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S・キングの才能を受け継ぐ息子の創造力と『ドクター・ストレンジ』監督の幼き日の記憶が融合したユニークなホラー映画『ブラック・フォン』

なかざわひでゆき

21世紀のホラー映画界を代表する制作会社ブラムハウスとは? 低予算かつ良質なホラー映画に定評のある、ハリウッドの制作会社ブラムハウス・プロダクションズの放った大ヒット作だ。ご存知の通り、『パラノーマル・アクティビティ』(’07)シリーズや『インシディアス』(’10)シリーズ、『パージ』(’13)シリーズに『ハッピー・デス・デイ』(’17)シリーズなどの人気ホラー・フランチャイズを世に放ち、『ゲット・アウト』(’17)ではホラー映画として珍しいアカデミー賞の作品賞ノミネートも果たしたブラムハウス。この『ブラック・フォン』(’22)も批評面・興行面の両方で大成功を収め、既に続編の劇場公開も決まっている。 近年のハリウッドではブラムハウスだけでなく、サム・ライミ監督のゴースト・ハウス・ピクチャーズやジェームズ・ワン監督のアトミック・モンスター・プロダクションズなどホラー映画に特化した新興スタジオが台頭。エッジの効いたアート系映画でハリウッドに革命を巻き起こしたA24も、アリ・アスター監督の『ヘレディタリー/継承』(’18)に『ミッドサマー』(’19)など芸術性の高いホラー映画に力を入れている。そうした中、この20年余りで200本を超える映画を製作して60億ドル近くの興行収入を稼いだとされ、アメリカのインディペンデント映画をリードする存在とまで言われるブラムハウスとは、いったいどのような会社なのか?まずはそこから話を始めてみたい。 ブラムハウス・プロダクションズの社長ジェイソン・ブラムは、もともと俳優イーサン・ホークが主催するニューヨークの劇団マラパート・シアターの演出家だった人物。その後、インディーズ大手のミラマックスの重役として映画界へ転向した彼は、大学時代のルームメイトだったノア・バームバックの処女作『彼女と僕のいた場所』(’95)でプロデューサーへ進出し、’00年に友人エイミー・イスラエルと共同で製作会社ブラム・イスラエル・プロダクションズを設立する。しかし、’02年にイスラエルと袂を別ったことから、社名をブラムハウス・プロダクションズへ変更したというわけだ。 当初はアート系のドラマ映画やコメディ映画を製作していたブラムハウス。しかし、’07年公開の『パラノーマル・アクティビティ』が、たった21万5000ドルの製作費で1億9400万ドルの興行収入を稼ぐ超メガヒットを記録したことから、これをきっかけにホラー映画を主力とした制作体制を敷くことになる。 ジェイソン・ブラム社長の掲げる制作方針は、①旬のトップスターではないが知名度の高い中堅どころの名優をキャスティングし、②金を出しても口は出さずに作り手の自由を尊重し、③派手なギミックよりもストーリー性を重視した低予算のホラー映画を作ること。もちろん低予算とはいっても、例えばアトミック・モンスターと共同製作した『M3GAN ミーガン』(’22)の予算は1200万ドル(当時の為替相場1$=130円で計算すると15億~16億円)、最新作「スピーク・ノー・イーヴル」(’24)にしたって1500万ドル(現在の為替相場1$=150円で計算して22億~23億円)。10億円を超えたら超大作と呼ばれる日本映画とはちょっと桁が違うのだけれど。 それにしても確かに、ブラムハウス制作のホラー映画といえば、イーサン・ホークにケヴィン・ベーコンのような往年のトップスターや、ヴェラ・ファーミガやフランク・グリロなどの玄人受けする性格俳優、エヴァ・ロンゴリアやアリソン・ウィリアムズなど人気テレビドラマの主演スターといった具合に、一般的な知名度は高いがギャラはそれほど高くないベテラン俳優と無名もしくは無名に近い若手俳優をバランス良く配している作品が多い。また、ブラム社長曰く、監督側にクリエイティブ面の主導権を保証すれば、むしろ気軽に色々な相談をしてくれるようになるのだそうだ。なぜなら、仮に返って来た答えが賛同できないようなものであっても、それをスタジオ側から無理強いされる心配がないと分かっているから。つまり、現場から警戒されずに済むというわけだ。 なので、「映画をより良くするためなら何をしても構いませんよ」というのが現場に対するブラム社長の基本姿勢。相談されれば意見することもあるが、もちろん強制したりなどしない。あくまでも選択肢のひとつに加えてくださいというだけ。そればかりか、例えば会社のスタンスに理解を示して協力してくれる有名俳優をリスト化しており、新人監督にはそこからキャストを選ぶように推薦したりする。また、スターのための個人用トレーラーなどはあえて用意せず、役者は主演クラスも脇役もみんな同じ場所で待機。ロサンゼルス近郊を撮影地に選ぶことが多いため、現場スタッフも勝手を知った常連組が中心。さらに、どの作品も基本はロケ撮影で、スタジオにセットを組むことは滅多にない。そうした諸々の工夫によって、撮影期間も製作費もなるべく節約できるように現場を全面バックアップしているという。 デイミアン・チャゼル監督の出世作『セッション』(’14)やスパイク・リー監督の『ブラック・クランズマン』(’18)など、時にはホラー映画以外のジャンルも手掛けたりするものの、それでもやはりブラムハウスといえばホラー映画。ただしブラム社長自身の認識としては、どれもホラーというジャンルのフォーマットを用いた「ドラマ映画」であり、必ずしも観客を怖がらせることが目的ではないとのこと。それは本作『ブラック・フォン』にも当てはまる理屈であろう。 得体の知れない怪物と対峙した少年の成長譚 舞台は1978年のコロラド州。デンバー北部の小さな田舎町に住む少年フィニー(メイソン・テムズ)は、草野球とロケット作りが得意な文武両道の物静かな優等生だが、しかし心優しくて気の弱いところがあるため、家では飲んだくれの父親による暴力に怯え、学校ではいじめの標的にされている。そんな彼にとって最大の理解者であり、心強い味方なのが負けん気の強い妹グウェン(マデリーン・マックグロウ)。しかし、父親テレンス(ジェレミー・デイヴィス)はそんな彼女にことさら厳しい。なぜなら、亡くなった妻と同様の能力を娘も持っているからだ。母親と同じく予知夢を見るグウェン。しかし、その予知夢に苦しめられた母親は、精神を病んで自殺してしまった。娘も同じ末路を辿るのではないか。そんな不安と恐怖に加えて、妻を亡くした哀しみや怒りが混ぜこぜになったテレンスは、グウェンがちょっとでも予知夢の話をしようものなら、酒に酔った勢いに任せて激しい体罰を加えるのだった。 折しも、町では10代の少年ばかりが次々と姿を消していた。警察は連続誘拐事件と睨んで捜査するも手がかりはなく、人々は犯人を「グラバー(人さらい)」と呼んで恐れている。フィニーの周囲でも草野球のライバル・チームの日系人少年ブルースや地元でも悪名高い不良のヴァンスが行方不明となり、ついには学校でいじめっ子から守ってくれるケンカの強いメキシコ人少年ロビン(ミゲル・カサレス・モーラ)までもが消息を絶ってしまった。そんなある日、学校帰りに妹と別れてひとり歩いていたフィニーは、黒塗りの営業車を停めた手品師に声をかけられ、足を止めた瞬間にクロロフォルムを嗅がされて車へ引きずり込まれる。やがて意識を取り戻したフィニー。そこは薄暗い地下室で、彼は自分がグラバー(イーサン・ホーク)に誘拐されたことを悟るのだった。 鍵のかかった地下室に監禁されたフィニー。そこにあるのは、薄汚れたボロボロのマットレスと、線が途中で切れた古い黒電話だけ。どうやら上はグラバーの住居らしい。ことさら危害を加えるような様子もなく、しかし不気味なマスクを被りながら黙ってフィニーを見つめるグラバー。不安と恐怖を煽って精神的に追い詰めつつ、徐々にいたぶっていくつもりらしい。それはさながら残虐なゲームだ。防音工事の施された地下室からは、どれだけ大声で叫んでも外には聞こえない。鉄格子のついた窓も手の届かない高さだ。圧倒的な絶望感に打ちひしがれるフィニー。すると、断線しているはずの黒電話のベルが不気味に鳴り、フィニーが恐る恐る受話器を取ってみたところ、電話の向こうから子供の声が聞こえる。グラバーに殺された少年たちの幽霊が、ここから脱出するためのヒントをフィニーに教えようとしていたのだ。その中には親友ロビンもいた。 一方その頃、妹グウェンは予知夢を手掛かりにフィニーの行方を掴もうとするのだが、しかし夢の読み解き方が分からず苦戦していた。息子の失踪にショックを受けて気落ちする父親を説き伏せた彼女は、半信半疑の警察の協力も得ながら、なんとかして兄をグラバーの魔手から救い出そうと奔走するのだが…? ジョン・ゲイシーを彷彿とさせる連続殺人鬼グラバーが、少年たちを誘拐して殺していくシリアル・キラー物かと思いきや、やがて殺された少年たちの幽霊が主人公を助けながら復讐を果たすという、リベンジ系のオカルト・ホラーへ展開していく。