同で執筆。キャリーに気に入られたのか、彼の主演作『イエスマン』(08年)の脚本も手がけた。
同じ年にストーラーは、アパトー製作の『寝取られ男のラブバカンス』(08年)で監督デビューも果たしている。盟友ジェイソン・シーゲルが主演と脚本を務めたこの作品は、ガールフレンドに突然フラれた主人公が、傷心旅行先で新しい恋と巡り会う物語だった。アパトーは67年生まれの自分よりひと回り若いストーラーの方が、主人公の気持ちに寄り添えると思ったのかもしれない。
そんな目論見が当たり同作は大ヒット。第二弾を要請されたストーラーは『寝取られ男』でラッセル・ブランドが演じたクレイジーなロックスター、アルダスをフィーチャーしたスピンオフ作『伝説のロックスター再生計画!』(10年)の製作、監督、脚本を手がけて大ヒットさせたのだった。
ストーラーは、その後も『ザ・マペッツ』(11年)、『憧れのウェディング・ベル』(12年)といったシーゲルの主演作の監督や脚本を務めているのだが、主人公の設定は<結婚に踏み切れないカップル>から<遂に結婚を決意するカップル>と、徐々に成長を遂げていた。共同脚本家のシーゲルは未だ独身。つまりこうした設定はストーラーが自分の人生体験をその都度、物語に反映したものだった。 こうしたストーラーのアティテュードが結実したヒット作が、セス・ローゲンとザック・エフロンの共演による過激なコメディ『ネイバーズ』(14年)だった。幼い子どもの世話でセックスを含む夫婦生活が停滞し、隣家の大学生たちの自由奔放な生活を羨んでしまう主人公の夫婦、ストーラーと彼の妻の鏡像なのだ。
しかし一方でふたりは第二子を熱望していたという。なかなか出来ずに大変だったとのことだが、そんな個人的な体験もストーラーは映画にしてしまう。しかも子ども向きアニメで。「赤ちゃんはコウノトリに運ばれてやってくる」という伝説をベースにした『コウノトリ大作戦!』(16年)がその作品だ。
コウノトリたちが企業利益を優先して赤ちゃん宅配サービスから撤退しているとか、子どもが自分で「かわいいのは今のうちだけ」と言って親を脅したり、設定を説明するセリフを喋る主人公に「説明するのは止めてよ」と相棒がツッコミを入れたりする、エッジーなギャグの中、第二子の到来を最後に同作は幕を閉じる。
もう分かったはず。『コウノトリ大作戦!』の続編こそが『SEXテープ』なのだ。ストーラーが、これからの人生体験をどのように映画に盛り込んでいくのか。それが楽しみでならない。
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21ジャンプストリート
2017.05.16
長谷川町蔵
警官になって高校に潜入捜査してみたら、スクールカーストが逆転していた!アカデミー俳優ジョナ・ヒルはホームで本領発揮、チャニング・テイタムが俳優として覚醒した記念すべきコメディ。
新米警察官のシュミットとジェンコ。ふたりは高校時代それぞれイケてないグループとジョックス・グループに属していたため犬猿の仲だったものの、卒業後に入学した警察学校で偶然再会して意気投合、今では大の親友だ。そんなふたりに、高校生になりすまして学内のドラッグ・ルートを突き止める潜入捜査が言い渡された。トラウマを思い出して浮かないシュミットと「黄金時代再び!」と張り切るジェンコだったが、潜入先の高校のカーストで頂点に立っていたのは何故か文化系だった。慌てて当初の予定と逆転して潜入捜査にあたるものの、現役時代とスクールカーストが逆転したことでシュミットとジェンコの仲はギクシャクしてしまう。そのせいで一向に捜査は進まず、署長(アイス・キューブ!)は怒り狂う。はたしてふたりは犯人を逮捕できるのだろうか?