この意外性がひとつの見どころだが、しかし本作の核となるのは、やはり主人公フィニーの成長譚であろう。家庭内暴力にイジメに凶悪犯罪にと、日常生活が暴力で溢れたアメリカ社会の殺伐たる風景。無垢で繊細でか弱い少年フィニーは、グラバーという得体の知れない怪物と対峙することで恐怖を克服し、弱肉強食のアメリカ社会を生き抜くために必要な知恵と強さを身に付ける。妹グウェンとの絶対的な信頼関係と兄妹愛、殺された少年たちとの固い絆。そんな子供らが一致団結して、邪悪な連続殺人鬼に立ち向かっていく。この、背筋の凍るほど残酷で猟奇的なストーリーの根底に流れる、普遍的な愛と友情の切なくも感動的なドラマこそが、本作が商業的に成功した最大の要因だったのではないかと思う。 中でも、主人公フィニーを取り巻く学校や家庭の描写は圧倒的にリアル。おかげで作品全体にも揺るぎない説得力が生まれた。これは本作が、共同脚本を兼ねたスコット・デリクソン監督の少年時代を投影した、多分に半自伝的な要素の強い作品だからだと言えよう。 主人公フィニーは監督の分身だった 原作はスティーブン・キングの息子である作家ジョー・ヒルが’05年に発表した、短編集「20世紀の幽霊たち」に収録された小説「黒電話」。出版当時に読んで映画向きの内容だと考え、親友の脚本家C・ロバート・カーギルと映画化を検討したデリクソン監督だったが、しかし当時は長編映画として膨らませるためのアイディアが思い浮かばずに断念したという。 それから10年以上が経って、その間に『地球が静止する日』(’08)や『ドクター・ストレンジ』(’16)などの大作映画をヒットさせた彼は、自身の少年時代を映画化しようと思いつく。というのも、フィニーと同じく’70年代のデンバー北部に育ったデリクソン監督は、子供時代に受けた暴力のトラウマを抱えていたらしく、およそ5年に渡って受けたセラピーの過程で、自分の経験を映画にすべきなのではないかと考えたという。当初はフランソワ・トリュフォーの『大人は判ってくれない』(’59)のような作品を想定したそうだが、しかし映画として成立させるための印象的なエピソードが足りなかった。そこでカーギルから提案されたのが、かつて映画化を断念した短編小説「黒電話」に自身の少年時代の記憶を混ぜ合わせることだったのである。 原作小説は主人公の少年ジョンがグラバーに誘拐されるところから始まり、物語の大半は2人の会話と少年の回想で構成されている。家庭の描写はあるが学校の描写はなし。家族構成も映画版とは違うし、そもそも原作の舞台は携帯電話の普及した現代である。黒電話で話をするのも、小説では日系人少年ブルースの幽霊のみ。つまり、冒頭の25分はほぼ本作の完全なオリジナルであり、それ以外も脚色された要素が少なくないことになる。 子供の頃の記憶と直接的に結びつく感情は「恐怖」だったと振り返るデリクソン監督。映画の舞台となる’78年は12歳だった。当時のアメリカは経済不況による治安の悪化に加え、ベトナム敗戦やウォーターゲート事件による国家への不信も重なり、社会全体が殺伐としていた時代。デリクソン監督の故郷は貧しい肉体労働者の家庭が多かったそうで、子供たちが日常的に親から体罰を受けるのは当たり前、学校では暴力沙汰のいじめが蔓延り、登下校の最中に血みどろの喧嘩を見かけることも日常茶飯事だったという。 デリクソン監督自身も家庭では短気で暴力的な父親に怯え、学校ではいじめっ子たちから暴力を受けていた。主人公フィニーはまさに監督の分身だ。そして劇中で描かれる体罰やイジメは、どれも監督が経験した実話を基にしている。’70年代のデンバー北部には暴力が溢れていたが、しかしそれは当たり前の「普通」の光景だったという。加えて、当時のアメリカでは刑務所を脱獄した連続殺人鬼テッド・バンディがフロリダを逃亡してマスコミを賑わせ、カルト集団マンソン・ファミリーがもたらした悪夢も記憶に新しく、さらには全米各地で子供や若者の失踪事件が相次いで、これが’80年代に入ると悪魔崇拝カルトの仕業ではないかと噂される。そうした少年時代の暗い記憶が、小説の内容と奇跡的に結びついていった結果が本作の物語だったのである。 そのうえで、デリクソン監督は’70年代後半のアメリカをノスタルジックに描いたり、当時の世相や文化を美化したりすることを避け、子供だった自分が感じた空気をそのまま再現することに注力したという。ロケ地はコロラド州ではなくノース・カロライナ州だが、しかし雰囲気や街並みは当時のデンバー北部にそっくりだったのだとか。グウェンの予知夢を本物のスーパー8で撮影したのも効果的で、より一層のこと’70年代の空気感を表現できたのと同時に、まるでファウンド・フッテージのような薄気味悪さまで醸し出して秀逸だ。このような監督の実体験を投影した濃密な人間ドラマと、あの時代を知る者だからこそのリアリズムに基づいた映像が、単なる作り話にはない強い説得力を物語に与えているのだと言えよう。本作の真の強みはそこにあると思う。 ちなみに、主人公フィニーの父親はデリクソン監督の父親ではなく、近所に住んでいた友達のアルコール中毒の父親がモデル。フィニーをいじめっ子から守ってくれる少年ロビンも、実際にデリクソン監督の親友だったメキシコ人の少年がモデルで、年上の大柄な相手でもボコボコにしてしまうくらいケンカが強かったらしい。トイレでロビンが言う「血が多いほど野次馬に効果がある」というセリフも、その少年が実際に言った言葉をそのまま使ったのだそうだ。 成功のカギは子役たちの名演にあり! フィニー役のメイソン・テムズとグウェン役のマデリーン・マックグロウも素晴らしい。少年らしい無垢な繊細さと、大人びた聡明な思慮深さを兼ね備えたメイソンはまさに逸材で、本作を機にすっかり売れっ子となったのも納得である。特に彼は声が非常に印象的。落ち着いていて優しくて柔らかで、喋り方にも独特の温かみと力強さが感じられる。これはさすがに日本語吹替版では再現できまい。それはマデリーンの芝居も同様で、大人でもない子供でもない少女特有の揺れ動く繊細な感情を、言葉や息遣いの隅々から感じさせる彼女の圧倒的な芝居は、残念ながら大人の声優に表現できるものではないだろう。特に、父親から折檻されるシーンの恐怖と痛みと哀しみと怒りの感情が入れ代わり立ち代わり交錯する複雑なセリフ回しは圧巻。とてつもない才能だ。実は、スケジュールの都合で一度は出演が不可能になったというマデリーンだが、しかし「彼女でなければグウェン役は無理」と考えたデリクソン監督がプロデューサーのジェイソン・ブラムに掛け合い、撮影スタートを5カ月近くも遅らせたというエピソードにも納得である。 もちろん、グラバー役のイーサン・ホークも好演である。『いまを生きる』(’89)や『リアリティ・バイツ』(’94)などの青春映画で一世を風靡し、’90年代のハリウッドを代表するトップスターのひとりとなったホークだが、実はもともとホラー映画が大の苦手だった。初めてホラー映画に出たのは、デリクソン監督がブラムハウスで初めて撮った『フッテージ』(’12)。そういえば、あの作品もスーパー8で撮った映像を効果的に使っていたっけ。これを機に『パージ』や『ストックホルム・ケース』(’18)などブラムハウス作品に出るようになったホークだが、やはりホラー映画が苦手なことには変わりなかったらしく、本作のグラバー役のオファーも当初は渋ったらしい。しかし、脚本を読んで考えを変えたのだとか。 出番の大半でマスクを被っているホーク。見えない表情をカバーするための演劇的なセリフ回しや体の動作が、かえってグラバーという得体の知れない殺人鬼の底知れぬ狂気を表現して秀逸だ。特殊メイクの神様トム・サヴィーニがデザインを手掛けたマスクの仕上がりもインパクト強烈。ジェイソンにしろマイケル・マイヤーズにしろレザーフェイスにしろ、名物ホラー・キャラには個性的なマスクが付きものだが、今やグラバーもその仲間入りを果たしたと言えよう。 実際、原作者のジョー・ヒルもマスクの仕上がりを大絶賛し、これをひと目見た瞬間にシリーズ化を確信したという。なにしろ、小説では「革のマスク」としか書かれておりませんでしたからな。なおかつ興行的にも1億6000万ドルを突破する大ヒットを記録したことから続編企画にゴーサインが出され、’25年10月17日の全米公開を目指して、’24年11月4日よりカナダのトロントで撮影が進行している。ストーリーは今のところまだ詳細不明だが、とりあえずイーサン・ホークにメイソン・テムズ、マデリーン・マックグロウは再登板するとのこと。また、今のところ日本未公開のオムニバス・ホラー映画『V/H/S/85』(’23・原題)に収録されているデリクソン監督の短編「Dreamkill」は、グウェンと同じく予知夢の能力を持つ従兄弟が登場し、実質的に『ブラック・フォン』のスピンオフ作品となっている。続編映画は勿論のこと、こちらの日本上陸も期待したいところだ。■ 『ブラック・フォン』© 2022 Universal Studios. All Rights Reserved.