『21ジャンプストリート』は、ジョニー・デップが80年代に主演していた同名テレビドラマの映画化作品だ。デップ扮する若手刑事が高校に潜入して事件を解決していくこの青春ドラマは、彼を一躍ティーンの人気者に押し上げた。ある時期までのデップにカルトなイメージがあったのは、同作で得たイメージを払拭するためにトンがった映画ばかりに出演していたからだ。そんな伝説のドラマの映画化に際して製作、原案、主演の三役を任されたのは、デップとはまるで正反対のイメージを持つジョナ・ヒルだった。
83年ロサンゼルスに生まれたヒルは、幼い頃から演劇と映画にハマり、ニューヨークの映画学校に進学。そこでジェイク・ホフマンという男と親友になった。ある日、ヒルは自作の劇をバーで上演。これを偶然観に来ていたジェイクの父ダスティン(そう、あの名優の)が面白がって、自分の出演が決まっていたデヴィッド・O・ラッセル監督作『ハッカビーズ』(04年)のオーディションを受けるように進言。これが映画デビュー作となった。なおヒルとジェイクは後に『もしも昨日が選べたら』(06年)と『ウルフ・オブ・ウォールストリート』(14年)でも共演している。
続いてヒルは、ジャド・アパトー監督、スティーブ・カレル主演の『40歳の童貞男』(05年)のオーディションに合格し、クレーマーっぽい客を好演。これをきっかけにアパトーの監督作『無ケーカクの命中男/ノックトアップ』(07年)やスティーブ・カレルの主演作『エバン・オールマイティ』(07年)にも出演し、アパトー・ギャングに欠かせないバイ・プレイヤーになっていった。
そんなヒルに全てを賭けたのが、アパトー・ギャングにおける兄貴分セス・ローゲンだった。彼は、自ら製作と脚本を手がけた半自伝コメディ『スーパーバッド 童貞ウォーズ』(07年)の主人公”セス”役にヒルを指名したのである。「意中の女子(ちなみに演じていたのは当時全くの無名だったエマ・ストーン!)の家で開かれるパーティに酒を調達してくればヤラせてもらえるかもしれない」そう思い込んだヒルが暴走を繰り広げる同作は大ヒットを記録し、学園コメディの新たな古典となった。
その後もヒルは、ギャング仲間のジェイソン・シーゲル主演作『寝取られ男のラブ♂バカンス』(08年)やアパトー監督、アダム・サンドラー主演のお笑い賛歌『素敵な人生の終り方』(09年)、マザコンのニートに扮した『僕の大切な人と、そのクソガキ』(10年)、アニメ声優に挑戦した『ヒックとドラゴン』(10年)で脇を固めつつ、ロックスターに振り回されるレコード会社の社員に扮した主演作『伝説のロックスター再生計画!』(10年)をスマッシュ・ヒットさせたのだった。
アパトー関連作以外の出演作としては、ベン・スティラー主演の『エイリアン バスターズ』(12年)や、KKKに扮したタランティーノ作品『ジャンゴ 繋がれざる者』(12年)もあるものの、やはりそれぞれブラッド・ピットとレオナルド・ディカプリオの参謀格を演じた『マネーボール』(11年)と『ウルフ・オブ・ウォールストリート』が代表作だろう。この二作で彼はアカデミー助演男優賞にノミネートされている。
こうした俳優としての名声の一方で、クリエイターとしてのヒルは、『ベビーシッター・アドベンチャー』を彷彿とさせる一夜物コメディ『ピンチ・シッター』(11年)でのプロデュース経験をあったものの、その才能は未知数だったといっていい。しかし『スコット・ピルグリムVS.邪悪な元カレ軍団』の脚本家マイケル・バコールと組んで作り上げたストーリーは、本人曰く「『バッドボーズ』ミーツ・ジョン・ヒューズ」なぶっ飛んだものだった。
学芸会やホームパーティ、そしてプロムといったティーンムービーのお約束シチュエーションが全部出てくるところもスゴいけど、素晴らしいのはそこにヒネリがあること。『ロミーとミッシェルの場合』(97年)や『25年目のキス』(99年)など、主人公が高校に舞い戻ることになるコメディは普通、主人公が高校時代の立ち位置に引き戻されるものなのだが、この作品の場合、ふたりのカーストは現役時代と逆転してしまうのだ。
生まれて初めて勝ち組になって浮かれるヒルもちろんだけど、下層カーストに落ちたチャニング・テイタムが、現役時代だったらバカにしていたであろう化学部員のギークたちと友情を育むシークエンスはマジで泣かせる。ふたりは高校時代をやり直すことで、ティーンの頃には得られなかった大切な何かをつかんでいく。だからこそ終盤、シュミットがジェンコに語りかける名セリフ「俺とプロムに行ってくれるか」が笑いとともに魂にぐぐっと効いてくる。