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MCU版『スパイダーマン』シリーズが世界中で愛される理由とは?

なかざわひでゆき

実写版マーベル作品と実写版スパイダーマンの歩み 今やハリウッド業界を代表する巨大フランチャイズと化したマーベル・シネマティック・ユニバース(以下MCU)。その第1弾はジョン・ファヴロー監督、ロバート・ダウニー・ジュニア主演の『アイアンマン』(’08)だったわけだが、しかしそれ以前のMCUなどまだ存在しない時代から現在に至るまで、数多くのマーベル・コミック・ヒーローたちが映画やテレビで実写化されてきた。その中でも最も実写化に成功したキャラクターと呼ばれるのがスパイダーマンである。 もともとライバルのDCコミックに比べて、自社コミックの実写化にあまり積極的ではなかったマーベル。最古の実写化作品と言われるのは、全15話の連続活劇映画(=シリアル映画)として作られた『Captain America』(’44)である。それっきりマーベルの実写化は暫く途絶えてしまうのだが、やはりDCコミックの『バットマン』(‘66~’68)や『ワンダーウーマン』(‘75~’79)といったTVシリーズのヒットや、世界中で空前のブームとなった映画『スーパーマン』(’78)シリーズの大成功を意識してなのか、マーベルも’70年代半ばよりテレビ向け実写ヒーロー物の製作へ本格的に乗り出す。その最初期の番組が、原作「スパイダーマン」では高校生だった主人公ピーター・パーカーを大学生に設定し直したテレビ版『The Amazing Spider-man』(‘77~’79・日本未公開)だ。 日本では1時間半のパイロット版が映画『スパイダーマン』(’77)として劇場公開された同番組のヒットを契機に、マーベルは日本でも人気を集めたテレビ・シリーズ『超人ハルク』(‘77~’82)、テレビ映画版『Dr. Strange』(’78・日本未公開)に『爆走ライダー!超人キャプテン・アメリカ』(‘79・日本未公開)などのテレビ向け実写ヒーロー物を相次いで製作。ここ日本でも東映がマーベルとライセンス契約を結び、日本独自のキャラクターと物語を設定した特撮ヒーロー番組『スパイダーマン』(’78)が作られている。 その後、チャック・ノリスやチャールズ・ブロンソンのB級アクションを中心に一時代を築いた映画会社キャノン・フィルムズが、’85年に「スパイダーマン」の映画化権を獲得して実写化に乗り出すも、しかしイスラエル出身でアメコミに馴染みの薄い社長メナハム・ゴーランとヨーラム・グローバスがスパイダーマンのコンセプトを誤解していたこともあって製作は難航。そうこうしているうちに、キャノンが社運を賭けた超大作『スーパーマンⅣ/最強の敵』(’87)が興行的に大惨敗。おのずと実写版「スパイダーマン」の企画も暗礁に乗り上げてしまう。 そのうえ、DCコミックの『バットマン』(’89)シリーズやダーク・ホース・コミックの『マスク』(’94)シリーズが大成功を収める一方、マーベル・コミックの実写化はメナハム・ゴーラン製作の『キャプテン・アメリカ 卍帝国の野望』(’90)がビデオ・スルー扱いになったり、ロジャー・コーマン製作の『The Fantastic Four』(’94)がお蔵入りになったりと不運続き。しかし『ブレイド』(’98)と『X-メン』(’00)の相次ぐ大ヒットによって、徐々に風向きが変わってくる。 そうした中、’99年にソニー傘下のコロンビア・ピクチャーズが「スパイダーマン」の映像化権(実写とアニメを含む)を獲得。少年時代から原作コミックの大ファンだったというサム・ライミがメガホンを取り、トビー・マグワイアがピーター・パーカーを演じた映画『スパイダーマン』トリロジー(‘02~’07)が誕生したのである。CGの進化によってスパイダー・アクションをリアルに映像化できるようなったこともあり、サム・ライミ版トリロジーは世界中で空前の大ヒットを記録。『X-MEN』シリーズと並んでアメコミ・ヒーロー映画人気の立役者となり、さらにはMCU誕生の下地を作ったとも言えよう。 しかし、ライミ監督とソニーの対立が原因で予定されていた4作目が製作中止に。それに伴ってシリーズのリブートが決定し、監督もキャストも変えて作り直した新シリーズが生まれる。それが、当時『ソーシャル・ネットワーク』(’10)で頭角を現していた注目の若手アンドリュー・ガーフィールドをピーター・パーカー役に抜擢した、マーク・ウェブ監督の『アメイジング・スパイダーマン』(’12)だ。ところが、今度はソニーとマーベルが’15年に新たな契約を結び、マーベルとディズニーが展開するMCUへスパイダーマンを組み込むことが決まったため、結果的にマーク・ウェブ版は2作目で終了。まずはトム・ホランド演じる新生ピーター・パーカー/スパイダーマンを『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』(’16)で初登場させたうえで、『スパイダーマン:ホームカミング』(’17)に始まるMCU版『スパイダーマン』シリーズが本格始動したというわけだ。 MCU版『スパイダーマン』の流れを総まとめ! まずはMCU版『スパイダーマン』シリーズの流れをザックリと紐解いてみよう。 先述した通り初登場は『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』。同作ではバッキーが容疑者となったテロ事件を巡って、キャプテン・アメリカことスティーヴ・ロジャース(クリス・エバンス)とアイアンマンことトニー・スターク(ロバート・ダウニー・ジュニア)が真っ向から対立。アベンジャーズが内部分裂したため、新たなメンバー候補を探したトニーは、ニューヨークで自警活動に勤しむ様子がSNSで話題の覆面ヒーロー、スパイダーマンに注目し、その正体である15歳の高校生ピーター・パーカー(トム・ホランド)をスカウトする。この時点では、クモに噛まれたせいで特殊能力を得たこと、若くて美人なメイおばさん(マリサ・トメイ)と2人暮らしであること以外に詳しい情報はなし。憧れのアベンジャーズに入れるかもしれないということで張り切ったピーターは、トニーからプレゼントされたハイテク・スーツに身を包んで、アベンジャーズ同士の空港での対決に参戦。しかし、それが終わると普通の生活へ戻るように言われて自宅へ帰される。 その直後から始まるのが第1弾『スパイダーマン:ホームカミング』だ。トニーに認めてもらいたい、アベンジャーズの一員になりたいと、放課後の部活も放り出してスパイダーマン活動に奔走するピーターだが、しかし治安の良い現代のニューヨークでは派手な活躍の場もなし。そんなある日、奇妙なハイテク武器を使ったATM強盗に遭遇したピーターは、その武器の出所を探っていったところ、盗んだ地球外物質を元手に開発した違法な武器を闇で売り捌く秘密組織の存在を知る。組織のボスは巨大な翼を持つハイテク・スーツに身を包んだ悪党バルチャー(マイケル・キートン)。その正体は残骸回収業者のエイドリアン・トゥームス(マイケル・キートン)だ。かつてアベンジャーズが戦った後の残骸回収事業を請け負っていたトゥームスだが、しかしその事業をトニー・スタークと政府の合弁会社に横取りされたことから、家族や仲間を養うため違法ビジネスに手を染めていたのである。自分をスパイダーマンだと知る親友ネッド(ジェイコブ・バタロン)と共にバルチャーの悪事を阻止せんとするピーター。しかし、未熟ゆえ他人を危険に巻き込んだことからトニーにハイテク・スーツを取り上げられ、さらにはトゥームスが片想い相手の美少女リズ(ローラ・ハリアー)の父親だと知って途方に暮れる…。 続いてスパイダーマンが登場したのはアベンジャーズ・シリーズの『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』(’18)と『アベンジャーズ/エンドゲーム』(’19)。