それまでぶっきらぼうなマッチョ役ばかりを得意にしていたテイタムが、俳優として覚醒したのは本作からだろう。その効果が顕著だったのが、プロデュースも兼ねた主演作『マジック・マイクXXL』(15年)。前作『マジック・マイク』(12年)自体、男性ストリッパーをやっていた頃の経験を売り込んで作ってもらった持ち込み企画だったのだが、この続編では『21ジャンプストリート』で得たコミカルな要素やブロマンス・テイストが大幅に導入された快作に仕上がっている。
アニメ『くもりときどきミートボール』(09年)をきっかけに本作の監督に抜擢されたフィル・ロードとクリストファー・ミラーの演出も、これが実写がはじめてとは思えない的確さだ。大ヒットした本作の後、このコンビは14年に続編『22ジャンプストリート』と『LEGO MOVIE』(ヒルとテイタムも声優として出演)をダブル・ヒットに導き、来年には若き日のハン・ソロをフィーチャーした『スター・ウォーズ』スピンオフ作が公開予定だ。
『21ジャンプストリート』のもうひとつの魅力は、何気に豪華な助演陣。ふたりが潜入する先の高校生を演じるのは後のアカデミー主演女優ブリー・ラーソンとデヴィッド・フランコ。校長役はこの年に放映開始された『New Girl / ダサかわ女子と三銃士』でブレイクすることになるジェイク・ジョンソンだ。この頃はまだテレビの人気者だったニック・オファーマンやエリー・ケンパーの姿も見える。
そしてあえてサプライズをバラそう。ジョニー・デップが相棒役だったピーター・デルイーズとともにオリジナル版のキャラクターとして登場するのだ! 長年デップはこの番組を黒歴史と捉えていると聞いていたので、それを覆す本作でのハジケっぷりにはビックリさせられた。というわけで、どこで彼が登場するかも楽しみにしながら観てほしい。
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Mr.ズーキーパーの婚活動物園
2017.04.09
長谷川町蔵
見かけはどこにでもいそうなデブ。しかし本国アメリカではレジェンド級のスター、
ケヴィン・ジェームズと超スーパー豪華な共演者たちを見逃す(聞き逃す?)べからず!
「動物園の飼育員となんて結婚できないわ!」恋人ステファニーにプロポーズをするも、そんな捨てゼリフでフラれたグリフィン。それから5年。仕事に打ち込んだ彼は飼育係のリーダーになっていたものの、心は打ち砕かれたままだった。そんなある日、グリフィンは兄の結婚披露宴会場として動物園を貸し出したのだが、そこに彼女がゲストとして招かれているではないか!「一緒にカー・ディーラーをやろうぜ。そうすれば彼女を取り戻せるぞ」いまだにステファニーを諦めきれないグリフィンは、そんな兄の誘いに乗って、本気で退職を考えるようになってしまう。
困ったのは動物たちだ。「あんな最高の飼育員を辞めさせるわけにはいかない。彼の仕事を辞めさせずに婚活を成功させようぜ!」
動物界のルールを破って人間語で話しかけて来た動物たちから、ワイルドな恋のアドバイスを伝授されたグリフィンはステファニーへの再アタックに挑戦するのだが……。
動物が人間の言葉を話す映画は星の数ほどあるけれど、大抵アニメっぽいキャラ。それを打ち砕いたのが、エディ・マーフィ主演の『ドクター・ドリトル』シリーズ(98〜01年)だった。同作は、当時最先端のCGを駆使して、リアルな動物が人間の言葉を喋るのを違和感なく見せて大ヒットを記録したのである。
2011年に公開された『Mr.ズーキーパーの婚活動物園』は、この手法をさらに進化させて約1億7000万ドルもの興行収益を叩き出したメガヒット・コメディだ。ディズニー製作の大ヒット作『ジャングル・ブック』(16年)は間違いなく本作の延長線上にある。
ここで『ジャングル・ブック』を連想するのは、同作の監督で俳優でもあるジョン・ファヴローが、本作でクマの声優を務めているからだ。ファヴローがあの傑作を演出できたのも、本作で色々とノウハウを得たからではないだろうか。
そのひとつが声優選び。『ジャングル・ブック』ではビル・マーレイやイドリス・エルバ、スカーレット・ヨハンソン、クリストファー・ウォーケンといった人気俳優が、声色にぴったり合う動物の声優を務めていたけど、『Mr.ズーキーパーの婚活動物園』はそれを先駆けたかのようなキャスティングが行なわれているのだ。そのメンツをざっと挙げてみよう。