トニーとドクター・ストレンジ(ベネディクト・カンバーバッチ)を助けて活躍したピーターは、晴れてアベンジャーズの一員となってサノス(ジョシュ・ブローリン)との決戦へ臨むのだが、しかし全てのインフィニティ・ストーンを手に入れたサノスのスナップ(指パッチン)によって全宇宙の半分の生命体が消滅。ピーターや親友ネッドなども塵となって消えてしまう。しかしそれから5年後、残りのアベンジャーズたちの活躍で「指パッチン」がリバースされ、ピーターを含む何十億という人々が復活。その代わりにトニーが命を落としてしまった。 この悲劇を受けて始まるのが『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』(’19)。恩師トニーを失った悲しみを胸に秘めつつ、平和な日常生活を存分に満喫するピーター。その一方で、アベンジャーズの統率役ニック・フューリー(サミュエル・L・ジャクソン)からの呼び出しを無視し続けている。何故なら、ヒーローの任務よりも青春を謳歌したいから。学校の企画で2週間のヨーロッパ研修旅行へ参加することになったピーターは、片想い中の同級生MJ(ゼンデイヤ)にパリでロマンチックな告白をしようと計画していた。ところが、最初の訪問先ヴェネチアで人型のウォーター・モンスターが出現。すると、どこからともなく現れた謎のヒーロー、ミステリオ(ジェイク・ギレンホール)がモンスターを倒す。予てより、アイアンマンの跡を継ぐのは荷が重いと感じていたピーターは、マルチバースの地球から今の地球を救うために来たというミステリオこそアイアンマンの後継者に相応しいと考え、トニーから受け取った人工知能メガネを譲り渡す。ところが、このミステリオの正体は、かつてトニーに解雇されたスターク社の社員。同じようにトニーに恨みを持つ仲間を集めて、ミステリオなるスーパーヒーローの虚像を作り上げていただけだった。騙されていたことに気付いたピーターは、親友ネッドと同じく自分の素性を知ったMJも仲間に加えて、派手な英雄伝説を作るため自作自演のテロ行為を重ねていくミステリオ一味を阻止しようとするのだが…? そして、実写版「スパイダーマン」映画史上最大のヒットを記録した傑作『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』(’22)。前作のクライマックスでマスコミに正体をバラされたうえ、ドローン攻撃を仕掛けてミステリオを殺した犯人という濡れ衣を着せられたスパイダーマン。殺人に飢えた不良高校生、正義を騙るヴィランと罵られたピーターは、証拠不十分のため辛うじて起訴は免れたものの、しかし自分ばかりかメイ叔母さんや親友ネッド、恋人MJまでもが誹謗中傷に晒されたことに胸を痛める。そこで彼はドクター・ストレンジに相談。忘却の魔術「カフカルの魔法陣」を用いて、スパイダーマンの正体を知る全ての人々の記憶を消し去ろうとするのだが、しかし優柔不断なピーターが「やっぱりMJは例外にして」「あとネッドも!」「そうだ、メイおばさんも!」と繰り返し邪魔するためドクター・ストレンジの魔術が失敗。それどころか、マルチバースのあらゆる世界からスパイダーマンの正体を知る人々を集めてしまい、サム・ライミ版シリーズのグリーン・ゴブリン(ウィレム・デフォー)やドクター・オクトパス(アルフレッド・モリーナ)、マーク・ウェブ版シリーズのエレクトロ(ジェイミー・フォックス)などのヴィランが次々と現れる…! トム・ホランドこそMCU版『スパイダーマン』成功のカギ! 同じ世界観をクロスオーバーする『アベンジャーズ』シリーズとの相乗効果もあってか、興行的にも批評的にもサム・ライミ版やマーク・ウェブ版を凌ぐほどの大成功を収めたMCU版『スパイダーマン』シリーズ。実は筆者も、このMCU版シリーズが実写版「スパイダーマン」映画の中で一番好きだったりする。もちろん、サム・ライミ版の偉大さは認めざるを得ないし、マーク・ウェブ版も十分に健闘していたと思うが、しかしこのMCU版シリーズには過去のスパイダーマン映画にはない独特の魅力がある。そのひとつが、明るくて爽やかで楽しい青春ドラマという基本路線を打ち出したジョン・ワッツ監督の明朗快活な演出だ。 ・『~:ノー・ウェイ・ホーム』演出中のジョン・ワッツ監督(左から2番目)と主要キャスト 例えば、従来のスパイダーマン映画におけるピーター・パーカーは、学校でも居場所のないいじめられっ子で友達も少なく、そのうえ自らの浅はかな行動のせいで父親代わりのベンおじさんを死なせてしまうなどの深いトラウマを抱えており、なるほど確かに根は純粋で素直で正義感溢れる若者だが、しかし同時に陰キャや非モテを拗らせたような暗い部分もあって、それゆえ「大いなる力には大いなる責任が伴う」というヒーローとしての宿命的な葛藤に思い悩む。要するに、キラキラとした青春の眩しさや瑞々しさばかりではなく、そのダークサイドにも焦点が当てられていたわけだ。 一方のMCU版シリーズに目を移すと、少なくとも主人公ピーターの日常にはそうした暗くて重い要素は殆どない。なるほど確かに、こちらのピーターも科学オタクのギークで決して学園の人気者とは言えないが、しかしかといっていじめられっ子というわけではないし、親友ネッドだけでなく趣味を同じくするギーク仲間たちにも恵まれている。ピーターにばかり意地悪するフラッシュといういじめっ子もいるにはいるが、しかしこのフラッシュも実のところスクールカーストではピーターと同じギーク仲間だし、そもそも彼に同調してピーターを苛めるヤツもいない。また、ベンおじさんにまつわるエピソードもMCU版シリーズでは描かれず、そもそもベンおじさんが存在したのかどうかも定かではない。むしろ、『ノー・ウェイ・ホーム』でメイおばさんがベンおじさんの役割を兼ね、ピーターの人間的な成長を後押しすることになる。 こうした大幅な設定変更もあって、MCU版シリーズにおけるピーターの青春模様は、少なくとも最大の困難に直面する『ノー・ウェイ・ホーム』までは底抜けに明るい。ピーターも天真爛漫で正直で真っすぐで、思い立ったら吉日の猪突猛進!単細胞なので迷う前に行動へ移してしまう。そのうえ、お喋りでおっちょこちょいなヤンチャ坊主。そうかと思えば、恋愛には意外と不器用なシャイボーイだったりする。良い意味で世間も苦労も疑うことも知らない純朴な15歳の子供である。しかも、とにかくヒーローとして活躍するのが楽しくて仕方ない。1日も早くアベンジャーズの仲間に入りたい!ということで、トニー・スタークに認めてもらうべく必死に自己アピールする健気な姿は、まるでご主人様の注意を惹こうとする子犬の如き可愛らしさだ。 そんなピーターと対峙するのが、理不尽な目に遭って辛酸を舐めてきたせいで心を病み、怒りや憎しみに目がくらんでしまったヴィランの大人たちだ。彼らは人生経験をもとに世界を冷酷非情で不公平なものだと考えており、それが自らの悪事を正当化する言い訳ともなっているのだが、しかし人生経験が浅いからこそ汚れのない真っ直ぐな眼で世界を見ているピーターにその理屈は通用せず、結果的にはスパイダーマンの少年らしい理想論的な正義こそが世界を混沌から救うことになる。この斜に構えたところのないヒーロー像も大きな共感ポイントと言えよう。ワッツ監督は『キャント・バイ・ミー・ラブ』(’87)や『セイ・エニシング』(’89)などのキュートな’80年代青春コメディをドラマ・パートのお手本にしたそうだが、そうか、トム・ホランドがどことなく青春映画アイドル時代のパトリック・デンプシーと似ているのはそのためか(?)。 で、このトム・ホランドをピーター・パーカー役に起用したことの功績もかなり大きいと言えよう。サム・ライミ版のトビー・マグワイアは1作目の時に27歳、マーク・ウェブ版のアンドリュー・ガーフィールドは29歳だったのに対し、MCU版のトム・ホランドは『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』の時点で20歳。ピーター・パーカーの年齢設定に最も近い。しかも、その童顔といい高い声といい、まさにティーンの少年そのもの。明るくて元気で愛くるしい個性もピーターを演じるにピッタリだ。これほどのハマリ役もそうそうあるまい。オーディションによって7500人の中から選ばれたそうだが、恐らくトム・ホランドなくしてMCU版『スパイダーマン』シリーズの成功はなかったろうと思う。まさにキャスティングの勝利だ。 もちろん、その他にもMCUの世界観をシェアするヒーローたちとの関わりや、過去シリーズではピーターのお手製だったスパイダーマンスーツのハイテク化など、MCU版シリーズが愛される理由は枚挙に暇ないだろう。青春ドラマ的なワクワク感を前面に出した『スパイダーマン:ホームカミング』、ヨーロッパへ飛び出してアクションもロマンスもスケールアップした『スパイダーマン・ファー・フロム・ホーム』、そして思いがけず切なくて感動的なクライマックスを迎えるスパイダーマン映画の集大成的な『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』と、いずれ劣らぬ完成度の高さ。10月のザ・シネマではその3作品が一挙放送される。是非とも、MCU版「スパイダーマン」だからこその面白さを存分に堪能していただきたい。■ 「スパイダーマン:ホームカミング」(C) 2017 Columbia Pictures Industries, Inc. and LSC Film Corporation. All Rights Reserved.|MARVEL and all related character names: (C) & TM 2024 MARVEL 「スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム」(C) 2019 Columbia Pictures Industries, Inc. All Rights Reserved.|MARVEL and all related character names: (C) & TM 2024 MARVEL 「スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム」(C) 2021 Columbia Pictures Industries, Inc. and Marvel Characters, Inc. All Rights Reserved.|MARVEL and all related character names: (C) & TM 2024 MARVEL  

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コロナ禍で追求された、全編アクションの可能性『アンビュランス』

尾崎一男

◆破壊王マイケル・ベイの挑戦  機動力に満ちたカメラワークや、過剰なほどに爆発を散りばめたショットなど、それらを素早い編集で組み合わせ、監督マイケル・ベイはキャリア早期より迫力ある映像サーカスを展開してきた。「ベイヘム」と呼称されるそれは、氏を認識する視覚スタイルとして周知され、皮肉も尊敬も交えて氏を象徴する重要なワードとなっている。1995年の初長編監督作『バッドボーイズ』を起点に、ベイはそのほとんどを破壊的なアクションに費やし、さらには機械生命体が車に変形するSFシリーズ『トランスフォーマー』と関わりを持つことで、ベイヘムを必要不可欠とするステージへと自らを追いやっている。そしてショットの多くをCGキャラクターやVFXに依存する本シリーズにおいて、爆発や破壊のプラクティカルな要素をどこまで追求することができるのか、彼はそれを実践してきたのである。  そんなマイケル・ベイに、大きな試練と挑戦の機会が訪れる。それは2020年に起こった、世界的なパンデミックの拡大だ。いわゆる新型コロナウイルス(COVID-19)の蔓延によって、映画業界全体の作品製作や公開が頓挫してしまったのだ。  しかし、ベイはこうした困難の中で、どれだけ過激なアクション演出を成し遂げられるのかという実験に挑んだのだ。それが2022年に公開された『アンビュランス』である。  病に侵された妻を助けたいと、元軍人のウィル(ヤーヤ・アブドゥル=マティーン2世)はカリスマ的な犯罪者ダニー(ジェイク・ギレンホール)の誘いにより、3,200万ドルの銀行強盗に加担する。 だがロサンゼルス史上かつてない巨額の奪取に成功したものの、彼らは捜査組織の容赦ない追跡を受けることになる。しかもウィルたちが逃亡のためにジャックしたのは、救命士キャム(エイザ・ゴンザレス)が負傷した警官を救護中のアンビュランス(救急車)だった……。ウィルとダニーは内も外も予断を許さぬ状況下で、二転三転する事態と、重くのしかかる善悪の葛藤に対処せねばならなくなる。  映画はこうした破壊と変転に満ちたカーチェイスを、わずか24時間のオンタイムで描いていく。ベイは配信を発表手段とした前監督作『6アンダーグラウンド』(2019)でも、開巻から延々20分間に及ぶカーチェイスを披露し、その様相は狂気を放っていた。しかし、今回は同作の規模を超えるものが、冒頭から終わりまで絶え間なく続くのである。  新型コロナウイルス感染によるロックダウンのなか、全編アクションの映画を撮影する—。そんな『アンビュランス』の叩き台となった脚本は、2005年にデンマークで製作されたスリラー『25ミニッツ』がベースとなっている。同作は心臓発作の患者を乗せた救急車をジャックした、2人の銀行強盗を主人公にしたものだ。『アンビュランス』の脚本を手がけたクリス・フェダックは、デンマーク人のマネージャーであるミケル・ボンデセンがオプション契約した『25ミニッツ』を紹介されたのだ。 『25ミニッツ』の核となるコンセプトが気に入ったフェダックは、本作をロサンゼルスへと置き変え、考えうる限りのカーチェイスや設定をクレイジーに拡張させたのである。  ミニマルを極めた状況設定から、やがて大きな展開へと発展していくアクション映画。そんな『アンビュランス』のストーリーこそ、ベイはコロナ禍で全編アクションの可能性を追求する、自分のアプローチと完璧にマッチしていると確信。生まれ故郷であるロサンゼルスを中心に、40日間のタイトな撮影を実践しようと、同作の撮影に踏み切ったのだ。 さいわいにも、本作のプロデューサーであるジェームズ・ヴァンダービルトとウィリアム・シェラックは、前プロデュース作品の『スクリーム』(2022)で、パンデミックの制限下における撮影プロトコルを確立させたばかりだった。この方法に従うことを前提にして、『アンビュランス』の製作にゴーサインが出たのである。 ◆FPVドローンをフル活用した撮影  前述どおり、本作の撮影はすべてロサンゼルスとその近郊でおこなわれた。こうした限定空間を安っぽいものに見せぬよう、クルーはエリア照明や色彩、ロケーションや撮影方法に至るまで、過去にないアプローチで手がけることを至上とした。また常時5台のマルチカメラによる態勢はベイのスタイルだが、これは限定空間を多面的に捉えることに役立つことになる。そしてすべての爆発ショットは、関係各部署と綿密なリハーサルを施行し、一秒単位で時間を計って綿密に調整された。カメラクルーには細かな安全装備が施され、さらに管理者が付き添うことで、万全を期した撮影が徹底されたのだ。  さらに今回はドローンを最大限に活用することで、多動的で視覚的な拡がりを持つショットをものにしている。 しかも『アンビュランス』で使用されたドローンは撮影用カメラを吊り下げて動くヘビーリフトタイプのものとは異なり、RED社の超小型6Kシネマカメラ「Komodo」を一体化させた最軽量・高画質の最新鋭ツールだ。それはFPV(ファースト・パーソン・ビークル)ドローンと呼ばれ、カメラと連動したゴーグル越しに操縦して撮像を得る、シミュレーションスタイルの撮影手段を持つギアである。操縦者たちはFPVドローンの操作テクニックと撮影技を競うドローン・レーシングリーグで上位を占める精鋭たちが集められ、例えばカメラアイが時速160キロのスピードでオフィスビルの屋上から壁面をつたい、地上からわずか1フィートスレスレまで潜り込んだり、あるいはロサンゼルス・コンベンションセンターの地下駐車場でのワンショットによるチェイスシーンなど、通常のカメラ撮影では不可能な移動ショットを可能にしたのだ。  