まず『サウス・キャロライナ/愛と追憶の彼方』(91年)でゴールデングローブ賞を受賞したシリアスな俳優でありながら『48時間』(82年)では前述のエディ・マーフィと共演し、ファヴローともアニメ『森のリトル・ギャング』(06年)で動物声優として共演していたニック・ノルティがストーリーの鍵を握るゴリラ役。
アクション・ムービー界の伝説シルヴェスター・スタローンと、シンガーであり『月の輝く夜に』(87年)でアカデミー主演女優賞を獲得しているシェールという濃厚なコンビはライオンの夫婦を演じている。
『サタデー・ナイト・ライブ』出身のコメディエンヌでポール・トーマス・アンダーソンのパートナーでもあるマーヤ・ルドルフがキリン、『40歳の童貞男』(05年)や『エイミー、エイミー、エイミー! こじらせシングルライフの抜け出し方』(15年)を監督する傍ら、セス・ローゲンやジェイソン・シーゲルといった若手コメディ・スターの育ての親として知られるジャド・アパトーがゾウ、そしコメディ・レジェンド、アダム・サンドラーがサル(演じているクリスタルは、前述の『ドクター・ドリトル』をはじめ、『ナイト・ミュージアムシリーズ(06〜14年)や『ハングオーバー!! 史上最悪の二日酔い、国境を越える』(11年)『幸せへのキセキ』(11年)にも出演している名優サル!』の声を担当している。
通常、主演映画にしか出演しないサンドラーがこんな地味なポジションを務めているのは珍しい。実はこれにはワケがある。本作のプロデューサーはサンドラーで、製作会社は彼が主宰するハッピー・マジソンなのだ。そしてこれほどゴージャスな声優陣を招いてまでサンドラーがバックアップしようとした才能こそが、本作の主演俳優ケヴィン・ジェームズなのである。
ケヴィンはサンドラーと同じニューヨーク出身で、彼よりひとつ上の65年生まれ。スタンダップ・コメディアンとして活動し始め、兄貴分のレイ・ロマーノが主演したシットコム、『HEY!レイモンド』(96〜05年)への出演をきっかけに、やはりシットコム『The King of Queens』(98〜07年)の主演に抜擢。下町クイーンズで宅配業者として働く中年男役でブレイクした男だ。
本格的な映画出演は、ウィル・スミスが非モテ男に恋愛術を指南する<デートドクター>に扮したロマンティック・コメディ『最後の恋のはじめ方』(05年)から。この作品でケヴィンは、スミスの顧客となる究極の非モテ男アルバートに扮して、笑いを根こそぎかっさらうパフォーマンスを披露。スミス目当てに映画館を訪れた観客にも「あの面白いデブ、誰?」と評判を呼び、大ヒットに貢献したのだった。
その勢いで出演したのが、旧知のアダム・サンドラーとのダブル主演作『チャックとラリー おかしな偽装結婚!?』(07年)だった。ここでケヴィンは、子どもに残す年金問題に悩むあまり、サンドラー扮する結婚願望ゼロのプレイボーイと偽装同性婚をする男ヤモメの消防士を好演。すでにスーパースターだったサンドラーに負けない存在感を示した。そしてサンドラーのプロデュースのもと、遂に『モール★コップ』(09年)で単独主演を実現したのだった。
警官採用試験に挑戦しては失敗を続けているドジなショッピングモールの警備員が、モールを占拠した強盗団相手に丸腰で立ち向かうこのアクション・コメディは、ケヴィンのメタボなボディを駆使したギャグに笑わされながら、『ダイ・ハード』の流れを汲むマッチョ系アクション映画としても見れるという二刀流でメガヒットを記録した。
そしてサンドラー、クリス・ロック、デヴィッド・スペード、ロブ・シュナイダーら人気コメディ俳優が集結した同窓会コメディ『アダルトボーイズ青春白書』(10年)を経て公開されたのが本作『Mr.ズーキーパーの婚活動物園』だったというわけだ。
その後もケヴィンは、総合格闘技に挑戦する教師に扮したアクション・コメディ『闘魂先生 Mr.ネバーギブアップ』(12年)やそれぞれシリーズの続編となる『アダルトボーイズ遊遊白書』(13年)と『モール・コップ ラスベガスも俺が守る!』(15年)、そしてサンドラー主演のSFXコメディ『ピクセル』(15年、何と米国大統領役!)といったヒット作に立て続けに出演。一方で16年からテレビに逆上陸し、製作も兼ねたシットコム『Kevin Can Wait』に主演して人気を博している。つまりケヴィンはかれこれ20年以上もコメディ界の第一線に立ち続けていることになる。