このように、FPVドローンの全面投入はパンデミック制限下での撮影に貢献しただけでなく、これまでのアクション映画にない視覚領域へと我々をいざなう、全く新しい空撮の概念を映画の世界にもたらしたのである。 ◆『トランスフォーマー』を凌駕する車の投入  しかしロックダウンのプロトコルに基づく作品とはいえ、本作には30台を超すパトカーやアンダーカバー車、それに主人公の救急車と複数のスタントカーが用意され、車をキーアイテムとする『トランスフォーマー』さえも凌駕する台数が『アンビュランス』に投入されている。  なによりアメリカ国防総省と太いパイプで繋がり、最新の現用兵器や重火器類を自作に投入してきた初物好きのベイらしく、本作で登場する警察と消防要員のオフサイト本部として機能するMCU(移動コマンドユニット)は市場に出ていない最新式だ。加えて同台に複数のモニターを設置し、後部座席やシートポジションをカスタマイズするなど、完全な映画オリジナルにしている。  そして、本作のもうひとりの主人公ともいえる救急車は、民間消防会社の世界的大手・ファルクが所有する最高級クラスのもので、それを2台レンタルし、同時にスタント用のものを3台ほど撮影用にストックされた。しかし激しいアクションに車体をさらしながら、それらすべてを完璧な状態に保って返却せねばならなかったので、プロップマスターは相当神経を使ったという。また救急車の内装は病院同様に白が基調となっており、俳優のライティングが通常のカーアクションよりも難しかった。この問題を解決するため、照明や機器、そしてライトアップスイッチも追加され、こうして大幅に加工した内装も元に戻さねばならなかったのだ。  大破壊のための、細心に支えられた創造心。「ベイヘム」とは、この矛盾を正当化させる、エスプリの宿ったワードといえるかもしれない。『アンビュランス』は、それをさらに確信させる映画となったのだ。■ 『アンビュランス』© 2022 Universal Studios. All Rights Reserved.

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『スピード』が、キアヌ・リーヴス“アクションスター”への道を切り開いた!

松崎まこと

 1964年生まれ。今年還暦を迎えたキアヌ・リーヴスの、俳優としてのイメージを問われれば、代表作に『マトリックス』シリーズ(1999~2021)や『ジョン・ウィック』シリーズ(2014~23)等がある、“アクションスター”というのが、大勢だろう。 母はイギリス人、父は中国人とハワイアンのハーフ。東洋系を感じさせる風貌もあって、映画俳優として台頭し始めた20代中盤から、日本ではいち早く人気者となった。しかしその頃のキアヌには、“アクション”のイメージは、ほとんどない。 フィルモグラフィーを覗けば、ロックスターを夢見るおバカ高校生役の『ビルとテッドの大冒険』(89)、親友のリヴァー・フェニックスと共演し、男娼を演じた『マイ・プライベート・アイダホ』(91)、フランシス・フォード・コッポラ監督が手掛けたクラシックホラー『ドラキュラ』(92)、ベルナルド・ベルトルッチ監督の演出の下、仏教の開祖役にチャレンジした『リトル・ブッダ』(94)等々。彼がその頃に出演した中で、“アクション映画”と言えるのは、FBIの潜入捜査官を演じた、『ハートブルー』(91)ぐらいだ。 若き日のキアヌは、エッジが利いた、個性的な役どころを好んで演じていたのである。 そんなキアヌとアクションのイメージを強く結び付け、本人にとっても、恐らく開眼するきっかけになったと思われるのが、本作『スピード』(94)である。 *****  ロサンゼルス。オフィスビルのエレベーターに爆弾が仕掛けられ、乗客達が閉じ込められた。ロス市警SWAT隊員のジャック(演:キアヌ・リーヴス)は、相棒ハリーと、危機一髪で爆弾を除去。乗客達を救出した。 ジャックらは更に、犯人の爆弾魔(演:デニス・ホッパー)を追い詰める。ところが爆弾魔は、強烈な爆発と共に、姿を消す。 数日後、ジャックの眼の前で、知り合いが運転する路線バスが、大爆発。爆弾魔は生きていた。彼はジャックに直接電話を寄越し、別の路線バスにも爆弾を仕掛けた旨を伝え、370万㌦の身代金を要求する。 その爆弾は、バスが時速80㌔を超えると、起爆装置のスイッチが入り、その後は、時速80㌔を下回ると、大爆発を起こす…。 該当するバスに追いつき、ジャックが乗り移ると、すでに起爆装置のスイッチはオンに。更に予想外のアクシデントから、ドライバーが負傷。スピード違反で免停中のため、バス通勤していたアニー(演:サンドラ・ブロック)に、ハンドルを託すことになる。 次から次へとあわや爆発のピンチが訪れる。ジャックは、乗客たちの助けを借りて、危機を何とか乗り越えていく。 爆弾魔の正体が、警察に恨みを抱く元警官で爆発物処理班員だったハワード・ペインと判明。ハリーが逮捕に向かうが、ペインの罠に嵌って命を落とす。 危機を共に乗り越えていく中、ジャックとアニーは、お互いに好感を抱くようになる。 アニーがジャックに言う。「極限状況で始まった恋は長続きしない」 果して、止まれないバスの運命は!? *****  速度を落とすと、乗り物に仕掛けた爆弾が爆発するという設定。『スピード』の日本公開時、海外公開もされた日本映画『新幹線大爆破』(75)に酷似していることが、大きな話題になった。 しかし脚本を書いたグレアム・ヨストによると、元ネタは別。「世界のクロサワ」こと黒澤明監督が、ハリウッド進出作として1960年代後半に準備していた、「暴走機関車」だという。「暴走機関車」は、ブレーキ系統のトラブルによって止める術がなくなり、猛スピードで突っ走り続ける機関車を主軸にした物語。ヘンリー・フォンダが主演する予定だったが、諸事情から頓挫した。 この「暴走機関車」に、ヨストの父が関わっていた。そこで彼はアウトラインを知り、後にシナリオを目にしたのだという。 因みにこのシナリオを原案にして、1985年にアンドレイ・コンチャロフスキー監督、ジョン・ボイド主演の『暴走機関車』が製作されている。オリジナルに様々な改変を加えたこちらの作品については、ヨストは特に参考にすることはなかったという。 それまでTVシリーズの製作や百科事典の執筆などを手掛けていたヨストにとって、『スピード』は、初めて書いた映画の脚本。まずパラマウントに持ち込むものの、ペンディングとなって、最終的に20世紀フォックスに拾われた。 いざ映画化となって、監督候補が何人かいた内から決まったのが、オランダ出身のヤン・デ・ポン。それまでには、『ダイ・ハード』(88)『ブラック・レイン』(89)『氷の微笑』(92) 『リーサル・ウェポン3』(92)等々、多くのアクション映画で撮影を務めてきた。 とはいえ、監督するのは初めてであるヤン・デ・ポンに依頼したことからもわかる通り、本作『スピード』に関してフォックスは、他の映画の穴埋めをするような、小さなB級作品として扱う心積もりだった。当初組まれた予算は、2,600万㌦。最終的には3,000万㌦程度になったが、当時の大作の製作費は、6,000万から6,500万㌦ほど。 更に言えばフォックスは、本作と同じ年に、ジェームズ・キャメロン監督、アーノルド・シュワルツェネッガ―主演の『トゥルーライズ』に、1億2,000万㌦もの製作費を投じていた。それと比べれば、僅か4分の1である。  本作『スピード』主役のジャック役の有力候補だったのは、ジョニー・デップ。しかしデップは、脚本に魅力を感じないという理由で、オファーを蹴る。 その他にも何人かの若手スターが候補になる中で浮上したのが、キアヌ・リーヴス。キアヌは、ストーリーには凄く惹かれながらも、「筋肉ひとつない自分には、到底この役は務まらない」と思ったという。ちょうど前の主演作『リトル・ブッダ』で、ガウタマ・シッダールタ=若き日のお釈迦様を演じた際に、断食をして体力を落としていたタイミングでもあった。 