同世代でこれだけコンスタントに長期間活躍しているコメディ・スターは前述のサンドラーやベン・スティラーくらいだろう。ふたりに比べると日本では知名度がだいぶ下がるけど、これはもはやコメディ・レジェンドとして扱っていいレベル。見かけはどこにでもいそうなデブだけど、実は頭が切れるスマート・ガイ、それがケヴィン・ジェームズなのだ。
そんな彼のパーソナリティに動物たちのチャームも加味された『Mr.ズーキーパーの婚活動物園』はケヴィン初心者にとって入門編にふさわしい作品だと思う。ヒロインのロザリオ・ドーソンとのコンビネーションの良さも心に残る仕上がりだ。
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ウェインズ・ワールド
2017.03.09
長谷川町蔵
『サタデー・ナイト・ライブ(SNL)』の過去22年間で最も視聴率が高かった時代。
その時代、エースの座に君臨していたマイク・マイヤーズが生み出したキャラクター、ウェインとガースとは。
俳優のアレック・ボールドウィンが怪演するトランプ大統領や、ケイト・マッキノンとレスリー・ジョーンズのリメイク版『ゴーストバスターズ』への出演といった話題も手伝って、話題騒然のアメリカの老舗お笑い番組『サタデー・ナイト・ライブ(SNL)』。視聴率は過去22年間で最も高かったという。ということは、22年前の『SNL』はトンデモない人気番組だったということになるわけだけど、当時のレギュラー出演者を見たならその人気に納得できるかもしれない。
何しろアダム・サンドラー、クリス・ファーレイ、デヴィッド・スペード、ジャニーン・ガラファロ、モリー・シャノン、ティム・メドウズ、クリス・エリオットといった錚々たるメンツが毎週土曜の夜に生放送で新作スケッチを披露していたのだから。そんな中で堂々エースの座に君臨していたのがマイク・マイヤーズである。
63年にカナダで生まれた彼は十歳のときテレビCMに出演。その時母親役を演じたギルダ・ラトナーが『SNL』の立ち上げメンバーになったのを観たことで、将来SNLのレギュラーになることを決意したという『SNL』の申し子のような男だ。コメディ劇団セカンド・シティで活躍した後、89年にSNL入り。西ドイツ人のテレビ司会者ディーターといったキャラに扮して人気を博したが、何と言っても代表作はダナ・カーヴィ(55年生まれで、86年からSNL入りしていた)と演じたスケッチ「ウェインズ・ワールド」だろう。
セカンド・シティ時代からマイヤーズの持ちネタだったこのスケッチで彼とカーヴィが演じたのは、ケーブルテレビの回線を使って自宅から自分の番組をオンエアしているという設定のニート、ウェインとガース。このふたりが繰り出す<今>の空気に満ちたギャグの数々は、89年に披露されると同時に『SNL』を大人向けの退屈な番組と思っていたティーンの熱狂的な支持を獲得。『SNL』の人気回復の起爆剤になった。そして『SNL』のドン、ローン・マイケルズは「「ウェインズ・ワールド」をもっと長い間見ていたい!」との声に応えて映画化を決断。92年と93年に2本の映画として公開され大ヒットを記録したのだった。
そんな『ウェインズ・ワールド』、いま観ても十分フレッシュなのだけど、時代の空気を反映しすぎたために、今ではどこが面白いのか分からないところもチラホラある。そんなわけで、今回は『ウェインズ・ワールド』&『ウェインズ・ワールド2』を楽しむためのキーワードを書き出してみたい。
公共放送電波が届かない地域が多い広大な国アメリカでは早くからケーブルテレビが主流だった。おびただしいチャンネルの中には地域のお知らせを放映する公共チャンネルがあり、中には市民に時間貸しするチャンネルも存在していた。ウェインとガースはイリノイ州第二の都市オーロラの公共チャンネルが提供する、このサービスを利用して自分の番組をオンエアしているという設定だ。今で言うならポッドキャスト(但し地域限定の)みたいなものである。
「エクセレント!」ウェインとガースが会話の中で連発する「最高!」を意味する褒め言葉。当時のアメリカで流行語になった。ほかに二人が用いるスラングには「ベイブ(可愛い女の子)」「・・・NOT(さんざん喋ったあとに「・・・じゃない」と否定する」、「シュイーン!(これは映画を観れば分かる)」などがある。
ヘヴィメタルウェインとガースが好きな・・・というか、グランジ革命勃発以前(ニルヴァーナがメジャーデビューするのは91年のこと)の白人の若者がこぞって愛していた音楽。特にふたりが尊敬しているのはアリス・クーパーとエアロスミス。2組はそれぞれ『1』と『2』に本人役で登場する。ガースが劇中で着ているロックTシャツにも注目を!