ヤン・デ・ポンは、キアヌの運動能力に不安を感じていた。そこで、それまでのキアヌの出演作で、ほぼ唯一のアクション作品『ハートブルー』(91)での演技をチェック。サーフィンにガンアクション、アメフトにスカイダイビング等々、ほとんどノースタントでこなしたキアヌの姿を見て、「イケる」と判断を下した。 正式にジャック役に決まると、まずは2か月間ジムに通って、ウェイト・トレーニング。と言ってもヤン・デ・ポンは、当時の流行りだった、スタローンやシュワルツェネッガーのような、巨大な筋肉をつけたアクション俳優になって欲しかったわけではない。身体の均整と運動能力を高めるためのトレーニングを課したのである。 キアヌはSWAT隊員を演じるに当たって、本物の警官に会ったり、ビデオを見たりしてその仕事ぶりを研究するのと同時に、ヘアスタイルは、頭皮が見えるくらいまで刈り上げて、監督の前に現れた。それは少々短すぎたが、その時点から撮影まで2週間あったので、ちょうど良い塩梅の、クルーカットになったという。 ヤン・デ・ポンが思い描いた主人公は、観客が感情移入できる、リアルで等身大のアクションヒーロー。鍛えた胸の筋肉を晒すこともなく、悪人をバタバタと殺していくわけでもない。イメージ的には、ヒッチコック作品に於けるケーリー・グラントや、ウィリアム・ホールデンだったという。 ヤン・デ・ポンは、ヨストの脚本にはあった、主人公の暗い過去などはすべてカットした。観客はそんなものを観たいと思ってないし、そもそもキャラクターについて知りたいことは、その行動を見ていれば、「すべてわかるはず」という考えだ。主人公だけでなく、犯人も含めて主要キャラすべての背景や心理状態など、敢えて描かなかったという。 アニー役のサンドラ・ブロックは、1967年生まれ。本作出演時は20代後半で、まだまだ売り出し中の頃。キアヌとのやり取りもフレッシュに映え、一躍ブレイクに至る。因みに彼女は、役のためにバス専用の運転免許を取得したという。 本作のヴィランは、デニス・ホッパー(1936~2010)。監督・主演したアメリカン・ニューシネマ『イージー・ライダー』(69)で天下を取りながら、その後ドラッグ漬けで低迷。『ブルー・ベルベッド』(86)で奇跡の復活を遂げて以来、改めて俳優・監督・写真家として活躍中だった。ホッパーの怪演は、キアヌとのコントラストも良く、インパクト大である。  本作は15週間の撮影スケジュールの内、7週間は大掛かりなバスの走行シーンに費やされた。ロスの空港近くから28㌔に渡って走る、開通前の新しいハイウェイでは、大規模なロケが行われた。 フリーウェイの朝の交通渋滞を再現するため、車に乗った400人のエキストラが集められた。まだ建設中だったため、作業員がコンクリートを流し込んだり、標識を立てている傍で、撮影スタッフが仕事をすることも多々あったという。 そんな中で、バスの走行シーンは通常4~6台のカメラを使用。特に複雑なスタントシーンには、カメラ、照明の他にも様々な機材を装備した、12台の車両を使って撮影が行われた。 メインの舞台はバスだが、この映画のアクションの舞台は3段構え。エレベーターの中で繰り広げられるオープニング・アクション用には、フォックスの敷地内に、地上5階の高さで、実際にエレベーターと、4本のエレベーターシャフトが入ったセットを組んだ。 バスが一段落した後は、爆弾魔が乗っ取った地下鉄で大アクションが繰り広げられる。こちらは、当時新しく完成したメトロレール・レッドラインでロケを行った。  15週に渡る撮影のまさに中盤、8週目に大きなアクシデントが襲った。本作と直接関係ないが、キアヌの親友であるリヴァー・フェニックスが、薬物の過剰摂取のため、23歳の若さで命を落としたのだ。 キアヌのショックを考えて、スケジュールの調整などが行われた。しかしヤン・デ・ポンは、キアヌのことを考えると、逆に忙しくしておくのが最良と考え、撮影を中断せずに、続行した。  ポスト・プロダクション。フォックスの重役たちは大した期待はせずに編集に立ち会って、本作の出来の良さに吃驚した。それまで出し渋っていた、SFXの仕上げに掛かる追加費用を、ポンと手渡すほどに。また公開日も、より良い日程にするため、早めることとなった。『スピード』は1994年6月、アメリカで公開されると、TOPを独走。シーズン最大のヒットとなり、国内で1億2,000万ドル、全世界で3億5,000万ドルの興行収入を上げた。その年の12月に正月映画として公開された日本でも、大ヒット。配給収入45億円は、現在で言えば100億円興行と言っても良いだろう。 フォックスの失態は、本作契約時、続編がある場合の継続契約に、キアヌにサインさせるのを怠っていたこと。そのため、ヤン・デ・ポン監督とサンドラ・ブロックは続投した『スピード2』(97)に、キアヌは出演することなく、同時期に製作された『ディアボロス/悪魔の扉』(97)で、アル・パチーノと共演することを選んでいる。 仕方なく『スピード2』では、本作のセリフ「極限状況で始まった恋は長続きしない」を伏線(?)として、アニーはジャックとすでに別れている設定に。アニーの新たな恋人として、ジェイソン・パトリックが演じる別のSWAT隊員が登場した。 キアヌはこうした経緯について、「サンドラには悪いことをした…」と述懐している。サンドラの方はというと、本作の撮影終盤、ハイな状態が続いてストレスをすごく感じていた時にキアヌだけが、「…黙って隣に座って、そっと背中をなでてくれた」ことなどもあって、根に持つようなことはなかった模様。後に韓国映画のラブストーリーをリメイクした『イルマーレ』(2006)で、2人は再共演を果している。 さて本作に関して当時、「アクション・ヒーローになるつもりはないよ。ジャックのキャラクターもアクション重視の性格ではないからね」などと言ってたキアヌ。『マトリックス』や『ジョン・ウィック』を経た、現在の彼の在り方を考えると、これは恐らく「若気の至り」が言わせたセリフだったのだろう。■ 『スピード』© 1994 Twentieth Century Fox Film Corporation. 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巨匠リドリー・スコットが描く、よくできた昼ドラのような、俗悪で愉快で悲劇的な物語『ハウス・オブ・グッチ』

松崎まこと

 知らぬ者は居ないであろう、イタリア発のファッションブランド、「グッチ」。 1921年にグッチオ・グッチが、フィレンツェに開いた靴屋が、その始まり。世界進出はその息子の代で、三男のアルド・グッチが父親の反対を押し切って成功させたもの。「グッチ」の有名なアイコンデザイン「GG柄」も、商才溢れるアルドが考案した。 アルドの後も、「グッチ」のTOPは、グッチ家の者が務め、その王国は引き継がれていく筈だった。しかし21世紀の今、「グッチ」の経営陣には、グッチ家の者はいない…。 2000年に出版されたサラ・ゲイ・フォーデンの著書「ハウス・オブ・グッチ」は、原題のサブタイトルが、「A Sensational Story of Murder, Madness, Glamour, and Greed(殺人、狂気、魅力、そして強欲のセンセーショナルな物語)」。この書籍でグッチ家の30年間を描いた彼女は、「グッチの話はいろいろな意味で、私のつくり話よりもずっととんでもない話だと思った」としている。 その「とんでもない話」に魅了され、ほぼ20年間、映画化を模索し続けたのが、プロデューサーのジャンニーナ・スコット。監督や出演者の候補には、様々な名前が浮かんでは消えた。結局メガフォンを握ることになったのは、ジャンニーナの夫で現代の巨匠、リドリー・スコットだった。 リドリーは、グッチ家はまるで「ファッション界のイタリア王室」のようで、その興亡には、「ボルジア家やメディチ家」を想起させられたという。即ちこの題材は、「面白くならないわけがない!」と。 2019年11月、リドリーの監督就任と時を同じくして、主演も決まった。”