ペネロープ・スフィーリス『1』の監督。本作に起用された理由はロック・ドキュメンタリー『ザ・デクラインⅡ ザ・メタルイヤーズ』(88年)におけるコミカルな演出が評価されてのもの。但しマイヤーズとはウマが合わず『2』には参加せず。代わりにクリス・ファーレイとデヴィッド・スペード主演の『プロブレムでぶ/何でそうなるの?!』(96年)を監督している。
ロブ・ロウ『1』の悪役ベンジャミンを演じるイケメン俳優。80年代初頭に売り出された<ブラッドパック>の中ではマット・ディロンに次ぐ人気を誇り、『アウトサイダー』(83年)や『セント・エルモス・ファイアー』(85年)といった作品に出演。しかし89年に未成年の少女とのセックス・ビデオが流出してスターの座から転げ落ちてしまった。本作でコメディ・センスが認められて以降はテレビ中心にそれなりに安定したキャリアを築いている。
ヨゴレ系女優『1』でウェインのサイコな元カノ、ステイシーを演じたのはララ・フリン・ボイル。『ツイン・ピークス』でブレイクした若手スターだが、共演者だったカイル・マクラクランやジャック・ニコルソンとの恋愛で世間を騒がせていたトラブルメイカーでもあった。ステイシーの役はそんなパブリック・イメージを反映したものなのだ。『2』でそのポジションを担っているのが、スウェーデン娘ビョーゲンを演じたドリュー・バリモア。『E.T.』の天才子役だった彼女だがアルコールやドラッグに溺れてしまい、この当時は『ボディヒート』や『ガンクレイジー』といったB級作品にしか出演できない状態だった。彼女の復活は『スクリーム』や『ウェディング・シンガー』に出演する90年代半ばまで待たなければいけない。
『スパイ大作戦』ウェインとガースが作戦を遂行する際に必ずといっていいほど流れる曲は、66年から73年まで放映されていたテレビ番組『スパイ大作戦』のテーマ曲(作曲:ラロ・シフリン)。のちに『オースティン・パワーズ』を作ることになるマイク・マイヤーズがいかにスパイ物好きかがよく分かる。ちなみにトム・クルーズが『ミッション:インポッシブル』として映画化リメイクするのは96年のことだ。
『ラバーン&シャーリー』『1』でミルウォーキーに行ったウェインとガースが、ビール工場を見学するシーンは、ミルウォーキーを舞台にした人気コメディ番組『ラバーン&シャーリー』(76~83年)のタイトルバックのパロディ。クリエイターは昨年亡くなったゲイリー・マーシャル。主演したペニー・マーシャル(ゲイリーの妹)とシンディ・ウィリアムズはやはり同作にオマージュを捧げた『サム&キャット』(13〜14年)の1エピソードに揃って出演したりしている。
ロバート・パトリック『1』でウェインの車が警官に止められるシーンは、前年にメガヒットしたばかりの『ターミネイター2』のパロディ。しかも警官役を演じているのはそこで悪役T-1000役だったロバート・パトリック! そりゃウェインがビビるわけである。
「俺はお前のパペットじゃない!」喧嘩のシーンで、ガースがウェインに向けて放つ言葉。自分より8歳も年下のマイヤーズのビジョンに従って演技していたのだから、実際のカーヴィもそう言いたくなったことが何度もあったのではないだろうか。事実、『2』以降は『SNL』特番を除けばマイヤーズとカーヴィの共演作は存在しない。
クリス・ファーレイ『1』と『2』に異なる役ながら、連続出演しているハイテンションなデブは、90年から95年まで『SNL』にレギュラー出演していたクリス・ファーレイ。ローン・マイケルズはマイヤーズの次に彼の才能を買っており、番組卒業後にはマイケルズのプロデュースのもと、親友でもあったデヴィッド・スペードと組んで『クリス・ファーレイはトミー・ボーイ』(95)『プロブレムでぶ/何でそうなるの』(96)に主演した。日本人に育てられた忍者が、米国で活躍する『ビバリーヒルズ・ニンジャ』(97)では元アメフト部の運動神経を活かしたアクションを披露し、ボックスオフィスのナンバーワンを獲得。しかし97年、彼は自宅で死亡している姿で発見される。原因はコカインとモルヒネのオーバードーズ。死因もそうなら享年まで『SNL』の大先輩ジョン・ベルーシと同じ33歳だった。このため、彼が演じるはずだった『シュレック』の主人公の声はマイヤーズが担当することになったのだった。
ロック・オタク『2』にキモいロック・オタク役で登場するのは当時『SNL』のライター兼出演者だったロバート・スミゲルとボブ・オデンカーク。スミゲルは現在アダム・サンドラーの映画やコナン・オブライエン(彼も『SNL』のライターだった)の番組で活躍。オデンカークは『ブレイキング・バッド』(08〜13年)の弁護士ソウル・グッドマン役が評判を呼び、現在はスピンオフ作『ベター・コール・ソウル』で堂々主演を務めている。
ヴィレッジ・ピープル『2』で盗聴がバレて逃げ込んだウェインとガース一行が逃げ込んだ先は何とゲイ・クラブ。道路工事人、警官、バイカー、軍人の変装をしていたため、全員ゲイのディスコ・グループ、ヴィレッジ・ピープルのコスプレと間違えられて大ヒット曲「YMCA」を歌うことを強制されてしまう。「実際のヴィレッジ・ピープルで最もキャラが立っていたのはネイティブ・アメリカン・コスプレの人だったのに、いないのが残念だなあ」と思っていると、予想外の展開でそいつも現れる!
ウェインストック『2』で故ジム・モリソンのお告げを受けたウェインが、地元オーロラで開こうとするロック・フェスは、1969年にニューヨーク州郊外で開催されたウッドストック・フェスティバルのパロディだ。奇しくも映画公開の翌年の94年には「ウッドストック94」が開催され、『2』と同様にエアロスミスが出演している。
『テルマ&ルイーズ』ウェインとガースが車ごと崖から転落するシーンは、リドリー・スコット監督による91年作『テルマ&ルイーズ』のパロディ。主演はスーザン・サランドンとジーナ・デイヴィス。ブラッド・ピットの出世作としても知られている
クリストファー・ウォーケンとキム・ベイシンガー予算が増えたのか、『2』ではクリストファー・ウォーケンとキム・ベイシンガーという豪華なメンツが脇を固めている。今でこそコメディへの出演が多いウォーケンだけど、この時代はまだ『バットマン リターンズ』(92年)や『トゥルー・ロマンス』(93年)に出演していた頃。それだけにマイヤーズ&カーヴィとの絡みにはインパクトがあった。一方のベイシンガーも『ナインハーフ』(86年)から『L.A.コンフィデンシャル』(97年)に至る黄金期の真っ只中。自分のセクシーさをここまで相対化した演技の破壊力にはハンパないものがあった。
『ウェインズ・ワールド』と『ウェインズ・ワールド2』で、<今>を反映した笑いを極めてしまったマイク・マイヤーズは、<この先>にはもう何も無いことを痛感したはずだ。
『SNL』卒業後、映画に専念することになった彼はだから、いつまで経っても古くならないコメディを作ることに決めた。どうすれば古くならないのかって? それは既に古くなっている<過去>を題材にすることだ。
こうしてマイヤーズはあの『オースティン・パワーズ』(97)に乗り出していくのだけど、それはまたの機会に語ることにしたい。
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ベン・スティラー 人生は最悪だ!
2017.02.08
長谷川町蔵
生粋のニューヨーカーが描くロサンゼルス。
監督、ノア・バームバックの異色作であり半自伝的作品。
ロサンゼルス。裕福なグリーンバーグ家では、雑事を代わりにやってくれるパーソナル・アシスタントを雇っていた。彼女の名はフローレンス。自分探しをしているうちに、大学にいた時間よりも大学を出てからの方が長くなってしまった女子だ。ある日、旅行中の犬の世話を頼まれた彼女は、家長フィリップの兄ロジャーと出会う。留守番を頼まれてニューヨークからやってきたという彼は、かつてはインディロック・バンドで活躍していたものの今は無職。精神病院から出てきたばかりで、気難しくてキレやすい中年男だった……。
『ベン・スティラー 人生は最悪だ!』は、ノア・バームバックにとってとびっきりの異色作である。というのも、彼は生まれ育ったのはブルックリン。最終学歴もヴァッサー大学という生粋のニューヨーカーだからだ。
監督デビュー作は、ヴァッサーを卒業した後も学生街のアパートに居座る若者たちをヴィヴィッドに描いたコメディ『彼女と僕のいた場所』(95年)。26歳という若さでデビュー出来たのは、クエンティン・タランティーノの成功によって、ちょうどハリウッドが若い才能の青田刈りを行なっていた時期だからだ。
とはいえ、バームバックには才能があった。ジョシュ・ハミルトン、エリック・ストルツ、パーカー・ポージー、エリオット・グールドらが出演したこの作品は評論家筋に絶賛を博したのだから。ヴァッサー大学は一時期、新入生の歓迎会でこの作品を必ず上映していたという。
同作の成功後、バームバックは『Mr. Jealousy』(97年)と『Highball』(97年)を立て続けに発表する。しかしデビュー作ほどの評価は得られず、後者に至ってはプロデューサーとの対立によってクレジットも外された形でDVDスルーの憂き目に遭ってしまった。
この事件によってバームバックのキャリアは一旦終わったかに思われたが、彼はウェス・アンダーソン監督作『ライフ・アクアティック』(04年)の共同脚本家として再び脚光を浴び、アンダーソンのプロデュースのもと撮った『イカとクジラ』(05年)で映画監督としても復活したのだった。
80年代のニューヨークを舞台にした同作の主人公は、離婚した両親の家を行ったり来たりする生活を送る高校生ウォルト。バームバックの両親もこの頃に離婚しており、この映画は半自伝作だった。ウォルト役のジェシー・アイゼンバーグの好演も相まって、『イカとクジラ』はスマッシュ・ヒットを記録。バームバックはアメリカ映画界の最前線に返り咲いた。