歌姫”にして、『アリー/スター誕生』(2018)で演技者としても一流なことを証明したばかりの、レディー・ガガである。 翌夏=2021年8月、アカデミー賞受賞者やノミネート経験者がズラリと並ぶ、豪華キャストが発表された。そして本作『ハウス・オブ・グッチ』は、2021年2月から5月まで主にイタリアで撮影を敢行。その年の11月に、公開に至った。 *****  1970年、父がオーナーの運送会社で働くパトリツィア(演:レディ・ガガ)は、弁護士を目指すマウリツィオ(演:アダム・ドライバー)と知り合い、交際を始める。彼は有名ブランド「グッチ」の、創業者一族だった。 マウリツィオは父ロドルフォ(演:ジェレミー・アイアンズ)から結婚を認められず、パトリツィアの実家へと転がり込む。2人はゴールインし、やがて娘が生まれる。 ロドルフォがこの世を去ると、彼の兄で「グッチ」の屋台骨を支えるアルド(演:アル・パチーノ)は、甥のマウリツィオを「グッチ」へと呼び寄せる。 アルドは、息子パオロ(演:ジャレッド・レト)の無能さに、悩んでいた。その一方で、高齢にも拘わらず、TOPを後進に譲る素振りを見せない。パトリツィアは夫が軽視されていることや、自分を「グッチ」の一員と認めないことに、不満を溜めていく。 パトリツィアは一計を案じ、パオロを味方とし、アルドの脱税を告発させる。アルドは獄中の人となり、またパオロも追放して、マウリツィオは、「グッチ」のTOPとなる。 しかし妻の振舞いに、徐々に嫌気がさしてきたマウリツィオは、家を出て、別の女性と暮らすようになる。パトリツィアは、もはや夫の愛情を取り戻すことはできなかった。 怪しげな女占い師のピーナ(演:サルマ・ハエック)に傾倒したパトリツィアは、彼女の力を借りて、夫を殺害する計画を立てる。一方で経営の才覚がなかったマウリツィオは、親の代からの腹心の部下の裏切りに遭って、社長の座を追われる。 1995年、マウリツィオは自宅の前で銃撃されて、命を落とす。悲劇の未亡人を装うパトリツィアだったが…。 *****  脚本家の1人に起用されたのは、イタリア育ちのロベルト・ベンティヴェーニャ。母がデザイナーだったこともあって、彼には馴染みのある世界だったという。 リドリー・スコットはベンティヴェーニャとの打ち合わせに際し、登場人物たちをシェイクスピアのキャラクターに例えた。マウリツィオは、悩める王子ハムレット。パトリツィアは、奸計を巡らすマクベス夫人。そしてパオロは、道化だと。 実際に起こった事件をベースにした本作だが、『プロメテウス』(2012)以降、リドリー・スコット作品のカメラを任されている撮影監督のダリウス・ウォルスキーは、この作品はドキュメントドラマというよりも、「よくできた昼ドラのような、俗悪で愉快で悲劇的な惨事」だと語っている。 こうした世界観の中で、俳優陣は躍った。“カメレオン俳優”の名を恣にするアダム・ドライバーは、世間知らずの青年マウリツィオが、パトリツィアとの庶民的な生活に喜びを見出しながらも、名門ブランドTOPの地位を得て、己を見失っていく姿を的確に演じた。 ジャレッド・レトは、「グッチ」TOPのアルドの頭痛の種である、ボンクラ息子パオロ・グッチを演じるに当たって、自らのアイディアで、白髪交じりのハゲ頭で小太り体型に、特殊メイクで変身。毎日6時間のメイク時間は、集中してキャラクターについて瞑想するには、「最高の時間」だったという。 アル・パチーノ、ジェレミー・アイアンズの両ベテランも、それぞれの持ち味を生かしながら、見事に実在の人物を演じてみせた。  しかし本作で特筆すべきは、何とも言ってもパトリツィアを演じた、レディー・ガガであろう。 役作りのために、イタリア語なまりの英語を半年もの間訓練。パトリツィアについての文献を読み漁り、映像を見まくったというが、その際には、パトリツィアが実在の人物で、インタビューではよく嘘をつくことがあったため、ジャーナリストのような視点が必要だったという。ガガは正体を隠して、イタリアの街頭に立って、彼女のイメージの聞き込みまで行った。 役作りに於いては、3種類の動物をイメージした。30年近くに及ぶ物語の中で、20代前半の若き日々は、飼い猫。中盤は、遊び心を持って狩りをするキツネ。そして終盤は、獲物を引きつけてから飛び掛かる、ヒョウを観察して、パトリツィア像を作り上げた。 因みに稀代の悪女のイメージが強いパトリツィアだが、ガガはそうした既成のイメージからも距離を置いた。曰く「彼女がマウリツィオ・グッチと結婚したとき、彼は自分の一族全員に見放されたので、お金のために結婚したわけではなかった」。そして彼を殺害した時には、二人はすでに離婚しており、「金銭的なことが懸かっていたわけでは全くなかった」。即ち凶行に至ったのは、「彼女の心が傷ついたから、そして愛のために違いない」という解釈で、パトリツィアを演じているのである。 本作でパトリツィアは、「グッチ」の経営に参画したいと考え、自分にはその能力があると思っていたのに、“部外者”扱いされ、男性社会の中で疎外され続けた女性として描かれる。この辺りは、『エイリアン』(1979)のリプリーにはじまり、『テルマ&ルイーズ』(91)や近作『ゲティ家の身代金』(2017)『最後の決闘裁判』(21)等々、“男性優位社会”の現実に抗する女性像を描き続けてきた、リドリー・スコットの面目躍如でもある。 撮影に際し、ガガのためには、ウィッグが15種類用意された。それはパトリツィアの各時代の実際の髪のレプリカで、髪を染める化学薬品も、それぞれの時代のものを使用したという。 ファッション業界の物語の中で、ガガはシーン毎に衣装を変えた。劇中で披露したその数は、全部で54ルック。衣裳担当のジェンティ・イエーツによると、シーン毎に4~5着の候補を持ち寄ると、ガガからその組合せの提案が返され、コーディネートを「完璧に」仕上げていった。 こうして内面及び外見で、パトリツィアになり切ったレディー・ガガ。劇中に登場する「Father, Son, and House Of Gucci (父と子とグッチ家の御名において)」というセリフは、脚本にはなく、ガガが現場で放ったアドリブだったという。  2021年11月、本作が公開されると、アルド・グッチの子孫らは、本作では、グッチ家の人々が、「悪党で無知で無神経な者たち」として描かれ、事実が捻じ曲げられていると、異議を唱えた。パトリツィアが、「男性的でマッチョな企業文化」を乗り越えようとした「被害者」として描かれていることが「不愉快だ」とも、述べている。 それに対してリドリー・スコットは、「グッチ家の一人が殺され、もう一人が脱税で刑務所に入ったことを忘れてはならない」と、こうした異議を一蹴している。 因みにパトリツィアは、本作についてどんなリアクションを示しているのか?彼女は1998年、裁判で有罪判決を受け、29年の懲役を宣告されたが、2016年には出所。現在はミラノに住み、ペットのオウムを肩に乗せて街を歩いている姿が、よく目撃されているという。 70代となった彼女は、レディー・ガガが自分の役を演じることに対して、「…腹立たしいと思っている」と不快感を示している。ガガが自分に会いにも来なかったことが、いたく不愉快だったようだ。ついでにパトリツィアは、自分をモデルにした映画からは、1銭たりとも収益がもたらされないことも、明らかにした。 これに対してガガは、パトリツィアに会わなかったのは、「この女性はこの殺人を美化されたがっていて、犯罪者として記憶されたがっているとすぐに分かったから」だと語っている。演じるに当たって、そうした危険を察知。敢えて本人との面会を避けたわけである。「よくできた昼ドラのような、俗悪で愉快で悲劇的な惨事」を描いた『ハウス・オブ・グッチ』。スキャンダラスなヒロインのモデルと、演じた“歌姫”を巡る、インサイド・ストーリーである。■ 『ハウス・オブ・グッチ』© 2021 Metro-Goldwyn-Mayer Pictures Inc. All Rights Reserved.

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