続く『マーゴット・ウェディング』(07年)も半自伝作だ。妹の結婚式に出席するために実家を訪れる主人公マーゴットの神経質なキャラは、『イカとクジラ』の母親と全く一緒である。但し同作は、ウェルメイドな『イカとクジラ』とは異なり、明確なクライマックスが無く、主人公がラストに何の成長もしないという、アメリカ映画のルールを無視した実験的な作りがなされていた。
そこでのバームバックの冒険を支えていたのが、当時の妻で、主人公の妹役で出演もしていた女優のジェニファー・ジェイソン・リーだった。『初体験/リッジモント・ハイ』(82年、バームバックとの出会いには同作で共演したエリック・ストルツが関与していた可能性がある)以来、個性派女優として活躍を続ける彼女は、自ら監督と脚本もこなした『アニバーサリーの夜に』(01年)を発表したこともある才人である。『アニバーサリーの夜に』は、セットを一切使用せず、実際の家で起きた一夜の出来事をデジタルカメラでおさめた実験作だった。
また同作には、『初体験/リッジモント・ハイ』以来のリーの親友フィービー・ケイツが、夫のケヴィン・クラインと子ども二人を引き連れて久々に映画出演をしたことでも話題になったが、その子どものひとりこそ、後に『イカとクジラ』でジェシー・アイゼンバーグの弟役を演じたオーウェン・クラインなのだ。リーは『人生は最悪だ!』でもストーリー作りに関与しており、撮影は彼女の地元ロサンゼルスで行われている。彼女はそれほどまでに当時のバームバックに影響を与えていた。
同時にバームバックは、インディ映画界で勃興していた新しい流れからも影響を受けていた。それが<マンブル・コア>である。アンドリュー・ブジャルスキ、アーロン・カッツ、ジェイとマークのデュプラス兄弟といったこのムーヴメントを担う若い作家たちは、互いの作品に出演しあい、ヤマもオチもない日常をビデオカメラで切り取った超低予算映画をひっそりと、しかし大量に送り出していた。
ジョシュ・ハミルトンを通じてマンブル・コアの中心人物ジョー・スワンバーグと知り合ったバームバックは09年にスワンバーグ監督作『Alexander the Last』をプロデュースしており、『人生は最悪だ!』ではフローレンス役にマンブル・コア映画の代表的な女優だったグレタ・ガーウィグを抜擢している。『グリーンバーグ』は<中堅監督が敢えて挑んだ若い映画>だったのだ。
そんな作りでありながら、本作がコメディ映画としても成立しているのは邦題通り、ロジャーをミジメなシチュエーションだと最高におかしいベン・スティラーが演じているからだろう。スターである彼が低予算映画に出演したのは、生粋のニューヨーカーの彼がバームバックのセンスに共感したからだろう。事実、これ以降のスティラーは声優を務めたアニメ『マダガスカル3』(12年)の脚本家にバームバックを推薦し、エディ・マーフィとの共演作『ペントハウス』(11年)でも自分の役のセリフのリライトをバームバックに依頼するなど彼に全幅の信頼を置いている。『イカとクジラ』の終盤ウォルトが訪れるのは、スティラーの人気シリーズ『ナイト・ミュージアム』で一躍有名になったニューヨークの自然史博物館。スティラーもここには少年時代に何度となく訪れたという。
スティラーが演じるロジャーのモデルはだから当然バームバック本人だ。劇中で彼が自動車免許を持っていないことが執拗にギャグにされているのは、バームバックもロサンゼルスに引っ越して当初は免許がなくて苦労したから。20代の時にメジャーデビュー寸前まで行きながら無職という設定も、もし『イカとクジラ』を撮れなかったらこうなっていただろうという平行宇宙の自分なのだろう。
そんな冴えないロジャーにフローレンスはなぜか惹かれてしまう。ロジャーも彼女に心を奪われながら、「年齢が違いすぎる。僕の恋人になるのは十代の子どもを持つ疲れた中年女だ」と前に踏み出すことを拒もうとする。
映画はふたりに何かが起きる寸前に終わってしまうけど、僕らはその後に起きたことを知っている。ロジャー=バームバックとフローレンス=グレタは恋に落ちてしまったのだ。バームバックはグレタを連れてニューヨークへと戻り、喜びと疾走感に溢れたグレタ主演作『フランシス・ハ』(12年)を発表する。その翌年にバームバックはリーと離婚している。
その後もバームバックはニューヨークを拠点に、グレタやスティラーと組んで快作を発表し続けているけど、倦怠感と孤独の中から何かが生まれる瞬間をとらえた『人生は最悪だ!』は彼のフィルモグラフィに残る異色作としていつまでも残り続けることだろう。なお本作、終盤のパーティ・シーンにブレイク前のブリー・ラーソン、ジュノー・テンプル、デイヴ・フランコ、ゾーシャ・マメットらが出演しているので、目をこらして探してほしい。
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